1.《梵vimukti,vimokaなどの訳。縛るものを離れて自由になる意》 悩みや迷いなど煩悩(ぼんのう)の束縛から解き放たれ自由の境地に到達すること。 悟ること。涅槃(ねはん)。 「―の境地」「煩悩を―する」
2.歌舞伎十八番の一。 1760年江戸市村座初演の「曾我万年柱」の二番目に、 本名題「鐘入解脱衣(かねいりげだつのきぬ)」として 上演されたものが嚆矢とされるが異説もある。
原曲は伝わらず、現行のものは大正以降の復活。
私は既に健康寿命が尽きて、今年は人生2回目の手術を受け、後期高齢者にもなりました。 このため、私の煩悩はまだありますが、SNSやWEBサイトの作成・維持・更新をする意欲は失ってしまいました。 平均寿命まではまだ時間がありますが、あくまでも平均なのであって、自分が平均寿命まで生きられるという保証は全くありません。 このような事情から、この記事を人生最後のブログにさせていただくことにしました。 長い間、私のブログをご購読くださいまして、ありがとうございました。 追伸: 人生2回目の手術を受けて、仏教の「生老病死」「一切皆苦」をズシリと心底実感させられました。 私は悟り(解脱)を開いていませんので、…
耳を洗う読み方:みみをあらう世俗的な立身出世を避け、高潔な心でいることのたとえ。中国古代、尭から帝位を譲りたいといわれた隠士の許由が、汚れた話を聞いたといって耳を洗い清めたという故事から。出典:『史記』 嫌味な野郎ですね。そういうの、高潔と呼ぶのでしょうか?ただ断ればいいだけのところ過剰に反応するという事は実は立身出世に関心ありありなのでは? 道にお金が落ちているのを見て「誰か、落としたものはおらぬか?」とお坊様が大声で問いかけるを見て「さすが、解脱したお方は違う!」とひたすら感心している人に対して、ある人曰く 「お金に関心がある証拠、 牛なら通り過ぎる」 なるほど、そうですよね^^ ランキン…
もう、師走ですね。 道を歩いている時に、足元にクレジットカードの落とし物があり、誰も拾わないので、拾って翌日警察に届けてきました。 落とし物と言えば、何年か前に、私も日浦先生のハートのネックレスのチェーンが切れてペンダントトップだけどこかで無くした事がありまして探すの大変でした。 当日、娘を幼稚園まで歩いて連れて行ってたので、当時働いていた会社の中も探したり、仕事終わりに、娘と歩いた通学路を再度一人で道に落ちてないかウロウロ歩いたりしてました。 探している途中で、今まで見た事のない年配のおばぁさまがゴミ袋を片手に道を掃除しているのをみて、あぁ、もうないかもしれないなぁとあきらめてました。 ずっ…
下記文章と画像はユーチューブ動画の原稿と挿絵です。保存のために、ここに残すものです。 youtu.be 私は無いに気づいた後は、をお送りする宮本昌俊です。今回で44回目の動画になります。今回の動画は「私がワクチンを打たなかった理由!」というタイトルでお話しようと思います。 では始めます。お恥ずかしい話なのですが最近は話すことも無くなって何を話してよいのやら困ることが起こっています。それは私自身に起因する問題でもあります。それは何かというと悟りに関し既に真我の直接体験をし宇宙中に広がる赦しと無条件の愛を感じる体験をしてしまっていることから、これ以上の大きな気づきがあるのかどうかについては私にも見…
「天上天下 唯我独尊 三界皆苦 吾当安此」 これは、人生の目的は万人共通だということを断言されたお釈迦様のお言葉です。 普通、人生の目的というと、「人それぞれでいいじゃない」「みんな違って、みんないい」と思いますよね。そんな人生観を持っている人が多い。相対主義というか、確固たる人生の目的がない。 でも、お釈迦さまは違います。人生の目的は万人共通だと断言されています。 その根拠が「唯我独尊」の「独」。ただ私たち人間だけに、たった一つの尊い目的があると。「各尊」であれば、みんな違っていいということになりますが、「唯我独尊」です。こんなことを言う人は、この世の中にいません。 「天上天下唯我独尊」は「…
