
我が家の17歳になる老犬ミルキー(メス)が姿を消してしまった。
沖縄に越してきてから、迷い猫・犬を大勢保護してきたわが家。最終的にうちで飼うことにした犬猫の総数は、ざっと17匹で、それ以外にも里子に出した子犬3匹、譲渡した犬1匹、譲渡した猫2匹…と軽く20匹を超える犬猫を世話してきた。もちろん、すでにあの世に旅立った子たちもたくさんいるし、行方不明になってしまった子もいる。
そのたび、深く激しい喪失感、悲しみと向き合いながら、なんとか乗り越えてきた。スピリチュアル探求をしていることもあり、生と死についても理解を深めながら、辛く悲しい経験から学び成長できたことは、先立ってしまった犬猫たちのおかげでもある。なのでここ数年はかなり前向きな気持ちで「死」に取り組み、もだえ苦しむことなく、温かい感謝の気持ちでもって過ごせるようになるまでに長期間必要としなくなっていた。
しかし、それはわが家で看取ることができた場合の話である。猫の行動を規制することができない私たち夫婦は、外出することに固執する猫たちを、いつ何時行方不明になってしまうかもしれない怖れを心の隅に抱きつつも、好き勝手自由にさせている。そんなこともあって、今までに5匹の愛猫たちが行方をくらました。
うち、1匹は引っ越しの際、こちらの不注意で外に出てしまい、そのまま帰ってこなかった。この猫はミケといい、行方不明というパターンが初めてだったこともあって、気持ちの整理をつけるのに大変時間がかかった。
2匹は在住猫たちとの折り合いが悪く、おそらく自分の意思で家出してしまった。なので悲しかったが、猫の意思を尊重し受け入れることができた。
そして、近年、2匹の雄猫が行方不明になった。うち1匹はこちらの迂闊な対応のせいもあり、原因が思い当たるので、申し訳ない気持ちでいっぱいにはなったが、受け入れることはできた。しかしもう1匹のミミタについては、全く原因が思い当たらず、突然失踪してしまったことで、私たち夫婦は激しい喪失感と、「一体なぜ…?何があったの?」という思いをいつまでも引きずり、大変苦しんだ。
その経緯はこちら↓
昨年、アニマルコミュニケーションでミミタのことをセッションしてもらい、受けた説明によれば、
ミミタはいつも通り夜の散歩に出かけ、変わった匂いに引き寄せられ近づいた先が、発情期の小動物で、追いかけられ、逃げ惑ううちにケガをしてしまい、帰って来られなくなった、という内容だった。
これが事実か否かは確認のしようがないが、とりあえずミミタはウチに不満があったわけではく、帰ってくるつもりで出かけた際の不慮の事故らしい、と判明しただけでも救われた気持ちになった。ミミタはほんとうにお出かけが大好きだったし、家のなかに閉じ込めておけばもっと長生きはできただろうが、飼い主的には安心でも、ミミタにとってはつまらない猫生になったであろうことは否めない。
…とは言っても、愛するペットが失踪し行方不明になってしまった際の飼い主の苦しみは生半可なものではない。できれば2度と味わいたくはない、と思いながらも、やはり行動規制することができない中、まさかの出来事が起きてしまった。
今まで失踪したのは猫たちで、犬はなかった…いや、厳密に言えば昨年、犬のモカ(オス)が雷鳴を激しく怖がり、柵を乗り越えて逃げ出してしまったことはある。しかし、この時は原因もわかっていたし、地域住民の協力も得て、幸運にも翌日に発見することができた。犬は、猫と違ってやぶの中に入っていったり、がけ下に降りていくことはあまりない。犬たちが血気盛んな若いころは、うっかりリードを外してしまった際に嬉々としてがけ下に走って行って自力で上ってくることもあったが、今やわが家の犬たちは14歳と17歳の高齢犬だ。脱走しても道路しか歩かない。だから、犬が猫のように失踪して戻らないケースについてはなんの覚悟もできていなかった。
