映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

師走の入院

12月23日の夜から左足がしびれるようになった。
24日の朝になったら左手もしびれるようになった。
これは病院に行った方がいいと思ったが、どこの病院のどんな科に行けばいいかわからない。そこで救急医療センターで病院を教えてくれるらしい、というので電話をした。ところが、症状を告げると「それは救急車で病院に行った方がいい」と言われてしまった。「え!そんな大事に?」と思ったものの、仕方ないのでそのまま救急車を手配。まもなく到着した救急車に乗せられたのだった。

その後は救急スタッフが症状を聞き取り、近くの大学病院に連絡。しかし、以前に別の大学病院で心臓の手術をしたことを告げると、「そちらに行った方がいい」と言われてしまった。「これは受け入れ拒否だろう。向こうの病院はずっとずっと遠いのだ」と思いつつも、結局はそちらの病院へ搬送。30分も救急車に揺られてしまった。

大学病院に到着後、すぐにMRIなどいくつかの検査を行った結果、脳には異常がないとの説明だった。「ああ、よかった。これで帰れる」と思ったのも束の間、「もう少し時間が経って異常が現れる場合もあるので、このまましばらく入院してください」とのこと。かくして、そのまま脳卒中集中治療科というところに入院したのだった。

集中治療室には心臓の手術をした際にも入っているが、その時と違って今は左の手足以外は特にどうということもない。それなのに全身を機械と点滴につながれ、トイレに行くのもいちいち看護師さんを呼ばねばならない。これが最もつらかった。

何しろ緊急入院で何も用意していない。本も持ち込んでいないし、携帯の充電器もない。よってやることが何もない。幸いにも集中治療室は他の病棟と違い、テレビが見放題ということだったが、特に面白い番組もないから退屈でしょうがなかった。そういえば、隣のベッドに入院していた78歳の男性と看護師たちの会話がただ漏れで、私はすっかりその男性のことを熟知してしまったのだが、それも何もやることがないからこそである。

そんな中、入院当日の24日はクリスマスイブというので、夕食には何とチキンと小さなケーキのついた豪華なメニューが登場。「ラッキー!」とテンションが上がったものの、それ以外は普通の病院食だった。当然と言えば当然だが。

結局、24日から27日まで3泊も入院するハメになってしまった。昨日ようやく退院。しかし、まだ映画館には行けないし、皆さんのブログも申し訳ないがあんまり読んでいません。ゴメンナサイ。

とりあえず本日はご報告までということで。

では、また。

 

「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」

「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」
2025年12月19日(金)シネ・リーブル池袋にて。午後3時15分より鑑賞(シアター2/C-3)

~驚きの針と糸の仕掛け。犯罪現場に遭遇したお針子の奇想天外なドラマ

 

もうすぐ閉館のシネ・リーブル池袋。惜別の思いとともに観たのは「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」。文字通りお針子の波乱のドラマだ。

映画の冒頭、野原に人が転がっている。そばには針と糸がある。そこに主人公のモノローグがかぶる。何やら意味深で不穏なオープニングだ。

その後に映るのは主人公のお針子、バーバラ(イヴ・コノリー)。朝目覚めて起き出すのだが、それが何とも奇妙な起床。彼女の母親との幼い頃の会話がバックに流れる。どうやら、それは天井の刺繍から流れているらしい。音声メッセージ付きの刺繍で母親が考案したもののようだ。

スイス山中の小さな町に住むバーバラは、亡き母親が経営していた刺繍店を受け継いでいたが店は倒産寸前。彼女には友達も恋人もなく、孤独に暮らしていた。

まもなくバーバラは、数少ない常連客グレースのもとを訪れるため、動く刺繍店と銘打った大きな糸巻きのオブジェがついた車で出かける。

ところが、グレースのところに行くとグレースは「遅刻だ!」と大激怒。彼女はウエディングドレスを着ていて(3度目の結婚らしい)、背中のボタンをつけて欲しいと言う。だが、その途中でトラブったバーバラは、ボタンを失くしてしまう。「代わりのボタンは店にあるので取ってくる」と彼女は再び車に乗り込み引き返す。

