マラソンの楽しさは、いつから「時計」に支配されるようになったのか。本来、走るという行為の原点は、気ままに思いついたところを、ゆっくりと走ることにある。信号の向こうに見えた公園へ寄り道する。川沿いの風に誘われて距離を伸ばす。坂道を見つけて歩き、また走る。そんな自由さが、ジョギングの面白さの核だった。 ところが市民ランナーの世界では、GPSウォッチとSNSの普及を背景に、走る価値が「平均ペース」や「月間走行距離」に換算されやすくなった。結果として、数時間のんびり走って景色を眺める――いわゆるLSD(Long Slow Distance)は、いつの間にか「効率が悪い練習」「中上級者には効果が薄い」と…