先日記事を書いた「花の窟神社」と「産田神社」に祭られているイザナミとカグツチのイラストです。 図らずも母を焼いてしまったカグツチ、子に身を焼かれたイザナミ、ともに両神社に仲良く祭られています。 イザナミとカグツチ diconoroshi.hatenablog.com d…
有馬や祭は花の幡立て 笛に鼓にうたひ舞ひ うたひ舞ひ 花のや窟は神の窟ぞ 祝へや子ども 祝へ子ら 祝へ子ら 三重県熊野市、熊野三山こそありませんが、熊野古道のほか、熊野信仰に関わる痕跡が残っています。 その中には、熊野信仰の源流のひとつではないか…
有馬や祭は花の幡立て 笛に鼓にうたひ舞ひ うたひ舞ひ 花のや窟は神の窟ぞ 祝へや子ども 祝へ子ら 祝へ子ら 熊野本宮大社で歌われる「有馬窟之歌」と「花之窟之歌」の歌。 有馬は牟婁郡有馬村(現・熊野市有馬町)。 花のや窟は有馬に鎮座する花の窟神社のこ…
今から約700年前の西暦1333年、長期間続いた日本初の武家政権*1・鎌倉幕府が滅亡しました。 鎌倉幕府を倒した勢力のトップは後醍醐天皇ですが、後醍醐天皇は正中の変(1324年)と元弘の変(1331年)と2度の倒幕失敗を経て、3度目の挑戦で倒幕を果た…
大正5(1916)年「三重県風土史蹟」に、「津城軍記」として次の記事が載っています。 津城戦記 慶長五年関原ノ役富田信濃守知信子信高其臣分部光嘉ト共ニ東軍ニ属シテ籠城八月二十三日西軍中国勢毛利豊前守秀元宍戸元次鍋島直茂長曾我部盛親安国寺恵瓊大東大…
伊賀上野の城下町、広禅寺という寺に伝わるお話です。 大和国宇多に人の手助けをする源五郎狐がいた。あるとき飛脚に頼まれ文箱を運んでいるとき山中で犬に殺された。伊賀国上野の広禅寺にその妻だと言われる小女郎狐というものがおり、寺の手伝いをしていた…
2025年4月26日、大阪市立美術館「日本国宝展」に行ってきました。 混雑を避けたいほうなので、まず企画展に初日に行ったことはありません。 しかし日本国宝展の金印(「漢委奴国王」)展示が5月7日までの展示ということで、慌てて観覧しました。 大阪市立美…
四日市市立博物館の特集展示「四日市の生んだ『日本のライト兄弟』玉井兄弟展」(令和7年3月1日~5月6日)を見てきた覚えです。 www.chunichi.co.jp ※以下「展示より」とした写真はいずれも同展展示を撮影したものです。 玉井清太郎・藤一郎の兄弟(イメージ…
「采女(うねめ)」とは、古代、天皇や皇后の身の回りの世話をした女性たちの呼称です。 彼女たちの身分は高くありませんでしたが、歴史にエピソードを残している采女もいます。 2025年1月30日の記事で紹介した飯高笠目(後に飯高宿禰諸高)も采女出身でした…
2024年12月6日の記事「藤原千方~四鬼を従えた古代のスタンド使い~」正史に記されない反逆者・藤原千方の伝承は旧伊勢・伊賀に各地に残ります。 diconoroshi.hatenablog.com この記事は、2025年3月に伊勢国側の伝承地を訪問した記録です。伊勢国側の伝承は…
南伊勢町五ケ所浦(旧南島町)にある「愛洲(あいす)の館」を訪問しました。 いろいろ興味深い話も聞けたので、備忘録的に記述します。 愛洲の館・入口 駐車場から入口の途中にある案内板 訪問したのは平日。他の訪問者がいないこともあってか、施設の職員…
鈴鹿御前こと立烏帽子、平安・鎌倉の説話集に始まる彼女の伝承は、様々な形で語り継がれてきました。 diconoroshi.hatenablog.com 田村将軍(田村殿)を主人公とする鬼退治の物語「鈴鹿の物語」では、鈴鹿御前(立烏帽子)がヒロインとして登場します。 「田…
伊勢北畠氏、3代国司は北畠満雅(みつまさ)です。 祖父の北畠顕能(あきよし)は北畠親房の三男。北畠顕家・顕信の弟でバリバリの南朝方。1352年の京都奪還にも兵3,000を率いて主力として戦いました。 diconoroshi.hatenablog.com 父の北畠顕泰(あきやす…
飯高諸高(いいたかのもろたか)は、伊勢国飯高郡(現・松阪市)出身で、奈良時代に天皇家に仕えた女官です。 天皇の身の回りの世話をする采女として出仕しましたが、数え80歳まで長生きし、従三位という采女出身者では異例の出世をした人物です。 飯高笠目…
大宮彦次郎範氏は、北畠氏初代伊勢国司・北畠顕能の重臣の子で、父の軍に従いたびたびその武勇を発揮した人物です。後に家督を継ぎ、二代目国司・北畠顕泰に仕えます。 ↓北畠顕能についての記事はこちら diconoroshi.hatenablog.com 三渡川の戦い~大宮範氏…
伊勢北畠氏・2代目は北畠顕泰(あきやす)です。 前回記事(2024年11月4日)と同様、特に注釈がない場合は斎藤拙堂「伊勢国司記略」及びその引用文によります。 ※2025年1月8日:三重郡刑部の戦いを追記 diconoroshi.hatenablog.com 土岐氏との戦いで勝利(1…
