大津宿日記

@daaaaaai の日記です

「BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?」読んだ

高速鉄道や巨大建築物といった大きなプロジェクトのなかでは、成功するものもあれば失敗するものもある。 それはなぜか、という問いに経済地理学者で、オックスフォード大学とかコペンハーゲンIT大学で教えているプロジェクトマネジメントの研究者が答えた本*1

データから巨大プロジェクトの失敗率を調べて、事例で失敗と成功の差を描いていて読んでいておもしろい。地下鉄や巨大建築物のノウハウが仕事にすぐ参考になるとはあまり期待はしていなかったけれど、意外と役立ちそう。

ノウハウとして、ピクサーの映画撮影では、脚本をつくってから簡単な絵コンテで通してつくってスタッフで声もあてて内部で通してみてからシナリオを修正する、というループをたくさんまわすことで、実制作の手戻りを避けているとか、ビルバオグッゲンハイム美術館をつくったフランク・ゲーリーは設計を3D CADでつくって試行錯誤・検証してから建築を開始することで施工中のトラブルをなくしている(そうしないことで失敗したのはシドニー・オペラハウス)といった、しっかり計画する、そして素早く実行するということの重要さが映画でも建築でも同じような手法をとっていることに感心した。

そして、プロジェクトの失敗率の高さと、失敗時の損失の大きさ(ファット・テールと表現していた)はやっぱり大きい。システム開発プロジェクトを見慣れていると、よくあるよね、と思っていてもやっぱりたいへん。国家プロジェクトでは見積もりを小さく見せたい政府の意向で失敗率もさらに増えてしまうという問題もある。

本書 p271 より引用

中でもITプロジェクトのリスクの高さは、ほかのプロジェクトと比べることで改めて驚かされる。巨大な建築物や航空宇宙プロジェクトにも匹敵しているのは衝撃的だ。

このITプロジェクトについてはあまり深堀りされていないけれど、スタートアップについてはエリック・リースの「リーン・スタートアップ」をひいて計画の重要さにふれている。最終成果物がみえないなかで、実験し学習しながら探索的にプロダクトをつくっていくというのも広義の計画だという。生成AIで開発自体がはやくなっている現在、より重要かもしれない。

エリック・リースは、スタートアップの置かれている環境が「とてつもなく不確実」なため、開発したプロダクトが市場に受け入れられるかどうかを事前に知ることは不可能だと指摘する。 「顧客がほしいと口で言うものや、ほしがると私たちが考えるものではなく、彼らが本当に求めているものが何なのかを学ぶ必要がある」と彼は書いている。そしてそれを知るためには、「実験」をするしかない。

そして、これは、シリコンバレー的プロジェクトだけではなく、アポロ計画のような巨大プロジェクトで、ロケットを周回軌道にのせる、乗組員が月着陸船に移動する、着陸船と母船をドッキングする、といったステップをひとつひとつ検証したことと通じているという。

ほか、おもしろエピソードとして、イギリスで高速鉄道をひくときに、工事中に歴史的遺物がでて計画が遅れることの対策として、事前に専門の考古学者全員と顧問契約を結んだというのがよかった。安くはないけれど、プロジェクトを中断するコストに比べればずっと安くすみ理に適っていたという。そしてイギリス史上最大級の考古学プログラムとして大々的に宣伝し、イメージアップを実現したというのもよい。

読んでいての疑問としては、東海道新幹線や東京タワーといった、高度経済成長期の巨大プロジェクトはなぜうまくいったのか、というものがある。 もめがちな土地確保リスクが少ないとか、環境リスクアセスメントをまったく気にしていなかったとかはあるだろうし、黒部ダムのように今より命が安かったというもあるかもしれない。戦争を経験していた技術者が多かったこととかもあるだろうか?

最近だと、中央リニアや北陸新幹線延伸はかなり厳しそう。これはプロジェクトマネジメントというよりも、土地制約のなかでの地中掘削の限界とも感じるし、この本のノウハウがったとしてもどうあるべきだったかはわからない。 いっぽう、大阪関西万博は、なんとかかろうじて間に合って結果的にある程度は成功したけれど、開催にこぎつけるまでのプロジェクトマネジメントがどうだったのかは知りたい(まあ訴訟リスクなどもあるだろうので公開されることはしばらくはないかもしれないけれど)。

最後、巻末にあった11のコツを引用する

1「マスタービルダー」を雇おう

マスタービルダーとは、中世ヨーロッパの大聖堂を建設した熟練した棟梁に与えられた称号とのこと。これが一番重要とのこと。経験には価値がある。 しかし人はどうマスタービルダーになるのだろう。マスタービルダーのもとで経験を積むのがよいのだろうけれど、そういう観点で職場を選ぶのはよいかもしれない。

2「よいチーム」を用意しよう

マスタービルダーと一緒に仕事をしてきたチームが一番とのこと。それはそうなんだけど・・・

3「なぜ?」を考えよう

プロジェクトの目的を明確にする。新技術の検証なのか、既存資産の利用なのか、そうではなくて顧客の体験なのか。手段にこだわるとつらいプロジェクトになるというのはわかる。

4「レゴ」を使ってつくろう

モジュール化し分割することでリスクを減らせる。ヒースローのターミナル5や、中国のコロナ病棟など。

クルミドコーヒーの影山さんの「ゆっくり、いそげ」を連想した。かなりいい本だと思ったけど内容全く覚えていない・・・、また読み返そう。

5 ゆっくり考え、すばやく動こう

計画時点で試行錯誤し、実行は早く。実行が長いとそれだけリスクにさらされるとのこと。ただ、これはそれはそうだけど、だれもゆっくり実行しようとは思っていないのでは・・と思った。

6「外の情報」を取り入れよう

みな、自身のプロジェクトをユニークだとは思うけれど、近いプロジェクトはあるはずでそれにかかったコストを調べることで見積もりの精度はあがる、ということ。 しかし内製するITプロジェクトで費用や期間を集計するのはたいへんだ・・・。

7「リスク」に目を向けよう

はい

8「ノー」と言って手を引こう

ITプロジェクトマネジメントの重要な方法論。

9「友好な関係」を築こう

問題が起きていないうちから関係者たちとリレーションをつくっておくことで、いざというときに助けてもらう

10「地球」をプロジェクトに組み込もう

はい

11 最大のリスクは「あなた」

楽観主義と自信過剰に注意しなければ・・・

プロジェクトマネジメント本としては大昔にNASAの本を読んだのもおもいだした。 巨大プロジェクトを常勝させる組織力人間力・技術力を身につけたいものです(しかし巨大プロジェクトは心身に悪い・・・)

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*1:著者肩書の 「オックスフォード大学第一BT教授・学科長、コペンハーゲンIT大学ヴィルム・カン・ラスムセン教授・学科長」というのどちらもよくわからなかったけど調べてみるとどちらも寄付講座のことのようだった

イラク水滸伝 (高野秀行)を読んだ。探検エスノグラフィーの傑作

冒険野郎の高野秀行さんのイラク水滸伝を読みました。イラク南部の湿地帯を探検して行く話で、これまでの旅行記に比しても、フセイン政権崩壊以降は、自衛隊も派遣されたりISISが席巻したりと治安が悪い地域という印象があり、実際に高野さん訪問中にも爆弾テロが散発しているようすで読み始めてしばらくはピリピリした空気を感じる旅行記だった。

けれど、古代文明を育んだティグリス川とユーフラテス川のあいだには広大な湿地があって、そこでは足場の悪さから国家や権力にも支配されず、燃料にも建材にもなるカサブ(葦)の生産力で水牛を飼って暮らしているという、イスラム文化ともまた違うユニークな文化があるという。

ある種のアジール的というか、抑圧される側の逃げ込む場所にもなっていて、著者が水滸伝梁山泊のようであると評しているように独自の気風が感じられておもしろい。もちろん危険な地帯地域で文化も違い、探索は難航するのだけど、国内で専門家に話を聞きに行ったり、専門書や論文なども多数引いているのも探索力を感じる。

葦の生産力と書いたけれど、葦だけではなく、湿地で驚くほどたくさんの魚が取れている様子にも驚いた。特に鯉の円板焼きなどが名物料理らしくおいしそう。またここでは水牛も飼われていてその水牛の糞がまた栄養になって葦や魚もいるというアクアポニックス的。パストピシキュリチュールというらしい。

「フランス語でパストピシキュリチュールってやつやな」と山田隊長が感心したように言う。 「なんですか、それ?」 「アグロフォレストリーみたいなやつで、牧畜と漁業の組み合わせや」  一九九〇年代辺りから環境保全が世界で最も大きな課題の一つになると、アグロフォレストリー(農業と林業を組み合わせたもの) やアグロパストラル(農業と牧畜を組み合わせたもの) などが注目を集めるようになった。隊長は「循環共生型生活圏」という言い方もする。 (中略) 「(西アフリカの) ニジェール川中流域には広い氾濫原(川の中洲で湿地みたいなところ) があるやろ? あそこには牛を飼っている牧畜民と漁師がおる。別々の民族で言葉もちがうんだけど、一緒に暮らす季節がある。牛がたくさん糞をして、川が増水するとそれが水に溶けて魚のエサになる。すると漁師が獲る。牧畜民も分け前として魚をもらえる。これがパストピシキュリチュールや」  補足すれば、牛や水牛の糞は魚にとって大好物の餌だという。もし漁民だけが暮らしていたら魚はそれほどたくさん獲れないだろう

日本ではシャコもハマグリもいろいろ水産資源が減ってきていて、この水産資源の減少は川から流れる栄養が少なくなっていることだったり護岸が固められていて上流域の生物多様性が失われていることだったりとか色々言われているけれどるけれど、もしかしたら何かヒントがあるのかもしれない。ただ現在はこの湿地も上流のトルコでダムが建築され灌漑で水を利用されるなどしてこの地帯に流入する水量が減って、またかなり文化が変わっていくだろうとのことではあった。

終盤、現地の船大工に伝統の舟タラーデをつくってもらってそれで旅をせんとするのだけれど、それは挫折していた。ひとつは、フセイン政権崩壊後の混乱のなかでは各地の警戒も高まってよそ者への警戒心が増していたということもあるし、古来の舟文化が廃れて地域間の物流には車が使われるようになり、舟で地域をまたぐ移動が途絶えて交流もなくなっていたということもある。

ほか、水牛のチーズの作り方を教えてもらったり、カサブで家をつくってみたりといろいろ体験していくこともすごい。百聞は一見に如かずを越えている。

全体を読み終わってから、2つの意味でイリイチが「コンヴィヴィアリティのための道具」を連想した。コンヴィヴィアルとは、自立共生、というような意味で、官僚主義的になる産業社会の道具ではないということ。さまざまなものに使うことのできるカサブ(葦)がまさに、コンヴィヴィアルのための道具、食にも住にもつながっているし仕事にもなっている。そして逆に、車が発達することで、舟を中心とした湿地帯間のコミュニティは変わってしまっているというのはイリイチのいう「破壊的な道具」なようにも思える。イリイチはコンヴィヴィアルな社会をユートピアであるかのように描いていたし、湿地帯は、エデンの園のモデルの候補でもあるように、ユートピア的ではあるものの、なんというか、氏族社会的なものにならざるを得ないのもしれない、とも思ってしまった。

ほかおもしろかったところ

日本では、濃尾平野を流れる木曽川長良川揖斐川のデルタ地帯に、かつては権力から独立した人々が住んでいた。織田信長を最も苦しめたという長島の一向宗徒がそれ

日本にも湿地の民がいた

メソポタミア文明が三千年以上も続いた理由を目の当たりにした気分だった。  多くの文明は自然破壊によって滅びてきた。具体的には森の消失だ。都市や国家が栄え、人が集まれば集まるほど、多くの燃料が必要になる。木をどんどん切っていくと、森の再生が間に合わず、森がなくなっていく。森がなくなると雨が降ったときに洪水が起きやすくなり、土地がやせる。同時に、直射日光を浴びて地表の温度が上がり、水分の蒸発量が増えたり砂塵が巻き上がったりするなど複合的な作用から雨量が減る。やがて砂漠や荒れ地が増え、最終的には作物は育たず、家畜も飼えず、燃料は全くなくなる。

これでよんだ。日本の世界でもまれな降水量による森の生産力や、この湿地のカサブは例外なのかもしれない。

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革命詩人のムザッファル・ナワーブだ。一九三四年にバグダードで生まれた彼は、新聞のインタビューに答え、こう語っている。 「大学生のとき、とても声のいい友だちに出会った。言葉もいいし、声も美しい。その友だちは私をアマーラのカハラー川(高野註:岸辺にマンダ教徒の舟大工が住んでいる、東部湿地帯に流れ込む川) にある実家へ連れて行った。  今までバグダードの言葉と音楽しか知らなかったからアフワールでショックを受けたよ。土、水、カサブ(葦)、水牛の声、コーヒーを挽く音といった景色や生活の様子があまりに鮮烈だった。  誰かが詩に書くのを待っていたかのよう。書いても書いても書ききれない。  当局はアフワールを恐れる。それは叛乱があるからではなく、美しいから。醜いものは美しいものに恐れを抱く。だから当局はアフワールを破壊しようとするのだ」(「アル=ハヤー」紙 一九九五年五月二十七日 ハイダル君と高野の訳による)

傑物をたくさん輩出しているところも梁山泊的。

読書メモ「体にいい食べ物はなぜコロコロと変わるのか(畑中三応子)」

1712年の貝原益軒「養生訓」から現代までのさまざまな健康法を紹介しているおもしろ新書。これを食べると健康になるとかダイエットになるとかアンチエイジングとか、さまざまある。白米食が健康だとか身体に悪いとか議論があったり、紅茶きのこや酢大根、ケフィアとかがブームになったりとかほんとひどい。

特におもしろいのは、非専門家だけではなく、医学博士とかどこどこの教授とか、アカデミックな背景のある人が検証されていないものにしばしばおすみつきを与えていたり、メディアが後押しをしたりでいともたやすく流行をつくれてしまうこと。

1973年に「にんにく健康法」を著し、111万部のヒットになった大阪市立大の渡辺正助教授の「健康法考現学」で説明されていた健康法のつくりかたはがおもしろかった。簡単に要約すると

  1. ある種の健康食品が有効である学問上の説明(ないときは以下に、その効力が神秘性を持つか伝説などから引用してありがたがらせる)
  2. ついでこれを応用し、いかに病気が治るか詳細に述べる
  3. 終わりにこの食品を有効に利用するための調理法もしくは両方を述べる
  4. 表また裏の表紙に執筆者の紹介ないしほめことばを書かせ売るべき本ができる

とのこと。はがきを送ると、紅茶きのこの種を無料で送ったりとか、営業手法もおもしろいけれど、フードファディズムによっていともたやすくムーブメントがつくれてしまう怖さがある。

