道路元標
2025年9月1日、太陽が照り付ける中、荒川土手の上を歩いて、熊谷市から鴻巣市へ移動。 それにしても、暑い! 小谷城跡 旧小谷村史碑 小谷村道路元標 鴻巣市立小谷小学校 土手で1枚の説明板を発見。 小谷城跡 後ろに見える建物は「鴻巣蒸留所」というウイスキ…
神辺土建コレクション この大量な琺瑯看板のコレクションの中に旧町名の痕跡がいくつかあった。発見日 2025年4月22日 発見場所 埼玉県入間郡越生町 消えている大字名はサンズイが見えているので、「津久根」か?発見日 2025年5月5日 発見場所 埼玉県入間郡越…
今回の奈良観光の目的のひとつは、橿原市今井町を散策することだった。 「るるぶ奈良」を見ていたら、「江戸時代に栄えた豪商の町 今井町」と書かれているページが目に留まった。 今井町は平成5年に全国で37番目の重要伝統的建造物群保存地区として選定され…
東京電力パワーグリッドがあるビルに、サッカーボールの塊みたいな彫刻が建っていた。 なんと! その前に道路元標があった。 調査不足で、その存在を知らなかった。秩父町道路原標 正面 真上 説明板 秩父町道路原標 この地点は秩父盆地の中央に位置し、古く…
以前、市川市から探索を開始したことが何回もあるのだが、その頃は、まだ、道路元標が探索対象外だったため、その存在に気が付いていなかった。2024年8月12日、市川大野駅から探索をしながら、外環を越え、千葉街道の歩道を歩く。 中央分離帯を見ながら歩い…
この交差点はよく通るのだが、いつも反対側の歩道を歩いていたので、この存在に今まで気が付かなかった。 この追分の地は、日本橋に橋を発した甲州街道から青梅・福生方面へ向かう青梅街道との分岐点であった。江戸時代より石灰や生活物資を運ぶ人々が行きか…
道路元標を探し求めて探索していたのだが、予想外のところにそれはあったのだ。 周りに何もないところに突如道路元標が現れた。 右方向 左方向 目印となる消火栓や柳の大木があったはずだが、無くなっていた。 こんな状態では普通の人では気が付かないだろう…
この辺りも探索したことがあるのだがこれらの存在に初めて気が付いた。 あれっ! 何だ? こんなところに何故!? 気が付くと新宿御苑新宿門の自転車置き場で一人興奮して、柵から身を乗り出さんばかりに写真を撮りまくっている自分がいた。 凄いと思っている…
三郷市の記事を書いたことがなかったので、訪問したことがないと思っていて、今回の訪問地にしたのだが、過去に撮った写真を調べたところ、2020年4月19日に訪問済であった。 3年も前のことなんて覚えていない。 その頃は、建物を撮りに行っていたようだ。(…
志木市は志木町時代の道路元標と里程標がペアでそろっている珍しい自治体だ。撮影日 2023年7月22、25日志木町道路元標 設置場所 志木市本町二丁目 川口信用金庫 志木支店 正面 「埼玉縣」と刻まれている。 えっ!裏面 裏面? そう、こちらは正面ではなく、裏…
東武スカイツリーラインの大袋駅から歩いてきた。 川の名前は"大落古利根川"、向こう岸に渡りたいのだが、橋が見えない。 左側の奥に橋らしいものが見えた。右側にも見えたのだが、工事中のようだった。仕方ない、どのくらいかかるかわからないが、歩いてい…
この日は高麗駅に向かうため、歩いていた。立ち止まって、そういえば、日高市に道路元標はないのかなとスマホで調べたところ、ちょうど、少し戻ったところにあることが分かった。先日は帰りに高麗川駅に向かうために歩いていた道だ。この時も農協や支所辺り…
雨の中、宇治橋を渡ろうとして、交差点付近を歩いていると、見たことがある形をしたものがあった。 発見日 2023年6月6日 発見場所 京都府宇治市宇治妙楽(宇治橋西詰) 大正9年3月30日付京都府告示第150号によれば「宇治町大字宇治町小字妙楽百七拾六番地ノ…
2023年2月28日、上尾駅から旧中山道を歩いて、桶川町の道路元標を確認するために訪れた。 なかった! なんと工事中だった。 折角来たのに。 と書いたが、実は事前に調査をしていたので、このことは知っていたのだった。 現在は川田谷村道路元標とともに桶川…
不動ヶ岡不動尊 總願寺の山門が太陽の光で黄金に輝いていた。 道路元標は山門入口の道路沿いにあった。(写真では右下) 発見日 2023年1月19日 発見場所 埼玉県加須市不動岡二丁目9 正面 27cm角、地上高59cm 真上 歴史 もとは江戸期より存在した不動岡村であ…