その途中で、バーバラは一本道で男2人が倒れている事故現場に遭遇する。ケガをした2人は動けず、そばには2丁の拳銃が転がっていた。そして、麻薬らしき白い粉の袋と現金が詰まっているらしいアタッシュケースも。さあ、どうする? バーバラ。

ここで3つの選択肢が提示される。「完全犯罪(横取り)」「通報」「前進(見て見ぬふり)」というものだ。バーバラは完全犯罪を選択する。そして、なんと商売道具の針と糸を使った巧妙な仕掛けを施して、男たちに早撃ち対決をさせるのだ。何じゃ? この奇想天外さは!

その後、アタッシュケースを首尾よく手に入れて、いったんは店に戻ったバーバラだが、現場に証拠となる針と糸を置いてきたのを思い出して引き返す。すると、2人の男のうちの1人が生きていることに気付く。「まずい!」と言うので拳銃で撃ち殺そうとするものの、それはできなかった。そこで、その男を車に乗せて店に戻る。そして、男を監禁するのである。

ここから先も予想外の展開が続く。バーバラは男が逃げないように、またしても針と糸で巧妙な仕掛をする。それでも男は脱出を試みる。その間に色々な人が店にやって来て、あわや男の監禁がバレそうになる。

実は、この映画はタイムループ構成になっている。つまり、「完全犯罪(横取り)」のあとには、バーバラが「通報」「前進(見て見ぬふり)」を選択した場合のドラマが、それぞれ描かれるのだ。

イムループものの映画は珍しくないが、本作のユニークなところは、何といっても針と糸の仕掛け。残りの2つの選択肢のドラマでも、バーバラが針と糸のテクニックを駆使してハラハラドキドキの展開を演出するのである。現実にはあんな仕掛けがうまくいくとは思えないのだが、ここまでやられたら文句は言えない。面白い。面白過ぎて降参だ!

個性的な登場人物もこのドラマの魅力。無口で内気なのに、なぜか大胆不敵な行動に出る主人公のバーバラ。その佇まいは「アメリ」の主人公のようでもある。可愛らしいが怖い。何を考えているかわからない。演じるのは、アイルランド出身のイヴ・コノリー。

そして、警官と公証人と判事を兼ねているエンゲルおばあさんもユニークな人物。小さな村だから兼任しているのだろうが、それにしてもまるで「ツイン・ピークス」にでも出てきそうな怪しさ満載だ。

その他にも、結婚式の衣装のボタンが取れて血だらけで怒る花嫁グレースだの、冷酷なマフィアのボスだの、いろんなクセモノたちが勢ぞろい。それもこのドラマのアクセントになっている。

さらに、独特のユーモアも感じられる。スイスの田舎ののんびりした風景、ノスタルジックな音楽、音声メッセージ付きの刺繍、喋る裁縫箱、大きな糸巻き。とても凶悪犯罪のドラマには似つかわしくないそれらが、実にいい味を出している。

3つの選択肢のドラマはすべて悲惨な結末だが、その後のドラマできちん希望を見せているあたりもなかなかの手腕。バーバラと母親との関係性をドラマの背景として織り込むところなども含めて、すべてにおいて巧みに構成されている。

フレディ・マクドナルド監督は2000年生まれ。映画学校の入学課題で19歳で撮った自身の6分の短編を、長編に仕立てたという。その短編を絶賛し、本作の製作を勧めたのがジョエル・コーエン監督。そういえば、本作にはコーエン兄弟の映画と似た雰囲気もある。才気にあふれた新人監督が出てきたものだ。

◆「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」(SEW TORN)
 (2024年 アメリカ・スイス)(上映時間1時間40分)
監督・脚本・製作:フレディ・マクドナルド
出演:イヴ・コノリー、ケイラム・ワーシー、K・カラン、ロン・クック、トーマス・ダグラス、ヴェルナー・ビールマイアー、ヴェロニカ・ヘレン=ヴェンガー、キャロライン・グッドオール、ジョン・リンチ
*新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
公式ホームページ https://synca.jp/ohariko/
(外部のサイトに移動します。外部のサイトの内容については責任を負いませんので)

