未来そうぞう日記

知的障害を持った息子と巡る日曜の東京、神奈川周辺の散歩、未来予想(妄想?)、そして気になる話題を報告します。

思い出の巨大ターミナル川崎駅

今回の散歩は川崎駅周辺です。

 

川崎駅にはJR東海道線京浜東北線南武線が乗り入れているターミナル駅。人口140万の川崎市の玄関口で改札前のコンコースは平日休日関係なくたくさんの人で混雑しています。

西側には駅直結で巨大ショッピングモール「ラゾーナ川崎」があります。個人的には30年以上前ですが新社会人研修で通った東芝堀川町工場がここにありました。当時、こんな駅前の一等地に工場があるなんて勿体ないと思ってたら数年後に閉鎖してショッピングモールの開業を計画。しかし、土壌汚染の除去か何かで数年間、単なる無駄な空き地でした。そのころ、妻がこのそばの会社に勤めていて時々訪れていたのですが、なかなか建設が始まらず結局開業まで6年かかりましたね。

こちら情報が2018年と古いのですが日本で成田空港のショッピングモールに次いで2番目の売り上げだとか。川崎、横浜東部、大田区、品川区の大都市が商圏でかつ駅直結というのが大きいのでしょうね。
この集客力を狙ってモール中央のルーファス広場ではアーティスト新曲発表の無料ライブイベントが良く行われますね。

これはかなり前ですがマクロスΔワルキューレのイベント。

広場だけでなく各界のテラスにもぎっしりの人。

1万人を超えるキャパがあるとか。そりゃ無料でも宣伝効果高いですね。個人的にはKalafinaの”ring your bell”披露イベントが心に残ってますね。本当に無料でいいのかと感動しましたね。

川崎駅に戻り南西方向に伸びるペデストリアンデッキこの先にあるのは

ミューザ川崎シンフォニーホール。ここの音響は世界的に評価されているとか。市民としてはあまり実感がないのですが、川崎市は音楽のまちと自称しているだけあり、結構お金をかけてこれを建てたみたいですね。

デッキから北側を見るとラゾーナの後ろにある建物は

東芝の本社ビルですね。昔の浜松町にあった本社ビルは昨年2025年に解体が始まったようでちょっと寂しいですね。と言っても本社ビルって府中勤務だったから入社式で行ったくらいですが。

デッキの下に来るとバスロータリーがあります。

さらに西側にはラゾーナ側にもロータリーもあります。同一面に2つあるのは大きい駅の証拠ですね。

さて、今度は東側に移動。

こちらの駅ビルのアトレもショッピングモールとしていろいろ店が入っています。

そして、駅を出て右手に見えるのは川崎ルフロン。こちらは昔西武と丸井が二大テナントから構成されるショッピングモールでしたが百貨店文化衰退にラゾーナ出店の追い打ちを受けて今ではヨドバシカメラや各種専門店、屋内水族館のカワスイみたいな変わり種もいるモールになってます。
実は東芝から転職した会社がオフィスを何度か引っ越して、この先にあるビルにも3年ほど通っていて、ここは結構馴染みあるんですよね。

また、バスロータリーは西側にもあり、

ここも2つ、駅全体で4つあります。その他、ショッピングモールはMORE'SDICE
本当デカい駅ですね。

元々MORE’Sは岡田屋と言う百貨店。この5段しかない世界一短いエスカレーター、プチカレーターが隠れた名所だったりします。その他、百貨店としてはさいか屋もありましたね。よく川崎と言うとヤンキーが集う荒れた街のように言われるが、銀座や新宿のようなブランド力はないなりに、それなりの繁華街だったりするんですけどね。

(つづく)

 

おまけ:アトレの地下にあるたんめんの店百菜

川崎に通ってた頃は、よくここで食べてました。てんこ盛りの野菜にしょうがをたっぷり乗せることができるのがお気に入り。風邪も治りますね。

 

