COLDchang’s blog

『FALLOUT COLD CODE』 

Fallout codc codc・・・。 星の天体・・・。 第142章「狂える記録」

第142章「狂える記録」

「……知らない。見たことも、聞いたこともない。」

ネイトはそう告げた。静かな声だったが、その瞳の奥には確かな不信と動揺が浮かんでいた。

観測者Xはその様子を遠くから観測していたが、言葉を挟むことはしなかった。記録すべきなのは、今この瞬間の人間の表情であり、空気であり、裂け目だった。

一方――

サンクチュアリヒルズ、自宅の寝室。

クラリッサ・アマリア・モランは、リリスの枕元に座っていた。医療用の消毒液と再生促進剤を慎重に使い、リリスの焼けた両目をそっと包むように処置していた。

リリスは弱々しく笑った。「ありがとう……クラリッサ。もう痛くない……ほんの少しだけど。」

「……無理するな。」

そう言いながらも、クラリッサの声は震えていた。手当ての終わった後、彼女はゆっくりと、自分の目元に手をあてた。

押し寄せてきたのは――

焼けつくような記憶の残滓。

自分の瞳に焼きついた、あの日の閃光。凍りつく視界。遠く響いた仲間の断末魔。戦場で失われた声。そして、二度と交わらないと誓った名前。

リリス……」

クラリッサは耐えるように、目を閉じた。リリスが眠っている横にそっと身を沈め、そっとその小さな体に腕をまわした。

「ごめんね……お前に、こんな姿見せて。」

クラリッサの頬にも、静かに涙が伝った。彼女の手は、今なお震えていた――それでも、逃げないと決めた。

しつめは避けられた。しかし、記憶はまだ癒えていない。

 

ボストン公共図書館――
崩れかけた壁の隙間から差し込む光が、かつての知の殿堂にほのかに降り注いでいた。

ネイトはT-65改造型パワーアーマーを脱ぎ、床に散らばった本とホロテープを丁寧にかき分けていた。ジュリエットはデータベース端末の再起動を試み、ディーコンは崩れた書架の裏を慎重に調査していた。

「……痕跡はないな。インスティテュートの奴ら、まるで最初からここにいなかったみたいだ。」

ディーコンが低く呟く。

ジュリエットもフラストレーションを抑えながらモニターを叩いた。「信号の残滓もない。EMPの痕跡もゼロ。誰かが完璧に消してる。……もしかすると“ゲート”の関与もあり得るわ。」

ネイトは言葉を発さなかった。手にしていたホロテープのラベルには、「プロジェクト・ジニアス」とだけ書かれていた。再生しても、ノイズだけが流れる。インスティテュートの技術で消去された形跡。

「ショーン……」
彼の名前を、ネイトは息のように呟いた。
あの子の手がかりはここにもなかった。

ふいに、ジュリエットが口を開く。

「ネイト。もしインスティテュートがこの場所を完全に“沈黙”させているとしたら……彼らはもう、ショーンを“情報”として扱ってない可能性がある。」

「どういう意味だ?」

「つまり、“人”としてじゃなく、“資源”として処理してる。もしくは――“捨てた”のかも。」

ネイトはその言葉に無言のままうつむいた。拳がわずかに震え、床のガラス片がかすかに跳ねる音が響いた。

沈黙の中、遠くで崩れる瓦礫の音がした。

誰も言葉を発さなかった。
ただ、また一つ、希望の糸が遠ざかる音だけが、胸に残った。

 

Fallout codc codc・・・。 星の天体・・・。 第141章「静寂の前」Before the Silence

第141章「静寂の前」Before the Silence

夕暮れの廃墟。
鉄とコンクリートが風に軋む音が、遠くの瓦礫の隙間にこだましていた。

静かな静寂の中、クラリッサ・アマリア・モランは、リリスの肩をそっと抱きながら言葉を紡いだ。

「……リリス。よく聞いて。」

リリスは小さく頷いた。目にはまだ涙の痕が残っている。

クラリッサは空を見上げて、少し口元を歪めた。

「……あたしは、ノーラ・ヘイスティンクスじゃない。
似た服を着ていたし、似た記憶を持っていたかもしれない。
けどあたしは、“あの女”とは違う。……まったく別の存在だ。」

リリスは小さな声で尋ねる。

「……でも、私は……お母様って、思ってしまうの。いけないことなの?」

クラリッサは静かに首を振った。

「悪いことじゃない。……ただし、その想いを“誰に向けるか”を、間違えるな。
もし、ノーラ・ヘイスティンクス本人が生きていたとして――
お前が“あたしを母と呼ぶ”ことを、**あの女はどう思うと思う?」」

リリスは、口をつぐんだまま下を向いた。

クラリッサの声には怒りも悲しみもなかった。ただ、凍てついた覚悟だけがあった。

「お前の想いは、あたしが受け止める。
でも、それが誰かを傷つけることになるなら……
その覚悟だけは、持っていてくれ。リリス。」

リリスは強く目を閉じた。
やがて、また小さく、けれどしっかりと頷いた。

一方――

廃墟の反対側、T65改造型パワーアーマーのネイトが瓦礫の上に立っていた。
ジュリエット・カークランドは狙撃スコープを覗いている。
ディーコンは無言でタバコをもみ消していた。

「……ダメだ。熱源反応ゼロ。完全に見失った。」
ジュリエットの声に、ネイトは深く息を吐いた。

「まるで……“存在ごと”消えたみたいだな。」
ネイトの言葉に、ディーコンがぼそりと返す。

「消えるのが得意な奴が、今回はもう一人いる。あの女、クラリッサだ。」

ネイトは、ふと空を見上げた。沈む夕日が、再び始まる戦いの前の、静けさを照らしていた。

「戻るぞ。今は……嵐の前だ。」

3人は一時撤退を選び、夕暮れの都市に背を向けた。

 

