大日本帝國海軍航空母艦。
昭和14年度計画にて戦艦として計画、昭和17年6月30日空母に変更、昭和19年11月19日竣工、29日沈没、昭和20年8月31日除籍。
大和級戦艦の3番艦として起工されたが、開戦により工事を中断しているうちにミッドウェー海戦発生、緊急に策定した改マル五計画により、洋上補給基地機能を有する重防御空母に改造された。戦艦として建造中の船体を利用した為に水中防御力に優れ、大鳳と同様の飛行甲板装甲を持つ極めて強力な空母だが、格納庫は一段で搭載機数は少ない。
前例のない巨艦であった事や、建造中に他の緊急工事を優先した事もあり、完成は昭和19年11月となり、戦局にまったく寄与しないまま潜水艦の雷撃を受け、完成後10日で戦没した。
要目
基準排水量:62,000t
全長:266m
最大幅:38m
平均喫水:10.31m
主機:艦本式オール・ギヤード・タービン4基4軸
主罐:ロ号艦本式水管罐(重油専焼)12基
出力:150,000HP
速力:27knt
燃料搭載量:重油9,000t
航続力:10,000浬/18knt
兵装:八九式40口径12.7サンチ連装高角砲8基
25ミリ3連装機銃35基
25ミリ単装機銃40基
12.7サンチ30連装墳進砲12基
搭載機:常用42機、補用5機
飛行甲板:長さ256m×幅40m
装甲:飛行甲板95mm、舷側160〜270mm、甲板190mm
乗員:2,400名

大和型戦艦は1番艦の大和と2番艦の武蔵はその名が良く知られている。だが大和型にはもう一つあり、それが第110号艦、のちの信濃であった。日本海軍は艦隊決戦思想を持っていたが、航空母艦による航空機が威力を発揮していた。太平洋戦争開始となる真珠湾攻撃ではそれが証明された。太平洋戦争開始後、大和および武蔵が就航したが、当初の日本は東南アジアから太平洋まで広く進出する。だがミッドウェー海戦で敗北し空母4隻を失うこととなった。そのため、大和型戦艦として建造されていた第110号艦(信濃)は空母へ転換されることとなったのである。信濃の開発は急がれたが、戦時動員による人手不足で熟練工も足りず不具合も多い。そんな…