 


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「小川のほとりで」

「小川のほとりで」
2025年12月15日(月)ユーロスペースにて。午後1時15分より鑑賞(ユーロスペース2/C-9)

~またまたホン・サンス沼にひきずりこまれる

 

渋谷のユーロスペースで開催中の「月刊ホン・サンス」。韓国の名匠ホン・サンス監督のデビュー30周年を記念して5カ月連続で新作を上映する企画で、先月公開になった第1弾「旅人の必需品」に続く第2弾作品「小川のほとりで」の公開が始まった。

ホン・サンス監督の映画はユニークだ。他に類を見ない特徴を持っている。そして、一度観てハマるともう抜けられなくなる。まさしく沼である。沼にどっぷりつかった私は、今回もまたまた足を運んでしまった。

今回の舞台はソウルの女子大学。演劇祭が間近に迫っており、講師でテキスタイルアーティストのジョニム(キム・ミニ)も、それに向けた準備をしていた。だが、演出担当の男がなんと学生相手に三股をかけていたことが発覚。ジョニムは彼を首にしたため(その3人の学生もいなくなった)、穴埋めに叔父のシオン(クォン・ヘヒョ)を招いたのだ。シオンは有名俳優で演出も手掛けていた。一方、ジョニムが何かと世話になっているチョン・ウンニョル教授(チョ・ユニ)が、シオンのファンだということで、ジョニムは2人を引き合わせる……。

ドラマは恋愛模様をはらみつつ進む。恋愛スキャンダルで大学を去った演出助手の男のその後と、シオンとチョン・ウンニョル教授が親密になる様子が描かれる。とはいえ、大事件が発生するわけではない。ジョニムの身の回りのささいな出来事が描かれるだけだ。

映画のタッチもいつものホン・サンス節だ。カメラはほぼ固定。たまに横に振る程度。そして唐突にズームイン、ズームアウトする。なにせ監督、製作、脚本、撮影、編集、音楽はすべてホン・サンスが担当しているから、そうなるのも当然だ。

酒席での会話が多いのもいつも通り。今回も小川のほとりのうなぎ屋やウンニョル教授の自宅など、様々な場所で登場人物が酒を飲みながら会話をする。そこから、様々なことが見えてくる。売れっ子だったシオンが何かのトラブルで干されてしまったこと、この女子大には学生時代に訪れたことがあることなど。また、工学部の学生だったジョニムが、ある神秘体験をしたことがきっかけで人生が変わったことなども語られる。

そうした酒席での会話で面白いのは、会話以外の表情や態度が多くを物語ることだ。会話の内容とは違う感情が、そこから見えてきたりもする。それを観察しているだけで時間が過ぎていく。特に、主人公のジョニムは、シオンやウンニョル教授と酒を飲んでいる時には、2人に比べて口数が少ない。その分、隠れた感情がチラチラと見えたりするあたりが、何ともスリリング!

というようにいつも通りのホン・サンス節が展開するのだが、ちょっと変わったところもある。終盤、演劇祭でシオンが演出した寸劇が披露される。座卓を囲んだ4人の芝居で、それもまた何やら示唆に富む内容。そして、その上演後にシオンと4人の学生が酒を飲むシーンが秀逸だ。シオンが4人の学生に、「どんな人になりたいか詩で表現しなさい」と言う。それに対する学生たちの答えが実に感動的なのだ。こういうシーンは、過去のホン・サンス映画にはあまりなかった気がする。

そして、ラストはまたしても酒席のシーン。シオンとウンニョル教授が酒を飲んでいるところにジョニムが現れる。そこで、ジョニムの母(つまりシオンの姉)とシオンとの複雑な関係が露呈し、ジョニムとの間にちょっとしたバトルが起きたりするのも面白い。そもそもジョニムは教授に呼ばれてきたのだが、身勝手なシオンと教授に立腹している風にも見える。