今回いなくなった犬ミルキーは、我が家の初代犬である。保護した経緯については過去ブログをお読みいただきたい。
ミルキーは優しい吠えない温厚な犬だが、まだ年若いころ、何度もきちんと散歩ができるよう訓練を試みたにもかかわらず、一向に言うことを聞いてくれず(もちろん私の躾に問題があったのは間違いないが)そもそも飼いたくて犬を飼ったのではなく、押しかけられて保護する羽目になった経緯もあって、猫派のわが家のなかで犬たちの位置づけは、人間も毎日一緒に散歩することで健康維持にもなるし、そこそこ可愛いけれど、猫にはかなわない、といった感じで長年共に暮らしてきた。猫ファーストのために家のなかで飼うことはできないから、猫ほど親密になりきれない部分もあったかと思う。
だが、2023年の4月、ミルキーは高齢のため背中が曲がり歩行困難になる変形性脊椎症を発症した。それまで病気らしい病気はひとつもせず、元気すぎて扱いに困るほどだったのに、痛みのせいか、歩くこともままならず、しょぼくれている。そのときはじめて、私はミルキーをただの同居犬ではなく、かけがえのない愛しい存在として大切に思っていたことを自覚した。
大概の犬はそうだと思うが、食べることと散歩に行くことが何より好きで、ワンパターンな日常なのにその時その時を全力で喜ぶ犬たちの姿は、当たり前のルーティーンを何の感動もなく過ごす人間にとって、教訓とも言える生き様だ。ミルキーの老化は、犬たちが嬉々としてご飯を食べ、散歩に行くのは、当たり前のことではなく奇跡なのだと気づかせてくれた。
それ以来、私はミルキーもモカも可愛くて仕方ない、と思うようになり、何とかしてミルキーの老化を食い止め、少しでも長く歩いていられるようにしたいと考えた。ウチは犬たちは家の床下にワイヤーのリードで繋いでいるのだが、それでは歩き回ることができない。関節が固まらないようにするには、いつでも自由に歩き回れる環境にするのがいいのではないかと思い付き、安価な家庭用ドッグラン囲いを購入し、脱走できないよう犬エリアを囲ってみた。リードにつないでいた2匹の犬は、これからはリードなしでウロウロ出来る、よかったよかったと思ったのもつかの間、ミルキーはどうしても囲いから出て行きたくて、ネットを頭突きでグイグイ押すうちに、隙間ができてそこから脱走する、犬1匹抜け出すのは無理だろうという床下の隙間から這いつくばって脱走する、ネットでは限界があるからと、鉄の柵を張り巡らせたら、わずか十数センチの隙間に顔を突っ込み、戻らなくなる…と、何をどう対策をしても、自由に歩き回りたがるミルキーにこちらも根負けしてしまい、夜間だけはリードで繋ぎ、日中は自由に歩かせるようになった。モカは猫を追いかけるし、雷が怖くて逃げだしてしまったこともあって、気の毒だがまたリードで繋ぐ生活に戻った。自由を手に入れたミルキーは、それはそれは嬉しそうで、近所を好き勝手歩き回り、満足すると帰ってくるけれど、モカと一緒に散歩に行くのもそれはそれで行きたいようで、必ず1日2回の散歩に同行した。
幸い、うちのご近所は、ミルキーがひとり歩き回っても気にせず(ご近所の犬たちも、かつてわが家に自由にやってきていたこともあり、お互い様でもあった)時々なかなか戻らなくて心配して探しに行くと、意気揚々と戻ってくるミルキーを見つけ、胸を撫でおろしたことも2、3度あった。そんな状態が2年以上経過、この頃は、後ろ足の片方が動きが悪いために、まっすぐ歩けないけれど、本人なりに工夫を凝らし、ひょこたんひょこたん歩いて散歩についてくる様子がいじらしくもあり、どんなに不自由になってても、歩くことは生きがいなのよ、まだまだイケるわよ、と誇らしげに歩く姿に、尊敬の念さえ覚え、自律神経失調気味でクヨクヨしがちな自分を反省したりしていた矢先に事は起きた。
