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「自転車の車輪の転がり抵抗について-1」はこちら

いわき応援ソング「いわき七浜の風」

 前記事では、いわき七浜海道サイクリングといわき観光について紹介した。今回は、いわき七浜海道サイクリングの経験を活かして作曲した、いわきの応援ソング「いわき七浜の風」について紹介する。

 

(1)「いわき七浜の風」

 まずは聞いてもらいたいと思う。同一歌詞で2曲あるので、それらを区別するため、「いわき七浜の風 U」「いわき七浜の風 V」と命名した2曲を以下に示す。

 これらの曲は、いわきの久之浜と勿来の関の間の海岸沿いの「いわき七浜海道」(主に防潮堤の上のサイクリングロード)でのサイクリングを歌っている。

 

 

 

 

(2)「いわき七浜の風 U、V」の歌詞

Verse1
朝焼けの色が    久之浜染めて
ペダルをこいで 走り出していく
気持ちよい風が    そっと吹いてる
今日のライドの    始まりさ

Chorus1
風に身を任せ 走っていこう
僕の胸が 熱くなってる
どこまでも続く 防潮堤の道
いわき七浜 風が吹いてる

Verse2
小名浜めざして 海沿いを行けば
気がつけばもう 腹ぺこさ
いわきららみゅう 一休み
海の幸を 食べて行こう

Chorus2
風に身を任せ 走っていこう
七つの浜を つないだ道
海にそびえる 塩屋崎
心が波に 溶けていく

Verse3
どこまでも続く この道を行く
みんなの願いを 乗せながら
寄せては返す 太平洋
優しい風が ささやいてる

Chorus3
風に身を任せ 走っていこう
いわき七浜 復興の道
やっと見えたよ 勿来の鳥居
いわき七浜 風が吹いてる

 

(3)曲の修正の経緯について

 作曲方法の概要については、前記事[1][2]で紹介したので、参照してほしい。

 今回は、作曲の修正経緯を分析したので、それについて紹介する。

 下表は、今回の歌詞の変遷を示している。まず最初に私が作成した原案は、左側の茶色列の1番だ。その原案の歌詞をChatGPTにインプットしてFolkSong調を指定して添削してもらった結果は、2番目(ピンク列)だ。このChatGPTが添削した歌詞は、作曲AI (sunoAI)にインプットする前に私が再修正した歌詞が3番目(橙色列)だ。この3番目(橙色列)の歌詞をsunoAIにインプットして出来た曲はA,B版の2曲ある。sunoAIは、同一歌詞で必ず2曲を作曲してくれるのだ。

 3(橙色列=A,B版)の曲が気に入らず、更に歌詞を修正して作曲したのが4(黄色列=C,D版)となる。このように修正・作曲する度に、下表の右側方向に進むことになり、各列の作曲で必ず2曲ずつ作曲されるため、それらの曲はA,B,C,Dというアルファベットで版数を識別している。

 このように、今回は、作曲された曲が気に入らず何回も修正を繰り返した結果、最終的には、一番右側の13番目の曲(U版、V版)となった。

 ちなみに、下表の歌詞に着色してある行は、最終版の歌詞がどの段階で生まれて、どの段階で修正されたかを示している。一方最終版(13列)の各行の色は、最終修正された段階の列の色を示している。例えば最終版(13列)の歌詞の最初の行はピンクだが、これは、2番目(ChatGPT)で修正された歌詞が最終採用されたことを示している。

いわき七浜の風 曲の修正経緯

 今回は収束するのに多数回の作曲が必要だった。その主な原因は以下の2つだ。特に(2)後半の曲調指定に苦労したことが一番大きい。

  (1)前半の1~4では、歌詞がしっくりせず修正した。

  (2)後半の5~13では、曲調が期待通りにならず、曲調チューニングを繰り返した。

 曲調指定は、sunoAIではstyleとして指定できるのだが、私は音楽知識があまりないので、styleを無指定にすることがある。それでもsunoAIはおまかせで作曲してくれる。