浅草シリーズ最終編 老舗だらけの浅草 やっぱ浅草面白いね

浅草散歩のつづきです。


かっぱ橋道具街通りと交差し東西に伸びる都道463号線。東側は雷門前に、西側は、、、

仏壇を扱うお店がずらり。稲荷町駅から浅草までは「浅草仏壇通り」と呼ばれている。

約50店舗の仏壇・神仏具の専門店が並んでいるとか。

歴史は古く、明暦の大火の後、寺院仏閣が幕府により上野から浅草にかけて集められ、これに伴い仏具などを扱う職人が集まり、店を構えましたのがルーツだそうです。

浅草仏壇通りを東に進み、国際通りを北上し、再び浅草寺前の雷門通りへ。

この辺りには天麩羅の 葵丸進

うなぎの 川松本店 など老舗が並んでいます。

浅草通り南側の路地に入ったところには高級料亭 茶寮一松 。こちらの創業は1952年(昭和27年)。江戸、明治に創業した老舗が多いので麻痺して新しく感じるが70年以上の歴史があるんですね。こちらの建物は今半本店や神谷バー同様、登録有形文化財だとか。

東京都内で文化財の建物を使った飲食店は多いが、飲食店の店舗建物が文化財になるケースは浅草が一番多いみたいですね。

新仲見世通りに戻ると、こちらの角の店は

デパートのテナントでもよく見かける芋ようかんで有名な舟和です。創業は1902年、明治35年。こちらも老舗ですね。

この日は暑かったので芋ようかんよりもソフトクリーム。芋ようかんソフト!
ただ、とぐろ巻いてるこのフォルムでこの色、、、

普通のバニラを食べました。舟和の文字が刻印された薄いせんべいがバニラと合いますね。

その対面にある喫茶店 銀座ブラジルも60年を超える老舗。

また、老舗以外にも昭和を感じる店が。こちらはベルトの専門店マルイチベルト

本当にベルトだらけ。専門店としてやっていけるのは凄いですね。

こちらは種類豊富な草履・下駄が揃っている高久履物店。

姉妹店なのか、こちらは扇子、羽子板が揃っている高久人形。

この新仲見世には個性の強い店が揃っていますね。

そこから裏通り、と言っても浅草中央通りという立派な名称の通りにあるのが宮田レコード。昔ながらの音楽カセットやCDを売っている店です。

もちろんジャンルは演歌。なかなか渋いですね。
音楽は配信全盛時代。CDのお店も絶滅しそうな感じですが、こんなポスターが並んだ昭和の店は今となっては人口の多い東京でしか生きていけないんでしょうね。

また、新仲見世に戻るとこちらも甘味処の老舗 梅園 。創業は1854年(安政元年)、江戸時代ですね。この店もテナントとして出店しているのでご存じの方も多いかも。個人的にはどら焼きが好きでよく利用しています。浅草にはデパートで見かけるお店の本店が本当多いですね。

そして、この浅草からはスカイツリーがよく見えますね。

こちらは雷門通り

伝法院通り

名もない裏通り。なんか雑多な街並みとのギャップがいいですね。
浅草寺を中心に発展した浅草。江戸時代に創業した天麩羅をはじめとする老舗が今も残り、明治、大正には六区を中心に芸能、エンタメの街として浅草。さらに合羽橋道具街や浅草仏壇通りなど日本のモノづくりを堪能できる浅草。
日本人だけでなく外国人にも人気スポットになる理由がよくわかりますね。

 

道具街で有名なかっぱ橋は河童?合羽?

浅草散歩のつづきです。

 

浅草六区から少しに行くと大きな道路の国際通りに出ます。ここには浅草今半の国際通り本店があります。以前の記事で紹介した通り、新仲見世にある今半本店とはルーツは同じですが別会社で、こちらがデパートのテナントでも有名な今半です。それにしても「本店」がつくと紛らわしいですね。
そして、合羽橋?
そう、ここから西に伸びる通りが「かっぱ橋本通り」になります。

