筆者は,日本が最大限に経済発展した1980年からの20年間を,関連する情報業に携わった。マイコンを中心とした自動化技術が花開き,無人化,自動生産などに日本人らしい緻密な行動でムダをなくし,低コストで高品質な製品を世界中に供給した。自動車の電子制御,ロボット,半導体,液晶テレビなど,最も華やかな時代だった。この時代に,マスコミ人として情報提供でサポートできたことは,実に幸せだったと思っていた。しかしこれを「実にラッキーだった」と言い換えざるをえないのかもしれない。 もし,筆者の社会人生活が1960年からの20年間だったら,日本は公害問題を世界に撒き散らしながら独りよがりの経済発展をしていた。逆に…