cheat_IEの雑録

趣味関連のことを書きます。

【感想】蓮ノ空103期活動記録 第15話

感想、独り語りです。

 

 

 

 

 

 

「Link!Like!ラブライブ!」

3Dアニメ 活動記録 ストーリー 第14話

+103期12月度Fes×LIVE

第15話 蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ

 

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感想

 

ラブライブ優勝には至れなかったという挫折に対し、どのように各々が向き合い、蓮ノ空女学院として今後行動をしていくのかということを語ったエピソード。

 

フランクルの考える「人間の本質」、『夜と霧』に近しい考え方になるかもしれないが、厳しい時にも人となりはよく現れると考えている人間である。こういった挫折、苦難のエピソードは好みではある。暗く沈んだ夜を越えた黎明のような微かな希望、明かりが差し込むシナリオでしか感じられないものは確かに存在する。

 

して、今回も類に漏れず各々のキャラクターの人となりが良く出ていたエピソードではなかったであろうか。思うにこの15話を読んで自分の好きなキャラをより好きになったという方や、あるいは今まであまり目を向けては来なかったが、この子こんないい一面があるんだ!と新たな魅力に気づいた方などもいることだと思う。

私も時間が許すのであれば一人一人に対し言及し、そのキャラの人となりからスクールアイドルへの向き合い方、考え方など具に言及してみたいが時間も体力も僅かのため、ここは絞る。

 


スリーブブーケというユニット、ひいては推しである乙宗梢という少女についてである。

 

まず、一番最初にラブライブの大会というものがあっという間に終わってしまって現実をうまく受け止めきれていない、自分の心もどこでもやもやしているかも理解しきれていない花帆ちゃんから話が始まる。
花帆は部室に行き梢先輩と出会う。そこで上記のような花帆の気持ちを汲み取ったのであろうか、梢先輩はまず他の部員らの様子を見にいくという提案を行う。他者の向き合い方を通して少しずつ花帆の中でも現実認識を深めていき、自分の心の中を整理させてあげる、そんな効用がある行いであると感じた。相談に乗るというのは他者のためであるように見えて、その実は自分があれこれと考えて救われている、なんてことも少なくない(これをよく自分はしている)。相談に乗るというのは花帆にとっても救いの先駆けとなるものでもあり、もしかしたら梢先輩はいつもこのようにして自分の中でも色々なものに折り合いをつけているのかもしれないなんてことも考えたりもした。

 

また、その中で行われた花帆の「梢センパイは、なんだか、いつも通りですね。」という問いに対し、逡巡を見せたのも束の間、「私は、スクールアイドルの部長だもの。こんなときくらいしっかりしていなくちゃ。」というやり取りも良い。
この一瞬の逡巡の中に乙宗梢という一人の少女にも抱える思いがあったこと、ただ、それを面に出すことはなく、まずは目の前で不安げにしている後輩を励ましてあげる、部員らに目を向けるという先輩、部長としての立ち回りを全うしようとしていることが現れている。最初のこのシーンが最後の締めのシーンに繋がるのも味わい深い。

 

 

話を進めてメインの話に移る、スリーブブーケとしての最後のシーンである。
花帆の相談も終え見送った上で、梢先輩は一人部室に残り涙を流す。部長としてのみんなを前に向かせた後、乙宗梢という一人の少女、個人の願いが挫折したことに対しては折り合いがつかないところがあり、感情が溢れていたシーン。人というものはその立場で求められる言動と私的なものが必ずしも一致するとは限らない。部長としてのみんなを前に向かせるべく、自分も前向きな言葉をかけることと私的な自分が前を向けているかはまた別なのである。部長としての上記のような振る舞いをやり通したからかったこそ、誰にも見られないように一人涙を流していた。

そして、そこに偶然か必然か花帆が戻ってくる。
ここで花帆と一人の人間としての乙宗梢が邂逅することになる。それは先輩、後輩という括りを越えた、人間同士、生のままの感情の触れ合いである。
予想だにもしていなかった来訪者に驚きつつ、部長としての自分を取り直そうと「ごめんなさい、何でもないの。」「大丈夫だから、心配しないで」と返事をする梢先輩に対し、「私じゃ、だめですか。」と踏み込んだ花帆に全力で感謝と称賛を送りたい、ありがとう。梢先輩の「大丈夫」が危うげである、それこそ一年前のラブライブではそれもあって挑戦さえもできなかったことを鑑みるとここで花帆が踏み込んだことは大いなる意義がある、一年前と103期の違いを表す印象的なシーンとも言える。


梢が己が心境を吐露することで、花帆は梢という少女にとって「ラブライブ優勝」というものがどのようなものであったのかを本当の意味で知る。
そして、「━━優勝しましょう!」と花帆の方から呼びかける。
これは梢にとってどれだけ救いとなる言葉であったか、語り切ることはできない。ただ、スリーブブーケというユニットとして、花帆の「花咲く」と梢の「ラブライブ優勝」が連なるものになったのは間違いない。

 

 

そして、最後の最後に各々が夢を卯辰山公園の頂上で宣言し合う。そこで花帆の口から「ラブライブ優勝」という言葉が出て、その後に梢が花帆呼びをする。先輩後輩という関係を前提に、それ以上のものが紡がれたのが今回のエピソードであった。私的な梢という存在が他者へ開示されたと言っても過言ではない。
先に出した黎明的な意味合いを持つものがあるとするのならば、このシーンであった(シナリオ上の時間は夕焼けではあったが。時間軸の移ろいという点で言うと黎明と夕焼けは表裏一体とも言えるかもしれない)

