感想、独り語りです。

「Link!Like!ラブライブ!」
3Dアニメ 活動記録 ストーリー 第14話
+103期12月度Fes×LIVE
第15話 蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ
感想
ラブライブ優勝には至れなかったという挫折に対し、どのように各々が向き合い、蓮ノ空女学院として今後行動をしていくのかということを語ったエピソード。
フランクルの考える「人間の本質」、『夜と霧』に近しい考え方になるかもしれないが、厳しい時にも人となりはよく現れると考えている人間である。こういった挫折、苦難のエピソードは好みではある。暗く沈んだ夜を越えた黎明のような微かな希望、明かりが差し込むシナリオでしか感じられないものは確かに存在する。
して、今回も類に漏れず各々のキャラクターの人となりが良く出ていたエピソードではなかったであろうか。思うにこの15話を読んで自分の好きなキャラをより好きになったという方や、あるいは今まであまり目を向けては来なかったが、この子こんないい一面があるんだ!と新たな魅力に気づいた方などもいることだと思う。
私も時間が許すのであれば一人一人に対し言及し、そのキャラの人となりからスクールアイドルへの向き合い方、考え方など具に言及してみたいが時間も体力も僅かのため、ここは絞る。
スリーブブーケというユニット、ひいては推しである乙宗梢という少女についてである。
まず、一番最初にラブライブの大会というものがあっという間に終わってしまって現実をうまく受け止めきれていない、自分の心もどこでもやもやしているかも理解しきれていない花帆ちゃんから話が始まる。
花帆は部室に行き梢先輩と出会う。そこで上記のような花帆の気持ちを汲み取ったのであろうか、梢先輩はまず他の部員らの様子を見にいくという提案を行う。他者の向き合い方を通して少しずつ花帆の中でも現実認識を深めていき、自分の心の中を整理させてあげる、そんな効用がある行いであると感じた。相談に乗るというのは他者のためであるように見えて、その実は自分があれこれと考えて救われている、なんてことも少なくない(これをよく自分はしている)。相談に乗るというのは花帆にとっても救いの先駆けとなるものでもあり、もしかしたら梢先輩はいつもこのようにして自分の中でも色々なものに折り合いをつけているのかもしれないなんてことも考えたりもした。
また、その中で行われた花帆の「梢センパイは、なんだか、いつも通りですね。」という問いに対し、逡巡を見せたのも束の間、「私は、スクールアイドルの部長だもの。こんなときくらいしっかりしていなくちゃ。」というやり取りも良い。
この一瞬の逡巡の中に乙宗梢という一人の少女にも抱える思いがあったこと、ただ、それを面に出すことはなく、まずは目の前で不安げにしている後輩を励ましてあげる、部員らに目を向けるという先輩、部長としての立ち回りを全うしようとしていることが現れている。最初のこのシーンが最後の締めのシーンに繋がるのも味わい深い。
話を進めてメインの話に移る、スリーブブーケとしての最後のシーンである。
花帆の相談も終え見送った上で、梢先輩は一人部室に残り涙を流す。部長としてのみんなを前に向かせた後、乙宗梢という一人の少女、個人の願いが挫折したことに対しては折り合いがつかないところがあり、感情が溢れていたシーン。人というものはその立場で求められる言動と私的なものが必ずしも一致するとは限らない。部長としてのみんなを前に向かせるべく、自分も前向きな言葉をかけることと私的な自分が前を向けているかはまた別なのである。部長としての上記のような振る舞いをやり通したからかったこそ、誰にも見られないように一人涙を流していた。
そして、そこに偶然か必然か花帆が戻ってくる。
ここで花帆と一人の人間としての乙宗梢が邂逅することになる。それは先輩、後輩という括りを越えた、人間同士、生のままの感情の触れ合いである。
予想だにもしていなかった来訪者に驚きつつ、部長としての自分を取り直そうと「ごめんなさい、何でもないの。」「大丈夫だから、心配しないで」と返事をする梢先輩に対し、「私じゃ、だめですか。」と踏み込んだ花帆に全力で感謝と称賛を送りたい、ありがとう。梢先輩の「大丈夫」が危うげである、それこそ一年前のラブライブではそれもあって挑戦さえもできなかったことを鑑みるとここで花帆が踏み込んだことは大いなる意義がある、一年前と103期の違いを表す印象的なシーンとも言える。
梢が己が心境を吐露することで、花帆は梢という少女にとって「ラブライブ優勝」というものがどのようなものであったのかを本当の意味で知る。
そして、「━━優勝しましょう!」と花帆の方から呼びかける。
これは梢にとってどれだけ救いとなる言葉であったか、語り切ることはできない。ただ、スリーブブーケというユニットとして、花帆の「花咲く」と梢の「ラブライブ優勝」が連なるものになったのは間違いない。