かっぱ橋本通りを西に進むと大きな道路の「かっぱ橋道具街通り」に出ます。

ここは飲食店に必要な道具を扱う問屋、お店が集まった商店街で、今ではときどきテレビでも紹介される一大観光スポットですね。

かっぱ橋だから河童に橋の看板。。。あれっ合羽橋だよな。

実はかっぱ橋の由来は二説あるとか。

この辺りに住んでいた侍や足軽が雨合羽を内職で作っていて、晴れた日に近くの橋に干していた風景から来た説。そして、洪水に悩んでいたこの地を見かねて合羽川太郎(本名合羽屋喜八)が私財を投げ出して掘割工事を始めたがなかなか進まなかったが、それを見ていた隅田川の河童たちが夜な夜な工事を手伝ったという逸話から来たという説の2つ。合羽、河童の両方が絡んでいたんですね。
ちなみに当時、この手伝いをする河童を見たものは運が開け、商売が繁盛したとか。

先ほどの浅草今半の交差点傍には黄金のかっぱ河太郎の像があります。

こちらを拝むと商売繁盛だとか。どうでも良いが、似てないけどお笑いのバイキング小峠さんを思い出しますね。

また、商店街のPRキャラとしてのかっぱ河太郎はもう少しかわいいです。

そのそばにはこんな街灯も。

女性の河童を使った、なかなか斬新なデザイン。

2019年架空の浅草を舞台にしたアニメ「さらざんまい」でもよく出てきた回転する河童たち(動画17秒付近)ですね。

www.youtube.com

こちらの女性の河童、商店街の各店舗の名前が入った看板にも使われていますね。

改めてかっぱ橋道具街通りを南下すると菊屋橋交差点かっぱ橋のランドマークであるニイミ洋食器店の巨大看板があります。

本当インパクトありますね。

これ以外にも大阪のカニや竜にも負けないくらいインパクトのある立体看板があちこちにありますね。

と看板に目が行きますが店を見てみると

食器や厨房機器以外にも

こんな提灯などの装飾物を扱っているお店も。知らないと居酒屋と間違えて入ってしまいそうです。

このかっぱ橋道具街、近年は外国人の人気スポットに。浅草に近いという理由もありますが、人気を博しているのは食品サンプルの店。近年、メニューのディジタル化で需要は減ったようですが、まだまだ飲食店の店先に置かれた食品サンプルは健在のようです。日本人のこだわりが生み出したリアルな食品サンプル。日本にいると当たり前ですが外国人から見たらかなり不思議な文化なんでしょうね。

ここ10年くらいはお土産用の食品サンプルも多く作られ、都内観光地の土産物屋に置かれるようになりましたが、やはり専門だと種類の多さは桁違いです。自分もつい、しめ鯖のサンプルを購入してしまいました。

また、最近だと和包丁を注目を集めているようで新しくできた専門店をいくつか見かけました。和包丁の人気の秘密はやはり「切れ味」。また、「日本刀をルーツに持つ」という宣伝文句も外国人の心に響いているようで。

(つづく)

昭和を懐かしむ浅草公会堂と花やしき

浅草散歩のつづきです。


こちら浅草公会堂です。

2022年に改修し新しい感じになっていますが、もうすぐ50週年のちょっとした歴史ある公会堂です。浅草演芸大賞のほか、新春浅草歌舞伎など大イベントが行われる公会堂としても有名ですね。

そして、こちらの建物の前には、、、手形!
八代亜紀橋爪功などの芸能人の名前が入った手形が並んでいます。

歌手、俳優、お笑いのほか、映画監督、作曲家などの芸能裏方の著名人の手形もあるようです。

こちらは1979年に創設。以来1982年を除き、毎年増えていき現在(2025年)は353名の手形があるそうです。

近年は5~6名ずつ増えていて、新しいものは床ではなくこのように道路沿いの花壇の上に展示されています。

最新の2025年の1月に増えたのはこちら。

竹中直人とか、とっくの昔にあってもおかしくないような超大御所俳優も最近追加されたことから、特に最近注目度が高くなったからというような基準ではなさそうですね。50代おじさんには懐かしいルビーの指輪の寺尾聡とかありますね。

