野宿
今日から6月なのになんか寒い朝ですね。
でも朝陽は清々しいあの日の朝のようです。
さて・・・
高校を卒業して進学をBostonにあるBerklee音楽大学を希望していた。
英語も出来ない僕は直ぐに入学をする自信もなく、取りあえず英語学校を
以前、訪れたL.A.で行くことを計画していた。
でもあくまで学校は学校・・・その後の方が大切なのは重々承知していた。
沢山の素晴らしい音楽の影響を受けたアメリカに
行って音楽で食っていこうと決めたのでした。

当時は、まだ今と違って留学なんてとても大げさなことの様に扱われて、
沢山の友人や親戚の人達に、餞別と共に送られながら日本を離れた覚がある。
「留学」と聞こえは良いが、実家は特別に裕福なわけでもなく、
両親が我が馬鹿むすこの為に身を削って送り出してくれた。
今になって振り返ると、とてつもなく大変な事だったと思う。
出してくれたことを宇宙一感謝している。
これから始まる外国での生活の為に、
その新しい重い扉を開けた瞬間である。
1980年春であった。

その夢を追いかけた僕が乗った飛行機は
夜9〜10時頃のLAXに着くKorean Air。
Immigration,Customを終えて外に出てみると
闇に包まれたLAXに少し不安を覚えた。

その不安はなぜなのか・・・
その日に泊まるところが決まっていなかったのである。
それに移動手段は、日本から担いで行った自転車一台。
一度来たと事が有ると言っても、殆ど右も左も解らない。
これから学校があるDowntownまでガイドブック片手に
本当に走れるのか??


道中、24時間やっているCoffee shopに立ち寄り空腹を満たしが、
英語もままならない私・・・途轍もない大きなサラダに巨大ハンバーガー!
それとは別の皿にパーティー用にしか見えない大量のフレンチフライ!
そしてトドメにバケツの様なCokeとCoffeeが運ばれてきて唖然とした。
いったい俺は何って言ってオーダーしたんだ??
でも、完食する辺りが私である・・・それも夜中の2時。
相当な英語力の低さゆえに、いきなり洗礼を受けてしまった。
そんな僕にでもお店の人達は、みんな親切だったのが救いだった。


そして腹ごしらえしたら、また夜の街を徘徊することになる。
どうやって明日の学校のRegistrationまで過ごすか・・・
そこに見つけたのが綺麗?に見えた噴水のある公園。
AlvaradoとWilshireにあるMacArthurParkであった。
Easy Riderのごとく、ここのベンチで野宿をすることにした。
数年後に、ここの池では年に一度、清掃目的で水を抜く。
その時に他殺体が数体揚がる話を聞いた・・・
L.Aに住んでいる人、住んだ事ある人はこれらの
行動がどれだけ無謀だったか、容易に想像出来ると思う。
土地勘のない日本人がLAXから夜に自転車で・・・
そして野宿。
若くて何も怖くないって、本当に恐ろしくて素晴らしい。

ここDowntownは僕のしらないL.Aだった。
英語よりスペイン語が飛び交う・・・
Minority・・・そうか
この国じゃ俺もMinorityなんだなぁ・・・
スペイン語を話す人は口を揃えて僕に言う。
「もし天国に行きたければスペイン語を習え!」
「Jesusは英語を話さないよ!」と・・・
なるほど。

















夢を追いかけると言う事は
夢そのものを愛すると同時に
なにも恐れることは無い!と
言うことなんだろうと思う。
Que sera sera
by coolstuff
| 2010-06-01 08:58
| My Life
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