そして、最後の最後に各々が夢を卯辰山公園の頂上で宣言し合う。そこで花帆の口から「ラブライブ優勝」という言葉が出て、その後に梢が花帆呼びをする。先輩後輩という関係を前提に、それ以上のものが紡がれたのが今回のエピソードであった。私的な梢という存在が他者へ開示されたと言っても過言ではない。
先に出した黎明的な意味合いを持つものがあるとするのならば、このシーンであった(シナリオ上の時間は夕焼けではあったが。時間軸の移ろいという点で言うと黎明と夕焼けは表裏一体とも言えるかもしれない)
まとめ
乙宗梢というキャラをより好きになったエピソードであった。
友人と以前蓮ノ空で言うと自分と友人が好きになるキャラは逆であったという話をしたことがあったのを思い出す。
自分は元来であれば小柄で背も低め、髪色なども銀髪、薄めのキャラを見た目では好きになる傾向がある。友人は歳上系のキャラを好きになる傾向がある。
ただ、蓮ノ空に関して言えば自分は乙宗梢、友人は大沢瑠璃野乃を好きになったため数奇なこともあると話していた。
ラブライブで国木田花丸を好きになったことも個人的には意外であったのだが、学生時代の自分の好みと今の自分の好みに違いが出始めたとは最近実感している。
そのキャラの在り方自体が自分に刺さるかどうか、ここが非常に大きい。
その点で言うと乙宗梢はドンピシャであった。
『be proud』を聴いて心酔させられ、シナリオを読んで自分がその歌から感じ取った乙宗梢という人間存在が確かであったと言うことを読み進めるごとにどんどん強く感じている。理解が深まってゆく。
今回の話で言うと「ラブライブ優勝」に拘るあの姿は自分には持ち得ていないものだと感じた。この点でいうとどちらかというとさやかちゃんの方が共感はある。自分の人生も成功と失敗で言うと後者の方が多い。その中でも抗うのが信条である。その結果としてのの現実は甘んじて受け入れると言うどこか現実主義的なところも、殊に最近自分の中で芽生えつつもある。
なるほど、梢先輩のように確固たる拘り、具体的な一つの試みのようなものは持てていないかもしれない。部長などの立ち振る舞い、自分に求められる責務的な部分は共感も多いが、彼女の目標に対するストイックさに関しては目を見張るものがあった。
何れにせよ、彼女の今後が楽しみである。既に卒業しているなんて事実到底信じられようもないが、自分が見ていないだけということに定期的に苛まれている。
ここまで苛まれるくらいに、あるいは久しぶりに文を書かせてくれるくらいに心を動かされたのはいつぶりであっただろうか。
私的な思索はわりとXでも、なんならブログでも記事として出したが、単体のコンテンツについて感想を書き出したのは社会人になって初かもしれない。
昔であれば、一人一人フォーカスし、言葉を紡ぎ続けて何万字になる、なんてこともあったのかもしれないが、ひとまず今回はこれくらいで。
ここまで熱量を与えてくれる、思い出させてくれる『蓮ノ空スクール女学院』、ひいては乙宗梢という存在に出会うことができたことに心から感謝している。
まとめと表題しつつかなり思ったことをあれやこれやと言い続ける芯のないものになってしまったが最後に一つ。このコンテンツに向き合うにあたっての自分の反省。
アイドル系の作品は歌とシナリオの結びつきがかなりある、これを結びつけて語ること、あと単純に曲について言及することと能が自分は低い。今回に関してもシナリオのみに言及したのみであって曲には一切触れず書き通してしまった。本来であればアイドル系の作品は彼女らが作品内で生み出す曲(作品)、その表現を受け止め、解釈しなければならないのであろうがそれができていない。
エロゲーもシナリオと曲の結びつきというのはよくあったが、その手のテーマは取り扱わずにただシナリオのみ書き続けていたので恐らく自分が不得手なのだと思う。これはどうにかしたい。
この一年、ラブライブサンシャインに始まり、直近の蓮ノ空にしても、自分に新たな門戸が開かれたのだなあと振り返って感じ入るばかりである。それこそアイドルアニメ系のライブなんて言ったこともなかった人間がここまでに至ったのだから。
この歳にして新たにハマれるものができたのは本当に貴重なことであったと思う、そこから生まれた人の縁も数えきれない。
とにかく感謝する他ない。
そこで言うと話を戻すと乙宗梢、梢先輩、本当にありがとうと感謝してもしきれない。
「内面化」するということは多々あれど、ここまで共感にいたったキャラというのは今までの人生を振り返ってもなかなかいない。
思うに、大学時代に乙宗梢に出会っていたらそれを軸に抗っていたであろうし今よりも増して気色悪い文書(大学時代に触れたものを酷使して)を書いていたのであろうなあとも思う。
それで言うとラブライブはその手のものでもないし今くらいがちょうどいい、いやより今以上にマイルドにする必要もある、事故の思想信条よりも曲に対する解像度を上げた方がより良いなんてことも思う。
以上、2025年度のブログ締めです。
皆様、良いお年をお過ごしください。
本年は大変お世話になりました、来年度もよろしくお願いいたします。


