おれは、3日前の記事「已矣哉」に 社会生活の苦労や努力は修行ではない。 と書いてます。 これは当節では、幼稚で、非常識な言説とみなされます。 なぜなら、世間の常識は 世法と別に仏法があるのではない。 社会で真面目に仕事さえしていれば、それが立派な修行だ。 というものだからです。 このことに関して書いた 過去記事を、以下に再録します。 (仕事がサティを維持できないほどきつい拘束になれば、その時点で仕事を辞める。数年前に勤め先を辞めたほんとの理由も実はそういうことだった) 近所の電子部品工場で、3ヶ月ほど午後の4時間バイトをすることにした。 作業はプリント回路板をマガジンから抜き取って箱に6枚並べ…