 

 

 

まとめ


乙宗梢というキャラをより好きになったエピソードであった。

友人と以前蓮ノ空で言うと自分と友人が好きになるキャラは逆であったという話をしたことがあったのを思い出す。
自分は元来であれば小柄で背も低め、髪色なども銀髪、薄めのキャラを見た目では好きになる傾向がある。友人は歳上系のキャラを好きになる傾向がある。
ただ、蓮ノ空に関して言えば自分は乙宗梢、友人は大沢瑠璃野乃を好きになったため数奇なこともあると話していた。

ラブライブ国木田花丸を好きになったことも個人的には意外であったのだが、学生時代の自分の好みと今の自分の好みに違いが出始めたとは最近実感している。

そのキャラの在り方自体が自分に刺さるかどうか、ここが非常に大きい。


その点で言うと乙宗梢はドンピシャであった。
『be proud』を聴いて心酔させられ、シナリオを読んで自分がその歌から感じ取った乙宗梢という人間存在が確かであったと言うことを読み進めるごとにどんどん強く感じている。理解が深まってゆく。


今回の話で言うと「ラブライブ優勝」に拘るあの姿は自分には持ち得ていないものだと感じた。この点でいうとどちらかというとさやかちゃんの方が共感はある。自分の人生も成功と失敗で言うと後者の方が多い。その中でも抗うのが信条である。その結果としてのの現実は甘んじて受け入れると言うどこか現実主義的なところも、殊に最近自分の中で芽生えつつもある。


なるほど、梢先輩のように確固たる拘り、具体的な一つの試みのようなものは持てていないかもしれない。部長などの立ち振る舞い、自分に求められる責務的な部分は共感も多いが、彼女の目標に対するストイックさに関しては目を見張るものがあった。

 

何れにせよ、彼女の今後が楽しみである。既に卒業しているなんて事実到底信じられようもないが、自分が見ていないだけということに定期的に苛まれている。

ここまで苛まれるくらいに、あるいは久しぶりに文を書かせてくれるくらいに心を動かされたのはいつぶりであっただろうか。
私的な思索はわりとXでも、なんならブログでも記事として出したが、単体のコンテンツについて感想を書き出したのは社会人になって初かもしれない。
昔であれば、一人一人フォーカスし、言葉を紡ぎ続けて何万字になる、なんてこともあったのかもしれないが、ひとまず今回はこれくらいで。

 

ここまで熱量を与えてくれる、思い出させてくれる『蓮ノ空スクール女学院』、ひいては乙宗梢という存在に出会うことができたことに心から感謝している。

 

まとめと表題しつつかなり思ったことをあれやこれやと言い続ける芯のないものになってしまったが最後に一つ。このコンテンツに向き合うにあたっての自分の反省。


アイドル系の作品は歌とシナリオの結びつきがかなりある、これを結びつけて語ること、あと単純に曲について言及することと能が自分は低い。今回に関してもシナリオのみに言及したのみであって曲には一切触れず書き通してしまった。本来であればアイドル系の作品は彼女らが作品内で生み出す曲(作品)、その表現を受け止め、解釈しなければならないのであろうがそれができていない。
エロゲーもシナリオと曲の結びつきというのはよくあったが、その手のテーマは取り扱わずにただシナリオのみ書き続けていたので恐らく自分が不得手なのだと思う。これはどうにかしたい。

 

この一年、ラブライブサンシャインに始まり、直近の蓮ノ空にしても、自分に新たな門戸が開かれたのだなあと振り返って感じ入るばかりである。それこそアイドルアニメ系のライブなんて言ったこともなかった人間がここまでに至ったのだから。

 

この歳にして新たにハマれるものができたのは本当に貴重なことであったと思う、そこから生まれた人の縁も数えきれない。

 

とにかく感謝する他ない。

そこで言うと話を戻すと乙宗梢、梢先輩、本当にありがとうと感謝してもしきれない。

「内面化」するということは多々あれど、ここまで共感にいたったキャラというのは今までの人生を振り返ってもなかなかいない。

 

思うに、大学時代に乙宗梢に出会っていたらそれを軸に抗っていたであろうし今よりも増して気色悪い文書(大学時代に触れたものを酷使して)を書いていたのであろうなあとも思う。

それで言うとラブライブはその手のものでもないし今くらいがちょうどいい、いやより今以上にマイルドにする必要もある、事故の思想信条よりも曲に対する解像度を上げた方がより良いなんてことも思う。

 

 

以上、2025年度のブログ締めです。

 

皆様、良いお年をお過ごしください。

本年は大変お世話になりました、来年度もよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

【散文】我が人生観と信仰について

今から自分が常日頃から抱いている今まで受けたものを世に返さなければならないというハンス・ヨナスの説いた「未来への責任」に近しい意識がどのように成り立っているのかということについて述べてみようと思う。

 

差し当たってキリスト教に目を向けてみようと思う。

ここで何より一番最初に言及しておきたいことが素人が酔った勢いで書いてある文章であるため専門的見地から言えば誤謬も数多ある可能性が大きいことをご了承ただ機体。筆者はキリスト教系大学に通った哲学かぶれの人間ではあったが今やその見る影も無し、ただの社畜に成り下がっているので子細な教義や学説などはもう覚えてもいない。

