清浄(しょうじょう)でなない、俗気の多い僧侶を口汚く罵る言葉『生臭坊主』・・・。 『悟り』というようなモノを突き詰めていった時、どうしても『無』に突き当たるわけだが、この無機的な『無』がひょっとした拍子に『空』に転換するというか昇華するには、そこには『命』の働きの根本である『有機的』要素の覚醒が必須である事に気がついた時、この『生臭』という口汚い言葉は案外に、人間にとって本質を突いている言葉であると思う今日此の頃 道元禅師のいう『・・・自己を忘るるというは、万法に証せらるるなり…』というところの『万法に証せらるる』という処がこの有機的な『生臭』の覚醒であり、自覚ではないだろうか。 どんなに賢い…