播磨の山々

兵庫県姫路市周辺の山歩きと山道具の紹介をしています。2019年5月、Yahoo!ブログから引っ越してきました。原則として更新は週に1回です。広告は表示しません!

山城跡と古墳がある姫路市の超低山:天神山(164.0m)

概要

姫路市周辺の山を歩くのが趣味の私にとって、涼しい季節は超低山を散歩するのに最適。

ということで、我が家からそう遠くないのにまだ登ったことがない超低山を歩いてきました。

行き先は、書写山のすぐ南西にある天神山(てんじんやま)。
山頂には天神山城跡、南西の尾根上には古墳があります。


▲書写天神山城跡南端に残る土塁の痕跡

本日の行程は、次の通りです。

  1. 路線バスで姫路駅から「実法寺」バス停へ移動
  2. 書写中学校橋の東にある登山口から入山
  3. 山頂で昼食
  4. 山頂から北へ下山
  5. 「県立大工学部」バス停から姫路駅へ移動


▲対応する地形図は、国土地理院発行の2万5千分の1地形図「姫路北部」


▲カシミール3Dで作成したルートの断面図

姫路駅から登山口へ

今回の登山口の最寄りバス停である「実法寺(じほうじ)」バス停へ行く路線バスは、JR姫路駅北側の2番または4番のりばから出発します。

これらのバスのりばから出るバスの内、「実法寺」バス停を通るのは34系統、35系統、36系統、40系統のいずれか。

山陽百貨店の南隣にあるキュエル姫路という複合ビルの1階に神姫バスの姫路駅前案内所があるので、不安な方はそこで適切なバスを確認すると良いでしょう。

10:30
JR姫路駅北の2番乗り場を36系統(白鳥台行)の路線バスで出発。

11:01
バスは定刻から10分ほど遅れて県道411号線沿いの「実法寺」バス停に到着(地図中「実法寺バス停」)。運賃は姫路駅からだと¥360です。

ダイヤ通りの運行であれば、10:50に到着します。


▲実法寺バス停(中央は西播線9番鉄塔。右奥に見えているのは天神山。)

菅生川(すごうがわ)沿いに県道411号線を100mほど北へ進むと「書写中学校橋」に出会うので、その橋で菅生川を渡ります(地図中「書写中学校橋」)。


▲書写中学校橋を渡る

橋を渡った直後、左手に見える階段が登山口です(地図中「登山口」)。


▲登山口


https://maps.app.goo.gl/KbAEk4VsxxuQrCxp8
▲登山口の位置

11:06
登山口の50m東には、この尾根上にある古墳に関する説明が書かれた看板が立っているので、まずはそれを読みに行きました(地図中「古墳看板」)。


▲実法寺天神山古墳(天神山10号墳)について書かれた看板

実法寺天神山古墳

 天神山山頂から西南方向に向かって伸びてきた尾根筋の突端部(海抜約九三メートル)に築かれた柄鏡式の前方後円墳。残念なことに主体部の構造、副葬品の状況などは判明していない。しかし、その特異な位置、低平な前方部の形状などから、三世紀末~四世紀初頭ころに築造された古式古墳と推定されている。
 本墳は、現状では埴輪は判明していない。しかし、列石は後円部を中心に二段巡っていると考えられている。後円部は径約二〇メートル、前方部は長さ約二三.五メートル、全長は約四三.五メートルを計る。その規模からいって、本墳は菅生川流域の平野を基盤とする集団の首長の墓といえそうである。なお、当古墳の斜面下方にはかつて数基の小円墳が分布していたが、大半が削り取られ、消滅してしまった。
(出典:登山口から東へ約50mの看板)

登山口から山頂へ

古墳の説明を読んだら登山口に戻り、登山開始(地図中「登山口」)。
最初だけ階段ですが、すぐに山道に変わりました。

西播線9番鉄塔への巡視路になっているため、巡視路標識が立っています。


▲登山口の階段を登った先にある巡視路標識(色褪せて何も読めない)


▲山道の様子

11:11
西播線9番鉄塔の下を通過(地図中「西播線9番鉄塔」)。

この鉄塔は南東の脚が番号札(送電線の路線名と鉄塔の番号が書かれた札)の付いているB脚*1になっていますが、番号札が高い位置にあって読み取るのは大変。


▲西播線9番鉄塔の下を通過(番号札は非常に高い位置にある)

ここで道は終わっているように見えますが、鉄塔の右奥(番号札に向かって右)に道の続きが見えます。

鉄塔から少し登った所では西から南西にかけての展望を楽しめましたが、今回歩いた行程の中では、ここが最も展望の良い場所でした。

どこでも歩ける疎らな自然林のなだらかな斜面を登っていたら、「ここが古墳では?」と思う地形に出会いました。

11:18
天神山10号墳に到着(地図中「天神山10号墳」)。


▲古墳の存在を知っていれば、古墳だとすぐに分かる地形(後円部を下から見上げている)