アメリカでのインフルエンサーによるスーパーフードブームも同じでどこの国でもやっていそうで人間は同じだとも感じる。

yuhka-uno.hatenablog.com

有機農業/オーガニックも、こうした、フードファディズム的にもてはやされることがあって(「農薬は危険で無農薬は安全だ!」、とか)、それによって売れる側面もあるけれど、もともとの環境の循環を大事にしていくオーガニックにとってはよくないよなあ、と感じています。

年表や参考文献もしっかりしていて嬉しい本でした。

関西万博最終日のふりかえり

半年間にわたって開催された大阪・関西万博が終わって2週間ちょっとたった。妻は何度も、万博が終わってしまった・・・と寂しそうにつぶやきつつ、関連施設への遠征予定をガシガシ入れていて、不適切なたとえだけれど、戦争が終わったけれど戦場を忘れられない元兵士を連想してしまう。

そこまで妻をとりこにした万博全体についても振り返りたいけれど、自分もまだ整理がつかず、ひとまず最終日のことを時系列順に記録しておく。

最終日、自分と5歳児は東ゲートで10時、妻は西ゲート10時を予約。9時だったらもっと早起きしていかなきゃ、となっていたかもしれませんが10時だったのでゆとりをもって移動できたのはよかったかも。

JR西のポスターも別れを告げている

夢洲に着く直前にはいよいよ夢洲ですというアナウンスが流れ、このアナウンスを聞くのも最後かと思うと切ない。妻に頼まれて録画もしたけど見返すことはあるだろうか・・・。車内もいつもよりもそわそわしている気がしました。

最終日だしウォータープラザの写真を撮ってもらうことにし、妻を待っていると突如アナウンスがあってミャクミャクが登場。

突如現れて人に囲まれるミャクミャク
噴水を操ったり、来場者とコミュニケーションを撮っていました。子を肩車して何とか見えた。最終日ですが生ミャクミャクは初めてだった。

そんなこんなで西ゲートからきたと妻と合流し写真を撮ってもらう。撮ってすぐ、妻はプティーン買ってくる!とカナダへ移動し自分と子だけ写真購入列に並ぶ。 台紙付きの写真とデータで2000円、行列をさばくために買うかどうかにかかわらず投機的に写真を印刷していて面白い。日付は台紙で隠されてしまったけれど右上には2025/10/13とのっている。

そしてアメリカ館に並ぶ。ここ、妻は初期の英語回に並んで入ってまあまあおもしろかったという、まあ派手だし評判はよいらしいし・・・と、なんだかんだ3時間近く並んで、妻はカナダ館で買ってきた缶ビールを3本あけておしゃべり。子もなんだかんだ不平を言わず偉かった。

まだ空いている大屋根リング

途中、スタッフからステッカーをもらったりもする。もうちょっと早い時間ではピンバッジも配っていたそう。 行列中にフジTVから取材を受けて夕方のニュースで使われるかもとのことだったけど、使われず。

いつの間にか人が増えてきている

映像や展示のいくつかはトランプ化されているようで、トルクメニスタン館と並び立つほど。なんか展示は宇宙を思わせるものが多く面白かったけれどなんといってもスパークの歌 together が印象的もう宝塚のレビューの歌のように頭に残るのがすごいし子も歌っている。

おなかが減ってリングサイドマーケットプレイストルコ料理屋に移動。フラッグパレードのために場所取りをしている人も多数いた。トルコ料理を待っていると、キッチン内でスタッフが並んで偉い感じの年配のスーツの男性が今日で最終日皆様ありがとうございましたと挨拶してレストラン内でみんな拍手したところに立ち会うことができた。宝塚の千秋楽挨拶を連想(妻の影響で何でも宝塚になる・・・)。

トルコレストランSOFRAの挨拶

ようやくひと心地つく。子はチーズピデをぱくぱく食べていてよい。トルコアイスどんどるまんを子が翻弄されつつ受け取って食べさせて、いよいよフラッグパレード。人がたくさんいたので様子は見えなかったけどちょっと遠くから脈々いやはたは見ることができたみんな立って手を伸ばして拍手していて祝祭の終わりにふさわしいイベントだと思う。

大屋根リングとフラッグパレードを撮ろうと待ち構える人々

そこから大屋根リングに上がろうかと思ったけれどエスカレーターも長蛇の列でさらに途中で打ち切られてしまったので仕方なく移動。

エスカレーター打ち切りの瞬間

コモンズのガラスにはみんなメッセージが書かれていてこれもこれも何かこみ上げるものがある。

コモンズA
ええの見せてもろたな、という気持ちになった。

フランスパビリオンのわかれ
467万人も入ったのか。関西万博には2500万人ほど来場していたそうなので、単純計算で20%近くが見たというのはすごい。

最終日もキッズたちは遊ぶ
ころころ広場は後半ずっとメンテナンス中だったし、キッズたちが競って登っていたコミャクの像は警備員がついて登れなくなっていたけれど、ここはずっと人気。

最後妻がまだ行ったことのないレストランとしてUAEのレストランに並ぶことになり別れる、コモンズDのパレスチナへ。ちょうどお越しになっていた大使とツーショットを取ることができた。あとコモンズCではウクライナも2回目の見物できた。万博期間中は好転せず、国際社会の無力さを感じる。

最後にこれを見れて良かった

ここではイスラエルも出ていて、警備員2人が張っていることに気づく。複雑な思いがある。

さよなら

これも見納め

UAEレストランでは、ラムウージが大変おいしかった。そしてラクダのミルクのピスタチオ感がいいし、デーツとのコーヒーもいい。5歳児がデーツをうまそうに食べていた。ちょうどこの中にいる時に花火が鳴って見ることができなかった。

そこからウォーターフロントに移動しドローンショーを見ようかとしていたら、妻がマルタにはまだ並べると言って最後に並びだす。マルタに並んでいる間にドローンショーが始まって見上げる。途中蝶の数が違うことに妻が気づいたりする。最後に、ミャクミャクが現れたときの周りでのどよめき、これは忘れがたいシーンだった。

www.youtube.com

ブレているけれど、撮った動画をYoutubeに上げました。マルタパビリオンでもちょうどスタッフが小さいくす玉を開いたり、姫路城に展示されるという鎧や工芸品を見ることができた。スタッフとハイタッチして退場。

最後、大屋根リングに上って反時計回りに歩こうとしたけれどなかなか渋滞で降りるか迷うものの、北側のエスカレーターからはすきはじめて歩き続ける。

巡礼という言葉がよぎった

人・人・人
スペインだったりイタリアだったりがパーティー状態でもりあがっている。静けさの海の上の方へはもう進めなくなっておりエスカレーターで降りて一周はならずちょうどセブンイレブンでは店員さんたちが出てきて挨拶をしているところにも遭遇した。

水面は静か
チェコ館の前もすごい人。いつのまにか桃がなくなっていたポルトガルは静か。なにがあったんだろうか。ちょうど10時に東ゲートを抜ける。

さようなら

まわりのひとたちも満足げな表情で一緒に満ち足りた気持ちになりつつ、帰路についた。

できてないことはたくさんあったけれど、半年にもわたる、巨大祝祭空間の閉幕に家族3人で立ち会うことができたのは幸運だった(だいぶ前から最終日の予約を撮っていました)。万博自体に批判もいろいろあるけれど、まあ大事故がなくてよかった。スタッフの皆様、ありがとうございました。

5歳の子にとっては人生の10%が関西万博だった。親に連れまわされて、えー、また万博?と言っていたけれどなんだかんだ楽しんでいた気がする。

その他

JR西日本グループpresents ありがとうと旅立ちの祭典~Thank you for all…~」はYoutubeで公開してほしいよ。

第3部のピアニスト、ハラミちゃんさん分は本人があげていた。

www.youtube.com

バンギャルディ(という名前はここで初めて知った)とのダンスもちょっとおもしろかった

youtu.be

dai.hateblo.jp

dai.hateblo.jp

さよならGooブログ。はてなブックマークから振り返ってみる

老舗ブログサービス「Gooブログ」が2025年11月18日に終了する。

goo blogサービス終了のお知らせ

はてなブログが移行支援しているのでぜひGooブロガーのみなさまには移行してほしいけれど、長らく更新されていないブログは移行されず、消えていくんだろう。

そこで、はてなブックマークというソーシャルブックマークサービス*1で、ブックマークされている、つまり人々が注目していた記事や、自分がブックマークしていた記事を探して、Web魚拓にとりつつ、なつかしんでみます。 (よかったらみなさまも自分のブックマークを「 blog.goo.ne.jp 」で検索して記事を書いてください!)

(お願い)執筆時点で公開されているブログが、消え去る前にとWeb魚拓をとってリンクを貼っていますが、ブログ執筆者さまで削除ご希望でしたら、お手数をおかけし恐縮ですがコメント欄などでお知らせください。

勝ち組になりたいと思いながら過労死した、ある男の人生(2006-06-28, 華氏451度)

megalodon.jp

子の教育や家族のために猛烈に働いただろう父の話。悲しいけれど愛を感じる。

マスコミの片隅に棲息。非力な庶民の一人に過ぎないけれども、奪われたくないもの、奪い返したいものはある。メ-ルは[email protected]

2005年から2008年まで書かれていたブログ。お父さんが旧制中学をでているならもう70代だろうか。

何か大きなことを成し遂げるときに、最初にやること(2010-02-14, My Life After MIT Sloan)

【魚拓】何か大きなことを成し遂げるときに、最初にやること - My Life After MIT Sloan

Gooブログでまず思いつくのがlilacさんこと倉本由香利さんのブログ。 たくさんブコメもついている。東大の理学部物理学科・修士課程をでていてMBAにいく前後や出産・育児のことも率直に書かれていておもしろい。 昨今は仕事と育児にお忙しいのかブログはあまりかかれていないけれど、調べるとマッキンゼーでパートナーというまじでドエリート。

いまみると、グローバルなキャリア志向で珍しくはないかもしれないけれど、2010年ごろはかなりまぶしく感じたものでした。当時の日本の経済や製造業・イノベーションについても書かれていて危機感が伝わるけれど、いまはそれをさらに追い越してしまっている。昨今のAIの発展やアメリカ製造業の状況についてもまた書いてほしい。

ほかにもよかった記事。女性のキャリアについてもいい記事を書いています。 連絡取れる方はブログ移行をすすめてみてほしい。

【魚拓】どんだけマッチョじゃないと起業できないんだ、日本は。 - My Life After MIT Sloan

【魚拓】人が組織のために倫理を犯してしまう時-クリステンセン教授のメッセージ - My Life After MIT Sloan

カラヤンが指揮した上智大学管弦楽団(1973年)(2017-04-27, チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ)

【魚拓】カラヤンが指揮した上智大学管弦楽団(1973年) - チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ

20歳の女学生が帝王カラヤンを動かしたという話。語彙がないのだけれどよすぎる。

2025-09-25にはてなブログに引っ越している!!

チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ

国連はウルトラ警備隊じゃない(2011頃,水川青話)

・国連はウルトラ警備隊じゃない (対リビア安保理決議などについて追記あり) - 水川青話 Old & New

はてなブログに移転していた!!国際社会は無力・・・ (GooブログのURLからはてなブログトップにリダイレクトする仕掛けはあるけれど、記事自体はGoogleのクローラにも引っかかっていなさそうだ)

当時のブクマ

[B! 国際] ・国連はウルトラ警備隊じゃない - 水川青話

日本よ、雪白の翼を再び (2010-11-16, 経済を良くするって、どうすれば)

【魚拓】日本よ、雪白の翼を再び - 経済を良くするって、どうすれば

わりと専門的な内容をしっかり書いているなかで、経済について力をいれていていくつかブックマークもしている。そのなかでも、この記事、乳幼児給付で少子化対策をすることで経済をたてなおす、と。。いまからでもやったらいいと思うのだけど・・・

2009年から書かれていてもう2,400本は書かれている長寿ブログ。 10/1、はてなブログに移行している!みんな読者登録しましょう

経済を良くするって、どうすれば

これから面接に臨む学生のために (2010-05-18, 山崎元

【魚拓】これから面接に臨む学生のために - 評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」

山崎元が原稿やTVでは伝えきれないホンネをタイムリーに書く、「王様の耳はロバの耳!」と叫ぶ穴のようなストレス解消ブログ。

ブログ名は設定されていない。2024年にお亡くなりになった経済評論家の山崎元さんのブログ。

ほかにもベーシックインカムの紹介や著述業とは別の、やや気軽な文章がおもしろい

ベーシックインカムについては多数書いていてブコメも集めているけれど、最初はこれ。

【魚拓】「ベーシック・インカム」を支持します - 評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」

【魚拓】超々シンプルな個人のマネー運用術 - 評論家・山崎元の「王様の耳はロバの耳!」

ニシンの酢〆握り寿司(2015-01-30, 鏡面界 - 魚食系女子の気まぐれ雑記帖)

【魚拓】ニシンの酢〆握り寿司 - 鏡面界 - 魚食系女子の気まぐれ雑記帖

2012年7月から2016年6月30日までに600以上の魚関連の記事を書いていて写真も料理もたいへんうつくしくすごい。コメントもにぎわっている。タイトルの「鏡面界」もかっこいい。

自己紹介

鶲 ( Hitaki ) です。 呑気で、まったり、魚食系女子。 お魚料理を中心に、あれこれ、気まぐれに。

ウロコが飛び散り、少しナマ臭いブログですけど、御贔屓に~ !

知らなきゃソンする?ドライトマトの作り方 (2010-08-19, ぽぽぐち日記)

【魚拓】知らなきゃソンする?ドライトマトの作り方 - ぽぽぐち日記

食べることとお花(野菜)を育てることが大好き!家族は夫のヤギー(山羊座)と小3の長男。長女は就職して一人暮らしです。 リンクフリーですが写真のみの転載はご遠慮下さい。

おいしそう。

初心者でも作れるきらきらアイスティーのレシピ3つ(2012-04-11, ぎんぐの紅茶)

【魚拓】初心者でも作れるきらきらアイスティーのレシピ3つ - ぎんぐの紅茶

2004年から書かれていて2021年で途絶えている。サイドバーのつくりこみは随一かも。最後の記事はWordPressへの移行方法についてだが、移行先がないということはうまくいっていないのだろうか。。。

紅茶初心者の試行錯誤と奮闘記。 紅茶初心者が、まともに紅茶が入れられるようになるまでを楽しんで頂けると嬉しいです。

【魚拓】ミルクティーの作り方まとめ~レシピ17種 - ぎんぐの紅茶

【魚拓】現在のミルクティーの作り方 - ぎんぐの紅茶

こちらもよい

Apache OpenOffice、プロジェクトの終焉を協議(2016-09-03, いくやの斬鉄日記)

【魚拓】Apache OpenOffice、プロジェクトの終焉を協議 - いくやの斬鉄日記

UbuntuOSS全般について書いているあわしろいくやさんのブログ、移転はしない宣言をしている。 OSSプロジェクトの終了やWebサービスの終了など、少しつらい話がある。

僕が一番超広角を上手に使えるんだ! (2011-05-04, R日記)

僕が一番超広角を上手に使えるんだ! - R日記

コミケでコスプレ写真を撮っている方。広角の使い方を学べました(持ってないけど・・・)

2005年から2015年まで多数の記事を書いていたけれどその後ぱたりと途絶えてしまっている。 人の写真を撮ってあげることにまだ牧歌的な時代があったことがわかる。

ニセ科学」の授業をやろう!(2010-02-05, 杜の里から)

【魚拓】「ニセ科学」の授業をやろう! - 杜の里から

HN:OSATO まあ、親父です。

長崎大の長島雅裕さんの講義資料をひいている。その長崎大のサイトはリンク切れているんだけど、コメント欄でいろいろ議論されているのがおもしろい。ブログのコメント欄、コミュニケーションの場としておもしろいとおもっていてAIでモデレートされたりすることでもっと楽しくできないかなあ、とは思う。 そしてこの方ははてなブログに移転している!

