秋分の日の手放しをして回復するサキリスの感性記録帖 by SAKIです。
こんばんはorこんにちは。

私は子どものころから、よく
「こだわりが強すぎる」
「自己中」
「遅い」
と言われることがありました。
当時はその言葉を聞くたびに少し苦しく感じていました。
でも振り返ってみると、これは私の感性やこだわり、最上志向の現れだったのだと思います。
子ども時代の思い出
たとえば、白ごはんの匂いや食感がどうしても苦手で食べられなかったとき。
そのときは「わがまま」と見られてしまいました。
工夫して混ぜご飯にして食べていたら、「汚い」と受け止められることも。
納得できるまで考えて動いていたら、「遅い」と言われることもありました。
納期を守っているにも関わらずね。
そのたびに
「やっぱり自分はおかしいんだ」
「自己中なんだ」
「遅いんだ」
と感じ、自分を責めてしまうことも多かったです。
小学校での作品づくりでのこだわり
小学校のとき、みんなで同じタイミングで作業している中で、完成度を上げるために自分のアイデアを後出しで形にしたことがありました。
当時は「自己中」と見られることもありましたが、振り返るとこれは作品をより良くしたいというこだわりの現れだったのだと思います。
仕事やデザインでのこだわり
大人になってからのデザインや仕事の場面でも、同じようなこだわりが現れます。
たとえば、納得できるまで細部を調整して仕上げることや、ラフ通りのデザインをプロ級に仕上げることで時間がかかり、「遅い」と言われたこともありました。
どちらも表面的には「自己中」「遅い」と見られがちですが、実際にはていねいさや完成度を大事にする姿勢の表れです。
今だからわかること
振り返ってみると、あの頃の「こだわりが強すぎる」「自己中」「遅い」は、ただの欠点ではありませんでした。
違和感を見過ごせなかったり、
「もっと良くできるはず」と感じたり、
納得するまで丁寧に向き合うこと。
それは私の中の “最上志向” や “繊細さ” から生まれた力でした。
周囲には「こだわりすぎ」と見えても、
本当は 「ものごとを大切にしたい」「より良くしたい」 という気持ちの表れです。
「遅い」と言われた部分も、実は
“ていねいさ”や“完成度を高める力”
につながっていました。
こだわりは欠点ではなく、感性のサイン

きっと誰にでも、「こだわりがあるね」と言われる部分があると思います。
でもそれは欠点ではなく、感性や伸びしろのサイン かもしれません。
*当時の価値観でもあっただろうし、それを否定するわけではないですが、トラウマになっていたのは確かでした。そう、色々な時代の価値観、人それぞれの価値観があるんですよね。私の意見だけでは危険なので、色々な人の参考にされてください。この記事の記録は、自己理解、自己探求を長年してきた私が気づいた視点替えの回復方法の一つです。
私はこれからも、
「こだわりがあるからこそ生み出せるもの」
を大切にしていきたいと思います。
🌿 読んでくださった方の中に、「自分もそうだったな」と思う人がいたら、その「こだわり」をどうか否定せず、やさしく抱きしめてあげてほしいです。
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