日本では2006年4月から労働審判法が施行され、労使間の紛争を国が間に入って迅速、低コストで解決する仕組みが整えられた。 この仕組みは1806年にナポレオン・ボナパルトによって創設された労働裁判(conseils de prud’hommes)からはじまったというのが定説になっている。しかし、この労働裁判にモデルがあったのか、あったとすればそれがどのようなものであったのかについてはかならずしも明確なコンセンサスが存在していない。そこで、このことについて調べ始めた。 その結果をまとめた論文ができました。論文では、絶対王政期、リヨン絹織物ギルドでおこなわれていた紛争解決制度(賃金紛争含む)がそのモ…