ある意味で一番性質が悪いと言われても否定ができないが昔学んだ微かな記憶を頼りに自分という人間の考え方、人生観について振り返るためにここに記す。

誰かのための記事ではなく、ただ自分の為に。

 

話へ移る。

 

まず、自分が何か返さなければならない、世に報いる必要があると考えたきっかけについて自己という人間が他物、他者から様々なものを享受してきてここまで生きることができているという事実がある。

人、というより動物など生けるものは他物から生きるために必要な栄養素などを摂取しなければ生きてはいけない。(植物でさえも光合成とは言いつつも、地にある栄養、それは他の生き物が死に絶え残して培われてきたものを頼りにしている。)

であるとするならば、自分なりに何かしら世に貢献できる者が無ければ、それまで支えてきてくれた自分以外のものに対して向ける顔が無い、そういった考え、呪いめいた自意識が自分の中にある。

 

食物連鎖と言えばわかりやすいかもしれないが、そのようなものの範疇に囚われない絶対的な存在がある。神である。

神は何かを拠り所にして存在はしていない、ただ全てに先立つ超越的な存在である。

神であれば存在するにあたって受けることはなく、一方的に与え続けている存在と言って良いであろう。

人間はそのような存在にはなり得ない、どこでそうなってしまったのであろうか。

 

生物学的な話は棚に上げるが、神と人間が離れたことについて論じるには「原罪」は避けては通れない。

現在にの概念やそこから派生する考え方にも多様なものがあることは重々承知である。その中で勝手に自分の自意識と原罪を結び付けて酔った人間が持論を語りたい。(最悪)

人と神、人とその他の生き物との違いについて他物を拠り所にしなければ存在することができないか否かと先述した。

原罪のきっかけはアダムとイヴが知恵の実(りんご)を蝕したことがきっかけとされている。思うにここの食するという所作が問題だったのではないであろうか。

浅学菲才な身のため、自分が知らないだけであるかもしれないが、原罪の前にアダムとイヴがどのように生活を営んでいたかは具体的には記されていないと覚えている。そして、原罪前はアダムとイヴは神と結びついた存在、いわば代行者的な立場であった。

神が独立した存在であるとするのであれば、原罪以前のアダムとイヴも他物から何かを摂取することもなく存在ができていたのではないだろうか。

にもかかわらず、蛇に唆され、リンゴ食してしまうことによって原罪が生じた。原罪には善悪を判断する知識であったり、生殖に関わるもの、堕落など多義的な意味が含まれていたと思うが、「食する」という動作自体にも一定何かしら意義が生じているのではないか。

また、生殖に関わる点で言うと元々何か依るべくことなく存在できたアダムとイヴが他の生き物と同じように産むことで繋がなければならないという枷が課さられたのであれば、ここにこそ生の孕む煩雑さ、生きづらさの根源が生まれてしまったと言っても過言ではない。

 

話を戻すと自分の意識に植え付けられた周りから受けた分の恩を返さなければならないという義務的意識と生に対する虚無感の自意識、この板挟みは原罪と結び着く可能性があると思った次第である。

 

また人間は食するだけでなく、数多のものから搾取し、ここまで成りあがってきた。その反動として環境問題なども出ているわけだが、キリスト教の支配権の意識も問題であると考えているため余談として記す。

初神の代行者としての位置づけを与えられた人間は神に代わってその他の生き物、事物に対する管理を任されていた。ただし、そこの前提には神と人間とのつながりの前提があってこそ成り立っていたものでもあり、また、先に記したように人間もまた独立に近しい状況で存在していたと解するのであれば人と他の者に対する搾取は存在しえなかった、そこには調和があった。

しかしながら原罪が生まれたことでその前提は破綻した。

にもかかわらず、当初任された大義名分を掲げ続け、人間が他の者に対して支払い的立場を持ち続け、あまつさえ人間という種のために色々なものを侵食してきたことは一定反省しなければならない。その仕組みが確立された中で生きてきた自分も当然免れない。

 

ここまでが宗教、信仰的結びつきについてであり、ここから先はXでも時折流してしまっている自己の人生観についてである。

他物を拠り所にしてしか生きてはいけない以上、今後も自分は様々な物から恩恵を受け、支えられて生きてゆくこととなる。

まず一番身近なものとして学生時代から社会人になるにあたって親という存在が大きかったため、そこから自立すべく全国転勤という選択も選んだわけだが、社会人としてッ働き始めて2年目、未だに多くの存在に支えられて生き永らえている。

リア友、友人、ネ友、会社の付き合いの人々、様々なものに迷惑をかけ、恩を頂きながら生きている。

こうも考えてみると結局人という存在も限界もあり、生きている限り他者からもらっていてばかり、恩を返す事なんてままならならない、ともすれば今すぐ果てるほうが幾分か今後のマイナスが生じない分良いのではないかといった悲観主義的な考え方でさえ時折自分の中で生まれてもしまう。

 

ただ、その思いの一方で自分の中にある実存主義的な「抗い」の意識も根底にあり、日々戦い続けることとなっている。

仮に今自分という存在が終わりを迎える、果てたとしても今まで受けた分のマイナスは返せずに終わったこととなる。どうせ生き永らえてマイナスであることに変わりがないとしても、「抗い」続けることがせめてもの報いになるのではないか、そう考えている。諦念ではなく、自分の限界までやる、それでマイナスであれば致し方ないと考えるようにして今を生きている。

 

根本的な話で言えば原罪があるとするのであれば、祝福された生などありえないのではないかと思う。だからこそ、祝福された生がないのであれば自分はせめて祝福された死、終わりを希望する。