杜の里から

派遣村」叩きに日本の国民性を思う (2009-01-07日、玄倉川の岸辺)

【魚拓】「派遣村」叩きに日本の国民性を思う - 玄倉川の岸辺

ハンドルネーム・玄倉川    「おもひ川渡れば叉も花の雨 」 高浜虚子

2005年から2011年まで、最後から2つめの記事は「生存報告」で心配。

日本の医学研究の本丸・AMED、末松理事長が審議会で衝撃発言、「我々の自律性は完全に消失している」(2020-02-09, 瀧澤美奈子の言の葉・パレット)

【魚拓】日本の医学研究の本丸・AMED、末松理事長が審議会で衝撃発言、「我々の自律性は完全に消失している」 - 瀧澤美奈子の言の葉・パレット

科学ジャーナリストの瀧澤美奈子さんのブログ。AMED、国立研究開発法人日本医療研究開発機構がどう壟断されていくか、官僚機構の横暴のようすがみてとれて暗い気持ちになる。しかしこういう複雑な組織が絡んでわかりにくい問題はメディアにも取り上げられにくく、権力ゲームに振り回されていくのだろうか・・・

最新の記事は2023年02月14日。

ホームページはいろいろ更新されていそう。 Home | Minako Takizawa

いまだにツイッターをやっている無名の皆様方、そろそろ、プチ有名人の皆様方に搾取されてる事実気付けボケ(2014-02-02, 僕と花子のルンルン生活だヨ!)

【魚拓】いまだにツイッターをやっている無名の皆様方、そろそろ、プチ有名人の皆様方に搾取されてる事実気付けボケ - 僕と花子のルンルン生活だヨ!

中川淳一郎のブログ、しかし下品だな・・・。
2014年時点でTwitterは有名人の養分だからやめろといっている。その後、怒りを増幅させてアテンションを集めるアルゴリズムが実装されて影響力に取りつかれたインフルエンサーポストトゥルースバトルをする戦場になっており、中川さんもコロナ禍ごろから目も当てられないようになってしまった。

梁文道:チベット問題の最大公約数を探る(2008-04-09, 思いつくまま)

【魚拓】梁文道:チベット問題の最大公約数を探る - 思いつくまま

このときのチベット問題から現在はどうなっているだろう・・・。 チベットや中国のことについて書いているBABA Hiroyukiさんのブログ、Twitter(現X)は活動されている。

https://x.com/sinpenzakki

ジョージ秋山死去で草創期のNTTデータ(デ本)を回想(2020-06-01, まさおレポート)

【魚拓】ジョージ秋山死去で草創期のNTTデータ(デ本)を回想 | 団塊亭日常のブログ

いま78歳、前職のスーパー大先輩である。 4000以上記事を書いていてまだアクティブなのできっと移行してくれるだろう・・・。

長く住んでいたバリ島のこと、NTT法などのこと亡くなられた奥様のことなど書かれていて人生を感じる。

いち原作ファンとして映画版『この世界の片隅に』の見過ごせない改変について その5(2017-03-20, はしだてあゆみのぼやき)

【魚拓】いち原作ファンとして映画版『この世界の片隅に』の見過ごせない改変について その5 - はしだてあゆみのぼやき

シナリオライター橋立鮎美さんのブログ。この解釈の難しさの視点を丁寧にほぐしているのが勉強になった。

あとはおまかせ

【魚拓】あとはおまかせ

2006年08月からかなりの頻度で投稿している。ちょっと排外的ナショナリズムがきつい陰謀論なんだけれど、独特の色合いとあわせて人間味を感じてしまう・・・

プロフィールはこう。

友達は みな えらーくなっている・・・なにをやっても少数派 また楽しからずや・・

滋賀市民運動ニュース&ダイジェスト

【魚拓】滋賀市民運動ニュース&ダイジェスト

2006/2から14163件も投稿しているけれど、2012-06-05の投稿で突然終わっている。 市民運動の継続はむずかしい。

祇園祭イスラエル王国のジオン祭(2005-06-22, 倭国大和国ヘブライ王国

【魚拓】祇園祭はイスラエル王国のジオン祭 - 倭国、大和国とヘブライ王国

いまみると、ユダヤ陰謀論過激派なんだけれど、あまり陰謀論を知らなかったころなのでおもしろブログとしてみてしまってブックマークしていた。 しかし、最近ではイスラエルの横暴とそれを見ぬふりするアメリカをみているとユダヤ陰謀論を軽んじにくくなっている・・・。

2005年からはじまって2013/07/14に終了

次のような自己紹介でハンドルネームは特になさそうで謎・・・

古事記の中に隠された、‘失われたイスラエルの十支族’の影を追っています

その他:移転したブログたち

ある医療系大学長のつぼやき - ムラゴンブログ

科学行政についていろいろ書かれている、鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の豊田 長康さん、ムラゴンという謎ブログサービスに移転している・・・。そして過去の記事のいくつかが検索にひっかかっていない。

イデオロギーポジションマップのZFさんははてなブログに引っ越していた

イデオロギーポジションマップ - ZF

2004年から書いていた柳美里さんはブログを移転はしないそう。はてなブックマーク上位は雑誌「創」の原稿料未払い系が多い・・・

柳美里の今日のできごと

消えたブログや記事

しかし、元の記事自体が消えているものもちらほらある

人類は分裂病のおかげで賢くなったんですよ,お父さん - Nothing Upstairs

[B! 本] 人類は分裂病のおかげで賢くなったんですよ,お父さん - Nothing Upstairs

チベット問題に厳しい視線を - かなろぐ [B! チベット] チベット問題に厳しい視線を - かなろぐ

中国の大規模掲示板の書き込みを訳してみた - 大陸浪人のススメ 〜迷宮旅社別館〜 [B! 中国] 中国の大規模掲示板の書き込みを訳してみた - 大陸浪人のススメ 〜迷宮旅社別館〜

教養がニコニコ動画の代わりだった時代があったんですよ。 - モノーキー [B! オタク] 教養がニコニコ動画の代わりだった時代があったんですよ。 - モノーキー

最後に

ブックマークをさがしていくことで、2009年ごろのリーマンショック、2011年の311、2020年からのコロナ禍といった時相がうかがえる。 いつのまにか更新されなくなったブログもあるし、今は活動されていないはてなブックマークユーザもちらほらみてなつかしさを感じる。 生成AIがますます存在感を増している時代にブログはどうなっていくでしょう。 インフルエンスバトルになっているSNSにうんざりしているのでみんなブログ書いてほしい。

そして、はてなーみんな池田信夫さん好きすぎる・・・。

池田信夫 blog[B!]人気記事・評価 - はてなブックマーク

blog.hatenablog.com

愛・地球博記念公園にでかけてきた

9月中頃、関西万博に執心している妻に、万博の予約をとれなかったから行こう、と誘われて愛知県の愛・地球博記念公園にでかけてきました。 ジブリパークや、ちょうどやっていた鈴木敏夫展はもう予約がいっぱいで入れませんでしたが20周年ということで「愛・地球博記念館特別展示」をやっていてかなり見ごたえがあってたいへんよかった(しかも入場無料!)。

愛・地球博記念公園自体は駐車場も週末は1日1,000円固定と良心的で、森もたくさんあって楽しく、当日の万博の名残を感じることができました。

愛・地球博 グローバル・コモン3跡地

通常の駐車場が満になっていて一車線の道を誘導されてグラウンドに停めたのだけど、そこはヨーロッパのパビリオンがあったところだったり。

そこから公園の施設があるところとは逆の、山にむかってスロープがあるところに子はいきたいといってついていく。

多目的広場からどんどこ森へ

朽ちつつある橋から20年の重みを感じる。一部を残すことになったという大屋根リングはどうなるだろう。 駐車場には車がたくさんあったけれど人の気はない・・・

森の中にたたずむサツキとメイの家

モリゾーキッコロバス

公園はかなり広いのでバスがたくさん走っている。モリゾー、誰かに似ているような。バスはタイミングが合わず頑張って歩きました。

温水プールで万博ではグローバルハウスとして利用され今はジブリの大倉庫になった建物

なんとなく平成前半感のあるデザイン。 この池近くの休憩所では、いちごおりという、凍らせた愛知県産イチゴをたくさんつかったかき氷が600円でよかった。万博価格に毒されていて一瞬安いと感じてしまった・・・(写真はない)

玉田多紀さんの段ボール製「ナガクテマンモス」

段ボールでつくったマンモスがどう朽ちてゆくかを展示していてめちゃおもしろい。7/20時点ではこうだった様子。

関西万博でかなり好きだったMikiko Kamadaさんによる「無限メタモルフォーゼ」も連想した。

大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン全部まわってきたので感想を書いた - 大津宿日記

さらにけっこう歩いて遊具ゾーンで足止めされてスガキヤを眺めつつ愛・地球博記念館へ

愛・地球博記念館。もともと迎賓館だったらしい

当時の万博の様子などいろいろある。なかでも最初の20年の変化が面白い。グローバル・ループという全長2.3kmの通路があったのはいまの大屋根リングにも通ずるかも。地形を活かした形になっているのがわかる。

2005年の愛・地球博会場

2025年の愛・地球博記念公園

会場そばにひろい森があって、モリゾー感がある。今回の関西万博が海の万博だとしたら山の万博という感じ。

当時のコスチュームやロボット、展示など

当時のお土産、デザインに平成感がある、気がする・・・

ほか、サツキとメイの家をつくるまでの過程の展示もあったけどこちらは撮影禁止。

貴賓室に鎮座するモリゾーとキッコロ

なんとなく懐かしさを感じるグローバル・ループ

という感じで万博後を感じさせる体験でした。 愛・地球博当時は10代でまったく行けるとは思っていなかったけれど、行っていた人がみたらどう感じるんだろう。夢洲はどうなるんだろう。単なるカジノであってほしくはないけれど・・・

その他

愛・地球博記念公園あたりの道路はIKEAやイオンや大型ロードサイド店舗が多そうでけっこう混んでいた。リニモは気になるけれど地下鉄と比べると輸送力は小さそうでどう車と人をさばいていたのかは気になる。

みんな大好き岐阜タンメンも混んでいた(でも各務ヶ原で食べたののほうが美味しかった気がする)。

岐阜タンメン 辛1 ウズラトッピング

岐阜タンメンは子どもラーメン100円で嬉しい。

あと、妻の希望で豊田市美術館で「モネ-睡蓮のとき」もいったんだけど、睡蓮の池まわりの絵が多く、なんかあいまいでほの暗い沼地ばかりという印象・・・。ポピー畑や積みわらなどの田園風景を楽しみにしていたのでちょっと残念だった。

修羅に入りつつある関西万博についてはこんな感想を書いています。

dai.hateblo.jp

大阪・関西万博のシグネチャーパビリオン全部まわってきたので感想を書いた

4月に軽い気持ちで一度は万博にいっておくか、と覗いてみたあと、万博をちゃんと批判/批評するには、万博の8つのテーマを代表するシグネチャーパビリオンをみておかねば、と通い始め6回目の訪問で全館いちどは訪問することができたので感想を書いてみます。とはいえ、インタラクティブで一期一会なパビリオンも多いので、いち側面でしかないのでご注意ください(あと後半に、シグネチャーパビリオンの予約をとるコツを書いてみました)。

訪問順です。

Dialogue Theater –いのちのあかし–

テーマ:いのちを守る
プロデューサー:河瀨直美(映画作家

expo2025-inochinoakashi.com

4月に開幕券ではじめて訪問した際、7日前予約で当選。たしか3番目か4番目の希望だった気がする。奈良県十津川村の廃校からもってきた古い校舎や、福知山からもってきたイチョウや庭のつくりが印象的で散策しながら楽しみに待っていた。入館時に回ごとに異なるという対話のテーマがカード配られる。そのカードには「あなたの中には、何人の天使と悪魔が住んでいますか?」という問いかけがあった。この問いは、同じ人がやさしさと残酷さが同居していることを自問させようという意図があるようには思うのだけど、分割して数えらるものではなく、天使的側面も悪魔的側面もある1人でしかないのでは、とあまりよい問いかけではないと感じてしまった。その後、ホワイエとして校舎内を散策する時間があり、木漏れ日の差し込む、鏡で遠くまで続くような学校の廊下や黒板などをみる。時間の蓄積となつかしさを感じる。

ただ、4月だったからか司会の若いスタッフも慣れていなく説明もかなりたどたどしかった。校舎にて、選ばれた素人である参加者1名と、運営側の方とのオンラインの対話をみる形式で、相手の顔は大写しになっているのを参加者の方の背中とともにみる。参加者からは若い男性で、相手はダンディーなおじいさま。最初の説明不足もあって、すでに関係性があるのか?とも感じられたのと、配られたカードのテーマの話ではなかったのでちょっと混乱もしてしまった。

当日に選ばれるという偶発性が緊張感のある対話をうみだし、それを参加者に見守らせて疑似的に体験させることで、他者を理解することにつなげさせることが「いのちを守る」ことにつながるのだろうか・・・と好意的に解釈もできるかもしれない。哲学者のリチャード・ローティが、会話し続けることが、自身を拡張していき、連帯をつくることで残酷さの小さい世界をことをつくっていく、といった話を連想した。ただ、昨今のイスラエルのガザでの虐殺におけるイスラエルの主張や、ロシアのウクライナ侵略でのプーチンSNSでの対話不可能なもめごとなどでみられる理不尽で堅固な被害者意識をみているとちょっと楽観的にすぎるかもはしれないけれど。

テーマや対話者によってはかなりおもしろくなりそうだし、機会があればまた行ってみたいしあわよくば対話に参加したい。 妻が8月に参加したときには、自分のときよりはおもしろそうなテーマで、神経の病気(ALS?)のおじいちゃんを相手に、32回万博ソロ参加の青年が対峙していたそう。 おじいちゃんがため口で偉そうだったり、難病という、「同情せざるをえない」立場にいて対等な対話にならない構図にずるさを感じておかんむりだったけれど、ここまで感情を揺さぶっていることはこのパビリオンのすごさなのかも。