芸能界の殿堂入りメンバー勢ぞろいという感じで昭和世代の人たちには懐かしい名前が並んでいますね。

この横には郵便ポストの上に乗っている怪しげなキャラクター。

こちらは浅草公会堂のある浅草オレンジ通りのイメージキャラクター「オレンテくん」
手形をモチーフにして、手相も考慮された斬新なデザインです。

そんな華やかなスター広場の前に落ち着いた佇まいのお店。

明治3年創業の天麩羅の老舗 中清です。一番リーズナブルな普通の天丼でも4,000円近いお店ですがちょっと行ってみたいですね。

次にホッピー通りを北に向かうと右手に現れるのは西参道の商店街。

狭いですが演芸場とかで見かけるようなカラフルな幟(のぼり)がたくさん立っていて非常に賑やかな通りですね。

いろんなアーケード街を見たことありますが、床が木製なのは珍しいですね。

この西参道入り口から左に視点を動かすと見える塔のてっぺんに書かれた文字は、、、

日本最古の遊園地「花やしき」ですね。今は老朽化のため、アトラクションとしては2016年に終了しましたが、花やしきのシンボルとして存在感を示していますね。

施設の前の道路はもちろん花やしき通りです。

こちらの通り、浅草寺の裏から繋がっていて

シニアの琴線に触れるような店が立ち並んでいます。

こちらは花やしきの入り口。家のお茶の間を模した脇をギシッギシッ言いながら走りぬける木製のコースターなど興味はありますが、おじさん一人が入るにはなかなか勇気がいりますね。でも、いつか行ってみたいかも。

目の前にはパンダの郵便ポスト。浅草のある台東区には上野動物園もあり、子供の夢が詰まっているエリアですね。(昭和の香りが強いですが)

花やしき通りを西に行く浅草ひさご通りのアーケード街があります。「ひさご」とは瓢箪のことで、昔商店街入り口にひょうたん池があったことに由来しているそうです。

こちらには牛鍋の老舗 米久本店があります。かつて、この近くには凌雲閣という12階建ての展望タワーがあったそうです。作られたのは1890年(明治23年)で日本初の電気式エレベーターが設置されたそうです。残念ながら関東大震災で倒壊してしまいましたが、かつてはこの辺りも観光スポットして賑わっていたと思われます。
それにしても昔ながらの商店街の衰退により全国的にみるとアーケード街は年々減少していますが、ここ浅草には複数残っていて、アーケード街の憧れが強い昭和世代としては嬉しいですね。

(つづく)

昭和生まれのオッサンホイホイ エンタメの街 浅草

浅草散歩のつづきです。

 

伝法院通りを西に行くと途中から浅草六区通りと名前が変わります。

浅草六区、正式には浅草公園六区は明治時代、浅草公園整備における区画番号の第六区画からきていて、その土地に浅草の裏側にあった見世物小屋などが引っ越してきて、やがて一大歓楽街に発展したそうです。

こちらの街路灯の柱には浅草に縁のある喜劇スターや文人の写真が飾られています。

こちらは

寅さんでお馴染みの渥美清ですね。一気に昭和って感じがしますね。

こちらの6本の道路が交わる交差点にデーンと構えているのはドン・キホーテ浅草店。こう言ったら失礼だがドンキにしてはしゃれた外観。元々、この場所には大勝館という映画館があったそうで、その建物に似せて作ったようですね。

店の前に犬ではなくパンダのキッチンカーも停まっていて、ちょっと非日常感のある区間ですね。

その東対面にあるのは複合商業施設の東京楽天地浅草ビル。こちらも個性的なデザインの建物ですね。

奥山お参り道のゲート左脇付近のこの建物の一部は公園六区交番です。商業施設と同居しているのは少し珍しいかも。

また、南西側対面には浅草演芸ホール浅草フランス座演芸場東洋館があります

この二つは姉妹館で同じ建物に入っています。浅草演芸ホールは伝統的な落語や漫才を、フランス座東洋館は「いろもの」というか、コントやものまねなどいろんなお笑いが楽しめ、また若手の登竜門だったりします。フランス座東洋館は元々ストリップ劇場「フランス座」であり、その合間に行われたショートコントが人気を博したことから、コント劇場として「東洋館」として新設されたそうです。その時、エレベーターボーイをしてたのが世界の北野武だったとか。また、先ほどの渥美清萩本欽一もここの出身だそうです。
訪問した時の顔ぶれはこんな感じ。昭和世代には懐かしいコント山口君と竹田君もまだ現役なんですね。

