天晴鈍ぞ孤の日めくり令和

ポラーノの広場片隅に散策と発言の場を見つけ、ランドナーの世界、音楽の響きを楽しむ…

2014年08月

混声合唱組曲【心の四季】に惹かれて

吉野弘さんの世界を知ってから、この合唱曲を知った。

未だ全容を知らないし、見えていない。

楽譜とCDを購入する予定である。

次回の出張時の空き時間まで、待つことになるだろう。

このような楽曲との出会いと展開は自分にとって初のことである。

指導者からの楽曲提示があってから、学びながらその良さを理解してきた。

今回は違う。

今までと違った楽しみ方になる。

吉野弘さんの詩と高田三郎さんの曲という結びつきに惹かれている。

自分は【水のいのち】で高田三郎さんを知った。

そのようなこともあり、憧れという表現に近いのではないかな。

お二人とも憧れ的というか人として尊敬する存在であるし、自分の中で生きている。

熱中して、試行錯誤し高めていくのは、

好きなことは時間をいとわないというものの、会社時間に拘束されると時間は限られてしまう。

思いとはかけ離れた状態で過ごしてしまう。

日常的な接近が無いと、相手も寄ってこないことはわかっている。

道具を使い、体を使う。

道具が体の一部になることが理想だが、そんなことにはならない。

ボールも手玉に取るように扱えることが、良い。

屋外でボール遊びをすると良いのだが、雨、夜、蚊等が邪魔をする。

ボールと自分の微妙な位置関係も、自分の感覚の中に消化する。

何と言っても、無心で振り切ること。

これができれば、満足。

いろいろ考えると、微妙に筋肉が硬直する。

実際の場面では、傾き、風、自然条件の中でプレーする。

そう、ゴルフだ。

自然の景観の中で、コースの中で最良のクラブを選んで狙った所めがけて単純にボールを打ち、穴に入れるだけ。

狙ったところに飛んでいくことは、まぐれ的な回数である。

いろんなショットが生まれるが、その分析はなかなか難しい。

分析が無いと、次につながらないことに。

ゴルフでもPDCAが求められる。

とにかく、楽しいものである。

年間数十回コースに出る人と一緒にコースを回ることがある。

自分のラウンド回数は相手の方に失礼になるような数回レベルなのだが、とにかく楽しき時間となる。

やめられない。

来訪者を歓迎する。

たまに見かけることがあるが、切り撮りはなかなかできなかった。

今朝の来訪者は、自分に馴染んでくれたようである。

マクロモードで撮った。

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アゲハ蝶にも種類があるのだろう。

白と黒しか無い。

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卵からこのような姿に成長することが、未だに信じられない。

セミも然り。

このような我が家への来訪者を歓迎する。

国家資格を取った。

運転免許証に次ぐ国家資格を取った。

今まで資格など何も無かったようなもの。

しかし、取ったと言っても2日間の講習を受け、最後の簡単な試験に合格しただけ。

防火管理者の資格を持つことが、必要となったのだ。

開講時に渡されたテキストは、厚みが2センチ近くあった。

年令的なこともあり、暗記的に覚える能力は激減している。

痴呆症の不安を抱えているような人間に、法律関係の学習は耐えられない。

そんな不安を抱えて、イヤイヤ参加したのだが何とかクリア。

試験結果を聞いたのだが、教えてもらえなかった。

模範解答も無し。

60点以上が合格とのこと。

100点のつもりで記入したのだが、解答結果がわからないとは。

又、今回の参加者に若い女性が多かったことに、驚く。

防火管理者に指名されるには、それなりの立場を要するのだが。

[怒り心頭]の後に吉野弘さんがやってくる。

自分は、単純な部類の象徴のような存在そのもの。

思慮深いところが、たぶん無い。

しかし、心頭の後に浮かんでくることがある。

お互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで

疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気付いているほうがいい

どこかできいた文言なのだ。

吉野弘さんの【祝婚歌】だ。

吉野弘さんは視点を変えてくれる。

生きていく上で、一方的に見てしまうと対立しか生まれないことになる。

言い争いだ。

このような心とつきあいながら、時が流れていく。

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