正徳5年10月10日。夜、高須の西河原という町が大方焼失してしまう。300軒ほどの町で4、5軒だけが残る。諸士の家は1軒も焼けず。ただし諸士の明屋敷が1軒焼ける。名古屋からも火の光が見えたと云々。
正徳5年10月2日。岡崎儀右衛門母の妙孝が亡くなる。同9日夜、体也日輝が71で亡くなる。水瀉痢(激しい下痢)で。忌日は10日。8日の内に義右衛門は両親を失くす。