自分に見切りをつける必要を、しきりに感じる。 戦後文学という文学史事象を考えれば、登場の経緯といい思想的脈絡といい、まずもって野間宏・椎名麟三に指を屈するしかないのは今もって変るまい。が、昭和文学さらには日本近代文学という枠組みのなかで、文学としてどうなんだと考えるとき、むしろこちらを考えるべきではと思える作家に、武田泰淳がある。 野間宏が提唱した「全体小説」とは、大河巨篇の意味ではなく、心理・生理・社会の絡み合い構造を漏れなく描き尽すという志だったことは、すでに定説だろう。むろん野間宏自身が果敢なる実践者だったことも周知の事実だ。 しかし社会構造の側面や思想思索の側面ではなく、野心・肉欲・信…