山頭火の『私を語る』という文章のはじめに、次のような言葉があります。 「私もいつのまにやら五十歳になった。五十歳は孔子の所謂、知命の年齢である。私にはまだ天の命は解らないけれど、・・・・・」 このように五十歳の山頭火は言いますけれど、古稀を過ぎたわたし(いろは)でさえ、「天の命など分からない」です。 この「知命」を「Chrome」で検索すると、「AIによる概要」として、次のような説明が出て来ます。(どこかの文献から文字データを引っ張ってきて生成された説明なのでしょう) 『この「知命」は、孔子の『論語』に出てくる「五十にして天命を知る」を略した言葉で、50歳になって天が自分に与えた使命を悟ること…