戸田村道路元標をネットで調べていたところ、戸田市立郷土博物館に移設されたという情報があった。 元々は戸田市上戸田四丁目にある後谷公園の徒渉池の畔にあったそうなのだが、令和2年の郷土博物館の改修工事に合わせて同館内に移設されたそうだ。 そこで、…
今回は蕨町の道路元標を紹介する。 今のところ蕨町時代の痕跡はこれしか発見できていないので、そういう意味でも貴重なものだ。 発見日 2019年12月26日(再訪日2022年12月10日) 発見場所 埼玉県蕨市中央五丁目 旧中山道と蕨駅前通りの交差点にある。 正面 …
以前埼玉県比企郡小川町の道路元標は下記の記事で紹介したことがある。 citywalk2020.hatenablog.com 2022年11月29日再訪して、記事に写真を追加した。 同日(2020年5月14日)、小川町で大河村の道路元標も発見していたのだが、紹介していなかった。 今回、…
今回、千葉市を訪問した理由の一つは千葉市道路元標を発見することだった。 事前調査で現存していることは分かっていたのだが、今一つ場所が特定できていなかった。 千葉駅付近にあるのかと思っていたが見つからず、あちこち探索しているうちにようやく発見…
前の日も写真を撮ろうと立ち寄った。 人通りが多かったが、これに関心を寄せる人は誰もいない。 こんなところに何だ、邪魔だなあと思っている人が多いのではないか。 まあ、どうせ移設するなら、もっと店舗側に寄せればよかったのにとは思う。 交差点にある…
以前、熊谷市の道路元標を紹介した。 citywalk2020.hatenablog.com そこで、「市の道路元標は珍しく、埼玉県で現存しているのはここだけのようだ。」と書いてしまった。 深谷市を訪問した時、道路元標を発見した。 えっ! それは、「深谷町」ではなく「深谷…
船橋町の道路元標は、「大神宮下」交差点、意富比神社(おおひじんじゃ)通称名船橋大神宮の鳥居の裏付近にある。 以前もこの周辺は探索したことがあるのだが、その当時は道路元標の存在次第知らなかった。 調査不足で表参道から入ってしまった。 この日は土…
市の道路元標は珍しく、埼玉県で現存しているのはここと深谷市だけのようだ。熊谷市の市制施行は1933年(昭和8年)4月1日で埼玉県内では川越市に次ぐ2番目の市制施行、川口市と同日と早かった。 発見日 2022年11月1日 発見場所 埼玉県熊谷市本町一丁目 国道1…
以前訪問したことがあるのだが、どこにあるか忘れてしまい、しばしウロウロしてしまった。 それは本町広場の片隅にあった。 発見日 2020年5月5日(再訪日2022年10月31日) 発見場所 埼玉県東松山市本町一丁目 右上が少し欠けている。 なぜだろう? 交差点に…
まだ残っているのか? 不安な面持ちで、現存している思われる場所に向かう。 発見日 2022年5月26日 発見場所 東京都新宿区西新宿8丁目 これらの標識の下あたりにそれと思われる石があった。 それは歩道と車道の境界すれすれのところの植え込みにあった。 よ…
以前からこの前をよく歩いていたが、関心がなかったので、いつも素通りであった。 最近、道路元標にもはまっている。これも絶滅危惧種のひとつと言えるだろう。いくつかは紹介しているが、まだ、それほど出会えてはいない。 この道路元標は、既に多くの方が…
発見日 2022年4月8日 発見場所 奈良県奈良市橋本町 三条通沿いに奈良縣里程元標、奈良市道路元標、高札場が一か所にまとめられて設置されている。 普通の観光客だと観光ガイドにも載っていないので、「これは何だ?」と思うかもしれないが、立ち止まらずにそ…
幸手市役所の敷地内、入口付近のフェンス脇に設置されていた。 発見日 2021年12月6日 発見場所 埼玉県幸手市東4丁目 幸手町道路元標 25cm角、地上高61cm。 道路元標の案内板 案内板をテキスト化してくれている方のブログ等や「Monumento(モニュメント)」…
本陣跡の向かい側に背の高い道標が鉄枠で保護された状態で建っていた。これを道路元標と言う方もいるが、明治時代に設置されたもので、正式には里程標(りてひょう)と言うらしい。 里程標について調べてみると、下記のことが分かった。明治時代初期から大正…
道路元標(どうろげんぴょう)とは何か?道路の起点、終点、経過地を標示するための標示物とある。 今のところ、あえて探すことはしていないが、探索途中でたまに出会うことがあり、その時は写真を撮るようにしている。 発見日 2020年5月14日(再訪日2022年1…