いのちのあかし会場からの景色

null²

テーマ:いのちを磨く
プロデューサー:落合陽一(研究者/メディアアーティスト)1987年生

expo2025.digitalnatureandarts.or.jp

今回の万博でもっとも異彩を放つ外見のパビリオンで写真をみたことがあるひとも多いとは思う。8月平日、6時半に並び始めてに当日予約でダイアログモードをとることができた(9:03)。大人気なようでなかなかとれず、15回くらい万博に通っている妻からもうらやましがられた。事前に絵本ヌルヌルのたびを読んでおくことをすすめられたりミラードボディーアプリや、3Dスキャンアプリの準備が必要で、当日予約でいきなりとれても慌てないように予習しておくとよいだろう。

絵本は、意識を個体から全体に移すような暗喩がありこれはエヴァンゲリオン人類補完計画を、さらに記号による認識を手放し永遠の今を生きよ、というねこ(とらひこ)へのメッセージはマトリックスの人間グリッドコンピュータといった全体主義ユートピアを思わせて、あまり肯定的にとらえにくい。あとスマホでは読みにくい。

特設サイト | 大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「null²」│ Expo 2025 Osaka, Kansai Signature Pavilion null²

内容について、いろんなひとが中の様子をSNSに投稿しているから、6面ともジェネラティブアートでうにょうにょ動くんだろう、とはわかっていたけれど、実際に体験すると圧があって神秘的ではある。ただし、事前知識なく体験できていたらもっと衝撃だっただろうとも思ってしまう。万博関係者らで、最初期に事前知識なく体験した人々の感想があれば読みたい。

null2内部

そして、その場で、参加者から3名選ばれてミラードボディの情報でつくられたAIと対話する。この対話という点は、いのちのあかしと共通しているけれど、複製された自己という奇妙さ・居心地の悪さを体験するというのがみそなのだと思う。自己との対話は、内省につながりうるだろうか。ちょっとAIかインプットのできがわるくてか会話は成り立っていなかったけれど、けっこう恐ろしさを感じた。終わった後に、次の会の参加者の様子をマジックミラーの裏から楽しめ解説を聞けるというのは良い。限られたリソースで回転をよくするための工夫を感じた。

靴をぬぐので脱ぎ履きしやすい靴でいくことをおすすめします。靴をいれるための不織布の袋をもらえます(3名分、インスタレーションモードへの当選券があるとのことだった)。

null2は夕暮れがきれい

Better Co-Being

テーマ:いのちを響き合わせる
プロデューサー:宮田裕章(慶応義塾大学教授)1978年生

co-being.jp

8月平日、2か月前予約でとれました。妻に言わせると迷いの森である静けさの森の近くにある展示。屋外の、木立のなかに白い立体的なグリッドのような構造物が目立って気になっていて、その異物感についてはnull2と対象的。村田製作所製のデバイス「石ころ」を持ち、それが前にひっぱられるように揺れたりして誘導されていく。この万博では、なにかデバイスをもつ展示がいくつかあったけれどその使い方としては今のところ一番おもしろい(解説ロボットとしてはドイツのサーキュラーちゃんはよかったし、デバイス自体のきらきら感はノモの国もよかったけど)。文字や音、光をつかったアート作品をみてまわっていく。真夏だったけれど風が通って気持ちよかった。晴れた日で体験できたけれど気候や時間によっても大きく体験が変わりそう。位置情報+写真アプリでほかの人々との体験を共有できる、という狙いがあったようでいくつか投稿したけれど、ちょっと他のひとの投稿がわかりにくくユーザ体験としてはすこし物足りなさがある。

散歩しながらアートを体験するという構成でけっこう好きだけれど、1回9人で一番回転の悪そうなパビリオンでもある。せっかく人数少ないし、参加者同士のインタラクションのしかけがあってもよかったかも。

Better Co-being外観

いのちの未来

テーマ:いのちを拡げる
プロデューサー:石黒 浩(大阪大学教授、ATR 石黒浩特別研究所客員所長)1963年生

expo2025future-of-life.com

(disclaimer)石黒先生が一時期教員をしていた研究室には、時期はずれているけれど自分も所属していたことがあって研究室の周年イベントにビデオレターを寄せていただいたのを拝見したりといった関係がある(そのビデオレターは最初当人かと思ったらアンドロイドで驚きました)

アンドロイドで有名な先生。人間そっくりのアンドロイドをつくることで人間がどう他者を認知するかという路線で人間とロボットを研究している、というアプローチをされている。けれど、近年は同じようなアンドロイドの展示を続けているように感じてやや優先度を下げていた。

8月平日の当日予約(10:05ごろ)。黒い立派な建物のまわりを水が垂れていて、なぜか全然形の違うカーバ神殿を連想した。解説音声は各自すべてデバイスから骨伝導イヤホンで聞くという形式で、最初のセットアップは苦労されていそうだったけれど、多言語対応もしていそう。映像で提示する、未来の世界(未来の万博会場など)はまあ平凡なんだけれど、子どもの成長・人の老いと死の気配はちょっとあざとくてつい涙ぐんでしまった。健気さに弱い。連続する映像の問いの、老衰で死ぬ前にアンドロイドに移り変わるべきかどうか、という問いは技術がまったくともなっていないけれども、死生観への問いかけという思考実験としては一番テーマに忠実だったかもしれない。エスカレータに貼られていた家族写真がいい。

ただ、最後のアンドロイドのダンス?は光の使い方で神秘的にはなっているけれどよくわからなかった。もうちょっと、あ、アンドロイド意外と自然だね、とか思えたり、逆に、恐怖を感じさせるほどの展示にはできないものだろうか。とはいえ、なんだかんだいって石黒先生はサービス精神が豊富だからか、見どころも多くて楽しいと思う。一度の参加人数も多く、たぶん抽選もあたりやすいのでいちどしか万博に行かないけれど、抽選なにか迷うという方にはおすすめかも。

1000年後のいのち "まほろば"
1000年後のいのち "まほろば"

いのちの遊び場 クラゲ館

テーマ:いのちを高める
プロデューサー:中島さち子(音楽家、数学研究者、STEAM 教育家)1979年生

expo2025-kuragepj.com

8月日曜日に当日予約(9:10)で子どもと参加してきた。無料体験ゾーンも広く、伝統楽器からおもしろ電子楽器までいろんな楽器があって5歳児が楽しんでいてよかった。最初の撮影禁止ゾーンでは暗闇で音を聞いて、360度投影されている空間でくらげをみたり、ライブ音楽を聴きながらみんなでおまつり体験をした(ちょっと説明しずらい・・・)。国立民族学博物館協力でさまざまなお面を用いていて、よかったけれど、お面の画像だけではなく、お面を用いてどうしていたのか、までわかるとより嬉しかった気がする。とはいえ、360度のディスプレイを背景に、生演奏のもと参加者やスタッフみんなでぐるぐるとまわっていくにぎやかな高揚感は、おまつりの瞬間を体験できる仕掛けでかなりいい。スタッフの方々の感じがよかったし、ほかのキッズたちがわちゃわちゃに楽しんでいたのが印象的。子連れでシグネチャーパビリオンに行くならここが一番よいかもしれない(中高生だと EARTH MART かも)。

最初のスロープはたいへんだけれど、スタッフに車いすの方もいたり対応も感じよく、アクセシビリティにはいちばん気を遣っていそうなのも好感(最初の真っ暗闇ゾーンで来館者の電動車いすのLEDが目立ってしまっていたのはあったが・・・)

建物のコンセプトは世界樹?あまり統一感はないにぎやかな感じなんだけれど夜にはきらきら光っていてきれい。

いのち動的平衡

テーマ:いのちを知る
プロデューサー:福岡伸一生物学者青山学院大学教授)1959年生

www.expo2025-fukuoka-shin-ichi.jp

一番残念。御著書「生物と無生物のあいだ」「動的平衡」は生命のむずかしさを解説しつつバイオ研究者列伝としてもおもしろかったものの、最近の先生は進化論を誤解させるような記述が多く、本気で理解していないのかと疑ってしまうほど(そんなわけはないですよね)。ドーキンスの利己的遺伝子が成長主義的だ、という批判はわからなくはないけれど、広義の利己のなかに利他の側面もあるので間違いではないと思うのです。利他とは、進化という生命を残し続け環境に適応し続ける現象*1の結果として個体や生態系にしばしばみられる性質でしかない、と思う。ご著書の「動的平衡」では、ミクロな生命現象について触れていつつも、進化についてはミトコンドリアとの共生程度しか触れていないと思うのだけどその後、なにがあったのだろう。

サイト ( いのち動的平衡館を知る|福岡伸一がプロデュースする「いのち動的平衡館」 )には

利⼰的に振る舞っているのは⼈間だけ

と書いているけれど、人間嫌いすぎない?熊が獲物(ときとして人間)に執着したりイルカが魚やイカを投げ飛ばして遊んだりとかは利己的なのでは。そして、この書き方は利己的であることをネガティブだと言いたげだけれど、利己性はまったくネガティブなことではないようにも思う。

最後に館長あいさつで、死は終わりではなく、利他であるというのはよかったし、くずれながら再構成していくことが生命だという視点はおもしろいのだけど、物足りない。 ご著書に書いてあるこれを展開して高尚な秘宝館的なにかをつくりだすとかできなかっただろうか。

食とセックスが共通の構造を持っていることの好例だが、これについて語りだすと機微な話になっていくので、また別の機会に書きたい

(新版 動的平衡, p139)

あと、建物が柱がないことを誇っていたし、それが技術的にはすごいことなのだと思うけれど、柱がないことで空間を効果的に利用できていたとも思えないし、ユーザに影響・関心あるところではないようにも思う。エンブリオという名前の建物と、その膜としての建物デザインはかっこいいのに。

さらに細かい揚げ足取りを続けると、シグネチャーパビリオンのプロデューサーで最年長ながら、サイトや展示で一番プロデューサーの名前を出していたのはちょっと自己主張が強すぎるように感じた。特にURL*2

いのち動的平衡館 エンブリオ
いのち動的平衡エンブリオ

EARTH MART

テーマ:いのちをつむぐ
プロデューサー:小山薫堂放送作家、京都芸術大学副学長)1964年生

expo2025earthmart.jp

8月平日、2か月前予約でとれた。妻や同僚がよかったといっていて気になっていた。最初の映像は録画不可で、映像後にある演出があってメインの会場にはいるんだけど、その最初の出迎えは固定種で有名な長崎県雲仙の岩﨑さんの朽ちゆく野菜。これを先頭にもってきている判断はすごい。ちなみに、このある演出とは今万博で屈指の人気のイタリア館と同じもので、その中でも目玉のアトラス像にあたるものがこの野菜たちと考えるとこの思い切りのすごさがわかると思う。

カラカラになった大根の実(いつも食べているダイコンではなくて、花が咲いた後の実)とか、オクラの残骸や手書きの種を保存している容器を間近でみることができて嬉しい。

「野菜のいのち」岩﨑政利さん earth mart

また、伝説でもあるすきやばし次郎小野二郎の握りを3Dにみることができた。丁寧すぎる(翔太の寿司の一手返しとかとは全然別の世界だ)。 若い女性がめっちゃおじいちゃんじゃん、と心配していたけれど、この方は超有名な方なんだよ、とフォローしたくなった。小野二郎伝説を簡単にでも説明していてほしい(でもミシュラン三ツ星とかヘラルド・トリビューンで世界のレストラン十傑に選ばれたとか権威主義になりすぎるかなあ)。 ただ、漁獲資源の減少を、気候変動にフォーカスしていたのはちょっとものたりない。日本人の資源管理できなさに触れてもいいんじゃないか、と。

すきやばし二郎のほか、名料理人の調理プロセスを多様なセンサーで記録する録食はおもしろいんだけれど、食材の目利きとか旬とかは気にしていないのは要素還元主義にすぎないだろうか。いろんな商品のパッケージ案とかはおもしろかった。ただ、写真をたくさんつかっていたピーター・メンツェルの「地球の食卓」は邦訳ですら2006年だし、日本はないし、ちょっと残念。せっかくだったし同じ家族で2006年版と2025年版とかでどう変化があったかとかわかるとめちゃおもしろかった気がする。とはいえ、既存のものをいろいろつないでコンテンツとしておもしろくするのはテレビ的で楽しい。

最後、25年後に、ここで漬けた梅干しを一粒もらえる券をくれました。ここで未来を考えさせる仕掛けはおもしろい。子も30歳、小山さんは86歳。 2050年、また田辺市でみなさま会って思い出話をしましょう。

あと、茅葺き屋根の建物、たくさん茅をつかってくれていて嬉しいけれど、当初のデザイン案の異様/威容はなくなっていてちょっと残念。

www.asahi.com ↑これです

ちなみに、退館後の、ここはどこだ感は万博トップクラスだと思う(妻も強く同意してくれた)。

Tシャツやグッズがいろいろ売っていたけれどシルバーの米粒ピンブローチが好き(使う場面はなく買わなかったけれど・・・)

米粒のピンブローチ – Whole Love Kyoto

いのちめぐる冒険

テーマ:いのちを育む
プロデューサー:河森正治(アニメーション監督、メカニックデザイナー、ビジョンクリエーター) 1960年生

shojikawamori.jp

8月平日、10時ごろの当日予約で19:45の会を予約。ANIMAと超時空シアターの2種類あるうちの前者ANIMA。結構残念、メッセージ性があいまい?3面に映りますとのことだったけれど正面がよくわからなかった。最初の目と牙は自分たちが食われることを意味しているんだろうけれど、ちょっと控えめすぎたかも。空間ごと口や胃のなかに引きずり込まれる感があってもよい気がする・・・。みんなでジャンプはおもしろいけれど、キャラクターがそんなにかわいくないし印象に残らないし・・・。

でも屋外の自由展示のMikiko Kamadaさんによる「無限メタモルフォーゼ」は九相図的でかなり好き。時間をあけて花を瓶詰めし、カビが生えて朽ちてゆくさまを提示しているのすごくないですか。シグネチャーパビリオンとして、限られた当選者だけではなく、通りがかった人にもすごいのをみせてやろうというサービス精神を感じました。

無限メタモルフォーゼ
無限メタモルフォーゼ

shojikawamori.jp

ただ、その分の期待があったから残念だったのかも。しかし13歳以上の超時空シアターはまた別らしいのでまた行きたい。残りわずかな回数しかいけないけれどもし行けたら加筆します。建物もおもしろげではあるんだけれど、派手な建物や屋台に囲まれているうえに、手前の展示にフォーカスされてしまうからか少し印象に残りにくい。

ふりかえり

「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマに対しそれぞれなんとか回答を提示していて見ごたえはあった。しかし、未来社会のデザインについては、いのちの未来がすこし触れた程度にとどまっていて物足りなさは感じる。明るい未来をみたいというわけではないけれど、もうちょっと、大国の残酷な侵略行為をとめられない国際社会や、排外主義吹き荒れる現状、超少子高齢化と首都一極集中に進み続ける日本とかなんか切り込めなかっただろうか。