祝福に行き着くにはシモーヌ・ヴェイユになぞらえるのであれば神、信仰に行き着くと思うのだが自分の私的な意識としては実はそこまで熱烈信仰家でもない。

どちらかと言えば実存主義と人間主体(ヒューマニズム)が合体したような考え方を持っており、「神頼み」をするのは最後の手段であって、そこまでの過程は自己の行為や思考があってこそ成立するものだと考えている。

恐らく、自分の努力や抗いなしに救済や赦しがあったとして、自分がそれをありのままに受け取ることができるのかは、その時になってみなければわからないとは思う。(そもそも、そのような幸運に我が生でたどり着けるのかさえ甚だ疑問だが)

ただ、一定人やこの世のものには限界がある、神に委ねられる範疇というものは如何に世の技術が進歩したとしても存在し続けるであろいというのが私的見解である。

 

 

本当に文章の流れも区切りもないままに綴ってしまったため、結論何を言いたかったかさえ読み手には理解しがたいものとなってしまったかもしれない。ここまで読んで下さった読み手の方がいたとしたら感謝と謝罪を同時に申し上げなければならない。

自分としては久しぶりに日頃抱えているものの考えや生き方について時間をかけてそれなりの文量をまとめ上げることができて良かったと考えている。

学生時代であればもう少し読み手に配慮した構成や、その他多種な議論について引用もしつつ中身或る議論の展開ができたのかもしれないが、今の自分にはそれは難しい。

もはやどこに書かれた考え方であるかさえ辿るのは難しいが、今まで自分が触れて来たものの考えたかと経験してきた生き方を今の自分でできる限りでまとめてみた。

 

以上

 

 

 

 

 

 

『今年度を内省する』

3月30日、日曜日。

明日は31日月曜日であり、明日が終わってから会社的には正式に今年度が終わり、来年度、4月が始まることとなる。

 

ただし、会社内での出来事を振り返ってみると直属の上司は金曜日が最期であったり、次年度に向けた席替えを金曜日に行ったりと既に今年度の〆としてやるべきことは金曜日に済ましてしまったように思える。

そんな金曜日の後の休みの日、せっかくなので簡単に今年度について自分の中で内省し、ここで記してみる。

何分学生時代のように時間が無いため、一月一月振り返っていくことや丁寧に目次を作り上げ、文章を遂行して記事を作るということもしない。

 

いくつか軸となるキーワードを挙げていき、思ったことを書く連ねていく。

 

そう、初めての社会人生活を振り返るにあたって

 

・自分の今年一年の働き方

・お金の使い方

・私生活の過ごし方・趣味との向き合い方

・まとめ・今後の社会人生活について

 

上記3点をキーワードとして進めていくこととする。

 

 

 

今年一年の働き方

はじめての社会人生活一年目、仕事についてできうる限り真正面から取り組もうと日々働いていたつもりである。

実務という点でももちろん、その他会社の人間関係にも積極的に取り組む、具体的なことを言うのであれば誘われた飲み会はすべて参加、2,3次・・・オールなど会った時にもすべて参加した。1年目らしい役回りとも言えるが送別会の幹事なども行った。

 

何か成果が上がったかと言うと具体的な要素は少ないが、こいつは来てくれるという認識がついたようで飲み会参加計6人で自分以外全員管理者、みたいな飲み会にも参加ができるようになった。そこで聞いた話もなかなかに興味深いものや考えさせられる内容のものもあった。(後に言及しようと思う。)

 

なお、その一方で資格取得という点はそこまでできていないため、この部分については次年度の課題としたい。

 

 

 

お金の使い方

働いている分、学生時代の時よりはお金に余裕があるため、お金を使う時には躊躇いなく使うということができるようになった。

 

アードベッグ21年(Ardbeg Twentyone 2016 release)を購入するなど様子のおかしいお金の使い方もしてしまったが、これも一つ働き始めたからこそできたことである。

一般の方からすればただの飲み物に―万使うのは常軌を逸した行動に写るやもしれないが、大学の卒業旅行でアイラ島行く人間はこれくらいのことはする。時にアードベッグは自分が行った時にしまっていたためそこのいいお酒を買うことはかねてからの悲願だった。あと、長熟を一本手元に置いておきたいと思っていた。

 

そして、自分以外の部分、他の人に対するプレゼントやお土産などについては殊にお金を極力考えずあげたいものをあげるなどができるようになった。

依然大学時代の最後に書いたブログで「他者への還元こそが今後の人生の自分にとっての糧となる」というような内容の人生観を記したと思うがそこを分かりやすく反映したものが上記の行いである。お世話になった人や良くしてくれた人、自分と仲良くしてもらえている存在に対して分かりやすい形で感謝の気持ちを示すことができるようになった(ここも後に記すが一つ問題もある。)

 

また、思い切った買い物ができるようになった一方で金銭感覚はおかしくはなっていないと思う。(自分の中では)

日頃働いている時には極力お金は使わないように抑え、アマゾンで求めて購入し1本100円しない500mlのコーヒーや菓子パンで仕事の昼を過ごしている。高校生時代の受験期の切り詰め方がこの手法だったため、今もそれと近しいことを行っている。(別の話なので詳述はしないが、満足に昼休みを取ることのできる業務量ではないことや、それくらいまでに日々追い詰められる勢いで働いているとも言えるかもしれないが)

 

 

 

