株式会社ヘンリーでVPoEを務めている戸田(id:eller)と申します。これはHenryアドベントカレンダー 2025 シリーズ 1における6日目の投稿です。昨日の記事は kobayang の デザインシステムライブラリを実装するためのテクニック でした。
本日は弊社で経営と執行を分離するためにどう権限委譲を進めてきたかをご紹介したいと思います。スタートアップのVPoEって何をやってるんだろう、という疑問にお答えできれば幸いです。
目次
解きたい課題
この6月に「ヘンリーで初めて製品部室長合宿をしました」で触れたように、弊社では長らくCEOである逆瀬川がエンジニアリングチームのマネジメントを兼務していました。2024年末に組織再編を行い部長・室長・本部長などのポジションが明確になりましたが、その後も逆瀬川が部長を兼務していた状態でした。

この状態には多くの利点があります。逆瀬川はお客様のペインも業界の課題も頭に入っていますし、サービスを黎明期から見てきているので深く理解しています。またヘンリーを起業してまで解決しようとする社会問題へのハングリー精神を持っていますので、常に学んでおり顧客と十二分に会話できます。さらにデザイナーやPdMとしての経験もお持ちですから要点を抑えたマネジメントを行えますし、様々な複雑さを巻き取ってITエンジニアを製品実装に注力させることもできます。こうした多くの利点があるからこそ、逆瀬川が部長を兼務することに対して慣性が働いてきました。
しかし組織が大きくなってくると、利点以上に課題が目立つようになってきます。事業戦略上エンジニアリングチームを増やすことの必要性は以前から明らかでしたが、1人で2つ3つとチームをマネジメントすることには限界があります。また事業戦略を考える人と部長が同一人物であるために事業戦略を部長に説明するというプロセスが省略された結果、トップダウンとボトムアップをすり合わせる機会が失われました。このすり合わせこそが組織としてSECIを回し学ぶ機会を生み出すことが「知識想像企業」に書かれていますが、これが行われなかったわけです。結果としてチームで「なぜこれを優先するかがわからないが、責任を取る人が言うんだし問題ないのだろう」「この壮大な計画をどう実現するのかイメージ湧かないけど、きっとやらないとまずいんだろう」のような忖度が働くなどして、早い段階でリスクを洗い出す機会が失われたと考えています。
何よりもCEOという会社のトップが、最もすべき「意思決定」に時間を使えていないこと が課題です。製品の実装が事業における最重要課題であることを踏まえると確かにエンジニアリングチームのマネジメントも大切です。しかしそれらは信頼できる人に任せて、もっとCEOがやるべきことに注力できる環境が必要だと考えました。
何がブロッカーだったのか
弊社は「理想駆動」を基本原則としており、共感を呼ぶ理想を描いて人を巻き込む「燃える理想」や自ら手を挙げて成果を作りに行く「自分起点」を行動規範に掲げている会社です。なので実現するべき理想が明確であれば、周囲の理解や協力は得やすい環境にあります。それでもこの慣性に抗うことは難しかったわけですが、何がブロッカーだったのでしょうか。
ひとつは弊社が扱うドメインの複雑さにあります。当時は電子カルテと医事会計という2つのエンジニアリングチームがひとつの製品を実装する形を取っていましたが、「電子カルテ」ひとつを取っても多数の関係者、多数の業務、多数の連携、そして多数の状況が想定されます。さらにすべての機能に診療報酬制度という共通する概念が串刺しで関わるため、「電子カルテ」と「医事会計」で製品を割ることそのものもチャレンジだと言えます。この技術ブログでもコードベースの分割統治が難しいことに繰り返し触れてきましたが、製品やコードベースが割れない状態でチームを割ることをトップダウンで進めることは困難です。
もうひとつはゴールが遠すぎてどうすればできるかがイメージできないことです。「マネジメントを他の人に任せてCEOを経営に注力させる」ことそのものは正しいように見えますが、今までそうではなかったものを変えていくために何をすればよいのかがイメージしにくい状態でした。
このため2024年末時点では、本質的な解決である権限委譲は難しいのではないか、仮に医事会計側はチャレンジできても電子カルテ側はまだ先になるのでは、という見方が強い状況でした。組織にあるこうした問題意識を踏まえて、経営を執行から引き剥がす活動を進めていきました。
課題を解く10ヶ月
1月: 方針の明確化と障害の分析を行い、戦略を立てる
まずこの時点で、全従業員が見えるNotion上に「逆さんの製品本部長としての負荷を下げる」と題したページを作成して方針を明記し、なぜ難しいと考えるのか、どのような障害がありそうなのかをひとつずつていねいに言語化しました。その結果として解けそうな課題に分解できたため、それを解決するアプローチとして2つの案を作り、どちらの方が適切かをCEOとして判断いただく材料としました。