その後、川に降りて姿を消したジョニム。一瞬、不穏な空気が流れるものの、再び姿を現した彼女のショットで映画は終わる。彼女がいったい何を考えていたのか、あれこれ想像するのもまた楽しいのである。

主演のキム・ミニは、本作で2024年の第77回ロカルノ国際映画祭最優秀演技賞を受賞した。その他の俳優もシオン役のクォン・ヘヒョ、教授役のチョ・ユニ、首になった演出家役のハ・ソングクなど、ホン・サンス監督作品の常連。いずれも含蓄ある演技を披露していて、なかなかに味わい深い。

というわけで、今回もホン・サンスの沼にずぶずぶとハマってしまったのだった。たぶん来月も行くな。聞くところによると次回は全編ピンボケの映画らしい。何じゃ?そりゃ。

◆「小川のほとりで」(BY THE STREAM)
(2024年 韓国)(上映時間1時間51分)
監督・製作・脚本・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演: キム・ミニ、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、ハ・ソングク、パク・ミソ、カン・ソイ、パク・ハンビットナラ、オ・ユンス、イ・ギョンミン、ハン・ヌリ、キム・スンジン
*ユーロスペースほかにて公開中。全国順次公開
公式ホームページ https://mimosafilms.com/gekkan-hongsangsoo/
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おめでとう!フォルティウス ミラノ・コルティナ冬季五輪出場決定

この数日、完全に映画館とは無縁の生活だった。なぜなら、カーリングの五輪世界最終予選が行われていたからだ。

 

カーリング女子のミラノ・コルティナ冬季五輪出場チームは、すでに8チームが決定。残りの2チームが今回の最終予選で決まることになっていた。

 

この大会の日本代表として、日頃から私が応援している「フォルティウス」というチームが出場していた。私がカーリングに興味を持ったのはずいぶん昔の話で、確か2006年のトリノオリンピックあたりだったと思うが、そこに出場していた「チーム青森」の2選手、小笠原歩船山弓枝の2名がその後に立ち上げた「北海道銀行フォルティウス」というチームを応援するようになった。北海道銀行フォルティウスソチ五輪に出場し、オリンピックの日本女子勢で過去最高タイの5位に入賞した。

 

だが、その後は2018年の平昌オリンピック、2022年の北京オリンピックともに、ロコ・ソラーレに敗れて日本代表になれなかった。しかも、北京オリンピックの代表決定戦に敗れた後には、北海道銀行のスポンサー契約終了によりチームの存続が危うくなってしまった。それでも選手たちは競技を続けることを選択し、新生「フォルティウス」として再出発した。スポンサーもなくまったくゼロの状態からのスタートだった。そんな苦境を知って、なおさら私のフォルティウスに対する思い入れは強くなった。クラウドファンディングがあれば協力し、ファンクラブの会員にもなった。それだけに今回の世界最終予選も全力で応援した。

 

 

試合はカナダのケロウナというところで行われ、日本時間午前2時、午前7時、午後12時に開始されることになっていた。午後12時はともかく、午前2時はつらいし(特に次の日の午前に予定がある時は)、午前7時もけっこう早い。それでも必死になって起きて、NHK BSを見ながらチームを応援した。寄る年波を考えれば、体に悪いことこの上ない。だが、そんなことは関係ない。何が何でもフォルティウスを応援するのだ。

 

今回の最終予選に出場したのは8チーム。予選は総当たりで各チーム7試合戦う。そんな中、フォルティウスは強豪アメリカをはじめ各チームを次々に撃破。6連勝で予選最終戦を迎えた。相手はノルウェー。白熱の大接戦だったものの、最後は1点差で敗れた。この結果、予選2位のフォルティウスは、1位のノルウェープレーオフで戦うことになった。これに勝てば五輪出場だ。もし敗れれば予選3位のアメリカと対戦し、それに勝たなければ代表にはなれない。

 

