〜micro-TESEに挑戦した夫婦の不妊治療記録〜

不妊治療を始めて1年半が経った頃、夫が『非閉塞性無精子症』と診断されました。

下垂体ホルモン負荷試験

 

下垂体ホルモン負荷試験」を受けると決意した割とすぐに、職場の部署異動が決まりました。

なんというタイミングの悪さ・・。

 

 

理解ある上司や同僚のため何の心配もいらないのですが、新しい部署で新しい上司に状況を説明し、休みをもらうのはなかなかの勇気が要りました。

 

 

このタイミングで不妊治療を始めることも報告しようか迷ったのですが、不妊治療のことはなんとなく言えなくて、「生理不順で婦人科に通っているので定期的に通院のために休みをいただくことがあります。」と濁した報告をしました。(嘘ではない。笑)

 

 

ひとまず、2日間の休暇を無事にいただき、1泊2日の検査入院が決まりました。

 

 

 

 

 

入院1日目は、内科の医師から検査の説明を受けて、同意書にサインをしました。

 

婦人科の医師からは、今後の不妊治療を進める上での説明を受け、同意書をもらいました。

不妊治療の同意書は夫にも書いてもらわないといけないですからね。

 

 

それ以外は特にやることもなく、とっても暇でしたが、ちょうど生理と被ってしまったため、気分がとっても萎えていました。

 

カウフマン療法中のため、生理が来るタイミングは大体予測できていたのですが、仕事の休みやすいタイミングがちょうどこの日だったので仕方ない・・(泣)

 

 

 

入院2日目は、朝食抜きで、朝から検査開始です。

 

 

まず、ベッドに横になった状態で採血。

 

そして、薬剤が注入されます。

注入している間は、頭がグワンとなるような感覚がありました。

 

 

 

その後は落ち着いて、15分から1時間置きに数回採血して昼前には終了しました。

 

 

 

終わったら夫に迎えに来てもらい、ハンバーガーを食べに行きました。

 

前日の昼、夜は健康的な病院食だったので、ジャンクな食べ物が染み渡る〜。

 

 

 

肝心の検査結果は、2週間後に聞きに行くことになりました。

 

 

 

→次回へ続く

 

 

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甲状腺機能検査

 

あけましておめでとうございます。

 

2026年が始まりましたが、こちらのblogでは現在2022年頃の記録を書いています。

 

今年の目標は1つでも多くの記事を書いて、どこかの誰かのお役に立てたらいいなという思いです。

 

素人の拙いblogではありますが、引き続きよろしくお願いいたします!

 

 

それでは、前回からの続きを書いていきます。

 

 

 

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内科で詳しく血液検査をしてもらい、「FT3」と「FT4」の値が低いとのことでした。

ちなみに「FSH」は正常値。

(これでFSHが高ければ橋本病などの甲状腺機能低下症に当てはまるようです。)

 

MRI検査もしましたが、特に問題なし。

 

 

医師から「疲れやすかったりしない?」と聞かれますが、毎日のトレーニングでしんどいのがデフォルトな私にはこれが特別疲れやすいのか、正常なのかの判断がつかない。

 

そして、「念のために下垂体ホルモン負荷試験(※)をしないか。」と提案がありました。

※下垂体ホルモン負荷試験とは
下垂体の機能に異常がないか評価するために、薬剤を注入し、15分から1時間ごとに複数回の採血を行い、ホルモンの値の変動を見る検査のことだそうです。

 

 

そもそもの原因は、ハードトレーニングと食事制限のせいだろうし、やらなくてもいいかな〜と思っていたのでこの時はお断りしました。

 

なにより、検査は1泊2日で、しかも平日しかやっていないとのことだったので、フルタイムワーカーの私には2日続けて休暇を取らないといけないということもなかなか検査に踏み込めなかった理由の一つでもあります。

 

 

ということで、ひとまずは経過観察しようということになり、定期的に血液検査をすることになりました。

 

 

 

 

一方、婦人科では「カウフマン療法」を続けておよそ1年が経ったのですが、医師と今後の妊娠の意向について話をしました。

 

医師からは、「今の状態で自然妊娠はまず無理だね。」と言われていたので、妊娠を希望するなら不妊治療をしなければなりませんでした。

 

この時点で、私たち夫婦は結婚して1年半くらいの時で、「そろそろ子供が授かれたらいいね」と話していた頃だったので、''不妊治療を始めたい''という意向を医師に伝えました。

 

 

 

その意向を踏まえ、内科の医師から再度「下垂体ホルモン負荷試験の打診があったため、せっかく総合病院で診てもらえる機会だし、不妊治療を始める上で一つの安心材料になるかなと思い、受けてみることに決めました。

 