あるいは、思考実験として、だれがシグネチャーパビリオンのプロデューサーになるとおもしろかっただろう、と考えてみると楽しいかもしれない。 ただ、派手なものや話題をつくることができるというある程度の実績とヤマ師性(誉め言葉)も必要だし難しい。特撮界隈とかだと企業色がつきすぎそうだし、インスタレーション現代アート界隈でだれかいないだろうか。 もしSF作家から出るなら誰だろうと考えてみると、小川一水さん、藤井大洋さんを思い浮かべるものの、1970年万博の小松左京と比べられることになってプレッシャーはありそう。SFプロトタイピング界隈とか相性よさそうな気もするけれど。

多忙すぎて絶対無理だけれど、もし漫画家でひとり選ばれるなら山田芳裕さん。日本の伝統の詫びと数寄に知見と鋭い感覚を持ち、また未来志向も兼ね備えているように思う。

・・・と、妄想から現実を振り返ってみると、芸能界関連がせいぜい放送作家小山薫堂さんだけだったのはかなり良識があったようにも思える。

そもそものプロデューサー8人の選定も、2020/7/13にプロデューサー決定のプレスリリースがあった程度で具体的な評価基準や選考方法に関する詳細な公開情報はなく、博覧会協会の内部選考により決定されたように思えて謎ではあるけれど、公募したりしたらややこしそうだし仕方ないのか・・・。また後年にでも選考過程を公開してほしい*3

www.expo2025.or.jp

以上、無責任に好き勝手なことを書いたけれど、プロデューサーの方々や多くの人々がエネルギーを割いてつくったことは伝わりました。ありがとうございます、そしておつかれさまでした。

「いのち輝く 未来社会のデザイン」というテーマは難問だし、トップダウンにデザインできるものではないものだけれど、プロデューサーの方々や多くの人々がエネルギーを割いて応えようとしたんだろう、とは感じました。消費主義的イベントだし、IRの地ならしという維新の意図は気にいらないけど、こういうお祭りのために派手にお金と人をかけて実験的ななにかをやるというのは、昨今の後ろ向き日本ではまれな前向きな取り組みでよかったし、いろんな国の人々が集まって広い世代の人が集まるおまつりとしては楽しかった(これに成功体験をもってハコモノやイベントをやろうとすることにはよほどのものではないかぎり反対するけど)。

(おまけ)シグネチャーパビリオンに入りやすい方法

と、自分はラッキーで全8パビリオンに入ることができました。残り会期短いですが、どうしてもみたいという方のために正攻法でなるべく入りやすい方法を(だいたいは万博に執心している妻から教えてもらった)。

  • 9時に予約しなるべく早く入場する
    • もう9時枠が空いている日はないですが・・・。1週間前予約の結果が出る7日前深夜もしくは朝とか、前日になるとキャンセルにより9時も空く、ことがある(望み薄)。
    • 東ゲート始発がおすすめです。8月平日では6時半夢洲駅着でちょうど9時入場できました(朝は比較的涼しいし、列移動も少なくゆっくり本を読めます)
      • 西ゲート始発、1人ならありですが行列がきゅうきゅうで怖いのであまりおすすめしない。
    • 9時に入場したら当日予約でなるべく早く抑える、理想は9時台にひとつとって終わってすぐにもうひとつとること。それ以降で当日予約はめったに成功しないし、スマホをいじりつづけることになりがちで悩ましい
  • 7日前抽選で当選するまで抽選し続ける
    • 22-23時ごろに 結果がでるので外れたら次の行ける日に日程を変更するとたくさん試行できる(通常入場券だと3回まで変更できます)。
    • 9時か10時を確保できているなら、それを捨てるかどうかは悩ましい
    • 7日前抽選での予約時間は比較的人の少ない午前か夕方以降にする(とよい気がする)
  • 空き枠先着予約
    • 3日前0時、23時ごろからアクセスしてログイン状態を保っておくとよい
    • アクセス過多で3回に2回くらいはログイン失敗するけれど、うまくログイン成功するとシグネチャーパビリオンもまあまあとれる(とはいえ、自分は寝落ちしがちで成功したの2回だけですが・・・)。
    • ほんとうにいきたいパビリオンを即検索できるようコピーしておいて検索するのがおすすめ
  • null2 はフォトコンテストで1日3名入れるようだしその他の道もあるかもしれない

枠の数、公式情報では1日1500枠未満とまでしかないのですが、あきらかに回転のよいパビリオンとそうではないところがあります。 (参考: パビリオン・イベント予約の最新状況について~お早めに来場予約して事前の観覧予約をご活用ください~ | EXPO 2025 大阪・関西万博公式Webサイト ) Better Co-beingはかなり難しそう。参加人数的や体験的にもしはじめて万博にいく方が第一希望で応募するならは、いのちの未来、Earth Martがおすすめ。

万博全体の感想(中間)についてはこちら

dai.hateblo.jp

*1:生命を残し続けることも本質ではなく、生命を残し続けてきた現象が現在残っているというだけでしかない

*2:河森正治さんのは既存のドメインのサブディレクトリなので問題ない。というかnull2がサブドメインなのと河森さん以外はすべて今回のためだけのドメインだな・・・

*3:名SF三体第2部での面壁者(ウォールフェイサー)を連想しました

大阪万博2025の中間振り返り

万博が思っていたよりもずっと楽しかった。
4月平日に開幕券で少し安く入場し、もらった割引クーポンで通期パスを購入。その後、5月と6月の週末に妻と4歳児と、8月平日に一人でと、計4回足を運んだので振り返ってみたい。

正直、期待はしていなかった。IRの地ならしとして誘致したという維新の狙いは癪に障るし、空飛ぶ車、待ち時間ゼロといったトップダウンっぽい大言壮語、メタンガス対応の広報不足、ダモクレスの剣を思わせる石の日よけなど、不安要素ばかり目についていた。

それでも、今の日本の巨大プロジェクトがどの程度杜撰になるか直接見ておきたいのと、なにかインスピレーションを得ることができれば、というミーハーでよこしまな思いがあったけれど、いい意味で裏切られた。

最初に驚いたのは、あまり事前に写真をちゃんと見ていなかったこともあって木製の大屋根リングが想像よりはるかに大きく、思っていたより倍ほど高かったこと。下には日陰の歩道やベンチがあって、上からは淡路島や和歌山まで見える景色が広がり、みな楽しそうに歩いている。みたことはないけれど、カーバ神殿の巡回を連想した。

圧倒された大屋根リング

運営

チケットサイトや行列など、ケチをつけようと思えばいろいろ言えるが、ハコも運営もかなりよくできている。特に以下の点は素直にすごいと思う。

  1. デジタル化の徹底。現金ゼロを押し通し、紙パンフや地図の配布をしなかった判断
  2. 予約システムによる行列管理。(満足のいくものではないけれど)予約サービスで行列をある程度コントロールできている。人気パビリオンに行列が集中してもっと悲惨になると思っていた
  3. 大規模な来場者対応。東京ディズニーランドの倍以上の入場者をさばく仕組みを立ち上げたロジスティクス
  4. そこかしこにある子ども向けの遊具、多数のベンチ、トイレ、休憩施設は充実していた
  5. スタッフの質。感じの良いスタッフたち(一部海外パビリオン除く)。
  6. 建設。多数の複雑な建物やコンテンツを完成に間に合わせた(インドやネパール館を除く)。

これらは率直にすごい。デスマーチに近い状況だった現場も多数あっただろうけれど、これをつくりあげた現場力・プロジェクトマネジメント力は尊敬に値する。本当におつかれさまでした(じっさいに某企業パビリオンの準備で友人がくたびれていて心配)

(追記:あと工事費未払い問題は大問題なので運営ががんばって調整して泣き寝入りする業者をなくしてほしい)

体験と展示

そうたくさん見ることはできていないけれど各国のパビリオンも、建物・展示・コンテンツそれぞれに工夫が凝らされていた。国威発揚的な宣伝は目立ったものの、それも含めて各国の意図や、リソースのかけ方がすけてみえてそれぞれ個性的だった。見世物的側面はあるものの、日本にいながらこの体験ができるのは貴重だと思う。お金と人をかけた文化祭にも感じる。

初回訪問時、修学旅行で来ている未就学児から高校生まで、たくさんの子どもたちがはしゃぎまくっている姿が印象深かった。労働人口減少と資源高騰が進む日本で、これ以上のお祭りは生きている間にはないかもしれない。

そう安価ではないチケットで、食事も(比較的安価なところはあるとはいえ)安くはなく、グッズがすごい勢いで売れていて消費社会的なお祭りではあって踊らされ感はあるけれど・・・

  • インドネシア館:熱帯雨林の湿り気、伝統武器や通路に掲示されたポートレート写真
  • 静けさの森:喧騒を抜けて中央部に入ると一気に静かになった。最短経路にならないような道路設計で移動利用が少ないようにしていそう。とんぼや生い茂る野草は残ってほしい
  • null2(落合陽一):外観の異様さ・衒学的・幻惑的な問いかけ
  • イタリアパビリオン:映像、アトラス、カラヴァッジョ、特許、そして屋上からの夕暮れ
  • better co-being:屋外での鑑賞体験と、村田製作所バイスの感触(それによって1度の参加人数は9人で回転は少なそうだけれど)

いのちめぐる冒険(河森正治)の、予約なしゾーンにあった様々なカビや、モンゴル(commons)での兜の展示、パレスチナオパールの宮殿、ウクライナの展示の無言の圧、ペルー館でのシパン王の遺物(全く知らなかったが迫力があった)などもよかった。

null2

アトラス像の足。全体像を撮るのはむずかしい・・・

イタリア館にあったトカマク型

モンゴル(commons)の皮の兜

輪島塗の夜の地球は、出展予定だったイランが撤退後、これを展示した判断や交渉はすごいと思う。

テーマについて

ただ「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマへの回答はあまり感じられなかった。倫理の限界に挑戦するようなテクノロジー、もう少し踏み込んだ内容を期待していた。石黒浩先生の「いのちの未来」の最後の問い*1、落合陽一「null2」は衒学的だけれど対話は思考実験としてはよかった。

食事

  • 北欧館:和食要素を用いた料理(ディルと柚子胡椒を味付けに使ったスカーゲンが良かった。高かったけど・・・)
  • アフリカンレストラン:生演奏とマフェ(高かったけど・・・)
  • インド館:香り、雑貨屋のお兄さんとの金額交渉。馬の壁掛けを見ていたら「not brass, bronze!」と言われた
  • エスニックフュージョンレストランでの壺ビリヤニ:素焼きの器をもらえるのよかった

いろいろ高いと書いたけれど、安いところもたくさんあるし持ち込み自由なのはおおらかでよい。

アフリカンレストランでのマフェとマダカスガルバニラエール

北欧館のスカーゲン
柚子胡椒をつかった未知の味でおいしかった

妻はフランス館でコース料理を食してかなり良かったそう(価格は聞いていない)

その他よかったこと

  • 年長組の幼稚園児たちがアスレチック遊具で全力で遊ぶ姿
  • 小学生たちが静けさ森北東部の起伏で遊びまくる様子
  • 中学生男子がインドネシア館の行列で外国人スタッフとたどたどしい英語で笑顔でコミュニケーションしていたこと
  • 高校生女子がみゃくみゃく眼鏡でテンションが上がっている場面
  • 入場ゲートの行列で近くの人と世間話や情報交換
  • 友人の会社の取引先が万博でどこどこ館の音響を受注して盛り返したという話とか
  • 付き合いだした友人カップルが万博で急速に仲を深めていること
  • 農林水産省が「未来につなぐ食と風土」という展示をやっていたり、突然こじまよしおさんが出てきていたり、いろんなイベントが開催されていてよい
  • 77歳で、70年万博ではパンフレットを売るバイト(パビリオンスタッフと比べて最下級だったとのこと)をしていたという妻の母が万博にいく準備をサポートした。パビリオンはアゼルバイジャンくらいしか行かなかったけれど歩くだけでかなり楽しく気が晴れたそう。一番おもしろかったのは、同級生LINEグループで万博に行くと書くと、「ぼく、その日前立腺の手術や」と友人が返信していたこと(手術は無事成功したそうです)

子連れ

子連れは難しいけれど、5歳児だと遊び場やCommonsを巡るだけでも楽しい。 遊び場はシグネチャーパビリオン中心の霧、フランス館前のアスレチック、屋内だと遊んでい館、WASSEの南のトランポリンドームとかが好き。日陰で待ちやすいし、体験も楽しい台湾(Tech World)・ドイツあたりがおすすめかもだけどパビリオン自体あまり回れていないのでおすすめは知りたい。

キッズを吸い寄せる霧

これから行く人へのアドバイス

自分はまだ4回訪問だけど、ドはまりした妻が10回以上通って友人たちやインターネットで高速に情報交換・試行錯誤しており知見を共有してくれているのでそれらの知識をもとに、主観ではありますが未体験者を念頭に書いてみます。

  • できたら平日、早い時間に予約をいれる
  • 入場時間について並び始めるとかなり待つので、予約時間からある程度たってから入るほうがゲートでの待ちは少ないかも
  • 7日前予約を入れる。人気の高いところ(null2、イタリア館、住友など)はなかなか当たらないので、トップ人気を外して第1希望に入れた方がいいかもしれない
  • 3日前の0時に空き枠予約する
  • 当日予約:こまめにチェックするといいが、振り回されすぎないよう注意
  • 予約がとれなくとも、Commonsや静けさの森、各パビリオンを歩くだけでも楽しい。
  • 食事:各国パビリオンは趣向があっておいしいけれど、行列があったり高かったりする。西の果てのエスニックフュージョンレストランやリングサイドマーケットプレイスなどの多国籍料理は回転が良くて入りやすいかも
  • 複数人だと当日予約はかなり難しい。
  • 遅い時間の東ゲートはめちゃ混むかも。イベントのある日は要注意。19時あたりの西ゲートのバスはわりといつも快適。
  • 帽子と軽い日傘、歩きやすい靴、モバイルバッテリーがあればなんとかなりそう。あと携帯できるイス(入場ゲートで並ぶとき用)とか

遠方からなんとか1回来るなかでたくさんまわりたいという方は、行きたいパビリオンのあるほうに近いゲートの9時予約をとって、なるべく早く行くことをおすすめします。休憩できる日陰はたくさんあるし風は通るけれど、熱中症にはご注意ください。

最後に

妻は開幕から最初の1か月は万博にまったく興味を示していなかったけれど、自分や友人から話を聞いて行ってからドハマりし、10回以上通って楽しんでいます。妻とその友人たちは万博を広いビアガーデンだと思っている様子で、最初教えてくれてありがとう、と言っております。おまつり的であることのほか、(期間の)限定性、攻略性と競争性のほか、チケットの抽選が射幸心を煽っていることがハマらせているような気がする。コミュニティで攻略している感は、MMORPGを連想するしいろんな人と万博体験を語りたい気がする。未来社会のデザインについて語りたいのでお気軽にお声掛けください

