「また逢いましょう」
2025年7月22日(火)K’s cinemaにて。午後12時15分より鑑賞(C-4(実際は前の人の頭が邪魔だったのでC-3に移動しました))
~ユニークなデイケア施設が教えてくれる「死」への向き合い方

「菊とギロチン」での演技を見て以来、大西礼芳は気になる俳優だ。「嵐電」「夜明けまでバス停で」などでの演技も素晴らしかった。ナチュラルな感じなのに、抜群の存在感があるんだよなぁ。
その大西礼芳が主演の映画が「また逢いましょう」だ。京都にある実在のデイケア施設を舞台にしたドラマで、原案はそこの運営者の伊藤芳宏の著書「生の希望 死の輝き 人間の在り方をひも解く」。監督は「嵐電」のプロデューサーでこれが長編第一作となる西田宣善。脚本は「夜明けまでバス停で」「桐島です」の梶原阿貴。
東京で漫画家をしている夏川優希(大西礼芳)は、父の宏司(伊藤洋三郎)が転落事故で入院したとの知らせを受けて京都の実家に戻る。父はその後、退院しリハビリをしながら介護施設「ハレルヤ」への通所を始める。優希は京都に残り、元女優のベテラン職員の向田洋子(中島ひろ子)やケアマネージャーの野村隼人(カトウシンスケ)、そして利用者たちと交流する……。
舞台となる京都の俯瞰からドラマが始まる。その後、主人公の優希が電車から降り立つ。彼女は東京から父の事故の知らせを聞いて飛んできたのだ。
病院に向かうと父は麻酔で眠っていた。命の危機もあり、それを乗り越えても障害が残るという。母は早くに亡くなり、優希は一人っ子だった。
その後、父は何とか生還するが、退院するには介護の手が必要だった。優希は出版社に持ち込んでいた漫画の原稿が不採用となったこともあり、とりあえず京都に残って父の面倒を見ることにする。そしてケアマネージャーの野村の勧めにより、父は週3日「ハレルヤ」というデイケア施設に通うことになる。
このデイケア施設がユニークなのだ。所長の武藤はハイデガー哲学を基にした施設運営を行っている。こんなところで哲学が出てくるなんて、いかにも京都らしいではないか。ちなみに私は大学の哲学科を出ているので、ハイデガーのことは知っていたが、何分昔のことゆえどんな哲学なのかは失念していた。本作では劇中でハイデガー哲学のことが語られるが、別にハイデガー哲学を知らなくても問題はない。
ともあれ、この施設では様々なレクレーションなどを行っているが、中でも利用者のライフストーリーを聞き取り、それを「ハレルヤ通信」という会報誌に掲載し、みんなの前で読み上げるという試みが異色だ。それを通じてみんなの経験を共有し、「死」と向き合い、明るく生きるヒントにするのだ。
実は、この映画を観ようと思ったのは大西礼芳が主演だということもあるが、「死」との向き合い方が大きなテーマになっていると知ったからだ。個人的なことだが、数年前に両親を相次いで亡くし、それ以来、何となく死というものが身近なものとして押し寄せてきたものの、それにどう向き合えばいいのかわからないままに来てしまった。本作の劇中で優希が死について不安なこととして、「みんな死ぬのにどうして生きるのか」というようなことを告げる。それはまさしく私の思いと一緒である。
それに対して、本作はどう答えているのか。死は平等であり、みんな死ぬ。だから、それを受け入れて残りの人生を輝かせよう。武藤所長はハイデガー哲学を基にそうした趣旨の発言をする。
そんなお説教臭いことを言われても……と思わないでもないのだが、メリハリあるドラマを通してそう告げられると、素直に受け入れてしまうから面白いもの。私のモヤモヤした気持ちが完全に晴れたとは言わないが、「なるほどなぁ」と思ってしまったのも事実だ。
何しろ介護施設を扱うと言えば、ともすれば暗くなりがちなドラマなのに、本作は飛び切り明るい。特に全編が光にあふれた映像で、まさしく人生の輝きを映し出している。ユーモアも随所に織り込まれ。特に利用者の個性的な言動や変わったレクレーション(旅客機の機内に見立てた場所で行ったりする)などで笑いを取る。もちろん利用者の死であったり、それなりに深刻な部分もあるのだが、全体を通してみれば、スクリーン全体が光り輝いているのだ。
無口で頑固で、優希とも確執があるらしい父。しかし、それも「ハレルヤ」での様々な人々との交流を通して、少しずつ変化していく。武藤所長からライフストーリーの聞き取りの打診をされ、それに応じた父の本当の心を優希は知ることになる。
同時に、優希とケアマネの野村とのロマンスも描かれる。優希が野村の似顔絵を描いたのをきっかけに2人は親しくなり、デートするようになる。何だか中学生のように初々しい2人のロマンスに思わずほっこりしてしまう。
さらに、優希の漫画家としての再出発も描かれる。彼女は「ハレルヤ」に通い、取材をすることでそれを漫画にし、思うような作品に仕上げていく。
とまあ、現実にはそんなうまくはいかないだろうとも思うし、ほとんど善人ばかりで悪人が出ないのも非現実的と思わないでもないのだが、この映画に関してはそれもありかなと思ってしまう。
その一方で、社会派ドラマの側面もある。劇中でテレビの2時間サスペンスが映り、犯人役の田中要次が政治家を痛烈に批判する。また、介護現場の劣悪な労働環境を問題視する場面もある。さらに、映画館やバスなどでの障害者差別を告発するシーンもある。ドラマの流れを崩さない範囲で、そうした問題に言及しているのも本作の特徴だろう。
「ハレルヤ」の通所者は高齢者が中心だが、比較的若い障害者もいる。40代の加納ゆかり(田川恵美子)は、脊髄梗塞で下半身を動かせなくなった。その彼女のライフストーリーをネタに、新たなレクレーションとして劇をやることになるというのが終盤の展開。
それがまあ傑作なのだ。稽古のために優希と向田、加納が集まる。それがなんと真っ赤な特攻服姿! それというのも加納がかつてレディースだったということからなのだが、その挙句に優希の気っ風のいい啖呵まで飛び出す。いや、ここはホントに爆笑してしまいましたヨ。
そして、オーラスでは優希と向田が楽しそうに熱唱するのだ。歌う歌は「みんなしぬ」。それがとても清々して、心がほんわかと温かくなったのであった。
主演の大西礼芳は、今回もナチュラルで存在感ある演技。劇中のマンガとピアノ演奏も自身で担当したという。向田役の中島ひろ子、野村役のカトウシンスケもいい。いつもニコニコ笑っている田山涼成の所長役もハマリ役だ。
よくあるドラマと言えないこともないが、得難い魅力があるのは間違いない。温かくて心地よい映画で、生と死について考えるヒントを与えてくれる。
◆「また逢いましょう」
(2025年 日本)(上映時間1時間31分)
監督・製作:西田宣善
出演:大西礼芳、中島ひろ子、カトウシンスケ、伊藤洋三郎、加茂美穂子、田川恵美子、神村美月、梅沢昌代、田中要次、田山涼成、筒井真理子
*K's cinemaほかにて公開中
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