試合は一進一退。今回も大接戦になった。見ているこちらはハラハラドキドキ。息が苦しくなるほどだった。いや、この試合に限らず、ほぼすべての試合がそうだったのだが。それでも、フォルティウスは安定した戦いぶりで、6対5で見事に勝利した。その勝利の瞬間、涙があふれてきた。

 

思えばフォルティウスはずっとギリギリの戦いをしてきた。国内の代表決定戦に出るためにどうしても優勝しなければならない2月の日本選手権で優勝し、そして9月の代表決定戦に進んだ。代表決定戦では連敗からスタートし、もう後がない状態から見事に代表の座をつかんだ。だから、今回も絶対に大丈夫だと信じてはいたものの、本当に五輪出場が決まった時には様々な感情が湧きあがって涙が出てきたのだった。

 

スキップの吉村紗也香選手は、高校生から5度目の挑戦でようやくつかんだ夢の舞台。リードの近江谷杏菜選手はバンクーバー大会以来、サードの小野寺佳歩選手はソチ大会以来の五輪出場。セカンドの小谷優奈選手とリザーブの小林未奈選手は初の五輪だ。

 

おめでとう! フォルティウス。ミラノ・コルティナ冬季五輪は来年2月。ずっと目標にしてきた金メダルに向けてさらなる前進を!!

 

 

「君と私」

「君と私」
2025年12月4日(木)ホワイト シネクイントにて。午後3時15分より鑑賞(B-8)

~悲惨な事故を背景にした瑞々しい青春ストーリー。そのきらめきが切ない

 

セウォル号沈没事故というのを覚えているだろうか。2014年4月に韓国で発生した海難事故で、多くの高校生が犠牲になった。その事故を背景に据えたのが韓国映画「君と私」だ。

といっても事故は直接的には描かれない。描かれるのは感受性豊かな2人の少女の青春の1ページだ。

オープニングから鮮烈な映像が飛び出す。校庭を映しただけなのだが、それがまばゆいばかりの光にあふれた映像なのだ。逆光も含めて光を大胆に取り入れた映像は、本作全体のタッチだ。ドキュメンタリーや広告映像、MVなどを手がけてきた映像作家・DQMが撮影を担当している。これが、このドラマの瑞々しさをより倍加させる。

カメラは教室の机に突っ伏している高校生のセミ(パク・ヘス)に移動する。彼女は不思議な夢を見る。それを先生に訴えるが、軽くいなされる。この夢の内容は、終盤になって明かされる。

セミは胸騒ぎを覚えて、入院中の同級生ハウン(キム・シウン)のもとへ向かう。ハウンは自転車の事故で足を骨折していた。セミは彼女にある告白をしようと考えていた。

そこからはセミとハウンの仲睦まじい様子が映される。2人ともよく笑う。底抜けに明るい。あの年頃の女の子らしい振る舞いだ。ハウンの踵を見たセミは、そこが白くなっていることに気付く。角質のせいだ。これは遺伝なのだとハウン。この踵は何度か映画の中で象徴的に映される。

そんな中、セミはハウンの手帳を見てしまう。そこには「フンババにキスしたい」という一言がある。

セミはハウンに一緒に明日からの修学旅行に行こうと誘う。だが、ハウンは行かないという。何より足がまだ完全に治っていないし、旅行費用もないという。

それでも2人は、ハウンがプレゼントされて一度も使っていないビデオカメラをネットで売って、旅行費用を調達することにする。2人は病院を抜け出し、ハウンの家へ行く。

その後も、まばゆい光に包まれたスクリーンの中を、2人が生き生きと動き回る。2人の息遣いまで繊細に描写される。

やがてセミの心にさざ波が立つ。セミはハウンにケガをさせたのが、イケメンの高校生だと知る。彼がフンババなのか?