灰色の監視ルーム。
古びたターミナルに囲まれ、無数のモニターが廃墟の風景を映していた。
その中央、黒いコートを羽織った男――観測者Xが、静かに立っていた。

しばらくの間、彼は何も言わずにクラリッサとリリスの姿を見つめていた。
しかしその表情は、次第に感情をこらえきれず、熱を帯びていく。

やがて口を開いた。

「……すごい。すごいよ、これは。」

彼は、モニターに手を添えたまま、まるで懺悔するかのような声で語り始めた。

「人間って、面白いね……。
失った記憶、狂った時代、破壊された世界の中で……
なおも、“誰かを信じる”ことをやめない。」

彼の目には、まるで涙のような光が浮かんでいた。

リリス……。
君は“ノーラ”という偶像を求めた。
でもクラリッサは、それを拒んだ。“本当の自分”でいることを選んだ。
これが、“人間”という種の限界であり、希望なんだ……!」

そして、次の瞬間――

観測者Xは立ち上がり、叫ぶように叫んだ。

「いいか! この瞬間こそが、まさに文明の“臨界点”だ!!」

拳を叩きつけるように机を打ち鳴らす。

「これまで、我々は無数の戦争と粛清と洗脳を見てきた!
でも、この女――クラリッサ・アマリア・モランは、
“ノーラ・ヘイスティンクス”という殺戮の影を否定し、
なおかつ、それを背負って立ち上がったんだッ!」

「どれだけの兵士が、自分の過去から逃げた!?
どれだけの科学者が、自分の手で作った地獄を見て黙殺した!?
だが彼女は、医者でありながら、兵士でありながら、母であることを選んだんだ!!」

彼の声は、マイクとスピーカーを通じて誰にも届かない空間に響き渡っていた。

「これを! これを記録せずして観測者を名乗る資格があるか!?
この瞬間、我々は“神の視点”に立っている!
そして、我々はこれを――『FALLOUT COLD CODE』という物語の核心に刻まねばならない!!」

Xは息を荒げ、額に汗を滲ませながら、静かに着席した。

「……来るぞ。次は“因果の断裂”だ。
リリスの選択、クラリッサの贖罪、そして……ノーラ・ヘイスティンクスの“復讐”。
全部が、ぶつかり合う運命の中にある。」

 

 

Fallout codc codc・・・。 星の天体・・・。 第140章「牙」

第140章「牙」

血のにおい。
焦げた空気の中で、銀色の刃と赤い視線が交差していた。

しかし――

「……引くわ。」

カズミ・ヴィアは唐突に、構えを解いた。
その赤い目は鋭く、怒りの残滓を映しながらも、冷笑を携えたまま背を向けた。

「“牙”を見せたか、名もなき剣士さん……でも、また会いましょう。次は“すべての者”の前で。」

疾風のように、彼女は消えた。

まるで“ゲート”そのものと一体化するかのように。

静寂が戻る。
クラリッサは地に伏したまま、かすかにうめいた。

老人はゆっくりと刀を鞘に納め、近づく。

「……無事で何よりだ、クラリッサ・アマリア・モラン。」

「あなた……まさか……」

「名乗る必要はない。」
男は、低いがどこか懐かしみを湛えた声で語る。
その声音は、どこか及川成幸のような柔らかく、しかし芯のある響きを帯びていた。

「私は“名前亡き者”。」

「……?」

「かつての名は捨てた。今はただ……“桜の旦那”と呼ばれている。」

クラリッサの目がかすかに見開かれた。

「“桜”……それは、あの――」

「そう。かつて戦場にあって、お前の母……“桜”と呼ばれた者の名を冠した者だ。」

「……まさか……お母様の……」

男はうなずき、微笑のようなものを浮かべた。

「お前は“桜の継承者”としてここにいる。自覚しているな?」

クラリッサは唇を噛む。
彼女は母“桜”から一切を継がなかったつもりだった。医術も、剣も、非情の哲学も――

だが、“名前亡き者”は静かに語る。

「その“レオタード”と“傷”、そして“選択”は、お前が継いだ証だ。」

「……私は……継ぎたくなかった……私は母を……」
言葉が詰まり、震える。

男は目を伏せるように、地を見た。

「ならばその想いもまた“牙”なのだろう。――だが、今ここで宣言しよう。」

「お前は“桜”だ。お前は、“名を持たぬ我”の、もう一人の娘だ。」

クラリッサの目から、一筋の涙が流れた。

 

名前亡き者は、再びその名の通り、音もなく霧のように姿を消した。
辺りを包んでいた緊張が、かすかに緩む。

そして――

「……お母様。」

静かな呼び声が、戦いの残滓を断ち切った。

木陰の奥、いつの間にか姿を見せた少女が一人。
その肌は夕日に透け、ボルトスーツ型のハイレグ長袖レオタードを纏いながらも、素足のまま地に立っていた。

リリス・モラン。

クラリッサが振り返る。驚きと安堵が交錯するその表情に、少女は迷いなく駆け寄った。

ぎゅ――っ。

リリスは母を強く、強く抱きしめた。
何も言葉はいらなかった。クラリッサは震える腕を彼女の背に回し、ただ静かにそのぬくもりを受け止めた。

「……こわかったの。お母様がもう……戻ってこないんじゃないかって……」

「……私は、絶対に離れない。……二度と。」

リリスは泣いていた。涙を流しながらも笑顔で。

クラリッサもまた、頬にひとすじの涙をこぼしながら、微笑んだ。

だが――その様子を、遠くの高台から見下ろす赤い目があった。

カズミ・ヴィア。

風に髪をなびかせながら、彼女は口元にふっと皮肉な笑みを浮かべる。

「まったく、茶番ね。」

その声は誰にも届かない。だが、侮蔑と冷笑が確かにそこにあった。

「医者だの母だの、愛だの再会だの……ふふ、甘いわ。それが一番人を殺す理由になるってこと、あんたたちはまだ知らないのね。」

風が吹く。
彼女の姿は、“ゲート”のような揺らぎの中へと溶けていった。

――次に姿を現す時、笑っていられる者は何人残るのか。
カズミの影が世界に、再び問いを投げかけていた。

 