おむかえするミャクミャクさま

リングからの眺め

気になったタペストリー(場所と国はメモをとりそびれていた・・・)

当初は工事中だったインド(バーラト)パビリオン

パレスチナ螺鈿(?)の宮殿

中国館の威容
ちょうど、世界的SF作家、劉慈欣の短編集「円」の「詩雲」を読んでいたのでテンションがあがりました。

シパン王の杓
遊戯王の千年パズルを思わせるデザイン

シパン王の遺物2
これもかわいい

野草がたくさん
(どこからどうやってもってきたんだろう、採取地は無事なんだろうか・・・。せっかくとってきたので大事にしてほしい)

関西館、恐竜のうんこ

better-cobeing

この非現実感もよい

トンボがたくさん

レアンドロ・エルリッヒの庭
これは見ないとよさがわからないので現地に行ってください

commonsのどこかでみた派手衣装

静けさの森に横たわる像

インドの一品一村運動

突然はじまったジャマイカLive

なんか楽しげだった

夜のフランス館

入れてはいない

西の夜景

*1:手段は伴っていないけれど

4歳児を連れてシドニーに出かけてきた

6月の頭、オーストラリアのシドニーに出かけてきた。
2年ちょっと前に妻の友人一家が移住していて、去年、妻が遊びにいったときに、すんなり住むイメージができてとてもよかった街だったと言っていて気になっていたところ、閑散期だからか通常の半分のマイルで特典航空券を取れるというセールをやっていたことで押し切られました*1

タイミング的には南半球のシドニーは雨の多い冬で閑散期。それに加えて日本の景気の悪さを発揮して羽田からの便は搭乗率2割ちょっととスカスカで路線便が維持されるか不安になるほどでした・・・(乗客としては快適でしたが)。

そんなわけで出かけてきたシドニーでの話を書いてみます。
まず、シドニーという都市部のさらに一部しかみていないけれど、日本との大きな違いとして、インフラを中心にあらゆる場所が効率化・省人化され、強力にキャッシュレス化されていたのが驚き。

シンプルな公共交通機関

バスも路面電車(トラム)も電車も、公共交通機関としても利用されているフェリーでも、OPALカードというプリペイドICカードか、タッチ決済のクレジットカードでしか乗ることができない。紙の切符は存在しないし、現金での券売機もない。ある程度大きな駅でもOPALカードへの入金用の端末が1つポツンとある程度*2

そのシンプルさによって駅員さんはほぼいない。トラムの乗降口でタッチしないか監視している人がいるくらい。さらに地下鉄(メトロ)は運転手もいない。

そして駅もシュッとしていてかっこいい。

メトロのホーム

ちなみに、子連れ旅行でのトラブルがこのOPALカードで2回あったので、どなたかの参考になればと書いてみる。

1. 子どもは自身でタッチさせないといけない

子どもは3歳までは無料、4歳から15歳までは子ども料金で乗れる。ただ、そのためには子ども用のOPALカードが必要ということで用意していたのだけれど、途中、いつの間にか子ども用のカードがブロックされ、改札に入るときに invalid 53 とエラーが出るようになった(アプリでは単に Blocked)。駅の人に聞くと、ここではどうにもできず、交通局(的なところ)に問い合わせるしかできない、子どもは何歳?4歳?じゃあカードはいいから抱っこして行きなよ、的なことを言ってもらった。 あとになって思い返すと、子どもが寝ているときに抱っこしながら、自分が子どものカードでタッチしたことがあった、合わせて自分のカードでもタッチしたので不正ではないつもりだけれど、何らかの監視によって大人が子ども用カードタッチしたと認識されてブロックされた可能性はあるかもしれない。交通局との電話のやりとりに自信がなく、残高3ドルはそのままとなっている・・・。

2. 改札ゲートは日本のものより厳格で強固

日本では、6歳までは無料で電車に乗れるので大人が ICOCA でタッチして、一緒に歩いて改札をとおることができている。 しかし、シドニーで同じ感覚で改札を通ろうとしたらゲートがロックされ、OPALカードがこのカードはすでに入場しています、的なエラーが出て困った。駅員さんもいないので、隅にあった電話機でエマージェンシーなんたらコールをして、つたない英語力で頑張って説明したら部屋から係員が出てきてくれてゲートを開けてくれた。 大変だった・・・。一番英語力の不足を痛感した経験。

かっこいいが厳格な改札

と、まあトラブルはあったのだけれど、公共交通機関は便利。 公共交通期間は1日の料金の上限があって、金土日は大人9.35ドルが上限でそれ以上はどれだけ乗っても0円で決済されたりと便利。

Opal benefits | transportnsw.info

どこでも同じカードで乗れて、上限があるというのは日本でもあったらいいとは素朴には思うものの、日本と違ってシドニーではバス・地下鉄・電車・フェリーも統一された運輸省(Transport for NSW)が総括し、管理している(実際の運営はそれぞれ民間への委託という立て付けらしい)というのもあるし、都市間交通が分離されているということもあって複雑に入り混じっている日本では難しそうではある。

また、シドニーでは最低賃金2,500円とのことで物価も高かったけれど、それによる省人化の動きも進んでいそうとは感じた。 https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/06/d020601fc88efdc3.html

キャッシュレス

公共交通機関以外でもキャッシュレスはすすんでいて、ファーマーズマーケットでの小さな出店者ですら小さなタッチ決済の端末をもっていて、タッチ決済をしている。当然飲食店やスーパーでもカード決済。

動物園でも、入場チケットはWebで買う前提で現地で買う導線はかなり目立たなかったし、後述する遊園地でのUFOキャッチャーですらクレカのタッチ決済に対応している。

そんなわけでこの旅でも現金という存在をまったく意識しない旅でした。 万博にでかけたときに、完全なキャッシュレスで万博できるのすごいぜ、と思っていたけれどシドニーはもっと先をいっていました。

シドニーのこと

シドニー自体はおだやかで、たまたま気候もよくて最高だった。移民文化は日本より盛んだったり、すし屋は日本よりもたくさんあるかもしれない。本格的なガチエスニックから、マレーシアフュージョン料理のお店があったり。

ただ、宿(airbnb)に泊まった2日目にエレベータのボタンすべてにトランプシールが貼られたり、夜のメトロで、禁じられているはずの飲酒若者がいたりで少し不穏さを感じたりもした。

エレベータのトランプシール・2日後にはきれいになっていた

あとは公共交通機関の加速がすごい。 バスも電車も船もアクセル踏み込んでいる感がある。現地に住んでいる妻の友人によると、バスでおじいさんが吹っ飛ぶのをみたこともあるそう。さらに、バスは次のバス停の電光掲示はおろかアナウンスもないのでGoogleMapとにらめっこする必要があって緊張感あった。これ、スマホ以前の時代のひとはどうしていたんだろう。乗るとき運転手さんに伝えるとか?もはやスマホなしの旅行を想像しにくい。

以下、よかったところいくつか

タロンガ動物園

かなり楽しくわくわくするすごい遊園地だった。海沿いの傾斜のある木立ちのなかにあって、歩いていて急に視界が開けたと思ったら海とオペラハウスや都市部がみえて驚いた。

タロンガ動物園からオペラハウス、ハーバーブリッジを望む

バスでもフェリーでもいけるけれど、バスでいってフェリーでかえるとちょうど景色がよくていいかもしれない。 トラや鳥のところでは動物たちの住処にお邪魔するような感覚もあった。そしていろんな鳥がそこかしこにいてにぎやかでもある。

4歳児はヘビがみたくてたまらない時期にはいって、ヘビみたい~と言ったり、爬虫類エリアに行こうとして道を間違えたときに「もうだめだ~、ヘビがみれないなんておしまいだ~」と大げさに嘆いていておもしろかった。

巨大ゴリラ
のぼりたかったけれど人気で全然あかなかった

ミーアキャットかわいい
2匹同じタイミングで顔の向きをかえていた

グリーンパイソン
Python使いの人はいくと楽しいと思う。動いているヘビやトカゲもたくさんいました。

ディンゴ。かっこいい柴犬

コアラ
もちろんコアラもいる。お金を払うとより近づけるっぽい。

ビストロではカンガルー串も食べることができた。なかなかおいしい・・・

フードコートでのフィッシュアンドチップスがおいしかった。

vivid Sydney

5月23日から6月14日まで繁華街(Circular Quayあたり)でやっていたイベント。毎年恒例?神戸のルミナリエとかこんな感じだったのかも(いったことはありませんが・・・)。光る遊具やいろんな展示があって楽しい。このために、トラムも数駅分、18時以降は運行を停止しているのは思い切っている。

www.vividsydney.com

vivid sydney
vivid sydneyのサムスン展示。海の上に通路をつくっていてたのしかった。光るブランコやシーソーで遊べたりもした。 しかし6歳以下キッズ3人を追いかけていてあまりちゃんと写真は撮れていない。

マーケット

Northside Produce Market
Northside Produce Market はめちゃめちゃ気持ちよくて最高。 ここで肉屋で買ったホットドッグやサンドイッチがおいしかった。野菜を売っているお店もいくつかあったけれど山積みの野菜がどんどん売れていてよい。

コーヒー屋ではフラットホワイトを頼んだり、ゆっくりすごせた。

すぐ隣に図書館もあって、絵本をみたりできてよかった。

Paddy's marketsの青果売り場
あとはChina Town駅近くのPaddy's marketsの1Fは小さい八百屋や魚屋がたくさん並んでいて楽しい。どこもタッチ決済で便利。ちいさなリンゴがおいしかったし、未知の中華野菜もたくさんあった。

たにしさんの新婚旅行で紹介されているいくつかのマーケットも気になっていたけれどタイミング合わず、ロックスにしかいけていない。Glebe Marketsいってみたかったな。

tanishiking24.hatenablog.com

ルナパーク

サーキュラーキーの向かいにある遊園地。なんと入園無料。

富士通ビルとルナパーク
この顔がゲートになっています(この写真は訪問したのとは別日にフェリーから撮ったもの)。

ただ、アトラクションはダイナミックプライシングで変動はするけれど1日券55豪ドルとかする。むかしはアトラクションごと課金もあったそうで、それができたら観覧車に乗りたかったけれど、あきらめる。ほか、ぬいぐるみのあたるゲームはゲームごとに課金があって、子どもそれぞれにチャレンジさせました。なかなかおもしろかった。

カフェのうえにある怖そうなアトラクション

ルナパークから望む海沿いの町。いい・・・

いろいろ悪趣味でたのしい

www.lunaparksydney.com

No fishingの看板をものともせず釣りをするおっさん

動物園からのフェリーでみえる灯台。海沿いの家、いいなあ

軍港もあった。

china town駅ちかく。この雑踏はかなり好き

レッドファーンあたりの倉庫がかっこよかった

ChinaTownの四海一家
四海一家って八紘一宇的なものだるうか?ちょっとニュアンスはわからないけれど。

ドーパミンマンガ

日本語を用いたお店の看板もたくさんあった。

宿と子ども

今回は airbnb で借りていた家に4泊した。料理できたりぱっと洗濯、乾燥できて便利だった。 ただ、airbnb は紹介ページでの写真テクによって美しく紹介されていて、実際に行くとちょっと期待ほどではなかった、という体験をしがち。

招いて子ども同士で遊ばせながら大人は飲むというのもよかった。家にまねくと私物であふれかえっているので子供どうしが派手に遊びにくい・・・。今回は布団にもぐりこんでかくれんぼしていてもまあいいか、と思えた。

妻の友人のお子さんは2人、むこうに住んで2年ほどだけれど英語も日本語も上手ですごい、親御さんは異国での生活も仕事も誕生日パーティの仕切りもたいへんそうで尊敬する。元気なお子さんとうちの子とでなんか仲よく遊ばせることができたのが今回の旅行で一番いい経験だったかもしれない。

いやー、しかし子連れでの海外旅行はなかなかたいへんだった。もうしばらくはいいかな・・・(お金的にも体力・時間的にも)、と帰りの飛行機内で思ったのだけれど、2週間たつとまた行きたいと(分不相応にも)思ってしまう。これは二郎系のラーメンを食べて直後はもうしばらくはいいか・・・と思うものの翌日になるとまた食べたいと思ってしまうのと似ていると感じる。

*1:妻のおごりにごわす

*2:OPALカードへはアプリでカードを登録するとクレジットカードで簡単に入金できて便利(日本のクレカで入金しようとしたら失敗したけど・・・)

「<賄賂>のある暮らし」(岡奈津子)。日本でも賄賂は一般化するだろうか

市場経済化後のカザフスタンで、いかに賄賂が広まっているかをフィールドワークをもとに紹介するというある種の潜入取材的な本。

カザフスタンでは交通事故の揉み消しから、公共住宅への入居、大学生の単位取得、医療アクセス、さらには裁判でも賄賂によって結果が変わってしまうというのを個別のインタビューで描いている。旧ソ連カザフスタンでは、社会主義経済が崩壊し、急速に市場経済化したのちに賄賂文化が拡大したとされる。体制崩壊の際に、目ばたの効く権力者が利権を確保した一方で、主に公務員の給与が生活に必要な所得に追いついていない、というのが大きな原因の様子、これは、経済が低迷し、公共への支出が抑えられている日本でも他人事ではないように思えて読んだ。

日本でも、議員の口利きの一環で献金は珍しくないようだし、文部科学省の佐野太局長が東京医科大への便宜の見返りに次男を入学させてもらって有罪になったり、また、飯塚幸三さんの交通死傷事故では、上級国民は逮捕されないのでは、と(一部の)大衆が強い疑念を持ったり、全く遠いわけではない。最近は減っているとはいえ、製薬会社が医師に高い弁当や学会への旅費を支援したりとかも近いようにも思える(患者から医師への心付けもかなり減っているはず)。

もともとは、ソ連時代も通常では遅いプロセスを早めてもらうのに、コネが使われていたという素地もあるものの、そのときのお礼はせいぜいお菓子やお酒などで現金は避けられていたのが市場化後はお金になっていったプロセスは気になる。ただ、お金を払えば単に問題を解決できるかというとそうではなく、適切な賄賂先へアクセスできるかというコネクションも必要な場合も多い。これは賄賂を受け取る側も、おとり捜査を警戒しているからとのこと。そしてこれらの、賄賂を求めてしまうし、応じてしまうのを、個別のモラルではなく「システム」と現地の人々も受け取っているというのがおもしろい。

日本では、少なくとも現場レベルの公務員では高い倫理と、相互監視での抑止の両面で賄賂はほぼないとは思うけれど、インフレが進み、公務員の待遇が悪化してくるとどうなるだろう。ただ、汚職をさせないためには一定の待遇が必要とはいえ、公務員の待遇には厳しい世論でどうなるでしょう(旧大蔵省のノーパンしゃぶしゃぶ事件とか、大阪の公務員天国時代とかもあったし・・・)。

また、ソ連の計画経済は、マクロでは失敗していたけれど、内側のソ連市民にとっては、自由こそ少なかったものの、住居の提供など高福祉で公平で秩序があったというのは発見だった。

エピローグから引用する。

こうした社会主義福祉国家を記憶する一般の人びとにとって、市場経済化とは何だったのか。 一部の成功者を除き、彼らの多くが連想するのは、自由競争にもとづく経済成長よりも、福祉の削減と生活の不安定化、贈収賄の蔓延、そしてエリート層による富の独占だろう。政府は住民に十分な社会サービスを提供しなくなり、乏しくなった公的資源をめぐる競争は激化した。インフォーマルなやりとりにも市場原理がいきわたり、あらゆる便宜が商品のように売買されるようになった。富裕はその財力と人脈を駆使してますます豊かになり、貧困層は最低限の生活すら保障されない。公正、平等、安定、そして秩序。これらは社会主義時代を回想する際に、しばしば使われるキーワードである。現在の腐敗が「公正で平等なソ連時代」との比較で語られるのは、腐敗の本質が不公正な格差にあるとみなされているからだ。公式か非公式を問わず、あらゆることに十分なカネを払わなければ人間らしく暮らすことのできない社会は、「腐敗」した社会なのである。

一度不公正が罷りとおるようになると、さらにレントシーキングは進み不公正さは固定されていってしまう。そうならないようにしていくにはどうするべきだろう。 再び、エピローグから引用。

ロシア出身の人類学者アレクセイ・ユルチャクの言を借りれば、ソ連の人びとの大多数は「社会主義の日々の暮らしの現実仕事、友情人づきあい、物質面の後回し、未来志向、思いやり、無私、平等」をソ連の重要で実質的な価値だと受け止めていた」。ただし、そうした「現実」を生きることができたのは、計画経済と完全雇用、そして社会主義的な福祉政策があったからだ。

こういう、価値観は、ある程度自由な社会になると意識されなくなっていくように思える。自由な社会の価値は空気のように、意識されないようになっていくとそのありがたみがわかりにくくなる、ような。社会規範を語ることには、権威主義性と隣り合わせではあるのだけれど、不公正が忍び寄らないようにするためにも道徳の授業以外にも語られるべきなのかも。

「ヒルビリー・エレジー(J・D・ヴァンス)」は日本の未来だろうか?