ところが、彼はハウルには別の彼氏がいるらしいと告げる。セミはそれをきっかけにハウンと激しい言い争いをしてしまう。ハウンは彼女のもとを去っていく。セミはハウンが好きなのだった。

友達に誘われてカラオケに行ったセミが、歌ううちに感情が高まり、涙にくれるシーンは圧巻だった。カラオケ映像には、いつの間にかセミとハウンの楽しい日常が映っていた。セミの悲痛な心を的確に表現したシーンだ。セミが歌っているのは、2000年代に活躍した4人組女性ボーカルグループBig Mamaのヒット曲「諦め」だそうだ。韓国ではカラオケの定番として知られる代表的な失恋ソングとのこと。まさしくセミの心境にぴったりの曲だ。

その後、友人たちとともにハウンを探すセミ。そこで事の真相を知ることになる。

というわけで、とても瑞々しい青春ドラマではあるのだが、それだけではない。セミがハウンを誘った修学旅行というのが、済州島への旅。例のセウォル号で行くのだ。セミとハウンは架空の人物だろうが、あの事故の当事者であることが示唆される。2人の青春の1ページともいうべき愛おしい1日は、2人にとって最後の思い出かもしれないのだ。

それを知っているから、ドラマが瑞々しく、キラキラとしていればいるほど切なさがこみあげてくるのである。特に終盤、現実とも夢ともつかない場面が連続するあたりでは、もうたまらなくなってしまった。

セミ役のパク・ヘスは「スウィング・キッズ」「サムジンカンパニー1995」などに出演していた。ハウン役のキム・シウンは「あしたの少女」で注目された。2人とも繊細かつ瑞々しい演技で、揺れる少女の心を巧みに表現していた。

俳優として活躍するチョ・ヒョンチョル監督。長編デビュー作でこれほどの作品を撮った彼の胸中には、事故で犠牲になった高校生たちに対して、「絶対に忘れないからね」という思いがあったのではないだろうか。瑞々しくてあまりにも切ない映画だった。

◆「君と私」(THE DREAM SONGS)
(2022年 韓国)(上映時間1時間58分)
監督・脚本:チョ・ヒョンチョル
出演:パク・ヘス、キム・シウン、オ・ウリ、キル・へヨン、パク・ジョンミン
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「佐藤さんと佐藤さん」

「佐藤さんと佐藤さん」
2025年12月1日(月)TOHOシネマズ 池袋にて。午後2時10分より鑑賞(スクリーン1/C-3)

~佐藤さんと佐藤さんの15年。人と人との関係は変化する

 

「佐藤」という苗字は多いが、佐藤さん同士の結婚というのはそれほど多くはないだろう。苗字が最初から一緒だから気が合うという訳ではないが、最初はうまくいっていた関係も環境の変化によって変わってしまうのはよくあるケース。それを描いたのが天野千尋監督の「佐藤さんと佐藤さん」だ。天野監督といえば、隣人トラブルを描いた2019年製作の「ミセス・ノイズィ」が印象深い。

映画は、最初は37歳の佐藤サチ(岸井ゆきの)の姿から始まる。弁護士としてバリバリ活躍する彼女は、離婚したい男の身勝手な話を聞く。その後、同僚の弁護士らしき男から、「だったら最初から結婚しなけりゃいいのに……」というようなことを言われて、サチは複雑な表情をする。

その後は時間をさかのぼり、22歳のサチと佐藤タモツ(宮沢氷魚)が描かれる。大学のコーヒー研究会で知り合った2人はやがて親密になる。性格は正反対。ダンス好きで活発なアウトドア派のサチと、正義感が強く真面目なインドア派のタモツ。だが、なぜか馬が合った。

やがて2人は同棲し、楽しく暮らし始める。5年後、タモツは司法試験に挑戦し続けているが、なかなか合格できなかった。サチは彼をサポートするために、一緒に勉強してあげる。ところが、なんと司法試験にはサチが合格して、タモツはまたしても不合格だった。

サチは申し訳なく思う。タモツは深く傷つく。試験の発表後、訪れた喫茶店でのシーンが印象的だ。かなり高齢の女性の店員(店主?)が注文を聞く。サチはブレンドを注文し、タモツはブルーマウンテンを注文する。店員は耳が遠く、よく聞き取れない。しばらく後に彼女が運んできたのは、ブレンドとパフェ。サチは注文していないと言うが、タモツは「いいよ」と黙々とパフェを食べる。うすら寒い空気が流れる。2人の今後を暗示するような場面だ。