夕暮れの廃墟。
鉄とコンクリートが風に軋む音が、遠くの瓦礫の隙間にこだましていた。

静かな静寂の中、クラリッサ・アマリア・モランは、リリスの肩をそっと抱きながら言葉を紡いだ。

「……リリス。よく聞いて。」

リリスは小さく頷いた。目にはまだ涙の痕が残っている。

クラリッサは空を見上げて、少し口元を歪めた。

「……あたしは、ノーラ・ヘイスティンクスじゃない。
似た服を着ていたし、似た記憶を持っていたかもしれない。
けどあたしは、“あの女”とは違う。……まったく別の存在だ。」

リリスは小さな声で尋ねる。

「……でも、私は……お母様って、思ってしまうの。いけないことなの?」

クラリッサは静かに首を振った。

「悪いことじゃない。……ただし、その想いを“誰に向けるか”を、間違えるな。
もし、ノーラ・ヘイスティンクス本人が生きていたとして――
お前が“あたしを母と呼ぶ”ことを、**あの女はどう思うと思う?」」

リリスは、口をつぐんだまま下を向いた。

クラリッサの声には怒りも悲しみもなかった。ただ、凍てついた覚悟だけがあった。

「お前の想いは、あたしが受け止める。
でも、それが誰かを傷つけることになるなら……
その覚悟だけは、持っていてくれ。リリス。」

リリスは強く目を閉じた。
やがて、また小さく、けれどしっかりと頷いた。

一方――

廃墟の反対側、T65改造型パワーアーマーのネイトが瓦礫の上に立っていた。
ジュリエット・カークランドは狙撃スコープを覗いている。
ディーコンは無言でタバコをもみ消していた。

「……ダメだ。熱源反応ゼロ。完全に見失った。」
ジュリエットの声に、ネイトは深く息を吐いた。

「まるで……“存在ごと”消えたみたいだな。」
ネイトの言葉に、ディーコンがぼそりと返す。

「消えるのが得意な奴が、今回はもう一人いる。あの女、クラリッサだ。」

ネイトは、ふと空を見上げた。沈む夕日が、再び始まる戦いの前の、静けさを照らしていた。

「戻るぞ。今は……嵐の前だ。」

3人は一時撤退を選び、夕暮れの都市に背を向けた。

Fallout codc codc・・・。 星の天体・・・。 第139章「裸の鋼」

第139章「裸の鋼」

廃墟の瓦礫の谷間。
崩れた高速道路の高架下、冷たい風が金属片を鳴らす中、二人の裸の女がにらみ合っていた。武器はない。だが、その視線の鋭さこそが戦場だった。

クラリッサ・アマリア・モラン――医師にして元兵士、ノーラ・ヘイスティンクスという“影”を背負った者。
カズミ・ヴィア――冷徹な観測者。かつて多くの者を救いながら、誰よりも多くを見捨てた記録管理者。

二人の視線が交差したとき、静寂が割れた。

「まずは、ネイト・カークランド“大佐”に対して……昇進、おめでとうございます!」
カズミが口角を上げて、まるで祝いの言葉のように嘲笑を吐いた。

「笑えるわよね。ノーラ・ヘイスティンクス――あの女は、自分の罪を全部、元旦那に押し付けて消えた。家族も記録も、そして“倫理”すらね。そんな女を大佐に憧れさせるなんて、彼も大したものよ。」

クラリッサは静かに目を閉じた。その表情には怒りも羞恥もなかった。ただ、深い哀しみと決意があった。

「……それでも、彼はノーラを“追う”ことで、自分の弱さに抗っていた。」

カズミは鼻で笑う。

「それって、“崇拝”じゃなくて、“逃避”って言うのよ。」

「違う。」
クラリッサの声は低く、しかし芯があった。

「ネイトは、“ノーラ・ヘイスティンクス”を殺す覚悟を持ってる。それが、“彼女の罪”を赦すことではないと知っているから。」

「へえ……」
カズミの瞳が鋭くなる。「じゃあ、あなたは何? “ノーラ”を演じてきたあんたは、その贋物で何を望むの?」

「私は、“ノーラ・ヘイスティンクス”という呪いを終わらせる。」

そのとき、クラリッサの体から微かに“鋼”の音が響いた。
肌の奥に埋め込まれた旧式の強化骨格。
骨の中で軋む、かつての“兵士”の名残。
――裸の鋼が、ここに立つ理由を告げていた。

次の瞬間、二人の間の距離が一気に縮まる。

だが、その瞬間――

「ストップ。」

遠く、影の中からネイト・カークランド大佐の声が響いた。

 

「ストップ。」
ネイトの声が響いたその刹那――

ゴゴゴ……ッ!
上空から瓦礫が崩れ落ちる。声に気づいたのは一瞬。だが遅かった。

「ネイトッ!!」

視界が砂埃と鉄骨の衝突音で遮られた。

ドガァン!