2016年に出版されベストセラーになり、著者のJ・D・ヴァンスがトランプ政権の副大統領として存在感を発揮しだしたことからふたたび注目をあつめている自伝。著者はアメリカのラストベルト(錆びた地帯)の一角でもあるオハイオ州のミドルタウンの荒れた地域にて、薬物に依存し、何度も離婚を繰り返している母のもと育ち未来を見失って不安定な幼少期を送っていた。その不幸な境遇を祖父祖母の助けと海兵隊での訓練によって切り開いたというアメリカンドリーム的サクセスストーリーとしての側面もあるけれど、アメリカの貧困層のどうしようもなさを描いている。

まわりに大学にいった人間はいなく、勤勉に働かない文化、家庭内暴力やドラッグも蔓延している。 政府は福祉や機会の提供など、これ以上なにができるかは簡単にはいえないほどに取り組んでいるものの、問題を解決できていない。世論調査の結果でも白人労働者階層はもっとも悲観的だという。ダイバーシティ政策により"差別されている"と被害者意識をもってしまっている。

これは、本書で引用される社会学者のキャロル・A・マークストロム、シーラ・K・マーシャル、ロビン・J・トライオンらの論文による「明らかに予測可能な抵抗性」、いいかえると厳しい逆境に対応するために現状を直視しないような性向があるのでは、と著者は述べている。そして虐待の連鎖や悲惨な境遇が広がる。

余裕がないことから貯蓄や勤勉さも失われるというのは「いつも「時間がない」あなたに」でも描かれていたことだけれど、その現場だと感じた。

鉄鋼企業アームコ*1企業城下町としてできた町が、東アジア勢との競争により衰退しているという側面もあり、これは日本の地方とも感じるところはあるけれど、ここまで社会規範が失われる状況にはなっていない。

違いとしてはいろいろあって、原因を特定することはできないけれど、移民でできた地域であることと不動産マーケットと風習の違いが移住を困難にしているというのは感じた。 持ち家文化が強い地域で、ローンで持ち家を買った後は、その不動産の価格が下がっているとローンのために、仕事のある地域に引っ越せないために、貧しい側だけが残ってしまう。通貨高が続くとそこで雇用が生まれる機会はないままとなる。日本では、中山間地が多いことから比較的住居が集中していること、兼業含めて小規模な農業者が多いことからインフラ・コミュニティが維持されていることも違いかもしれないとは想像する。アメリカでは農業事業者が巨大化し、ひとつの地域での就労者が減りすぎて教育などインフラが追いつかないようになっているとか。

いっぽうでアイルランド北東部からの移民(スコッツ=アイリッシュ)であることからの年に何度も祖父の兄弟一族とも集まる家族主義もあり、ここがアイデンティティになっているというのも感じるし、地域によっては教会がコミュニティとして大きな役割をはたしてもいる。進化論を否定したりもしている問題もあるけれど。日本でも核家族が増え個人主義も一般化しているし、教会に相当するコミュニティはあまりないけれど、問題にもなるかもしれない(新宗教系ではがんばっているところもあるっぽいが・・)。

(ここで中島みゆきの「旅人のうた」を連想 https://www.uta-net.com/song/8390/

本書のそこかしこには疎外感が排外主義・社会への不信を招き、エリートや政治はわれわれと関係ないとなってくると政治と社会はますます不安定になってくる様子が描かれている。カウンターエリート的な現象の土壌ともいえる。どう解決するべきかは自明ではないけれど、都市部エリートの地方への解像度の低さが大きな問題かも、とも著者の体験と合わせて感じる。また、福祉が社会の安定化のためにも重要であるのは間違いないけれど、いっぽうで勤労意欲を失わせる場面もありえる、これは日本での生活保護バッシングとも重なる。どうあるべきなのかはわからない。

ほか、ののしり言葉もおもしろい。祖母による「 土地利用制限法 なんてくそくらえ。私のルビー色のけつの穴でもなめやがれ!」、実父が祖母を指して「あのイカれたばあさんから離れないほうがいい。あの人がおまえによくしてくれるのはわかってる」 とか近所の悪ガキ「おまえのおふくろ、デブすぎてケツに郵便番号が割り当てられてんだってな」とか。

*1:その後川崎製鉄と合併しAKスチールになる

「カウンターエリート(石田健)」政治の静かで大きな潮流

トランプや欧州各国、そして日本(兵庫県や東京都)で発生している既成エリートへの対抗が大きく票を伸ばしている政治現象の解説でたいへんおもしろかった。かれらが道徳的に誤っていると非難するのは簡単だけれど、なぜかれらが躍進しているかというのは重要な問いでどの立場であっても検討する価値はあると感じました。

なんとかかみ砕くと、社会を停滞させているのは、官僚機構やメディア、(教育機関としての)大学など既存のエリートが現状維持にとどまっており、本当の問題をみてくれようとしてくれない、と感じる人間が増えていることがこの現象の核心。ポピュリズム的手法をとっていたり、反Wokeやニューライトと混ざっているとしても、つつもその手法だけに着目していては抑えられないし危険だ、と読んだ。

第2次トランプ政権を支える思想、ピーター・ティール、J・D・ヴァンスらのシリコンバレーの変遷、Changeを掲げていたオバマ政権への失望、テクノ楽観主義もおもしろい。ただ、ヤーヴィンの陳腐な国家スタートアップ論にティールが引き込まれているのはなんだろう。エドマンド・バークが批判した理性主義より雑だと感じたんだけど・・・。

以下雑感

  • 官僚機構や、エリートへの反感としてのティールやヤーヴィンの思想に注目していて、これは重要だけれど、それに呼応する"大衆"の動きや、どういう層に支持されているかは気になった
  • 日本でこの思想に相当するものはあまりなく(しいて言えば世代対立煽りくらい?)、個々のポピュリストが動いている程度だろうか?
  • 個人的には、自民党権威主義と縁故政治、ルールの軽視にもうんざりしつつも、野党やメディアのだらしなさ(経済政策のずさんさや疑似科学の放置)がポピュリストを増長させているように感じていたけれど、どうあるべきだろう・・・
  • リベラルにとって、福祉国家挫折以降の旗印になるような思想がなく、アイデンティティ政治が悪目立ちしまう問題は難しい
  • 分配などによって労働者層・消費者層を再生産し、社会の平穏を維持していくことは資産家層にとっても意味あると思うんだけど、言語化できない

  • その他、気になっているのは、権威がかれらの口を閉ざそうとするとそれによって力を得てしまうように感じること(斎藤元彦とか、トランプのSNSアカウント停止とか)。これも大衆のカウンターエリートごころを刺激しているのかも

官僚機構は肥大化・複雑化していくし、草の根から始まったメディアも権威化していって、椅子取りゲームは縁故と対策が重要になって、受験産業が強化されていく。どうしたらいいんでしょうね

万博ソロ参加で待ち時間に読んでいたけれど、「肩をすくめるアトラス」(アイン・ランド)の紹介を読んだあとに、イタリア館でファルネーゼのアトラスをみて、これに社会を支える自負として共感するプライドやばすぎる、と思った

ファルネーゼのアトラス

孫引きメモ

大衆の貧困化、エリート過剰生産、それが原因で起きるエリート内対立によって、市民の結束力は少しずつ蝕まれてきた。国としての結束力が失われると、国家はすぐさまその内側から腐敗していく。社会的な脆さの増大は、国家機関に対する信頼の崩壊にくわえ、公共的な議論を司る社会規範、さらには民主主義的な制度の衰退という形で表面化してきた。

エリート過剰生産が社会を滅ぼす(ピーター・ターチン)

中国の王朝末期、旧ソ連圏の汚職縁故主義をみていると不可逆な気がして怖い。日本ではどう食い止められるでしょう・・・。

必要なのは適切な制度的枠組みと誘因で、それらを政府の政策により整え、建設的な語り方によって奨励して、民間部門が過度なオートメーションと監視から手を引いて労働者によりやさしいテクノロジーへ向かうよう誘導することだ。

技術革新と不平等の1000年史(ダロン・アセモグル、サイモン・ジョンソン)

資本の強力な力にどう手綱をつけるか・・・。

(ティールの幼少期に)世の中で議論の的になっていたのは、どうやってソビエト連邦を負かすかだった。今、大きな議論になっているのは、誰がどのトイレを使うべきかについてだ。私たちが抱えている本当の問題から、注意をそらしているだけだ。誰がそんなことを気にするのだろうか?

(2016年、ピーター・ティールの大統領選の共和党全国大会のスピーチにて)

これ、一面で切り取っている言説だけど、ナラティブとして強いし、そう信じてアンチエリートの思いを強化してしまう人もいそうだ

現代社会の必須知識「新版 うつ病をなおす」(野村総一郎)読んだ。

100万人以上の患者がいるほど現代社会を蝕んでいるものなのに*1、どういうものなのか断片的な情報しかなく、よくわかっていなかったので読んでみた。防衛医科大学校精神科の教授や病院長、日本うつ病学会の理事長もつとめるうつ病の第一人者である野村総一郎先生が一般向けにだしている本で、2004年に初版がでてから2017年に大幅にアップデートされてこの新版がでたという。

子どもの場合や非定型うつ病から、適応障害双極性障害など関連疾患についても記述されていて、またそれぞれ典型的なストーリーもついているのでわかりやすい。

いくつか読書メモ

さまざまなうつ病・関連病

メランコリー型うつ病

  • 典型的なうつ病
  • 生真面目・がんばり屋などのうつ病に陥りやすい性格のひとが、ストレスをきっかけに発症する
  • 治療薬の反応が良く、治りやすいが完全に治らないうちに抗うつ剤を安易に中止すると再燃する
  • うつ病者はしばしば「必死で無理をして」「まわりにウツを気付かせないようにし」「その必死がばれないように、また必死で努力する」性向がある。
  • うつ病の場合は、趣味などの気晴らしもかえってつらくエネルギーが枯渇しますます悪化する
  • うつ病の経過は自然回復するが、繰り返す。何10年たって再発する場合もよくあるし、近年は再発までの間隔が短くなっているように感じられるという。
    • 抗うつ剤の継続投与で再発率を低めることもできる
  • うつ病なのに顔はいつもニコニコしているタイプを表す「微笑みうつ病」という言葉もある
  • うつ病の妄想は、ほかの精神病によくある被害妄想と異なり、自己否定という特徴がある。まわりに迷惑ばかりかけたとか、裕福なのに、お金がなくなると確信してしまったり

現代うつ病

  • 従来のメランコリー型と違う
  • 軽症で仕事のストレス状況が発病の引き金・余暇などは楽しく過ごすことができる・(従来型のうつ病と比べ)他責的・薬物療法は効果がない
  • メディアは「新型うつ病」と呼ぶ場合もあるがうつがスティグマともなるため学会などはこの呼称を使わないようにしている(重要)
  • 高校・大学までの教育と職場での扱いの落差の適応形式なのではないか
  • 事例でさらっとしか触れられていないが、リワーク活動で改善することもあるそうだ(このあたりもっと知りたい)

仮面うつ病

  • ほんとうはうつ病なのだが、身体症状(倦怠感など)が表に出てうつ病となかなか診断されないもののこと
  • 自身を含む人の感情や気持ちの動きに気付きにくい性格であることが多い様子

非定型うつ病(全うつ病の30パーセント近くともいわれる)

  • ほとんどのうつ病でみられる強い府民、食欲不振がなく、逆に眠りすぎたり食欲がありすぎる
  • 通常のうつ病は、よい出来事があっても改善しないが、ちょっとした良い出来事で機嫌が良くなったりするなどまわりの状況に左右されるようにみえる
  • 身体に鉛がはいったような独特の重さを絶えず感じる

季節性うつ病

  • 光療法・・・早朝2時間、明るい光を浴びることで"季節性"うつ病はかなり改善する

子どものうつ病

  • 不登校は子どものノイローゼということもできるが、大きな葛藤がなくとも不登校になる場合もある。そのなかにはうつ病の場合もあって、投薬が効く場合もある
  • (もちろん、不登校のすべてではないけれど、不登校の原因を特定するなかで可能性の一つとして知っておくとよい場合もあるかも)

適応障害

  • DSM-5では「発生したストレスにうまく適応することができず生じた病的な心理状態」という定義
  • 「ほかの精神疾患の病名もつくような場合はそちらを優先して、適応障害とはしない」という条件もある
  • ストレス状況がなくなってから、6か月以内に消失する

対策

  • 生活療法
    • 可能な限り休養させる
      • しかし、うつ病者は「休むなんてとんでもない」と考えがち・・・「努力して休暇をとる」ようにする
    • 叱咤激励してはいけない
    • 日常生活記録 → 精神療法につなげる
  • 薬物療法
    • 略。いろいろ研究されている。効果検証はたいへんそうだ
  • 精神療法
    • 要点は、休養を勧める・自殺を禁ずる・受け身でいるように指示する・流れの中で人生をとらえる