私生活の過ごした方・趣味の向き合い方

まず沼津と言う土地、これに感謝しなければならない。

仕事は容易ではないが、沼津に出会えたおかげでこの一年頑張ることができたと言っても過言ではない。沼津と言う土地について記すだけで記事として十分に取り上げられるくらいではあるが、今回は簡潔に第一に一言で留めておく。

沼津と言う土地に出会わせてくれたこと、この1点においては会社に感謝してもよいとは思っている。

 

次、私生活や趣味の向き合い方。

昨年まではどれも初めて取り組むものとという点で仕事の負荷を感じていたが、今年度から入ってからは単純に面倒な案件が自分の手元に多々入っているようにも感じる。無論、自分のミスで燃え上がっているものもある。

昨年度まではもめているものが一つ自分の手元にあるだけでも手いっぱいだったが今となってはそれが複数個ある状態で正直参りかけそうにもなる。1月からその予兆が現れ始め、3月が最もつらく、4月、次年度へも続いてしまうかたちとなった。

2001年生まれ巳年、年男にして人生初の厄年の自分だが、厄年の重たさを身をもって体感している。

 

何故、私生活の欄で仕事の話から始めたかと言うと、仕事の負荷が私生活にそのまま反映されるためである。

昨年までは洗濯物もそこまでためず、洗い物についてはすぐに洗うということを励行できていたが今年度に入ってから貯めがちになってきている。また、自炊についても平日行うなんてことは到底不可能で何とか日曜日に作り置きしたものを週の頭に食べるくらいのもので、基本は土日に業務スーパーの弁当を買いだめしてそれを食べている(夕食も含め平日は慎ましい。)

 

人は追い詰められるとまず、私生活に影響が出る。私生活も人によって要素は様々であある。自分の友人は物が食べれなくなると言い、他の友人は寝れなくなると話していた。

そして自分の場合は部屋の整理整頓に影響が出る。前者の友人が言っていた食に関しては幸いなかったが、後者の友人が言っていた睡眠という観点は自分も体感することは多々ある。社会人になってから寝ても覚めても頭に仕事、仕事がノイズとしてこびりついている日々ではある、夢にも出てくるし寝つきも悪くなる。自分が割り切りが上手くできていないという点もあるが、それなりに負荷はかかる。

 

また、食に関してもそうで、例えば自分が土日に日本酒を楽しむために作ったにつけの残りを平日に食べても響くことが無い。むしろ平日は弁当の脂っこいものの方が脳が快を示したり、平日お酒を飲むにしても良い日本酒やウイスキーなどではなく、安っぽい缶の方が身体に染みることもある。

良い時、ゆとりがある時には良いものを、擦り切れそうなときには堕落するような飲み方(産業革命時に社会問題となるまでに至った有名酒ジンと現代のカス酒ストゼロを合わせて飲む堕落酒はお気に入り←マネしないでください)を言った次第である。

 

精神衛生上の所から自分の趣味の楽しみ方のスタンスも変わってきてしまうということも感じた。他にももっとゆとりがあり、腰を据えることができるのであれば本当に読みたい本やノベルゲーに手を出すこともできるが仕事をしているとそれが適わない、読めてビジネス書や新書であったり、ノベルゲーも短編ものであったりもする。

 

自己の環境によって趣味や私生活も変容する。

 

気を付けていることとすれば仕事が基本会社の中で行っている分、休日は土日のどちらかは必ず外に出るようにしている(これが読書やのべるげー趣味をあまり出来なくなった一端でもあるのだが。)

外に出て季節の移ろいや花鳥風月を愛でる、これを行うことこそが現代においても人らしく生きることの支えとなると確信している。今日は桜と菜の花を見に行った。

 

 

 

 

 

 

まとめ・今後の社会人生活について

そろそろ書く体力も衰えてきたため、まとめに入る。

 

働き方ということについてこの一年を踏まえ、今後のことについて考える。

まず、管理者との飲み会で気づいたこと。

 

全員5人管理者がバツイチであった(衝撃の事実)

各々の事情、相性など他の原因もあるとは思うが、管理職の全員がバツイチと考えると共通事項であるこの会社、働き方に自然と目が向いてしまう。

また、大体会社の飲み会、2,3次・・・オールまでいるのも管理職である。そこの世代のパワフルさは確かに目を見張るものがった。

 

ここで成り上がるのには何か犠牲にしなければならないのか、そう感じた。

 

 

私自身この1年で2度ほど感じている。

まず、何より私も社会人になって別れた経験があるという点が一つ。社会人一年目ということで過度に会社を慮り、予定を優先させるなどしてしまったこともあり失うこととなった、異常独身男性となる()

2回目は後輩の大学の卒業式の祝いに出向けなかったこと、晴れの日の舞台を現地で祝うことができなかったことにある。

先ほどお世話になった人などに対する還元、という言葉があったがそれはお金についての話題である。もしかすれば、お金なんかよりもきちんと面と向かい合って思いを伝える、それをすべきであるにもかかわらず出来ないために変わりの行いをしているにすぎないやもしれない。

事実、3月の末の平日、先週は多忙に多忙を極め、休む間もなかったのは違いない。

ただし、こういった私的な大切なイベントも横目に仕事に向かわなければならないことがあるのを考えると雇われの身というのはつくづく難儀なものであると感じた。

それこそ今の自分にとっては捕らぬ狸の皮算用だが、今後のライフイベント、子供の学校の行事など仮にあったとして、やらなければならない仕事があった場合、自分はどのような行動をとるであろうか。

