アウフヘーベン([独]Aufheben) 日本語では「止揚」「揚棄」と訳される。 ヘーゲル弁証法における根本概念。 あるひとつの命題(テーゼ)と、それに反対・矛盾する反命題(アンチテーゼ)との二つの相反する命題を、互いに否定しつつも生かして統合し、より高次元の段階である総合命題(ジンテーゼ)を導くこと。
例) 「僕は【焼きそば】が食べたい」(テーゼ) 「私は【パン】が食べたい」(アンチテーゼ) 「それなら【焼きそばパン】を食べようよ」(ジンテーゼ)
本シリーズを通じて見てきたのは、「無尽蔵である」という前提が、いかに脆い幻想であったかという事実である。 石油、ドル、国家主権、経済成長、技術進歩――20世紀文明は、それらを際限なく拡張可能なものとして扱ってきた。しかし21世紀に入り、あらゆる領域で「限界」が可視化され始めている。 それは枯渇ではない。制約が顕在化したのである。 ■ 有限性とは「終わり」ではなく「設計条件」である 有限性という言葉は、しばしば悲観的に受け取られる。だが工学的に見れば、有限性とは制約条件にすぎない。 ・材料は有限・エネルギー密度には上限がある・計算資源にも物理限界がある・社会の信頼や統合にも耐久限界がある にもか…
― 構造と実存のアウフヘーベンとしての人間 ― 本書(ブログ)は、構造主義と実存主義という、20世紀思想の両極が見つめ続けた問い――「人間を決めるのは構造か、自由か」――この古い対立を越え、統合する試みであった。 レヴィ=ストロースが見抜いたように、私たちの思考の大半は言語・制度・文化といった巨大な構造的因果の網 に絡め取られている。 しかしフランクルやニーチェが見抜いたように、その「網の内部」にこそ、人間だけが持つ態度・選択・意味・価値創造という“因果を跳ね返す力” が宿る。 そしてアウシュビッツという極限空間が示したのは、この両方が“真”であり、かつ“単独では不十分”だという事実だった。 …
構造主義と実存主義は、長らく“対立する陣営”として位置づけられてきた。 構造主義:人間は構造の産物 実存主義:人間は選択の主体 だが、アウシュビッツという極限点で露わになったのは、両者は対立していないという事実だった。 むしろ――片方だけでは人間を説明できない。 本章では、両者を対立のまま放置せず、ヘーゲル的な意味でのアウフヘーベン ――すなわち「否定しつつ保存し、より高次で統合する」という構築を行う。 そのための数学的・概念的モデルを提示する。 4.1 形式的定義:人間を“動的システム”として捉える まず、人間 H(t) を“時間変化する存在”として定義する。私が直感していたように、静的な属…
AIはお友達?それとも同僚?先生? いやいや強敵かもしれない。 最近のAIの進化は目覚ましいものがある。 AIは使わないと言う人もいるかもしれないが、今ではグーグルのchromeも Geminiと統合され、検索するだけでAIを使用していることになる。 確かに便利なためわたしも頻繁にGeminiで検索をしている。 過去の科学者たちはAIシンギュラリティを超えないと自負していたが、 それは最早過去の話になりつつある。 人間が唯一AIに勝てることは創造性を持つことだった。 AIはインターネット上に溢れるデータを活用することは得意だが、 人間のように新たなものを開発したりするのは苦手だと思われていた。…
雉も鳴かずば撃たれまい記事も書かねば刺されまい それでも、それでも語らずにはいられない。 たとえば――ふと、職場で「黙っていた方が得だ」と思う瞬間がある。あるいは、ニュースを見ていて、なぜか心の奥がザワつく。 「これって、本当に正しいのか?」「みんなそうしてるから、で済ませていいのか?」 そんな問いが、日常のすき間からひょっこり顔を出すことがある。 哲学する豚の時代に哲学者ジョン・スチュアート・ミルは、かつてこう問いました。「満足な豚と不満足なソクラテス、どちらが幸福か?」 この命題は、人間の尊厳や知性、幸福の本質をめぐるテーゼとして語り継がれています。けれど、現代に生きる私たちはこうも感じて…
AとBの二つの異なる意見の対立があって、一般的にはAよりBが好ましいと判断されています。ただし、AとBをアウフヘーベンさせたA´という意見はBよりも好ましい場合がよくあります。しかし、固定観念の強い人はA´をAと同一視して、A´はBより劣るとみなすことが世の中ではよくあります。単純化すれば、私の人生はこの30年間くらい、ずっとこの戦いだったと言えるかもしれません。 10年くらい前からでしょうか。へーベル弁証法のアウフヘーベンは(一人一票の)民主政治と相性が悪いことに私は気づいていました。おそらく、100年以上前から、この危険性に気づいている人はいるはずです。 たとえば、欧米先進国では20年ほど…
ふたつの対立する考えがあったとき、どちらか一方に肩入れするわけでもなく、両方を否定するわけでもなく、ふたつをかけ合わせて統合し、より高次なレベルに昇華させた解を見つけていく過程。 ポイントは 「そもそも、何のためだっけ?!」 とか、「じゃあ、どうする?」 この問いを常にもっていること。 WinーWinの関係をつくっていくうえでも使える考え方だなーと思った。 いつも使えるようにまずは意識しよう。
ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m「犬はリベラリストのようなもので、すべての人を喜ばせようとする。猫は、みんなが自分を愛していることを知ろうともしない」 By ウィリアム・クンスラー といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。ランキング参加中雑談*邪道リベラルの敗北 アメリカ大統領選であるが、皆ご存知のように【トランプが返り咲いた】のである。ワタクシが思うに、コレは「トランプの勝利」というか「邪道リベラルの敗北」なのである。多分ワタクシ含め、世界の多くの人がアメリカ大統領として求めていたのは「王道リベラルを掲げたカマラ・ハリス」であり。もしハリスが王道リベラル(以後王リベ)を堂…
秋らしい 風邪をひいたと書いてあった 撮影は十二月の中旬まで続く 今や日課となった私の祈りは 小さなミスや航海、そして 反省の言葉を探して 半世紀 ベテランから若手まで ビタミンCやオリーブの粉末 冷やし納豆そば、田舎うどんまで そんなプロでもありたいと だからこそ 私の肩にはどっしりと かんづめ 大変に重い役 でも、大丈夫 バラ十で わたしもすこし おヒレもつけて ――百合姫の祈り・おわり――
今回は出まわっている代表的な「建前」について 書いておきます。いくら指摘にしても虚構ばかり ゴリ押しし、現実を見ない、見解を改めない方が多いのが 問題が横行している原因ですから。 朝鮮社会のタブーは自分達が 信仰する「立場」「真実」「恨」に対して 異を唱える事 http://iori884.blog.fc2.com/blog-entry-344.html 建前・虚構:自民党は日本人を守ってくれる政党であり 民主主義と自由の政党である。 本音・現実:自民党は戦中のようなファシズム体制を目指す政党。 北朝鮮が「民主主義人民共和国」と名乗っているのと同じで 口先だけで、全然、民主主義の政党ではないし…