こうして整理した結果、意思決定ではない業務から渡していくアプローチと、価値のデリバリーから渡していくアプローチであれば、段階を踏んで試しやすいということがわかりました。また不安に名前をつけて細分化していくことで、これだったら彼に任せられる、それだったら自分でカバーに入れば渡しやすい、あの問題はもう逃げようがないんだからとっとと意思決定しないといけない、といった意思決定がやりやすくなり、多くの社員の「自分起点」の引き金を引くことができました。その結果として、逆瀬川自身に自信を持ってやっていけそう!というモードになっていただけたと感じています。

3月: 医事チームを分割して権限委譲できる大きさにする
喫緊の課題としては医事業務を支えるチームが20名を超えており、朝会をはじめとしたコミュニケーションが機能していない問題がありました。このままではマネジメントの責任を委譲することもままならないため、ドメインをどこで割るべきかをエンジニアを巻き込んで話し合い、請求レセプトチームを立ち上げています。逆瀬川から2名のエンジニアを指名して両チームのマネジメントを委ね、3月から試行のうえで6月から本実施としており、1月に決めたスコープや委譲する順番を踏まえて着実に権限委譲を進めました。
ここでVPoEとして見ていたのは主に朝会で逆瀬川が発言せずに済んでいるかどうか、でした。朝会で引き続き逆瀬川が発言してしまうと権限委譲が有名無実化してしまいますので、逆瀬川と筆者とで目標を設定し、基本的にマネジメントに任せること、フォローは朝会以外の場で1対1で行うこと、第3四半期には逆瀬川が朝会参加をやめることを握りました。特に「逆瀬川は部長ではないがプロジェクトマネジメントは兼務していた」時期があり、このあたりの匙加減は相談しながら走っていました。

結果的にこれらの目標は期日通りに達成されることになり、コンティンジェンシープランを発動させることなく速やかに権限委譲が完了しました。
7月: 電子カルテチームを分割して権限委譲できる大きさにする
医事チームの権限委譲が完了した7月には、残る電子カルテチームの権限委譲について議論しました。電子カルテチームが医事チームに比べて難しいのは、電子カルテという仕組みがかなり巨大であり、ドメインを2つに割ることが事実上不可能であろうと思われたことです。ここについてはVPoEがトップダウンで決めても禍根を残すだけだということが明らかだったため、部長候補やエンジニアリングマネージャに判断を委ね、筆者と逆瀬川はリマインドをするにとどめていました。
特にこの時期は全社で「Team Topologiesを参考にバリューストリームでドメインを割ることを考えてきたが、このアプローチは診療報酬という制度が背骨のように全体を貫いているHenryには合わない」という事実を認めて次の組織の在り方を模索しており、その最初の例を作ろうとしていた電子カルテチームのプレッシャーは大きなものだったと感じています。実際にSquad制度をはじめとしていくつかやり方が検討されていたようですが、ここでは詳細を割愛します。
また請求レセプトチーム発足の反省として、切り出したチームの目的は明瞭だったが残された方のチームはそうでなかったこと、チーム間の人員計画を流動的に行えなかったことの2点があったため、電子カルテチームの分割では二の舞を踏まないようマネジメントとエンジニアリングマネージャとで議論を重ねました。
最終的にはLeSSフレームワークを参考にして、組織としてはひとつだが実装や意思決定は独立して行える2つのチームを作る方向としました。もう少し思い切った判断をしたほうが良かったのかもしれないとは今も思いますが、少なくとも半年ほど動かしてみて破綻せず協調して動けているため、判断としては間違っていなかったのだと考えています。
9月: 逆瀬川の部長兼務が終了する
電子カルテチームの権限委譲が9月1日付けで完了し、逆瀬川が部長を兼務することがなくなりました。これによって逆瀬川は製品本部長のみを兼務することとなり、個別のチームを見る必要がなくなりました。筆者と逆瀬川は他の経営関係者と権限委譲を進めるための予算・稟議周りの整理や人事制度の刷新を進めることに注力できるようになったため、12月までを見込んでいた一大プロジェクトが早めに片付きました。
と、ここで満足しないのが我らがCCOの林太郎です。まだ4ヶ月あるやん!という激励をいただきまして、本部長と部門長の責務を具体化したうえで、逆瀬川に製品本部長をも権限委譲してもらうべく動きました。ここで指名されたのが1日めのアドベントカレンダーを書いてくれた縣(id:agtn)ですので、よろしければ彼の投稿も読んでもらえれば楽しんでいただけると思います。
その後は順調に話が進み、縣が製品本部長に加えてVP of Productないし製品部門長を担うことになりました。これについては私が扱う内容を離れているので、いずれ役員が書いてくれるかなと思います。