その後、サチは弁護士になり多忙になる。タモツは塾の講師をしながら勉強を続けるが立場は完全に逆転する。2人はささいなことからケンカを繰り返す。

ところが、ほどなくサチの妊娠が発覚。サチはもちろんタモツも大喜びで、2人は結婚することにする。

出産後、サチはすぐに弁護士の仕事を再開する。タモツは司法試験の勉強を続けながら、息子の世話をする。だが、それは大変なこと。勉強するどころではなくなる。2人はまたもすれ違い始める。

その後は、タモツが司法試験への意欲を失くしたり、故郷に帰ってそこに住もうと言ったり、あれこれあるのだが、けっして夫婦にとってマイナスの出来事だけでなく、明るいエピソードも描くのが印象的。その分、話がリアルに感じられてくる。

天野監督は軽快かつ丹念にサチとタモツの15年を追う。そこで効果的に使われるのが手持ちカメラだ。あまり多用しすぎると鼻につくのだが、本作では絶妙のタイミングで使われる。2人が接近する場面やケンカする場面など、揺れ動く心理を手持ちカメラの揺れる映像で表現するのだ。ある意味、それはスリリングでさえある。

本作には何組かのカップルの姿も描かれる。サチの元同僚は夫との微妙な関係を語りつつ、サチに対して「あなたは結婚しても佐藤だからアイデンティティーに悩むこともない」という趣旨の発言をする。また、サチのある依頼人は、高齢になって妻から離婚を突きつけられ、うろたえる。彼はずっと「男が稼いで家族を養わなければならない」という価値観にとらわれてきたらしい。

そんなふうに、夫婦別姓や男性中心主義などをドラマの背景に組み込みながら(それを深く追求するわけではないが)、サチとタモツの15年間の軌跡を描いていくのである。

ラストのサチの表情が何とも言えない。彼女の鼻歌だけが残ってスクリーンは暗転し、やがてエンドロールが流れる。サチは何を考えていたのだろうか。

エンドロールに流れる優河の「あわい」という曲が美しくて心にしみる。

岸井ゆきの宮沢氷魚の演技が秀逸。岸井はとびっきりの明るさと、暗さのコントラストを見事に表現。宮沢の内向的な演技もいい。2人とも、それぞれの心中がよく伝わってくる演技だった。

夫婦って本当に面倒くさいなぁ。いや、夫婦に限らず人と人との関係とは複雑なものである。

◆「佐藤さんと佐藤さん」
(2025年 日本)(上映時間1時間54分)
監督:天野千尋
出演:岸井ゆきの宮沢氷魚藤原さくら、三浦獠太、田村健太郎、前原滉、山本浩司八木亜希子、中島歩、佐々木希田島令子ベンガル
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
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「ナイトフラワー」

「ナイトフラワー」
2025年11月28日(金)イオンシネマ板橋にて。午後4時15分より鑑賞。舞台挨拶中継付き(スクリーン2/E-10)

~母の愛ゆえに犯罪に手を染めるシングルマザー。北川景子と森田望智の芝居を直視せよ!

 

多種多様な作品を監督している内田英治監督。その中でも草彅剛主演の「ミッドナイトスワン」(2020年)は圧巻の映画だった。日本アカデミー賞で最優秀作品賞を受賞している。その「ミッドナイトスワン」に続く「真夜中シリーズ」と監督が称している作品が、「ナイトフラワー」だ。

映画の冒頭、勤め先のスナックのトイレで夏希(北川景子)がウトウト居眠りをし、寝言を言う場面が映る。「そっちに行ったらアカン!」。おそらく子供に向かって言っているのだろう。

トイレから出た夏希は、「生きててよかったー!」とフラワーカンパニーズの「深夜高速」をシャウトする。いや、シャウトなどという生易しいものではない。がなり立てるのだ。