次に南側、六区ブロードウェイ商店街の通りに目を向けると、浅草ROX、浅草ROX 3Gのショッピング施設があります。平日でも賑わってますね。

かつてここには松竹演芸場があったとか。松竹演芸場は萩本欽一坂上二郎コント55号の生誕地であり、その他、内海桂子・好江、B&B、ツービート、片岡鶴太郎など60代以上のオジサンなら誰でも知っているような錚々たるメンバーが出演してたそうです。

そして、六区ブロードウェイ商店街の北側には浅草ロック座があります。ここはまだ残っているストリップ劇場ですね。

その対面北側にはJRA、場外馬券売り場があります。本当、六区ブロードウェイは昭和のオジサンホイホイですね。

また、もう少し北に進んだ路地浅草九劇。100席もない小劇場ですが何か活気がありますね。この浅草六区付近にはこれ以外にも大小様々の劇場が存在してます。正にエンタメの街ですね。

そして、伝法院通りの方に戻ると見えるこちらの大きな建物は、、、

(つづく)

ぽっぽっぽっ はとぽっぽの発祥は浅草?

浅草散歩のつづきです。

 

浅草寺の中にはいろんな石碑が立っています。本殿前の西側に立つこの石柱は迷子しるべ石、迷子や尋ね人の掲示板の役割を果たしていました。こちらは昭和になって復元されたもので現在では使われておらず、ひっそりと立っています。

その横にあるのは「鳩ポッポの歌碑」。作詞家の東くめがここ浅草寺で鳩と戯れる子供から着想を得たとか。作曲は滝廉太郎、「春のうららの隅田川」とともに浅草近辺と縁があるんですかね。身近な鳩の歌詞に歌いやすいメロディー。小さい子供が最初に歌う曲のひとつですね。

正観世音菩薩碑。こちらは浅草寺に多く納められた金石のひとつ。
鳩がここで休んでいます。ハトポッポのモデルになった子孫かもしれませんね。

こちらは彫刻家朝倉文夫の作品「雲」。朝倉文夫早稲田大学構内にある大隈重信像で有名ですね。お水舎にある沙竭羅龍王像の高村光雲といい、著名な彫刻家の作品がさりげなく展示してありますね。

日本における近代バレエの礎を作り、浅草オペラでも活躍した石井漠の記念碑

映画弁士(サイレント映画のセリフを語ったり、解説をする人)の塚、

浅草の喜劇王と呼ばれた曾我廼家五九郎の記念碑、

喜劇人の碑(題字は昭和の大俳優 森繁久彌)など芸能の街、浅草に関係する記念碑がたくさん建っていますね。

次に訪れたのは仲見世の参道の途中、東西に延びる伝法院通り。

東方向はスカイツリーが見えます。

スカイツリーをバックに修学旅行生たちが記念撮影。。。あ、屋根にマネキンが。
こちらは「知らざあ言って聞かせやしょう」のセリフで有名な歌舞伎「白浪五人男」の弁天小僧菊之助。ちなみに白浪とは盗賊のこと。だから、屋根の上にいたりするんですね。

こちらは同じく「白浪五人男」のリーダー、日本駄右衛門。「問われて名乗るもおこがましいが。。。」のセリフは有名ですね。一説によると戦隊モノの祖である「秘密戦隊ゴレンジャー」は「白浪五人男」をヒントにしたとか。いずれにせよ、浅草とは関係ないですが、残りの3名もこちらの商店街に隠れているそうです。

こちらは駐車場の看板。「下馬(馬から降りるところ)」とはいい表現ですね。

次に西方向へ。

ここにも車両進入禁止ということで「下馬」の看板。

こちら仲見世とはちょっと異なる毛色の小さな店舗が並んでいます。

人通りは多いが曜日限定なのかシャッターが閉まっている店舗もあり、ちょっと場末感ありますね。また、個性的な店が多いです。

こちらは明治末創業、100年以上の歴史を持つ老舗の大黒家天麩羅。それにしても以前の記事で紹介した三定といい浅草には天ぷらの老舗が多いのですが、一説による江戸時代は火災防止のため屋台でしか天ぷらの調理ができず、屋台がたくさん出店した浅草寺だから天ぷらが流行ったとか。真偽は不明ですが納得できますね。

