誰が「悪人」なのかという問いは、殺人犯と愛を巡る逃避行の末に、観客へ向けられる最も鋭い倫理的刃物である。この物語の本質は、個人の情動の深淵にあるのではない。考察の焦点は、事件を取り巻く匿名的な「世間」という構造が、いかにして真実を隠蔽し、安易な「悪」の記号を製造することで、自らの「集団的無関心」という名の欺瞞から逃れたかという、構造的欺瞞の詳細な分析に置かれる。 【傍観の岩壁と、 実存の灯 】 序論:吉田修一・李相日タッグによる「共同体の規範」への問い 1. 欺瞞のシステム:傍観者という集合知の構造 1.1. 悪人像の製造とスペクタクルの消費 1.2. 液状化する社会と共同体規範の溶解 1.3…