この冒頭のシーンだけで、本作での北川景子の演技が凄まじいものであることを予感させる。それほど衝撃的だった。

夏希の夫は多額の借金を残して蒸発し、夏希は2人の子供と一緒に東京に逃げてきた。昼も夜もいくつもの仕事を掛け持ちしても生活は苦しい。苦しいどころか明日の食べ物にも事欠く始末だった。役所にかけ合ってもどうにもならない。

そんなギリギリの生活でも、夏希は2人の子供を可愛がった。だが、時には感情が決壊する。幼い息子が餃子が食べたいと何度も言うのを前に、彼女は「うるさい!」と怒鳴りつけてしまう。その直後、我に返り「ごめんな」と息子を抱きしめる。

夏希は昼間の仕事先で、上司のパワハラに耐え切れず、ついにブチ切れて解雇されてしまう。彼女はどんどん追い詰められていく。

ドラマの転換点は、夏希が夜の街で偶然にドラッグの売買現場を目撃し、その売人がぶちのめされたことで訪れる。気を失った売人のそばにあったドラッグを入手した夏希は、それを見よう見まねで自ら売りさばく。

だが、それは危険な行為。街のギャングに見咎められ、彼女は殴られてしまう。それを助けたのが、格闘家の多摩恵(森田望智)だ。多摩恵は夏希の家に行き、彼女の傷の手当てをする。それをきっかけに、夏希と多摩恵は友人のような関係になる。いや、2人の子供も含めて疑似家族といってもいい関係だ。

多摩恵の生い立ちなどは明かされないが、彼女は孤独を抱えて生きていた。格闘技では食べて行けず、デリヘルでバイトもしていた。そんな彼女が、夏希たちと家族のような関係になるのは自然の流れだったのかもしれない。

多摩恵は夏希に一緒に商売をしようと持ちかける。知り合いを通じてギャング組織にコンタクトをとり、2人で正式な売人になるのだ。多摩恵は夏希のボディガード役だった。

商売は順調に進んだ。娘に中古とはいえバイオリンを買い与えることもできた。だが、さらに金が必要になり、夏希は今までの5倍の量のドラッグを扱うことを組織のボスに持ちかける。それはあまりにも危険な取引だった。

終盤は不良娘の死、探偵から拳銃を買うその母親などが登場して、夏希と多摩恵の行く手に暗雲が広がる。まあ、ちょっと現実にはあり得ない展開なのだがスリリングなのは確かだ。いったいどうなるのか息を飲んでスクリーンを見つめた。

その後のラストを、ハッピーエンドとも、バッドエンドともつかない曖昧なものにして、観客の想像力に委ねたところも好感が持てる。私的にはあれはファンタジーとして、あり得たかもしれない未来を描いているのではないかと思ったのだが。

北川景子の演技は、彼女の心の痛みをダイレクトに伝えるリアルなものだ。子供への絶対的な愛ゆえに犯罪に手を染める母親を、全身全霊で表現している。これまでの一般的なイメージをかなぐり捨てて、青く染めた髪で大阪弁を操り、悲しみや怒り、悔しさなどを情感豊かに演じている。本当に素晴らしい芝居だ。

多摩恵役の森田望智も口数は少ないものの、心に抱える深い孤独と、不愛想な中にも優しさを感じさせる演技が見事だった。多摩恵の練習や試合のシーンもたびたび登場するが、その格闘シーンは本格的なものだった。

経済格差や貧困家庭などの社会問題を背景にした、凄味に満ちたドラマだった。あまりにも過酷な夏希の人生は観ていて心が重くなるほどだが、その一方で、多摩恵とのシスターフッド的な友情や子供たちとの強い絆、圧倒的な母性が静かな感動を呼び覚ます。おかげで最後までスクリーンから目が離せなかった。北川と森田の演技だけでも見逃す手はない。

◆「ナイトフラワー」
(2025年 日本)(上映時間2時間4分)
原案・監督・脚本:内田英治
出演:北川景子、森田望智、佐久間大介、渋谷龍太、渡瀬結美、加藤侑大、渋川清彦、池内博之田中麗奈光石研
*丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
公式ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/nightflower/
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