瓦礫がネイトの真上を直撃し、視界が完全に閉ざされた。クラリッサとカズミの姿も、瓦礫の雲の奥にかき消えた――。

ネイトは腕のジェットパックを作動させ、かろうじてその場から跳躍するも、着地に失敗して転倒。
「……ちっ、見失ったか。」

そしてその間に――戦いが始まっていた。

クラリッサ・アマリア・モラン。
かつてアラスカの戦場で生き延び、戦術格闘・医療暗殺の二重スキルを修めた影の兵士。

カズミ・ヴィア。
記録の番人であり、観測者の最高機密に触れ続けた"目"。その全身は軽やかな筋肉と神経強化で造られている。

両者の肉体は“武器”そのものだった。

カズミが微笑みながら、地を滑るように後退する。
その手は無防備に見えて、常にクラリッサの重心を見ていた。

「見せてみなさいよ、ノーラの影さん。どれだけ“本物”に近づいたのか。」

クラリッサは無言で腰の後ろからナイフを3本抜き、風のような一閃とともにカズミに向かって放った。

キィィィンッ!

ナイフは鋭く空を裂いたが――カズミは体操術でそれを滑るように回避。
側転から前宙へ、そして着地しながら嘲笑う。

「遅い。見えてる。」

次の瞬間、クラリッサの足が跳ねた。
空中に浮かぶように回転し、踵落としの体勢でカズミに迫る。

だがカズミもまた、動いていた。

その場で低くしゃがみ込み、地を蹴って斜め上へ跳躍、クラリッサの攻撃をギリギリで避ける。

「……お互い、体を武器にして生きてきた者同士ってわけね。」

クラリッサは息を整えず、即座に次の攻撃へ移る。
“ノーラ・ヘイスティンクス”の戦闘アルゴリズム――いや、それを超えた“母の爪”がここにあった。

そして、カズミ・ヴィアもまた、「観測者」以上の存在であることを証明しようとしていた。

 

カズミ・ヴィアの笑顔は、冷たく研がれた刃のようだった。

「さよなら、ニセ医者。」

その言葉とともに、カズミは左手の手首から飛び出したレーザーサイトをクラリッサの右目へと照射した。
一瞬にして視界が焼け、クラリッサの動きが止まる。

「くっ――!」

目が霞む。視野が斜めに歪む。
だが、カズミは止まらない。
そのまま両足を蹴り出し――連撃の膝蹴りが、クラリッサの腹部に炸裂した。

「ぐあっ……!」

ドン!

クラリッサの身体が弧を描いて吹き飛ぶ。地面に叩きつけられた。
その瞬間、カズミはとどめを刺すべく跳躍し――

――だが。

キィン!

異音。
白銀の光が走り、カズミの爪がはじかれる。

「誰……っ⁉」

カズミが目を見開いた先に立っていたのは――黒い和装に身を包み、全身に火傷のような古傷を持つ老人だった。

彼は無言で刃を構える。
その右手には、日本刀。

クラリッサを庇うように一歩前へ出る。
その声は、静かでありながら、鋼の芯が通っていた。

「……娘に、何をするつもりだ?」

「……誰?」

カズミが問う。

彼はゆっくりと名乗った。

「私は、リリスの父だ。クラリッサの……過去に遺した、償いの影。」

カズミは鼻で笑う。

「ほう? “父親ごっこ”のつもり? まさか、貴方まで“ノーラ”の残骸を守ると?」

老人は応じない。ただ、構えだけが答えだった。

その日本刀は、対人用ではなく――対兵器用の“対パワーアーマー刀”だった。

「面白い……なら、斬り合いましょうか、“お父様”。」

戦闘再開。

レーザーの光の交錯、刀と金属の火花。
クラリッサは地面に横たわりながら、目を開けた。

「……なぜ、あなたが……」

リリスの父――その正体は、今明かされようとしていた。

Fallout codc codc・・・。 星の天体・・・。 第138章「実弾の祭り」

第138章「実弾の祭り」

轟音。爆発。
サウス・ボストンの地下通路に赤い火花が踊る。

X-02パワーアーマーの一体が突然、内側から破裂した。
爆発とともに内部のスコーチ兵士が肉片となり、焼けた装甲だけが壁に叩きつけられる。
他の兵たちは理解するよりも早く、次々と──

「一撃……!」

ジュリエットが目を見開いた。
ディーコンが息を呑み、かすかに震えた声でつぶやく。

「……あの時と、同じ手口だ……」

“ノーラ・ヘイスティンクス”の殺し方。

視線の先、遠くの通路の影から現れたその姿。
ネイトは確信した。

「来たな……ノーラ・ヘイスティンクス……!」

だが、その瞬間、彼の横を通りすぎるように現れた影。
その“ノーラ”に似た姿──

クラリッサ・アマリア・モラン。

ボルトスーツ型のハイレグレオタードの上に白衣を羽織ったその女は、スコーチの血で汚れた床を裸足で踏みしめながら、静かに近づいてきた。

「ネイト……違うのよ。**私はノーラじゃない。**あなたが望む答えは……もう“彼女”にはない。」

ネイトは、構えたプラズマ砲をわずかに揺らし、にらみつける。

「ふざけるな。あんたが何者でもかまわない。……だが、あの時の“ノーラの殺し”を真似るってことは、戦う覚悟があるってことだろ?」

クラリッサは一瞬だけ眉をひそめたが、その目に恐怖はなかった。

「殺すために模倣したんじゃない。**思い出させるためよ。**ノーラ・ヘイスティンクスは、もうここにはいない……でも、彼女の“罪”は、あなたの目に焼きついている。」

沈黙。

ディーコンが唾を飲み込んだ。ジュリエットは刀の柄を握ったまま身動きを取れない。

その場に、再び重たい沈黙が流れた──が、次の瞬間。

ズズ……ズッ……ガガ……ッ!

