奈良市須山町で行われている子供の涅槃講について廻っていた。村の戸数は13軒。お菓子を貰いに一軒、一軒を訪ねる子どもたちが立ち止った玄関に、である。ここにもあったと思わず指をさした「旧暦十二月十二日朝の水」と書いた護符である。用意していたお菓子を子どもに渡していたご婦人に尋ねる護符。これまで拝見したことがある護符は、逆さに貼っていた「十二月十二日」の文字であった。五右衛門所縁のある護符とされているような証言がある護符であるが、信憑性は薄らいでいる。京都検定問題にまで登場する護符である。釜茹で処刑され、亡くなった日が12月12日であると解説される。ところが、公家日記の『言経卿記(きつねきょうき)』…