そして、こちら伝法院の門。庭園が有名だそうですが、現在は改修工事中で一般公開されておらず、期間限定公開を狙うか2028年の工事完了まで待つしかないようです。

(つづく)

浅草ほおずき市 一回で四万六千日のご利益ってスゴイけどリピーター呼べずイベント企画としては怒られそう

浅草散歩のつづきです。

 

台東区の7月と言えば2大イベント。七夕前後に入谷の朝顔市が行われ、その翌週が浅草で「ほおずき市」が開かれます。四万六千日はお参りすると、126年、つまり一生分の功徳がある日ですね。

ほおずき(鬼灯)って昔、実を丸呑みすると子供の疳の虫(かんのむし)、持病の癪(特定の病気ではなく胃腸痛、胆石、生理痛などの強烈な痛み)に効くと信じられていたそうです。実際、薬効はあるみたいで、実ではなく地下茎に咳止め、解熱、利尿作用があるそうです。あと、アニメ「薬屋のひとりごと」でもありましたが、堕胎剤としても使われたそうで。薬効以外にも「炎」のような形から先祖を導く提灯に見立てて、お盆飾りとしても使われているようです。

このあたりはそのお盆飾りなんですかね。

江戸っ子って感じの勢いのあるお姉さんたちが売り子をしています。

ちょっとだけ、その風情を楽しみたいなと言う人のために、ひとつだけ売ってたりします。こんな感じにカバンにつけるだけで気分が上がりますね。

改めて浅草寺内を散策。

混雑する仲見世を避けたい人は本堂の東側からの訪問がいいですね。あまり知られていませんが、こちらにも二天門という立派な門があります。

こちらの門は持国天(右)と

増長天(左)の四天王のうちの2人が守っています。雷門、宝蔵門と大きな仏像が両側に配置される門が複数ある寺ってなかなかないですね。本当東日本を代表する名刹です。

ここからだと目の前が本堂です。

そして、本堂に行く途中、右側に見えるのは鳥居? 寺の敷地と繋がっているところに浅草神社があります。別名、三社様。有名な浅草の三社祭りは浅草寺ではなく、こちらの浅草神社の祭りなんですね。

東京メトロ浅草駅の改札出口近くに展示してある立派な神輿は三社祭のものです。三日間の人出は180万を超える東京を代表する祭りのひとつですからね。

そこから南に少し行った裏道に少し小山になっていて、その上に弁天堂がある。

裏側にあるので観光客がまばらに。しかし、朱色の日本らしい建物は、レンタル着物で着飾った外国人にとって絶好のフォトスポット。何人かカメラを構えていましたね。

男性の和服を着ているアジア系男性グループも。日本人で和服着ている男性ってせいぜいカップルくらい。グループは成人式以外で見かけない光景かも。

そして、次は本堂の西側へ。こちらは阿弥陀如来坐像。修学旅行生が「小さな大仏だ」と大きいのか、小さいのかよくわからないこと言ってましたが、外国人の方にも人気があり写真待ち行列ができていました。他の仏像は一緒に写真取れませんからね。

こちら影向堂。観音様を守る十二支の守り本尊が祀られています。十二支と言っても一体で2年分兼任するのもいるので八体だけですが。なぜか、ここも外国人に人気ありますね。

こちら薬師堂。なお、八のつく日はお薬師さんの縁日だそうだが、なんかこの発想はイトーヨーカドーみたい(まぁ、歴史的にはこちらが真似ていることはないですが)。

こちらは日限地蔵を祀っている六角堂。建物は室町時代のもので都内では最古の木造建物だそうで、都の指定文化財です。個人的にはこちらのほうがいかにも日本らしい建物だと思いますが地味なので人気はないですね。

(つづく)