関の小万の仇討物語、2024年10月14日記事の続報です。 diconoroshi.hatenablog.com 関の小万(山田屋小万)イメージ ランキング参加中イラスト 前回の記事を書くにあたって関宿(三重県亀山市関町)を訪ねましたが、小万の生まれ育った旅籠・山田屋(現在は…
三重県の北部を流れる朝明(あさけ)川という川があります。 鈴鹿山脈から東に向かって流れ、温泉地・菰野町や工業地帯の四日市市・朝日町(あさひちょう)・川越町を経て伊勢湾に至ります。 ja.wikipedia.org 古墳時代、朝明川周辺の「朝日(あさけ)」を支…
2024年11月30日に立烏帽子(鈴鹿御前)の出典をまとめましたが、それぞれをちびキャライラストにしました。 diconoroshi.hatenablog.com ランキング参加中イラスト 鈴香山の女盗賊/鈴鹿山の立烏帽子/鈴鹿姫 ~初期の伝承 鈴香山の女盗人/鈴鹿山の立烏帽子…
※2024年12月7日:一部追記・修正、地図追加、覚え追記 藤原千方(ふじわらのちかた)は、天智天皇の時代(在位668-672)に伊勢・伊賀で反乱を起こし討たれたと伝わる人物です。 それぞれ特技を持つ4人の鬼を従えていたという伝承から、伊賀流忍者の祖である…
2024年9月16日の記事で触れた「立烏帽子/鈴鹿御前」について、国立国会図書館デジタルコレクションなどから出典などを調べ、並べました。 diconoroshi.hatenablog.com (資料整理の性質が強く、読み物としては作成していません。すみません。) ※2024年12月…
南北朝時代の英雄・花将軍「北畠顕家」。 戦国時代、織田信長に滅ぼされた伊勢国の剣豪大名「北畠具教(とものり)」。 この2人をつなぐ人物が、南北朝時代の伊勢国司「北畠顕能(あきよし)」です。 ランキング参加中イラスト 伊勢国司・北畠氏 北畠顕能に…
ブログ10月14日で書いた「山田屋小万(関の小万)」のイラストです。 diconoroshi.hatenablog.com 山田屋小万(関の小万)10月21日更新版 イメージとしては、仇討の決意を胸に秘めつつ、朗らかにふるまう剣道少女。 仇敵・小林軍太夫(と思われる男)が目の…
関の小万(こまん)は、江戸時代中頃に実在した、三重県亀山市関町に伝わる仇討物語の主人公です。 彼女の物語は、「鈴鹿関町史」によると、およそ次のようなあらすじになります。 父・牧藤左衛門が小林軍太夫に殺される 牧藤左衛門(後の小万の父)は、九州…
2024年9月28日から9回にわたり「関ヶ原の戦い@安濃津城」として、現在の三重県津市・津城跡周辺を舞台にした東軍・西軍の戦いについて述べてきました。 長くなりましたので以下に戦いのあらすじと、ブログ記事(イラスト回含む)のリンクを並べます。 前提…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、9回目です。 当初想定していたよりかなり長くなってしまいましたが、これでラストにします。 前回まで diconoroshi.hatenablog.com 慶長5(1600)年8月、関ヶ原の戦いの前月。東軍についた富田信高・分部光嘉ら1700…
2024年9月18日から始めた「関ヶ原の戦い@安濃津城の戦い」が思ったより長くなってきました。終盤間近ですが、ここでイラストを1回挟みます。 diconoroshi.hatenablog.com イラストは、安濃津城の城主・富田信高の妻「宇喜多氏」です。安濃津城が西軍に攻め…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、8回目です。 前回のあらすじ diconoroshi.hatenablog.com 慶長5(1600)年8月24日、毛利勢を中心とする西軍が安濃津城への攻撃を開始。城を出て城下町で戦っていた兵が、城の東側にまわった西軍(宍戸元続・鍋島勝茂・…
関ヶ原の戦い@三重県(津・安濃津)、7回目です。 前回のあらすじ diconoroshi.hatenablog.com 慶長5(1600)年8月23日、東軍についた富田信高らが籠る安濃津城(1,700人)に西軍(3万)の先鋒が迫ります。塔世川(現・安濃川)を挟んで対峙した両軍です…
先日、ブログで言及した弓削忠左衛門のイラストを描きました。 diconoroshi.hatenablog.com 安濃津城の戦い・1日目では、籠城側・富田信高軍の鉄砲隊が大活躍したので、鉄砲を持った人物を描こうと思いました。 60人の鉄砲隊で200~300人の敵陣に殴り込みを…