前方部に立って後円部を見ると、明らかに前方後円墳だと分かります。
写真だと立体感が感じられませんが、現地に立つと分かりやすいと思います。


▲前方部から後円部を見たところ(奥の盛り上がりが後円部。手前の前後方向に細長い盛り上がりは前方部。)

古墳を見られたので満足し、山頂を目指して出発。

どこでも好きなように歩ける緩い斜面を登っていたら、標高130m付近で稜線は右へ向きを変えました。

東西方向に延びる稜線上には、塹壕のような溝状の地形が見られました。
これも天神山城跡に関連する遺構なのかな。

11:28
三角柱になった古い境界標石が立っているのに出会いました(地図中「境界標柱」)。


▲古い境界標石

北面には「北田井村」、南面には「南西坂本村」、西面には「西実法寺村」と刻まれています。

山は燃料となる薪などが取れる大切な場所だったため、各村が明確に土地の境界を定め、お互いに資源を取り合わないようにしていたのでしょう。

こういった昔の人々の暮らしを感じられるのが、里山のいいところだと個人的に思っています。

ここから山頂へ続く稜線は、展望はほぼありませんが自然林の極楽尾根でした。


▲山頂へ続く稜線の様子

間もなく、明らかに人工的に平らに均された空間の縁が見えてきました。
天神山城の主郭でしょうか。


▲山城らしい地形が見えてきた

山頂(昼食)

11:32
天神山の山頂に到着(地図中の164.0m三角点ピーク)。


▲巨岩に囲まれた中に四等三角点標石(点名:天神山)が埋設されている


▲天神山城主郭跡の全景(三角点標石付近から南向きに撮影)

天神山城(姫路市書写西坂本)
【城史】『赤松家播備作城記』によると「大河内越中守実泰が天文年中(1532~54)これを守る。ついで魚住八郎左衛門尉治吉がこれを守った。治吉は構(坂本構城)城主魚住範吉之弟也。天正に至ってこれを守る。同6年(1578)落城した」とある。平城坂本との関係がうかがわれる。
【現状】天神山は書写山の西南にある。標高230m、頂上もっとも高いところに東西9.9m、南北18mの削平地がある。所々に巨石が露出している。これが主郭で、まわりに2mの垂直の崖下に幅4.5mの細長い平地が東・南・北の3方をとりまいている帯郭がある。西の方はゆるい斜面を15mばかり下ると6m×15mの削平地があり、さらに9mばかり下ったところに四方土塁にかこまれた8.7m×4mの削平地がある。直線階段多郭式である。
(出典:兵庫県教育委員会 編『兵庫県の中世城館・荘園遺跡 : 兵庫県中世城館・荘園遺跡緊急調査報告』,兵庫県教育委員会,1982.3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12239438 (参照 2025-12-10))

木々に囲まれて展望は樹間からちらちら見える程度ですが、白鳥城方面だけはぽっかりと窓のように開いていました。


▲山頂から見た白鳥城方面

ここで頂く本日の昼食は、親子丼


▲本日用意した食材

卵を2個使う(親子丼の出汁の説明書にそう書いてある)贅沢な親子丼ですが、一個目の卵を手に持って「何を使って割ろうかな」とゴソゴソしていたら、うっかり卵を落として地面で割れてしまいました。

そんなわけで卵を一つしか使わず作ることになり、色が濃くなってしまいましたが、そのおかげでしっかりした味付けの親子丼を楽しめました(←負け惜しみ)。


▲卵が少ないため出汁が多くなり、煮詰めて水分を飛ばしたため色は濃いし、卵はしっかり固まってしまった親子丼。

調理中、ドーンという爆発音が何度も聞こえてきました。
陸上自衛隊姫路駐屯地の記念行事は12月7日(日)じゃなかったかなと思いながら検索すると、本日12月6日(土)開催でした。

卵は落とすし、ほとんど欠かさず見に行く自衛隊記念行事の開催日を間違えるし、なんたる失態。
まぁいいや。済んだことは仕方ありません。

静かな山の中でのんびりと優雅な時間を過ごしていたら、北側の斜面からガサガサと大きめの音。

イノシシか鹿かな?と思っていたら、男女二人組のハイカーさんでした。
こんな地味な山で人に会うとは。

お二人は書写山に登った後ご飯山にも立ち寄り、北から天神山に登られたとのこと。
この後は書写中学校方面へ下りられるようです。

下山

12:28
私もぼちぼち下山しましょう。

山頂から北側に下りますが、城跡だけあってものすごい急斜面です。
落ち葉で滑るし、どんぐりと小石がベアリングのような役割を果たして滑るし、もう大変。

北の稜線には、敵の侵攻を食い止めるために尾根を断ち切るように掘った溝(堀切)の痕跡が残っていました。


▲堀切の跡

木々につかまりながら、横向きになったり後ろ向きになったりして、何とか安全に急斜面を下りきって鞍部まできました。

この鞍部も、往路で山頂直前に出会った稜線のような極楽尾根の雰囲気。

鞍部から小ピークに登り返した後は、また急斜面を下ることになります。

12:40
急斜面を下り始めてすぐ、左に不思議な窪み石積みを見つけました(地図中「送電塔跡」)。


▲最初にくぼみを見つけた

最初は窪みだけが目に留まり、お城の水の手かなと思ったのですが、視線を上げると石積みと鉄塔の基礎が視界に入って送電塔跡地だと分かりました。


▲かつて送電塔を支えていた石積み

大正時代には、下の地図のように送電線が通っていました。
ここは鉄塔の付け根部分に窪みがあったわけですが、ご飯山の山頂東側にも鉄塔を引っこ抜いたかのような窪みが残っています。


