[Montin Lupa] フィリピン、マニラの南24キロメートルに位置する都市。太平洋戦争後、日本人戦犯が服役した刑務所がある。三省堂提供「大辞林 第二版」より
[Montin Lupa]
フィリピン、マニラの南24キロメートルに位置する都市。太平洋戦争後、日本人戦犯が服役した刑務所がある。
三省堂提供「大辞林 第二版」より
流行歌手・渡辺はま子の戦犯たちとの交流、ヒット曲「モンテンルパの夜は更けて」を受けて、フィリピン大統領による戦犯減刑・釈放という、劇的なドラマの舞台となった。
こんにちは。いーかです 前回の記事で、私たちはマニラ市街戦という壮絶な悲劇と、そこで生まれた深い憎しみについて触れました。 戦後、フィリピンにおける対日感情は最悪のレベルに達していました。 「日本人を見たら石を投げろ」 そんな空気が支配する中で、1953年、信じられないニュースが日本へ届きます。 フィリピンのモンテンルパ刑務所に収容されていた日本人戦犯105名全員に対し、大統領による「恩赦(おんしゃ)」が与えられ、日本への帰国が許されたのです。 この決断を下したのが、当時のエルピディオ・キリノ大統領です。 第7回は、歴史を変えたこの「恩赦」の裏にある、一人の男の壮絶な葛藤と愛の物語です。 誰よ…
過去にgooブログに掲載した記事でアクセス数の多い記事や、私自身が心に残った記事を、暫くHatenaブログに転載していきます。 転載12回目は、2025年1月に掲載した「もう一つのモンテンルパ」です。 長野県天竜峡にある「モンテンルパの碑」は、6月12日に公開しました。 渡辺はま子が歌った「あゝモンテンルパの夜は更けて」は有名な曲ですが、島根県安来市(当時の布部村)にも、モンテンルパ刑務所に収監されていたB・C級戦犯の助命嘆願書を、当時のフィリピン大統領に送り続けた人がいると、数年前に鳥取県に本社を置く地方紙に、読者が投稿されたのを読んで知りました。 その名は、加納莞蕾(かんらい)という人です…
過去にgooブログに掲載した記事でアクセス数の多い記事や、私自身が心に残った記事を、暫くHatenaブログに転載していきます。 転載10回目は、2006年11月に掲載した「モンテンルパの碑」です。長野県へ旅行に行ったときのものです。 この旅行連載の最終回に、以下の文章で締め括らせてもらいました。 『・・(前略)・・この旅行で「モンテンルパ」のことを更に知ることができるとは思いませんでした。杜甫の詩に『国破れて山河あり』というのがあります。日本は戦争に負けましたが、美しい山河(自然)は残りました。子どもたちも野山を駆け巡り、豊かな自然の中で情操を育んできました。まさに、童謡唱歌の歌詞に出てくる原…
よく知られている室生犀星の「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しく歌ふもの」は、『小景異情』という詩の「その2」にあり、望郷の詩句の代表ともいえる。人は年老いるほど、故郷への思いが強くなるのかもしれない。このブログで何度か紹介した『今しかない』という小冊子がある。最近届いた第4号は、「故郷」を特集し、それぞれの故郷への思いとともに、幼いころの光あふれた時代を浮かび上がらせている。 この小冊子は、埼玉県飯能市の介護老人保健施設・飯能ケアセンター楠苑(1997年6月2日開設、定員98名)石楠花の会発行の『今しかない』(編集・齋藤八重子、滝谷淳子、浅見京子、顧問・大島和典)。2020年5月に創…
不自由の考察 妙な国である。 国体を構成する「宮内庁」という公的機関が、広く一般国民から「短歌」を募り、「歌会始」と称して一陽来復の新春を寿ぎ、歌の腕前を競い合うという。 世界広しと言えども、これほど優雅に春を祝う国は有るまい。 歌会始と聞くと、僅かながらも胸をざわつかせるものが有る。 皇居歌会始とは比べるべくも無いが、我が父は半世紀もの間、市の広報に愚にもつかない「川柳」を投稿し続けて悦に入っている。 そのくだらなさで一頭群を抜く出来栄えに、家族は都度肝を冷やし、思い止まるよう説得するが、既に耳は遠く、独断と専行は続くのである。毎月、「市報」の配布から暫くの間、近隣の目は冷たい。(-ω-) …