背後の通路からさらに強化型のスコーチ兵部隊が接近。
重装型X-02改と見られる機体が3体、その背後にドローンと支援兵。

ネイトは目を見据えたまま、クラリッサに向けて叫ぶ。

「だったら──あんたも、ノーラの“代弁者”としてこの地獄をくぐれ!」

クラリッサは笑わなかった。ただ一言。

「……いいわ。“地獄”なら、私も慣れてる。」

 

爆炎と硝煙の残滓がまだ空に漂う中、ネイト、ジュリエット、ディーコンの三人は、エイクレヴの残党を撃破し終えたばかりだった。ネイトは呼吸を整えながら、ふと異変に気づいた。

「……カズミがいない。」

振り返った場所には、さっきまで戦闘を後方から観察していたはずのカズミの姿がなかった。ディーコンが通信機を調べ、ジュリエットが周囲をスキャンしたが、何も引っかからない。

「今、あの丘の影で何かが光った……!」
ジュリエットが言い終える前に、ネイトは全力で走り出していた。足元のがれきを踏み越え、焼けた大地を蹴り、崩れた建材を飛び越える。

やがて、丘の裏手に回り込んだネイトは見た。

そこには淡く光る“ゲート”の残滓があった。
リング状の歪み、空間の切れ目のような痕跡。そしてその中央からは、誰かの足跡だけが残されていた。

「間に合わなかった……!」

拳を握り締めたネイトの背中に、ジュリエットとディーコンが追いつく。

「時空間転移型のゲート……技術的にはインスティテュートの上位互換……。だがそれにしても早すぎる。」
ジュリエットが焦りの色を見せる。

「カズミが狙われてるってことは……あれは計画的だ。」
ディーコンが低く言う。

ネイトは黙って、跡を残したゲートの中心にしゃがみこむ。そして、かすかに光が残る地面に手を置いた。

「カズミ、どこへ行った……。ノーラ、貴様の手か?」

 

静かな廃墟の一角。
爆発と怒号の残響から切り離されたかのように、ひどく静かな場所だった。歪んだゲートを抜けた先で、カズミ・ヴィアはふと足を止めた。

「……やっぱり来たのね。」

その声に応えるように、月明かりの下、瓦礫の影から現れたクラリッサ・アマリア・モラン。もはや身に着けているものは何もなく、かつての“ドクター”の姿ではなかった。ただその肉体に刻まれた無数の傷痕と、冷たい微笑だけが彼女を覆っていた。

「ノーラ・ヘイスティンクスを語る弁護士が、正義の仮面をかぶって殺戮に酔った……。」
カズミが静かに言った。

「そして、お前は“医師”の肩書をまとって、同じように人を殺す。笑える話よね。」
冷ややかに、カズミ・ヴィアはクラリッサを見据えた。

クラリッサは微かに笑った。

「……いいえ、カズミ・ヴィア。私は“人を生かすために”殺したの。目的のない殺戮は、ノーラの“趣味”だった。」

「違いなんてあるの?」
カズミの声は皮肉に満ちていた。

「ノーラ・ヘイスティンクスは正義を名乗りながら、快楽殺人者だった。お前は医師の顔をして、手術室のように“戦場”を選んだ。ふたりとも結局、“死”を弄んでるだけよ。」

クラリッサの瞳が細められる。

「なら聞こう、カズミ・ヴィア。あの少年――ネイト・ヘイスティンクスを、君は何のために助ける?」

カズミは一瞬だけ口を噤んだ。そして小さく答えた。

「……それでも、彼は“人”を諦めてないからよ。」

沈黙。二人の間に風が吹く。どちらも武器を持っていなかったが、その場にはいつでも殺し合いが始まる空気があった。

クラリッサが一歩踏み出し、血のように冷たい声で囁いた。

「私はもう、“人”じゃない。」

カズミの瞳が細く光る。

「私もよ。でも、まだ“人の未来”を捨ててないだけ。」

Fallout codc codc・・・。 星の天体・・・。 第137章「ゲート」

第137章「ゲート」

AD2287年12月29日 サウス・ボストン

冷たい風が建物の隙間をすり抜ける。粉雪のような灰が地面に降り積もるなか、ネイトとジュリエットは廃墟と化したサウス・ボストンの一角に立っていた。

目的は、無線で拾った「ゲートの開閉音」の発信源。しかし、そこには──何もなかった。

舗装も崩れた地面、穴の空いたレンガ壁、壊れた配線、そして吹き抜ける静寂。地面には重機の跡もタイヤ痕もない。だが、ジュリエットはぴたりと立ち止まっていた。

「違和感がある。ここ……時間が“抜けて”る。」

「“抜けて”る?」ネイトが問い返す。

ジュリエットはしゃがみこみ、地面の一部を指差す。

「埃が積もってない。おそらく数時間前に何か“動いた”のに、痕跡だけが削除されてる。完全に“誰か”があとを消した。」

そのとき、背後から軽やかな足音。
「やれやれ、二人とも目が利くな。オレが来る前に、ここまで見抜くとは。」

声の主は、ボロ布をまとい、日焼けした顔にサングラスをかけた男だった。
ディーコン。
レールロードのエージェント。記録の改ざんと変装の達人。ネイトとはかつて行動を共にした仲だ。

「久しぶりだな、ネイト。」
ディーコンが軽口を叩きながら手を差し出す。

ネイトはそれを無言で握り返し、すぐにジュリエットへと紹介した。

「こっちはジュリエット・S・カークランド。頼れる“妹分”だ。」

「はじめまして。情報部門の人間?」

「ううん。好奇心で爆発しそうなだけよ。」

ジュリエットは笑みを浮かべながらも、視線はディーコンの背後──彼が来た“方向”を警戒していた。

「で、何があった?」ネイトが問う。

ディーコンは口元を歪めて、ある方向を指差した。

「……ここから3ブロック西に、“記録にない”サブルートがある。だが、入った者は誰も戻ってきてない。レールロードの内部でも、調査は“上から止められた”んだ。」

「上から?」ジュリエットが鋭く反応する。

「つまり、何者かが“見られたくない何か”をこの街の地下に隠してる。」

風が強くなり、廃墟の壁がきしんだ。

ネイトは静かに呟く。

「ショーン……いるのか、そこに……」

 