今回のことを鑑みるに自分は仕事に行ってしまうような気がする、それをすれば仕事では評価され、上がれるやもしれないが、失うものもあるかもしれない。

管理者の飲み会を聞いていてそんなことをふと思った。

 

また、私は一年間一人暮らしを続けたわけだが、一生を考えると一人を続けるのは難しいとも実感した。

私の人生観のポリシーがハンス・ヨナスの責任論や三島由紀夫の人は「自分のためだけに活きられるほど強くはない」と言っているのに拠るような考え方をしているため、そこをふまえると一人を続けるには限界がある。

趣味にしてもそうで、一人で趣味をやって満足する、100点が出せるのは凡そ当たり前でそれだけでは満足できなくなってきている。周りとの共有こそが喜びの対象となっている(お酒とかは特にそうで、ある程度いいお酒は飲んだため、どちらかと言えばそれを教習したいという欲求に最近シフトしつつある。)

以上のようなところで、このまま一人でいるといずれおかしくなるのではないかと焦燥感を24歳にして感じつつある。(そも、社会人1年目の時から実家に帰った沖の開口一番の親からの言葉がその手の話題だったことも忘れ難い。)

 

ただし、仕事は仕事でやらなければ気が済まない性質であるため、これもまた両立することが難しそうである。正直なところ今の仕事を一生続けるかはわからない。同じ会社兄続けるにしても特に今ついている職種をずっと続ける気は自分としても毛頭ない。

とりあえず沼津と言う土地に住まわせてもらってはいるし、会社の人間関係はそれなりに良好なため、真っ向からやり続けてはいるが・・・という次第である。

 

まとめと言いつつまとまらない話題になってしまった。

自分の生き方について色々と思案中のこのごろである、最近は擦り切れているので包容力を魅力に感じるようにもなってきた。

最早、何を書いてるかもわからないのでこのあたりで締めよう、明日の月曜日対する憂いは社会人になってからつき物である。

そう、明日は月曜日。

 

 

 

 

 

 

『新年のご挨拶・簡潔に2024年の振り返りも併せて』

お久しぶりです、チート部長です。

 

大変遅ればせながらで恐縮ですが、新年あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願い致します。

 

2024年の振り返りのブログも書かないままに2025年の挨拶を書き始めてしまいました。今年について記す前に簡単に昨年について頭から終わりまで振り返ろうと思います。

 

 

 

 

 

 

2024年の振り返り

1月秩父旅行・三峰神社参拝、奇しくもFateの年末特集で三峯神社が出てきており聖地巡礼となる。神社で日本酒は定番だが、三峯神社はオオカミと縁のある神社ということでスコッチウイスキー「ウルフバーン」と提携して限定物を出している、それを購入したが未だに開けていない。

 

2月:上旬はお酒好きの大学の友人と関西旅行、京都、少し大阪、神戸のFate/stay night聖地巡礼を行う。中旬は大学のサークルのメンバーと長野でスキー。下旬は正月の石川県能登の災害を受け、ボランティアに行く。珠洲市穴水町で今までは日帰りのボランティアだったところ、奥能登のベースキャンプができ、第一号の宿泊のボランティアとして現地で活動を行った。

 

3月:大学の〆、卒業旅行としてイギリスに行き、ロンドン、スコットランドアイラ島、そしてアーサー王が眠る地とされるグラストンベリーは一人で行き1日過ごすなど大きな旅行を行った。さまざまなことがあった大学時代を振り返りつつ卒業(大学時代の振り返りのブログは既に作成済み。)

 

4月:社会人となり、研修もそこそこに終えて4月下旬には配属。全国ということで北海道から沖縄までどこに行くか分からない中、静岡東部、沼津の配属となる。初めて沼津に来た時に見た千本松原の景色、抱いた感情は今でも覚えている。右手に広大な駿河湾、左手には4月ということでまだ白雪を頭に載せた富士がそびえたっていた。

 

5月:GWには高校時代の親友が沼津に来る、親友は沼津をいたく気に入ってくれたようで2024年に三回も沼津に来てくれることとなった。また、人生初の一人暮らしとなる地、静岡の各署を自転車で回る。白糸の滝や山梨県まで足を延ばし山中湖間でサイクリングを行う。一方で、仕事は分からないことだらけで、度々ミスをした覚えがある。

 

6月:三島、韮山、内浦、函南など比較的近い場所をサイクリングで開拓し始める。お酒隙の大学の後輩が来て沼津の自宅で酒盛りをする。

 

7月:沼津の花火大会を見る、今思えば永らく続くようなものでもなく儚いものであったが一時的に華を得ることとなる。

 

8月:お盆を活用し酒隙の後輩と北陸(富山・新潟)で旅行を行う。富山は三郎丸蒸留所、黒部ダム、新潟は佐渡島に行き、旅の〆の一日は越後湯沢温泉川端康成ゆかりの旅館に泊まり、仕事から離れた優雅な一時を過ごす。

 

9月:研修時代に同じチームだった同僚がアポもなく沼津に来る、今思えば断れば良かったかもしれないが、上司からの誘いはもちろんのこと、同僚の誘いなど会社の付き合いは極力、というより絶対に断らないということを信条にしていたため迎えて一緒に観光を行う。また、またもや酒好きの友人と3連休を活用して愛知旅行、知多半島や名古屋を巡る。

 