「今この瞬間」が真実であることを理解するためには、頭で考えるのではなく、体で感じることが大切です。 体の細胞ひとつひとつが強烈に「今」を感じはじめると、体全体からエネルギーが溢れ出し、人生のあらゆる瞬間が喜びそのものとして感じられるようになります。それは、人生で最も素晴らしい体験と言えるでしょう。 その時こそ、私たちは本当の意味で――「時間という幻想」から解放されているのではないでしょうか。過去や未来にとらわれなくなると、私たちは「自分とはこういう存在だ」という思い込みを手放し、また、目的達成という未来への執着からも自由になります。 普段の私たちは、深い眠りの中にいるような状態です。目を覚まそ…
私たちは本来、愛であり、光であり、大いなるすべての一部です。私たちは、強さと思いやり、そして明晰さに満ちた存在です。 けれども、日々の私たちは、つい思考の世界に入り込み、自分が誰であるのかをすっかり忘れて生きています。 この人生で私たちが本当にすべきことは、分離と幻想の世界から抜け出し、「今この瞬間」に目覚めて生きることです。そうでなければ、私たちは最後まで“自分の人生”を歩むことができないでしょう。 そのために大切なのは、「いつ」「どこで」自分の本当の道を外れ、幻想の世界へ迷い込んでしまったのかを思い出すことです。それを見つめ直すことが、真実の「目覚め」への第一歩となります。 どれほどスピリ…
インドの経典を一冊読みました。現在では、量子力学の分野においても、「私たちの見ているこの世界はホログラフィーにすぎない」「ブラックホールの淵に存在する情報が立ち上がっただけ」などと言われています。意味がよくわかりませんが、私たちの認知能力を超えているということでしょう。私たちの認知機能をラジオだとすると、映像情報(電波)が存在しても受信する機能はありません。それと同じ理屈でしょう。人間の目では、紫外線、赤外線すら見ることが出来ません。聴覚も嗅覚も犬の方が遥かに広い範囲を知覚出来ます。目に見えることだけが真実ではないといいますがそれこそ当たり前で、人間の認知能力で知覚出来る範囲など極々一部でしか…
◇釈迦の悟りを検証する◇ これまでは、釈迦の経典類や関連資料をわざわざ読むのが難しくて、釈迦の悟りがどういうものだったのかについて殆ど調べられませんでした。 しかし、最近流行のチャットGPTに検索や情報の抽出をさせることで、私のようなものぐさでもそれらの情報に容易にアクセスできるようになりました。 そのような訳で、先日、釈迦の悟りの以前から気になっていた部分について、調べて検証することができました。 今回はそれを記事にしたいと思います。 率直に言って、釈迦の悟りについて違和感や問題と思われるところはいくつもあります。 今回はその中で特に重要と思われる部分について書きます。 (1)主客の統合につ…
👆 アンフィニのリトリートの様子 (2011年 バルセロナにて) 僕の、 〝この夢の世界から永遠に目醒める〟ための旅は、 2011年から始まった。 当時、香港で、演歌歌手である藤あや子の動画を、 YOUTUBEで検索していたとき、なぜかたまたま、 バシャールをチャネリングしていた関野あやこさんの 動画が出てきてクリックしたのが全ての始まりだった。 それで、その年の5月に、軽井沢で開かれた、 あやこさんのリトリートに香港から参加し、そこで、 兄弟てっちゃんを始め、多くのスピ兄弟に出会い、 その中の一人である乙女ののりちゃんを通じて、 ハレ師匠の奇跡講座へと導かれていった。 その後、井上老師から〝…