ディーコンの指示で、ネイト、ジュリエット、そして彼の3人は3ブロック西へ向かった。

道中、かつての商店街跡に積もった瓦礫の山を越えながら、ジュリエットがふと足を止めた。

「……ここ、空気が違う。」

彼女の言葉通り、ほんのわずかに金属の焦げた匂いとオゾンのような刺激臭が鼻をつく。廃墟の一角、崩れたコンクリートの奥に──不自然な継ぎ目があった。

「……地下ルートだな。入る準備を。」ディーコンがナイフを取り出し、古びたパネルを外す。

その背後──3人に気づかれぬ場所に、ひとりの女が立っていた。

薄暗い影に身を隠すようにして、しかしその目は鋭く輝いている。
ミディアムヘアにボルトスーツ型のジャケットを羽織り、黒いグローブに覆われた両手を静かに組んでいた。
その顔は──ノーラ・ヘイスティンクスによく似ていた。

だが、それはノーラではない。
彼女は、クラリッサ・アマリア・モラン。

静かに息を吐き、クラリッサは呟いた。

「“この道”を選ぶのね、ネイト……。逃げても、また私の前に現れる。」

その目は、怒りでも悲しみでもない、冷たい決意に満ちていた。

クラリッサは静かに背を向け、別の影へと消えていった。
その直後、ネイトたちは地下へのハッチを開き、真の“ゲート”へと足を踏み入れた──。

 

地下へと続く階段を静かに降りる3人。
ネイトは改造型T-65パワーアーマーの重い足取りを抑えるように慎重に進み、ジュリエットは背後を振り返りながらもディーコンの後ろにぴたりとついていく。

ディーコンが低く呟いた。

「……空間が歪んでる。ここ、何か“改変”された痕跡がある。」

「改変?」とジュリエット。

「誰かが……隠した。記録、出入口、あるいは“記憶”すらな。」

その時だった。ほんのわずかに金属が軋むような音が後方で響いた。

誰も気づかぬその先。
闇の中に──ひとつの影。

クラリッサ・アマリア・モラン。
彼女は距離を保ちながら、ネイトたちの後をゆっくりと、しかし確実に追っていた。

白衣の下に身につけているのは、かつてのノーラ・ヘイスティンクスと酷似したボルトスーツ型のレオタード。
黒い手袋に、光を吸い込むような視線。

「ネイト……あなたはまた“そこ”へ行くのね。
あたしが“ノーラ”でいられなかった場所へ。」

彼女の声は小さく、誰にも届かないほどの囁きだった。
だが、確実に執念があった。
クラリッサは目を細める──その奥に、ネイトの背中を見つめながら。

 

風が止み、サウス・ボストンの地下通路に静寂が訪れたその瞬間──

「動くな──!」

鋭い電子声が空間を切り裂いた。
レンガの壁を蹴破って飛び出してきたのは、X-02パワーアーマーに身を包んだスコーチ部隊の4名。
その背後に、エイクレヴ兵と思しき10名の兵士たちが一斉に銃口を向けていた。
14人の敵。
全員が戦闘態勢だった。

ネイトは軽く笑った。

「──14人か。わりといい数だ。」

その右腕に装着された、T-65オメガのプラズマ充電砲が唸りを上げてエネルギーを蓄えていく。
背後のジュリエットは、腰元から伸ばしたノーラ直伝のワイヤーブレードを指先でなぞり、目を伏せる。

「ネイト。あとで文句言わないでね。」

ディーコンはすでに前方に踏み込みながら、愛用のアサルトライフルグレネードランチャーを両手に笑っていた。

「やあやあ、久しぶりに派手なバーベキューだな。こいつぁいい夜になるぜ!」

その瞬間──

ドゴォオオオオン!!!

ネイトのプラズマ砲が轟音とともに火を噴き、最前列のエイクレヴ兵が一瞬で蒸発。
ディーコンが投げたグレネードが壁を抉り、残骸が宙に舞う。
ジュリエットのワイヤーが、X-02の首元を一閃。重厚な金属が裂け、血と火花が飛び散る。

だがそのすべてを──

クラリッサ・アマリア・モランは、はるか後方の影に立ち、レールガンの照準を静かに合わせながら観察していた。
その目は冷えきっており、まるで誰の命にも価値を見出していないような無感情な光を宿していた。

「……この戦いの先に、ノーラが本当に“望んだ”ものはあったのかしらね。」

そのつぶやきは、誰にも聞かれることなく、銃声にかき消された。

Fallout codc codc・・・。 星の天体・・・。 第136章「罪」

第136章「罪」

場所は、荒れ果てたマクレラン法律事務所の外。
崩れかけた看板には、かつてこの場所が権力と正義の象徴であったことを示す錆びついた“McClellan”の文字が浮かぶ。
そんな瓦礫の縁に腰を下ろし、観測者Y――ヤマケンは、ただ一点を見つめながら語り出した。