11/17月曜日、私は朝から体が重くて体調がすぐれなかったが、朝の犬の散歩だけはなんとか行った。ミルキーは、途中で引き返し、一人で家に戻っていった。ここ最近は、坂道の半分くらいで引き返すことが多くなっていたが、何の心配もせず、いつもどおりご飯を与え、その後はリードにつながず、自由にさせていた。
これがミルキーを確認した最後になった。いつも数時間で姿を現すミルキーが一向に帰ってこない。いつぞや、夜にお腹を壊し、ふらついて家の庭先の崖に転落したことがあったので、首輪に鈴をつけ、携帯番号も記入していたが、どこからの通報もなく、夕方のダンナの必死の捜索でも発見できず、夜が明けてしまった。
今までどんなに外出しても数時間だったのに、一晩帰ってこないのはただ事ではない。猫はがけ下にも降りていくし藪の中にも入っていくが、歩行困難状態のミルキーは、自ら崖を下ることは考えられない。ふらついて転落するような場所は、覗き込んだり、いける範囲で崖を下ってみたりしたが、姿かたちもなく、本当にこつ然と消えてしまった。知らない場所にどんどん歩いて行くとも考えにくい。いつものお散歩でも途中で引き返すくらいだったのに、えんえんと歩きつづけるはずもない。我が家に不満があったとも思えないし、一体全体何が起こったのか、皆目見当つかず、車に轢かれて遺体をどこかに捨てられたのか…とか、誰かに連れ去られたのか…とか、ぐるぐると妄想が頭を駆け巡っては、ミルキーがもう2度と戻って来ないかもしれない現実に、喉や胸が重苦しくなり、食欲がなくなり、思い出しては涙している。
ミルキーは自由に歩き回りたい気持ちが執着と言えるほど強く、あの手この手で回避しようとしたけれどどの策略も失敗に終わり、「危険は伴うけど、ミルキーは自分のやりたいように好きに生きているんだから幸せだよね、あとは何があっても自己責任ってことで仕方ないよね」とダンナとよく話していた。危険は伴うけれど、嬉しそうに庭を歩き回るミルキーを眺めるのは至福だったし、毎日のように「遠くに行っちゃだめだよ、気をつけるんだよ」と言い聞かせていたので、多少の覚悟はしていても、行方不明になるという予測は一切なかった。事故に遭っても、亡骸は引き取り自宅に埋葬することは間違いないと思っていたのに、まさかの行方不明で、この5日間、1日に何度も胸が詰まり、苦しく、日常生活に支障をきたしている。
とりあえず、遺失物届と愛護センターに迷子犬の登録はしたけれど、今もって、どうしてこんなことになったのか、姿を消した17日にいったい何があったのか、訳が分からなくて、気持ちの整理がつかない。
というわけで、まだ5日目でもあり、もう5日目、猫ならばまだ戻ってくる可能性は十分あるが、年老いたよぼよぼの犬だ。戻ってくる可能性は限りなくゼロに近い。犬好きの通りがかった人が、可愛そうな老犬が捨てられてヨタヨタ歩いていると勘違いし、保護している…なんてことならば、生きている可能性もあるが、首輪に携帯番号が書いてあるのだから、普通なら連絡はするだろう。ただ、首輪が汚れていて番号が読みづらくなっていたような気もするし、なんともわからない。名前も読んでも耳も遠いし返事もないので、首輪に大きな鈴をつけたのに、その甲斐もなく消えてしまった。
ミミタの失踪の悪夢再び…といった感じで、今の時点ではまだスピリチュアル的な解釈もむなしく頭を素通りしていくばかり。
今はただ、ミルキーに会いたい。もう一度会いたい。それだけである。
またしばらくして、気持ちを整理する気になったら、ブログにアップしようと思う。本当はそのつもりで今日ブログを書いたのだが、まだ早すぎたようだ。
重苦しい内容ですみません。
お読みくださりありがとうございます。
すべてに感謝