11月: 縣が製品部門代表としてお客様にご挨拶をする
そして11月7日には弊社がお客様をはじめとした関係者を招いて地域医療の理想をともに語る場を設けたのですが、この場では逆瀬川ではなく縣が製品部門代表としてお客様にご挨拶をしています。これがかなりエポックメイキングな出来事であったことは、ここまで読んでいただけた方には伝わるでしょうか。
またこの頃には逆瀬川は CEOとしての活動、特に採用や意思決定に全力で取り組めるようになりました 。わかりやすいところでは第1四半期ではCEOの対社外の露出がnote記事2本に留まっていましたが、第4四半期ではまだ1ヶ月を残している12月頭の時点で記事3本、登壇3件とかなり増やせています。こうした地道な露出が将来の顧客や採用などの機会に繋がることを考えると、かなり良い改善状況ではないでしょうか。
- 記事: エンジニア組織の“30人の壁”を乗り越える工夫 専門領域×リモートの開発環境を成立させるチーム設計
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- 記事: ヘンリーが目指す公共的価値の創出〜政府渉外の実際について、社長に直撃! PART1
- 登壇: estie PM Meetup #6 ドメイン知識の壁とその突破法
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振り返って、VPoEは何をしたのか、その存在意義はなにか
1年前は開発組織のほとんどのマネジメントを経営が兼務していた状況でしたが、我々は10ヶ月でこの問題を解消しマネジメントに権限委譲をするとともに、経営が採用や意思決定などの活動に注力できる状況が生まれました。また私や縣のような執行役員に執行が任せられる体制も整いました。これは拡大期のスタートアップにおける経営のあり方としてひとつの理想形だと考えており、結果が出せたことにひとまずホッとしています。
ただこの10ヶ月でVPoEがやったことを振り返ると、実はそんなに多くのことはやっていません。1月に方向性を示してやるぞとコミットしたこと、3月にスコープを決めて実際に権限委譲を進めたこと、その反省を踏まえて7月に最後の権限委譲を進めたことだけです。しかも3月と7月に悩みながら意思決定したのは筆者ではなく、対象チームの皆さんでありマネジメントであり、逆瀬川でした。筆者は「分割と権限委譲、するから。」と早期にスタンスを明示しておき、その成功を信じてビジョンを描き、あとは適切と思われるタイミングでリマインドを実施したのみです。
おそらく重要だったのは不安に名前をつけて整理して解決可能であることを示したことと、逆瀬川ではない他の人が部長を務めても充分に回るしむしろ理想に近いと言い続けたことです。これは連結6,000人のメガベンチャーでマネジメントを経験した筆者だからこそ、マネジメントが少ない段階でも確信を持って言えることだったのかもしれません。VPoEがあるべき姿を描いてその実現を信じて諦めていない、そのことを日々行動で示すことで一時期止まっていた検討が再開したり、理想的ではないかもしれないがそのときのベストを決めて次に行く動きが起こせたりといった効果があったと思っています。
株式会社ヘンリーはエンジニアリング組織の理想を追求していきます
権限委譲の浸透はひとまず行えましたが、SECIを回して学べる組織になるのはこれからです。また各チームが自律的かつ短時間に顧客と向き合って価値をデリバリーしていける状態を作るにも課題があると感じています。加えて縣とも話している課題として、チームの割り方がFeature Factory的になっていないか、バリューストリームで分けられないとしてももっと顧客価値に沿ったチームの形があるのではとも検討しています。デザイナーやQAといった専門家の知見を開発プロセスに横断的に組み込んでいく挑戦もまだ始まったばかりです。
株式会社ヘンリーではチーム作りのために泥をかぶり東奔西走しながら重要だけどとても地味なエンジニアリングを積み重ねられるVPoE室付きエンジニアを募集しています。エンジニアリング組織や社会課題解決、そして仲間が好きなエンジニアに来ていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。