「……ネイト君。あんたさ、たまに面白いこと言い出すんだよね」

その口調はどこまでも静かで、感情の起伏すら感じさせなかった。

「“マクレラン法律事務所、地下4階にあるんだよ。ノーラ・ヘイスティンクスの“展示会””だって?」

ヤマケンは口角をゆっくり上げた。**薄笑い。**だがその奥には、澱のようなものが沈んでいた。

「“誰でも見れる。記録、映像、武器、戦歴、感情ログ、記憶断片……キャップすらいらない。
彼女の“生”の終末が、ガラス越しに並べられてる”――って?」

沈黙。重い空気が一拍。

そして、ヤマケンの顔が怒気をはらんだ歪みに変わった。

「――お前、馬鹿か?」

怒声でもない。だが、地面を割るような強烈な言葉が空気を裂いた。

「ノーラが笑いながら裸で走り回る映像? それが展示会?
そうやって“加工された最後の姿”を、見世物にしたのを“展示”って言ってんのか?」

彼はついに立ち上がった。拳をぎゅっと握る。
瓦礫が爆ぜるように、声が跳ね上がる。

「お前はあの女の何を見てきた!? 感情ログ? 戦歴? 断片!?
そんなもん“都合よく切り取られた死体”と同じだろうが!!」

地面を蹴るように前に出たヤマケンは、ネイトの目の前まで歩み寄る。

「……ノーラ・ヘイスティンクスが本当に何を考えて、何を背負って、
どう“終わった”のか――
それを“展示”なんて軽く言うなら、
お前に語る資格なんかねえんだよ。ネイト君。**」

彼の視線は、ネイトの心の奥に突き刺さるようだった。

「その“笑いながら裸で走り回る女”を、
“お前が愛したノーラ”と信じてるなら――
お前自身が、あの女の罪を見落としてんだ。」

その時、空から一枚の古びた写真がひらひらと落ちてきた。
そこには、スーツ姿のノーラ・ヘイスティンクス――否、クラリッサ・アマリア・モランが笑って立っていた。
だが、その背後には焦土となったパルス事件の現場があった。

 

マクレラン法律事務所 地下4階。

暗く、冷たいコンクリートの壁に囲まれたその空間は、
本来ならば法の記録と秩序の保管庫として存在していた。
だが今――それは、怒りと復讐の檻と化していた。

――ダダダダダダッッ!!!

ミニガンの回転音。
金属と弾丸が擦れ合い、コンクリートが裂ける。
映像装置が粉々に砕ける。
感情ログを収めたターミナルが焼け焦げる。
「ノーラ・ヘイスティンクス」の名前で展示されていた人工記憶のホログラムが霧散する。

「……これが、母を笑い者にする“展示会”か……」

巨大な赤いパワーアーマー。
その中心に立つのは――ジェリコン。

その顔は笑っていない。
怒りも通り越え、憎しみと絶望と、幼き祈りを纏っていた。

「俺は貴様らが許せない。
あの人を“英雄”として笑う者も、
“悪魔”として笑う者も、
“裸の女”として笑う者も……全部だ。**」

一歩ずつ。
破壊しながら進むジェリコンの足元に、粉々になったノーラの過去が転がる。
日記の断片、家族写真のレプリカ、戦場のフィルム――。

「お前らの誰も、母の苦悩を知らない。
この記録には“母の怒り”も“涙”もない。
都合のいい“記録”だけ切り抜いた嘘だ。」

彼は展示台の中央――
“ノーラの最期の記録”と書かれたメインディスプレイに手をかけた。

――ドォォォン!!!

赤く光るパワーフィストが画面を粉砕する。

同時に火花と爆発音が地下に響き渡り、
展示室全体が瓦解し始める。

一方その頃、地上ではネイトと観測者Yがまだ会話を続けていた。

だが、地下で起きていることに――誰一人、気付いていなかった。

“ああ、まただ。母さんのことになると、俺は抑えきれない……”

ジェリコンの独白は誰にも届かない。
だが、彼の破壊は止まらない。

 

焼け焦げた金属のにおい。
焦げ付いたデータチップの破片が足元に転がる。

マクレラン法律事務所 地下4階。
そこにはもう、ノーラ・ヘイスティンクスの記録は残っていなかった。
スクリーンは破壊され、記録映像は黒く焼かれ、展示パネルは爆破の衝撃で床に散らばっている。

「……なんだこれ」

ネイトは、瓦礫の山を前に立ち止まった。
だが、その表情に驚きも、怒りも、悲しみも浮かばない。
むしろ――空虚。

「どうせ、ろくなもんじゃなかったさ。
“あの人”が、他人に見せられるような人間だったか?」

そう呟くと、ネイトはそのまま背を向けて歩き出した。
焼け跡を踏みしめる音だけが、静かに残響する。

だが、彼の背を――見つめる視線があった。

クラリッサ・アマリア・モラン。
白いロングコートを羽織り、かつての“医師”の姿を装っていたが、
その目は、もはや仮面をつけてはいなかった。

「……何も感じないの?」

「あれが“ノーラ・ヘイスティンクス”の終焉だとしたら……
あなたはそれを、“無価値”だとでも言うの?」

ネイトは答えない。
足を止めることもなく、ただ、階段の闇へと消えていく。

クラリッサはその背中をじっと見つめた。
そして、小さく、確かに、呟いた。

「あなたは……あの人を“知ること”すら拒むのね……」

彼女の拳が、小さく震えていた。
それは怒りか、それとも――喪失か。

その瞬間――
展示室の片隅で、まだ焼け残った一片の記録チップが、
かすかな電力で青く光った。

(――ノーラ、ヘイスティンクス。記録ナンバー:EX-Ω-27。封印モード起動中……)

 

サンクチュアリヒルズ。
風が止み、雨の匂いだけが残る夜。

ノーラの部屋――その、かつての私室にリリスはいた。
小さな寝台に、身を横たえている。

ノーラ・ヘイスティンクスのベッド。
白く整えられたシーツは、今はリリスの体温で沈んでいた。
彼女は目を閉じていたが、頬には一筋の涙。

「……寝ていたいの、ここで……」
「お母様の匂いが、まだ……する気がするの……」

その声は細く、掠れていた。
だが、すでに意識は薄れている。

その腕に――
注射器の針が刺さっていた。

クラリッサ・アマリア・モラン。
白衣を脱ぎ捨て、かつてのノーラに似せた容姿で立つその女は、
リリスのボルトスーツ型ハイレグ長袖レオタードの袖口をまくりあげ、
静かに注射を終えた。

