享保2年6月1日。能が辰(午前7時)過ぎに始まり、未3刻(午後1時半過ぎ)に終わる。御楽屋奉行は森本孫介・海保弥之右衛門・御黒門頭都筑元右衛門・馬場三右衛門が勤める。白洲の上を蝋障子で覆ったので風が入らず。公が現れると扇子も使えず、とても蒸し暑くて耐え難い。大橋小伝治は下に袴を着て出向き、食事の時は汁が冷たく、水あえを食べなかった。酒を少しずつ吸いながら飯を食べる。やがて蒸し暑くて気が遠くなると云々。寅の間の東で立っていたが倒れて気を失い、しばらくして正気に戻る。2人の子が介抱して歩いて帰る。白洲の町人にはこわめしが下される。その日その日の札を用意する。惣支度は2000人前ほど拵えると。その中…