認知行動療法

  • 有力な治療法
  • 「できごと」と「感情」のあいだには、考え方という媒介がある
  • あなたのものごとのとらえ方が正しくないこともあるし、ほかの考え方もある
  • 以下のうつ病的思考パターンをとらえる
    • 全か無か思考
    • 過剰な一般化
    • 肯定的側面の否認
    • すべき思考
    • 結論の飛躍
    • 心の読みすぎ
    • レッテル張り(自分に対して)
  • このパターンから脱却するには、このパターンを覚えて、自覚していくことから
  • 修正するのではなく妥協を目指す

うつ病について

うつ病者に独特の性格があるかどうかについては文化圏により意見が分かれている。日本やドイツではメランコリー親和型や循環気質(躁鬱的なにぎやかさ)が指摘されているが英語圏では否定されている。遺伝される気質によるところも大きく、ここの進化心理学的な説明は、仮説以前のレベルであって斜めに見る必要があるけれどすこしおもしろい。

ゆううつになると、動きが止まる。動きを止めたほうが有利な場面で、ゆううつは役に立つ

とか

人間同士の戦いでは、負けたほうが憂鬱になって復讐戦が避けられ、互いに安定して子孫を残すことができる

とのこと。これは文化的な側面のほうが大きい気もするけれどなあ・・・。

また、いっぽうでうつ病の発症パターンとして、遺伝などによる、こだわり・生真面目さ・人に配慮するなどの特質があり、現代のように変化の大きい都合の悪い環境でストレスを受けてうつ病を引き起こすというものもある。

これは本来、組織や家庭に必要とされやすいものでもあると本書でも指摘されている。逆に、大組織で出世するためには共感性のないサイコパス的な性格が向いているという問題の裏返しなようにも思えてしまった(どっかの県知事とか大統領を想起)。

また、しばしば見聞きする自閉スペクトラム症の二次障害としてのうつも連想する。これも現代社会ならではのストレスかもしれない。

まとめ

うつ病全体についてはなんとなくわかったが、適応障害については4ページ程度しかさかれていないし、よくわからないことも多い。 たとえば、ツイッター*2で、職場、特に大学とかで、ボスからパワハラアカハラを受けてメンタルの調子を崩し、その後ずっと崩しっぱなしという事例をしばしば見かけるけれど(自分の観測範囲の問題)、これはなんなんだろう。こういう、人為的な攻撃によってひとをうつ状態にするのは犯罪的な行為だとは思うけれど、医学からはどうとらえているのだろう(調べていない)。あと、性被害や戦争でのストレスによるメンタルの問題もストレス下でのうつ状態という点では近いけれどどう関連しているんだろう。

と、気になることもあるけれど、身近な人間としてできることは、うつ病人間について、叱咤激励しない・休養が重要だということを認識する・適切な医療にかかれるように(必要な場合に)サポートする、などかなあ。ただ、診断は専門領域だし診断結果は高度なプライバシー情報だし予断するべきではないなかでどう振舞うかは難しいのですが

*1:精神疾患を有する総患者数の推移 厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000940708.pdf

*2:Xへの名称変更に納得がいっていないのでこう呼び続けている

読書メモ「気流の鳴る音―交響するコミューン」(真木悠介)

ネットのどこかで知って気になっていた本。新宗教的なコミューンを志向する団体での体験や、人類学者のカスタネダが記したナバホ族の呪術師ドンファンとのやりとり、マルクスなんかを引用して、共同体のありかた、ひいては人間の生き方を考えている。初版は1977年とのことで48年も前だし、ややこしいところもあるんだけれど、思考が明晰であることがよいことではない、社会の進歩が全肯定されるものでもない、といった考えるためのヒントがあった。

ただ、マインドコントロール的な手法で取り込み無償労働に従事させているヤマギシ会を無批判に紹介しているのは注意(まあ、これを紹介した米本和広の「洗脳の楽園」は1997年なのでこの著者が触れた時期にはまだひどくなかったのかもしれない)。

まとめにくい本ではあるけれどいくつかメモした箇所と雑感

啞者のことばをきく耳を周囲の人がもっているとき、啞者は啞者でない。啞者は周囲の人びとが聴く耳をもたないかぎりにおいて啞者である。 啞者とはひとつの関係性だ。啞者解放の問題は、「健康者」のつんぼ性からの解放の問題だ。奴隷の解放と主人の解放、第三世界の解放と帝国主義本国の解放、女の解放と男の解放、子どもの解放と親の解放、すべての解放が根源的な双対性をもつこととおなじに。

これは「上下関係」「加害者-被害者関係」をあいまいにすると反発を持つ方もいるかもしれないけれど、問題の把握・解決のためにも必要な視点かもしれない。依存関係でのイネイブラーも連想した。

一人の幸福が他の不幸を前提とするという相剋性の連鎖のうちにあるかぎり、「最大多数の最大幸福」は少数者圧殺のレトリックとなる。

これ功利主義者が考えないといけない功利主義の弱点。

〈土着と近代〉について語るとき、土着を日本的なもの、近代を普遍的なものとしてとらえる見方は偏狭なものにすぎない。日本の、中国の、インドの、ラカンドンの、トロブリアンドの土着があり、ヨーロッパにさえ土着があるはずだ。〈近代〉を特殊性として、〈土着〉を普遍性として とらえなければならない。

いまでこそ、土着性をテロワールといったり大切にする流れもでているけれど、これだけ資本によって都市も再開発され土着性が薄まってしまった現代ではまた変わってきているようにも思える

マルクスのいう「資本の巨大な 文明化作用」「布教的( 文明化的)傾向」とは、ある種の近代主義的なマルクス主義者たちのもてはやすように、資本主義にも肯定的な側面もあるなどという(それは当然の)問題ではなく、歴史的な諸共同体をつぎつぎと風化し解体し、巻きこみひきずりこみながら「一つの世界」へと結合する、資本制世界のデモニッシュな拡大傾向に他ならない。

資本主義について1970年代にこういう洞察があったのか(そして現在でも止められていない)。これは、「現代経済学の直観的方法」で語られていた内容にも通じる。

dai.hateblo.jp

われわれが他者と関係するときに抱く基本の欲求は、二つの異質の相をもっている。一方は他者を 支配する欲求 であり、他方は他者との 出会いへの欲求 である。操作や迎合や利用や契約は、もちろん支配の欲求の妥協的バリエーションとしてとらえられうる。  支配の欲求にとって他者とは、 手段 もしくは 障害 であって、他者が固有の意思をもつ主体として存在することは、状況のやむをえぬ真実として承認されるにすぎない。

うーん・・・認めにくいけどそうなのかもしれない。この真実を認めることによって、自己の「善意」みたいなものの裏を考えられるかも。

「欲求を解放する」というテーゼにたいして、道徳主義者からきまってよせられる反論は、それが「野放図なエゴの相克」をまねくだろうという危惧である。人間が人間にたいして狼であるというホッブス的な幻想を、彼らはアプリオリに前提している。彼らのひからびた想像力は、「欲求の解放」ということばのなかに、まさに最も解放されていない欲求をイメージしている。 「欲求の解放」とはなによりも、欲求そのものの解放である。 欲求を解放する とは、 解放する欲求 を生きること、対象を解放し、他者を解放し、自己自身をたえず解放してゆこうとする欲求を生きることである。

「滝山コミューン一九七四」では、"進歩的"な教師による学校での取り組みが紹介されていたように、この時代はまだ素朴にコミューンに期待する空気があったのかもしれない。資本主義のもとで快適な社会がつくられている現在では、私有制をなくすことが想像しずらく、そういったハードなコミューンは志向されず、せいぜい資本主義の辺境としての自給的な暮らしとかが近いのかなあ。あるいは新宗教内コミュニティか。

なぜ米の価格が高まるのかについて教科書的説明

米が高くて自分も困っているんですが、しょうもない陰謀論を真に受けているひとを見かけたのと、意外と教科書的な説明が見当たらなかったのでいち農業経済学ファンとして書いてみます。農業経済自信ニキ*1がいらっしゃればバシバシご指摘ください!

結論

  • 穀物は需要の価格弾力性が小さいが、生産に時間がかかるから

もうちょっと詳しく

岩波書店の農業経済学 第5版(2020, 荏開津典生, 鈴木宣弘)をもとに説明してみます*2

商品の価格は、需要と供給によって市場メカニズムで決まる、とミクロ経済学の理論で示されています。乱暴に言うと、欲しがる人が多ければ価格は上がるし、それで供給が増えると価格は下がる。

そして、この上がり方や下がり方はどの商品でも同じわけではなく需要の価格弾力性によって変わる。例えば iPhone の値段が倍になったところ半分しか売れなくなったとしたら、需要の価格弾力性は -0.5 (需要の変化率 / 価格の変化率 = - 50% / 100% という計算)。でも米はそうはいかない。価格があがっても、家庭はともかく、給食やメニューの定まっている飲食店など業務用ではなかなか変わりません。つまり需要の価格弾力性が小さい商品です。ちなみに仕入れ値や原価が上がっても価格反映が遅いという事象については、メニューの貼り換えコストなどもあって価格変更は遅れる、と渡辺努の「物価とは何か」に指摘されています。

そういうわけで需要は変動しにくい。いっぽうで食料の生産は時間がかかるうえに、いわゆる作況変動という、天候による変化がある。

これによって、需要曲線はこんなふうになります。

需要曲線のイメージ

価格軸は、ある数量の商品を市場で販売するとしてその数量をすべて売り切ることのできる最高の価格、数量軸というのは、ある価格で商品を販売するときに市場で売ることのできる最大量のこと。

ふつうの、ミクロ経済学の教科書でみるような需要曲線は左側。安いとたくさん売れるし、高いとあまり売れない。

しかし食料(とくに穀物)は右のようになる。これは価格があがっても需要量が大きくは減らないという必需性と、価格が下がっても需要がそうは増えないという飽和性という特徴があるからといわれています(前掲書)。

前掲の農業経済学の教科書では、2005年の世界銀行のデータをもとに価格弾力性を推計しており、日本での穀物の価格弾力性は -0.06 となったそう。ちなみにインドは -0.39, アメリカはなんと 0 でした。

ちなみに、今回ように必需品である食料の価格が暴騰するとこれはこれでたいへん困るのですが、逆方向の、豊作で価格が下がるのも問題です。安くなって消費者は嬉しいものの、生産者が大きく赤字になる豊作貧乏という問題が発生するためです。需要の価格弾力性が-0.06だとして生産が12%増えると、価格は半分になる(価格変化率 = 生産量変化率 / 需要の価格弾力性)。そうすると、豊作だけど販売収入は大きく減ってしまいます。これは極端な例ですが、生産量12%増ですら極端な結果を招くというセンシティブさがあることがわかります。

実際に過去の価格変動をみると、波はありつつ価格下落傾向のなかでも2014年には前年比で2割以上安くなったりもした。

長期的な主食用米の価格の動向(農水省
(出典URL https://www.maff.go.jp/j/press/nousan/kikaku/attach/pdf/241018-2.pdf
(ちなみに、今回暴騰しているものの取引価格としては平成4年時点とそう変わらないこともわかりますね)

さて、価格高騰に対して話を戻します。供給側も生産を増やそうとするけれど、日本のほとんどの場所では米は1年に1回しか収穫できない*3のですぐには増えません。

どういう対策がある?

教科書的には、価格が上がったことで参入者や作付け面積も増えて供給も増えていく・・・となります。そして、これで価格が下がりすぎるとまた生産調整がされて作況による変動もありつつも価格が落ち着いていく、はず(くもの巣モデルというやつ)。ただ、それでは調整は翌シーズンまで持ち越されることになってしまいます。

政府の対応としては、市場価格があがってきたなら手持ちの在庫米を放出する手段があり、いままさに政府がやらんとしていることです(逆に、価格が暴落しているときは政府が備蓄用に買い入れて過剰在庫を解消するというものが対になっています)。

2025/2/19のNHKの記事によると21万t放出するとのこと。これは2024年度収穫の3%程度。

www3.nhk.or.jp

ただし、どちらの介入もわれわれの税金がもとでもあるし、市場メカニズムをゆがめる副作用もあるので判断が慎重になるのもわからなくはありません。

現実問題として

ここまでは教科書的な説明で、供給量のちいさな変化で価格が大きくあがりうるというのは理解していただけたとは思います。けれども、多様な参加者がいる市場の動きを読むことはむずかしい。

2024年収穫分の新米がでてきたら価格は落ち着くかと思われていたものの、収穫量の指標を表す作況*4は平年並みにもかかわらず(品質はさておき)、店頭価格は去年から87%増えている。先のNHKの記事によると収穫量自体は去年から18万t増えたそうだけれど、主な集荷業者が集めることができたのは21万t減ったそうでもある。

単一の市場があるわけではなく、スーパーの店頭価格が決まるまでには、在庫を抱えることのできる各JA、生産者団体や米問屋、商社が価格をつけたり出荷を調整しているし、投機の動きもあるかもしれない。複雑な市場の事象でとても見通せません(いっぽう、結果としては上がるか下がるかこのままかの3択なので、結果的に予想が当たることになる人々は多いとは思いますが)。

参考までに、給食業界のベテランで著名はてなブロガーのフミコフミオさんはこう書いていらっしゃる。

食品業界の中の人だけど備蓄米の放出でお米の状況はこうなりそうだよ。 - Everything you've ever Dreamed

雑感

米価はまじでむずかしい。需要も年々減っているし、農地集約や農機の性能向上などさまざまな生産性改善はあるとはいえ、資材も人件費も高くなっていてこれまでが安すぎたという側面は間違いなくあります。 その分、価格が上がったことを歓迎している生産者さんも多いけれど、今回は急騰しすぎてしまっていて米の長期的な需要に強い影響がでてきかねないほど。参入者が増えうることを考えると今後の動きも心配です。

兼業農家が小規模にやっていることで生産過剰なまま集約が進まないから効率的ではないという批判もあるけれど、いわゆる農業の多面的機能があり、コミュニティ、文化、国土の維持には意味があるし突飛なことなやらないほうがよいのではないか・・・とも思われます。理想的な状態ではないけれど、理想的な状態をだれも描けていません。

とりあえず、おいしいごはんを安定して食べ続けていきたいのである程度の価格で落ち着いてほしいところです。

参考) 米データは農水省がたくさん出しています。 米の消費及び生産の近年の動向について 令和6年8月 農林水産省 農産局 https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokuryo/240827/attach/pdf/240827-3.pdf

米作については古いけれどこの本がよかった

dai.hateblo.jp

*1:農業経済にお詳しい方 ちょうど一週間前にはてなブックマークでホットエントリした https://anond.hatelabo.jp/20250215115750 のような方を念頭に置いています

*2:鈴木先生は旧Twitterではいろいろ毀誉褒貶ありますが、本書は東大や京大でも教科書として採用されていてまともなはず・・・

*3:沖縄では二毛作している地域もある

*4:さっきょう、と読みます