「……少しだけ、落ち着けるようになるはずよ」

抑制剤。
精神不安定と過呼吸の発作を抑えるもの。
だが、それだけではない。
クラリッサ自身の罪滅ぼしでもあった。

「ごめんね……あなたが“あの人”を愛してしまったことが、
こんなにも、重い罰になるなんて……」

リリスのまぶたが微かに動く。
目は閉じたままだが、もう一筋、新たな涙が静かに流れる。

「お母様……あたし……どうして……あなたじゃないの……?」

クラリッサは、手を引いた。
指先が、わずかに震えていた。
目を伏せ、かすかに自嘲気味に笑った。

「私は“ノーラ”にはなれない。
だけど、あなたの“母”にもなれない……」

部屋に沈黙が満ちた。

その時、窓の外を一つの影が通った。
それは、遠くから見ていた観測者Y――ヤマケン。
彼の目にも、クラリッサの行為は映っていた。
しかし、何も言わず、またしても――その場を去った。

 

静かな時が、寝室に流れていた。

やがて、リリスがまぶたをゆっくりと開けた。
世界がぼんやりと形を取り、現実の輪郭が戻ってくる。
瞳は濡れていたが、先ほどまでの怯えは、どこか遠くにあった。

「……クラリッサ……?」

そう呼ばれて、女は振り返る。
白い医療用コートを、静かに脱ぎ捨てた。

その下には、ボルトスーツ型ハイレグ長袖レオタード。
ノーラ・ヘイスティンクスがかつて纏った姿を模した、しかし今は彼女自身の、クラリッサ・アマリア・モランの姿。

裸足のまま近づいていく。

「……目が覚めたのね、リリス

リリスは、ベッドの上で上体を起こした。
震える腕で、クラリッサに向かって手を伸ばす。

そして、ふたりは抱きしめあった。

かつての母娘のように。
あるいは、永遠に交差できなかった二人の魂が、
ようやく一つに溶け合うように。

そのまま、ゆっくりと歩く――
腕を組み、寄り添いながら、シャワールームへ。

シャワーの蒸気が、狭い空間に立ち込めていた。
水音が優しく響く中、ふたりは服を脱がないまま、その姿のままで抱き合っていた。

レオタード越しの体温。
濡れる生地と、熱い涙と、過去の痛みが重なり合う。

リリスは声を震わせながら、何度も何度もつぶやく。

「……お母様……お母様……お母様ぁ……!」

声にならない叫び。
嗚咽がシャワーの音に紛れ、クラリッサの胸に顔を埋めて泣き続ける。

クラリッサは目を閉じ、静かにそのすべてを受け止めた。

「もう……あなたを一人にはしない。
……たとえ“代わり”でも、偽物でも、私でよければ……」

この瞬間、
クラリッサ・アマリア・モランは“ノーラ”ではなかった。
けれど、
リリスにとっての“母”であった。

そして、
リリスはようやく、誰かに甘えることを許された少女になった。

 

リリスは震える手でクラリッサの背中にそっと触れた。クラリッサは目を閉じ、娘の温もりをゆっくりと受け止める。

「お母様……」

その一言に、堰を切ったように涙があふれた。リリスは嗚咽を漏らしながら、クラリッサの胸に顔を埋めた。母親の姿を模したその存在に、嘘ではない愛を感じていた。

「ごめんね……本当に、ごめんね……」

クラリッサは優しくリリスの髪を撫で、抱きしめた。声にならない思いが二人のあいだに流れ、過去と未来を包み込んだ。

 

AD2287年12月29日 ダイヤモンドシティ

冷たい風が市場を吹き抜ける。街の中心に、異様な存在感を放つ鋼鉄の塊が立っていた。

それはネイトだった。

黒に赤のラインが入った改造型T-65パワーアーマーが、通行人の目を引きながらも、誰も近づけないほどの重厚さを持っていた。目の奥に宿る光――それは機械のものではなく、失われた息子を探す父の、鋭い執念そのものだった。

「ショーン……どこだ……」

ヘルメット越しの声は誰にも聞こえない。

その横で、ジャケットの襟を立てながら歩くジュリエット・S・カークランドは、周囲の話し声にさりげなく耳を傾けていた。情報屋、よろず屋、スラムの子供――誰の口からも、ある特定の言葉が漏れていた。

「また……消えたってよ。あの古い地区で、家族ごと」

「最近じゃ、"白い人間"を見たって話も出てる。まるで幽霊だ」

「インスティテュートだよ。やっぱり、またやってるんだ」

ジュリエットは足を止め、ネイトに向き直る。

「ネイト。……インスティテュートの名がまた出てきてる。行方不明事件、前より増えてる。」

ネイトはゆっくりと彼女に顔を向けた。

「ショーンの件と……関係があるか?」

「十分あり得る。証拠はないけど……」
ジュリエットは目を細めた。「この街、また"見えない連中"に監視されてる気がする。」

「……なら、燃やしてでも、真実を掘り出す。」

パワーアーマーが軋む音を立てながら、ネイトの拳が硬く握られた。

空は灰色、雪混じりの雨がぱらつき始めていた。

その時、無線に微かな声が入る。

「……こちら、サウス・ボストン。人が……消えてる。記録にないゲートが……動いた……」

ネイトとジュリエットは目を合わせると、即座に動き出した。

インスティテュート――。
それは今も、地下深くで人の運命を、書き換えていた。