 

→次回へ続く

 

 

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総合病院へ転院 〜カウフマン療法〜

 

’’いつか子供ができたらいいな’’と漠然と思いながらも、結婚当初はすぐに子供が欲しかったわけではなかったため、医師に言われるがまま、とりあえず総合病院へ転院。

26歳の時です。

 

総合病院は2つ隣の町にあり、車で片道25分くらいのところにありました。

 

 

まず、婦人科でカウフマン療法(※)を行うことに。

※カウフマン療法とは
エストロゲン」と「プロゲステロン」の2種類のホルモンを人工的に補充して、生理周期を整えたり、卵巣機能を回復させたりする治療法のことだそうです。

 

 

私は「プレマリン」と「デュファストン」の内服薬の組合せでした。

この組合せは副作用をほとんど感じなかったため、私には合っていたようです。

 

当たり前のことですが、薬のおかげで生理がちゃんと周期的に来ることに感動しました。

 

 

そして、同時に血液検査も行いました。

 

医師から、「甲状腺関係の値が気になるから内科に繋ぐね。」と言われ、婦人科と内科に通院する生活が始まりました。

 

甲状腺機能と生理不順は密接に関係があるようです。

 

 

→次回へ続く

 

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生理不順のため、産婦人科へ通院

 

大人になってからは自分の意思で走っていますが、’’やるならとことんやりたい性格’’の私は、ハードトレーニングを重ねていたため、生理周期は相変わらずバラバラ。止まることもよくありました。

 

生理が何ヶ月も来ない時は近所の産婦人科へ行き、「プラノバール」を処方してもらい消退出血を起こすという生活を何年か続けていました。

 

その度に何度か血液検査をしましたが、「女性ホルモンの値が幼児並みだね。」と言われることもありました。

そりゃ生理も来ないはずです。

 

生理と思っていた出血も、医師から「それは生理じゃなくて不正出血だよ。」と言われる始末です。

 

そんな状態でも、「生理来なくて楽だし、通院もしてるし、まぁ大丈夫でしょ。」とお気楽な私でした。

 

 

独身のうちはそんな生活でも何ら支障はなかったのですが、結婚を機に、医師から「将来妊娠を考えているなら一度総合病院でちゃんと診てもらった方がいい。」と言われ、紹介状を書いてもらい、総合病院に転院することになりました。

 

 

→次回へ続く

 

 

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学生時代 〜生理不順の根源〜

 

不妊治療の話の前に、私の学生時代の話をしようと思います。

 

私は、幼少期から色々なスポーツをしていて、高校では長距離選手として毎日部活に励んでいました。

 

当時の監督は何人もの有名選手を輩出してきた腕のある指導者ですが、まさに絵に描いたような「昭和の人」でした。

 

 

毎日走って走って走りまくる日々。

 

まともな休息を取らせてもらえなかったため、体は常に疲れ切った状態で「生理不順」なんて当たり前でした。

 

一緒に部活をしている同級生の中には、高校3年でようやく生理が始まった子もいましたし、他にも生理不順の子は何人もいたので、「まぁこんなもんか。」と当時はあまり深刻に考えていませんでした。

 

 

それから、ひと昔前に報道でも取り上げられていましたが、長距離選手への「鉄剤注射」問題の当事者でもあります。

(私は報道されるよりも何年も前のことですが・・・。)

 

調子の悪い選手は病院に行かされ、血液検査を受けさせられ、少しでも貧血傾向だと「鉄剤注射」を打たされていました。

 

自分の意思とは関係なく、大人の指示で勝手に打たされていた当時の状況は、今考えるととても異常だったなと感じています。

 

 

そんな学生時代を過ごした私は、大人になってからもマラソンに挑戦したりと、走り込む生活を続けていたので、生理不順はずっと続いていました。

 

 

 

→次回へ続く

 

 

自己紹介

 

はじめまして。

 

 

夫33歳、妻30歳、結婚5年目の夫婦です。

このblogは妻が書いています。

 

1年ほど前に夫が「非閉塞性無精子症と診断されました。

 

そして「micro-TESE」という手術に挑戦しました。

 

 

残念ながら、望んでいた結果には至りませんでしたが、当時は挑戦するにあたり、かなり検索魔になりました。

 

しかし、とにかく情報が少ないのです。

 

私たち夫婦と同じ境遇で、「micro-TESE」に挑戦しようか迷っている人や、これから挑戦するという人に、私たちが得た知識や経験を届けることができたらいいなという思いです。

 

また、こうして文字にすることで、少しでも自分自身の気持ちの整理がつけたらいいなという思いで、記憶を呼び起こしながら書いていこうと思っています。

 

 

それでは、これからよろしくお願いします。