10月西伊豆沿いを走る己が限界を知りたいと思い、戸田を超え土肥まで自転車で行く、なんとか日帰りで帰って来る。西伊豆沿いの海岸の景色は今でも忘れられない、写真も多くデータとして手元にある。また、私がFate/stay nightの20周年オーケストラのheven's feelの方に当選し、現地で音楽を聴くことができた。

 

11月:おおよそ仕事の流れをつかみ、仕事の濃淡の出来は当然あれど一担当者として全般的な仕事を任されるようになる、業務の負荷もおおむね一人前に近くなる。その他私生活では沼津に同時期に来て初めての一人暮らし、新社会人生活を送っている津島善子ちゃん推しのラブラーバ―FFと出会い仲良くさせて頂く。沼津初のオフ会。また、大学時代のサークルのメンバーも3人来てくれてか最大の人数の4名を家に泊めた。

 

12月:とにかく仕事に忙殺される。師走と呼ばれる所以を社会人になってから身をもって思い知る。

 

ざっくり上記にまとめてみた。やはり、大学時代最後の〆の1-3月は大きな出来事が多い。それこそ本来時間があるのであればそれぞれのトピックスをきちんと一つの記事として書き上げたいほどだ。写真も大量のデータがあり、正直なところ管理できていない。社会人になってからというもの増えていく一方である。

4月以降は仕事にもまれながらも新天地沼津、静岡の良さを満喫した生活を送っていた。今までの学生時代の友人らが遠方の地となってもこんなにも来てくれることに対する感謝の気持ちでいっぱいである。それと同時に、沼津で新たな人間関係も築くことができた。

小さなことを取り上げるのであれば今まで一人暮らしをしていなかった人間が休日に自炊をし、生魚を捌くようになって年間で5,6匹くらい調理するなど小ネタエピソードもあるがそれはある程度日々のXの投稿でおこなっているため割愛する。

 

では、2025年、巳年、2001年生まれということで年男にして厄年になるわけだが今年をどのように過ごしていくかを自分の戒め、決意表明の意味も込めて記事に記していく。

今年の抱負として、仕事、趣味(ノベルゲー・エ▢ゲ)、お酒(健康?)の三点を題材としてそれぞれについて述べる。

 

 

今年の抱負

 

 

その1仕事:人間関係構築や実務の定着から具体的なスキルアップへと進む

先ほど記したように初めの一年は「会社の人間からの誘いは断らない」ということをモットーにしてきた。予定されている飲み会はもちろんのこと、当日の誘いの突発的な飲み会にも二つ返事で参加、二次会などもついていった。誘っていただけるだけで御の字であり、ましてや金銭的な負担分と言ったらかなり軽くして頂いているので良くしてもらっているという前提の下、自分も積極的にそういった場に出ることを意識した。

そのおかげもあってか、交流自体は多くできたと思う、特に飲み会に誘っていただく方々が管理職の方のため、会社で上に立って働く人たちがどのようなことを考えて仕事をしているか、部署の部下に対してどのような印象を持っているかも聞くことができた。いい話だけではなく、○○さんが困りもの、などの話もあったため、こういった場で悪い意味で名前が出ないようにしたいものだと強く感じた。その話を聞いていた時は回っていた酔いもハッと覚めるほどであった。

管理職の中でも人によってスタンスが違い、毛色は様々で自分の直属のチームのリーダーの人は決まって飲み会で仕事の話しかしない、その上毎回自分は説教を食らっていた。飲み会の負担分を軽くして頂いている身のため大それたことは言えないが、スーツのズボンの膝の上あたりを舌で握りしめたこともあった。今年こそは少しは成長して自分なりに上手く働いていきたいものである。

前述が長くなってしまったが、人間関係の付き合いは概ねうまくいくようにした上手く付き合えているとそうでない場合、プラスマイナスに振れることは多々あるがこれは常に付きまとうものなのでなるようにやっていくしかない。実務についても日々業務中は忙殺されているがその仕事に触れる中でやり方や内容を学ぶようにした。

では、今年何を目標とし取り組んでいくのか。それは資格である。実務に結びつく資格もあれば、そうでない資格もあるがどれも往々にして昇進の要件とされているものが少なくない。資格については一年目は最低限のものしか取っておらず、その他は日々の仕事と静岡という土地を満喫する時間に全振りをしていた。

仮に仕事ができるようになったとしても要件となる資格を取得していなければ昇進することもできない、そもそも土俵に上がることができないという点で資格取得は逃れられない課題である。ただでさえ、日々の業務が多い中、資格を取得するには土日も削らなければならないとは思うがこれは仕方のないことである。 

正直なところ、この新卒で入った会社に一生骨を埋めたいかと考えると判断に迷うところは大きい。この会社で取得した資格について他業種で活かせるかと問われると九割方が役に立たないものだと断定できる。

それでは何故、今年の目標として資格取得を掲げるのか、それは一種昇進というものを義務的なもとと捉えているためである。私という人間が今まで高校時代、大学時代の部活では部長、会長という役職に就いていたことも大きい。意外と人というものはその役職に就くとそれ相応にならねばならないと奮起するものであり、肩書の後から実績が追いついてくることも少なくない。(通常であれば、実績が認められ、昇進するという段取りだとは思うが)そこで、ひとまず資格を取得して昇進の要件を満たし、ひょんなことで上に上がれたとすれば自分という人間の成長につながるのではないか、○○という立場に相応しい人間として勤務するようより励むようになれると考えている。

