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たとえば、農家であれば、春になると苗を植え、水を導き、稲を育て、秋には収穫する。大工や左官のような職人であれば、親の背中を見て当然のように親と同じ職に就くのだろう。商売であれば、のれんを自分たちの代で絶やさず、代々受け継ぎ、次の世代へと手渡していく。
自分たちは自分たちだけで存在するのではなく、先祖あってのもので、あくまで「預かった」ものを絶やしてはならないと考えるのだと思う。
日本人は、そのように営々と長い年月を生きてきた。もちろん、これは他の民族でも同じであろう。
おそらく昭和のころまでは、人が一生を終えるとき、今まで生きてきた人生に感謝をし、自分の子、孫にも同じような人生が続くだろうと安心して人生を終えられたのではないか。
今後、これまで続いてきたような人生を日本の子どもたちは送れるのだろうか。
子どもがいない僕でも心配になる。
そのような心配もなく人生を終えられる人がいたとするなら、おめでたい人生だと思う。だが、それはそれで幸せだ。
藤子・F・不二雄ファンなら誰しも知っている「ノスタル爺」。幾度となく読んだ。少し不思議なお話。

冒頭に書いた話は、これまで営々と続いたきた日本の話。
ノスタル爺の話は、未来への道が閉ざされ、永遠の郷愁に包まれる話。
「受け継ぐ」と「失われる」は正反対のように見えて、僕の中では不思議とつながる感じがした。
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