▲大正時代の送電線(出典:大正15年発行の2万5千分の1地形図「姫路北部」。赤丸と赤字は、当ブログ管理人が描き加えたもの。この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。)

送電塔跡地から先は、倒木やら立ち枯れ気味の木が多い急斜面を、方角に注意を払いながら下ります(方角はマーキングが示してくれる。どこを歩くかは自分の判断。)。


▲倒木や、掴んだだけで折れそうな木が生えた急斜面を慎重に下る

標高50m付近で道は突然東へトラバースするように向きを変え、最後は削平地に出ました。


▲どこでも歩ける緩い斜面を下る(右奥に削平地が見える)

北側の登山口はお地蔵さんの脇だと知っていたので、削平地からはお地蔵さんが祀られている祠の屋根を目指して下りました。


▲お地蔵さんの祠の手前にある板碑

西坂の板碑

 頭部は山形に尖り、額部が前方に突き出た碑伝型の板碑。
額部と東部の間に二条の横線が施され、身部に種字(バクー・釈迦、バイ・薬師、キリーク・阿弥陀)と銘文が刻まれている。凝灰岩製で高さ133cm。康永4年4月(1345、南北朝時代)の造立。市内では最古の板碑の一つで、打越に同期、同型の板碑がある。

姫路市教育委員会
姫路市文化財保護協会

(出典:現地の看板)

12:52
道路に下りてきました(地図中「下山地点」)。


▲ここに下りて来た

道路を渡り、バス停へ向かいます。

12:53
「県立大工学部」バス停に到着(地図中「県立大工学部バス停」)。


▲県立大工学部バス停(姫路駅方面)

このバス停を通るバスは全て姫路駅へ行くため、とりあえず来たバスに乗れば大丈夫。

「県立大工学部」バス停から姫路駅へ向かうバスは15分に1本あります(平日はもっと多い)から、下山する時刻はあまり気にする必要がありません。

13:06
1分遅れで到着した姫路駅行の路線バスに乗車。

13:45頃
定刻から20分ほど遅れて我が家の最寄りバス停に着いたので、下車。

ダイヤ通りに運行した場合は13:31に姫路駅に到着し、運賃は大人一人¥420です。

交通アクセス

  • 天神山の周辺に、法律やマナーに違反しない形でハイカーが車を置ける場所はないため、自家用車の利用はお勧めしません。
  • 天神山の東約1kmの書写中央公園には、駐車場とお手洗いがあります。公園から県立大側の登山口までは、およそ1.3km。書写中学校橋側の登山口までは、約2.3kmです。
  • 公共交通機関は、この記事で紹介した通り路線バスが便利です。

参考情報

  • 登山口や登山道周辺にお手洗いや自動販売機、コンビニはありません。路線バスに乗る前に準備しておく必要があります。
    「県立大工学部」バス停(書写西住宅・緑台・山崎方面)には、飲料の自動販売機があります。
  • 「書写中学校橋」の西詰から北へおよそ150mの場所には、「だし醤軍」というラーメン屋さんがあります。提供されるのは、だしの風味と甘さが特徴的なラーメン。山歩きの前後にこのお店でラーメンを楽しむのも良いかも知れません。
    「だし醤軍」のある県道411号線を通って姫路駅方面へ行く路線バスは本数が少ないため、下山後にお店へ立ち寄る場合は、時間配分に注意が必要です。あるいは、待ち時間が長そうな場合は食後に1.6km歩いて「県立大工学部」バス停まで行くのが良さそう*2

    <Googleマップで「だし醤軍」を表示するためのリンク>
    https://maps.app.goo.gl/pcPmUfMfqZxoiCpJ9

  • 古墳や山城跡の地形に興味のある方は、下の図をご覧ください。
    レーザー測量だと、古墳の形が明確に分かります。


▲天神山の地形(50cmメッシュ)(出典:この図は、次の著作物を利用しています。 [兵庫県CS立体図]、[兵庫県])

*1:送電塔の脚には、A脚、B脚、C脚、D脚という具合にそれぞれ名前が付いています。番号札があるのがB脚で、それに向かって右がA脚。A脚から時計回りにA、B、C、Dの順に呼びます。

*2:「だし醤軍」の北およそ700mにある「菅生台橋」(歩行者用)を渡り、住宅街(菅生台)を東へ抜けると、「県立大工学部」バス停へ行けます。