こんな一節があった。 大虚空蔵菩薩の御宝前に願を立て、日本第一の智者となし給へ。十二のとしより此の願を立つ。其の所願に子細あり。今くはしくのせがたし。其の後、先づ浄土宗・禅宗をきく。其の後、叡山・薗城・高野・京中・田舎等処処に修行して自他宗の法門をならひしかども、我が身の不審はれがたき上、本よりの願に、諸宗何れの宗なりとも偏党執心あるべからず。いづれも仏説に証拠分明に道理現前ならんを用ふべし。論師・訳者・人師等にはよるべからず。専ら経文を詮とせん。 『破良観等御書』建治2年(1276) これによれば、日蓮聖人は出家してからというもの、始めに浄土宗・禅宗を聞き、その後は南都・北嶺の諸寺にて参学さ…