実際、管理職の人に話を聞くと残業代もつかなければ、この前の正月は通常の出勤日は月曜日、6日の出勤のところ、全員が6日に出勤しては長期連休にたまった仕事が立ち行かなくなるため、仕事の分配だけでも先に決めておこうと管理職は5日に休日出勤をしたらしい、これもサービスである。こういった話を聞くと非常に世知辛く多くの労働者が昇進を望まなくなるというのも合点がいく、それが正しいという判断とさえ言える。

その上で私はひとまず昇進を目指す。それは今までの自分の経験と、あとは最近後ろにつなぐということを強く意識するようになったためである。大学時代の部活の存亡の危機に瀕した際にそれを始めて実感したが、社会人になって一人暮らしを始めるようになってそれを考えるようになった。会社で言えばもし今後長く働くのであれば、次に来た世代の人たちに恥ずかしく思われないような働きぶり、存在になっていたい。自分のことはもちろん、その他の人にも目を配れるようにもなりたい。そういった意図に基づく。

なお、これは私の悪い癖で個別具体的な仕事からではなく思想信条から大層な物言いをしてしまうため、上記のような大仰な展望を書いてしまった。仕事については守秘義務もあるためそもそも具体的に記すことが喜ばしくなく、それ故の制限で抽象的にな話になってしまったという要素もあるが。

本音を言えばやめたいと思ったことや〇ソみたいな仕事だと思ったことなど昨年で何度もあった。この仕事向いてないと言われることさえあった。(そんなことは恐らく自分が一番自覚している)

それでも、昨年頑張ってこれたのはせめて社内の人に良くしていただけたことと何より沼津土地が好きだから、これに尽きる。新卒の就活でこの会社入って正解だったかと問われるとやや疑問符も残るが、少なくとも私の人生において沼津に住まうというきっかけを与えてくれたことに関しては感謝してもしきれない、入ってよかったと感じる。

個別具体的な話の内容について聞きたい人はぜひ沼津のわが家へいらしてください。話せる範囲で美酒と美食を準備してお待ちしていますので歓談しましょう。

 

 

その2:趣味・特にノベル(エ▢ゲ)ゲーム

現在仲良くさせて頂いているFFの方々は多種多様で、界隈の指定はなく長く仲良くさせて頂いてる方と絡むことが多い。その中でもやはり外せないのは大学時代からの付き合いでよくして頂いているノベルゲー界隈、リプを頂くのもそこつながりの方が最も多い。

そんな界隈にいる(?)わけですが、当の本人は何と昨年度ノベルゲームを一作もやっていないというこの体たらく。大学時代の〆の三ヵ月は各地を飛び回り、社会人になっては仕事中はパソコンと向き合うのが常のため、休みの日は身体を動かさなければおかしくなりそうだったということと新天地を開拓したいということで家で行う趣味を碌にできていなかった。

仕事でずっと籠っているとただ忙殺されるばかりで月日の流れや四季の移ろいを満足に感じることもできない、それは耐え難かったために土日には出かけてしまっていた。仮に雨の日で天候がすぐれないときでも読書に時間を割くことの方が多かったように思える、読む本も大量にある。ソシャゲもろくにやっていない。

そういった訳もあり、今年こそ何か一作はやっておきたい。本当にやりたいものを挙げるのであれば枕の名作『サクラノ刻』やInnocent Greyの『殻ノ少女虚ノ少女・天ノ少女』、私がこよなく愛する型月の『魔法使いの夜』をやりたいものだが、どれも長めの作品、暫くノベルゲーに触れていなかった自分がプレイする作品としては重すぎるのではないかと危惧もしている状況。何とも踏ん切りがつかない。そこで何か、ノベルゲーの復帰のリハビリ(?)になるような短編で面白い作品があればと探している最中になる。

 

 

その3お酒(健康?):ほどほどに済ませる

昨年度は旅行を多くしたこともあってかなりお酒にお金を使った。社会人になってからも三郎丸蒸留所で三郎丸 THE EMPERORを買い、その他沼津の酒屋でアイラ島の新たな蒸留所アードナッホーのファーストリリース、静岡県の井川蒸留所のファーストリリースを購入してしまった。

後はウイスキーについては一本、今までにないくらいの高価な買い物をする予定だが、それが済んだら暫くは買わないつもりである。

また、日本酒については友人から送られたものが大量に手元にあるためそちらを飲まねばならない。

いずれにせよほどほどに付き合えればと思っている。旅行をしてしまったら買うのは仕方がない(?)が、極力酒屋で何か高いものを購入するといったことは控える予定である。現状健康にはそこまで影響はなし、体重も学生時代と変わらず55キロを維持してはいるがこの先どうなるかはわからない、気を付けよう。

 

 

 

まとめ

久しぶりにブログを書いたがどのような調子で記述していたか感覚をよく思い出せないままに完成してしまった。時間もあまりないので本来であれば読み返し推敲すべきところ、一発書きで流れで書いたものをそのまま載せてしまう。

しかし、どうにも自分は物を考えたことを書きたいという欲求があるせいでそれもあってノベルゲーなどを進められていないところもある。大学時代は作品に触れて、それを頼りとしながら色々と書いたものだが、もはや自分が実際に見たこと、経験したこと、日頃考えたことを書きたい欲求の方が強まっている。殊に、仕事中は自分のいつものモノの考え方が抑圧され、仕事や会社の範疇内でしか頭を動かしていないが故に、それから離れた途端に自分であれこれと考え、書きたくもなってしまう。

そんなこの頃。

そんな自分ですが、本年もよろしくお願い致します。

 

沼津市貫山展望台にて