 しかしながら、今回の作曲では無指定だと伴奏がギターだけとか貧弱になった。一方Japanese Folk Songと指定すると昭和歌謡曲になってしまう。そこで無い知恵絞ってBalladを指定したら、Vocalが歌い上げてしまうため、合わない。

 結局、最終のU,V版ではJapaneseのない"Folk Song"と指定し、かつ"lonely traveller"と指定することにより、さすらいの旅人風の曲調になるようにsunoAIに指定したところ、何とか期待通りのフォークソング調になった。

(4)歌詞の修正について

 下表は、最終版(U,V版)の歌詞が、どの段階で生まれて、どの段階で最終の歌詞になったかの修正経緯を表す数字を示している。

 例えば、最初の行「朝焼けの色が ひさのはま染めて」の右側の"12"の意味は、1(原案)で生まれて、2(ChatGPT)で修正されて、最終的な歌詞となったということを示している。また2行目の「ペダルをこいで走り出していく」は"1234"と表示されているが、具体的には、以下の様に修正された。

 

1(原案):ペダルを 踏み出していく
2(ChatGPT):ペダルひとこぎで 胸が軽くなる
3(A,B版):ペダルひとこぎで 走り出していく
4(C,D版):ペダルをこいで 走り出していく

 

 下表の修正パターンを示す数字を集計すると、"123"が一番多く6行がこのパターンで修正されている。すなわち、1(原案)で発案された歌詞が2(ChatGPT)で修正されて、さらに3番目に私が再修正して最終形になったパターンだ。

最終のU,V版の歌詞の集成経緯

 

(5)背景動画について

 今回紹介した「いわき七浜の風」U版V版では、背景動画として、太平洋の波の動画を4本使った。実はそれら4本のうち、実写動画は1本のみで、残りの3本は、私の撮影した写真からPowerDirector365のAIが作成した動画だ。

 実写動画は塩屋埼灯台の上から撮影したので、高い位置からの撮影で、しかも実写なので手ぶれがある。

 一方のAI動画は、当然ではあるが手ぶれはないが、10秒間のみの動画なので、それ以上の時間の背景とする場合は、繰り返して表示する必要がある。実際にAIで作成した動画は、如何にもありそうな波に仕上がっており、品質は高いと思う。

 何とも便利な世の中だとは思うが、一方でAIの進展がどこまでいくのかと思うと少し怖い感じもする。

 

(6)終わりに

 今回は、期待する曲調の指定に苦労したため、多数回の作曲が必要になったが、この一つの要因は、sunoAIのくせを熟知していなかったことだ。もう一つの要因は、私の音楽知識の乏しさのため、曲調指定のためのボキャブラリィが貧弱で、適切な曲調指定出来なかったこともある。

 これらを反省材料として、次回はもっと手際よく作曲したいと思う。



参考文献

[1]2025/9/7当ブログ「風になる日 -サイクリストに捧げる応援歌-」

[2]2025/10/8当ブログ「「GoGoシルバー世代」 -シニアへの応援歌-」

 

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いわき七浜海道サイクリングといわき観光

 いわきの海岸線を守るために造成された防潮堤の上を走るサイクリング道路「いわき七浜海道」が2021年に全線開通したことを知って、前から走ってみたいと思っていた。ようやく先月(10月)に、北端の久之浜から南端の勿来の関までを往復サイクリングできたので、そのサイクリングといわき観光について紹介する。

 本記事は長文につき、お急ぎの方は以下の目次を利用して、興味あるところだけ閲覧頂ければと思う。

 

 

(1)サイクリングのきっかけ

 今回のサイクリングは、今年1月につくばで私の元職場の同窓会を開催するという案内がきっかけだった。どうせ、つくばに行くならば、前から行きたかった「いわき七浜海道サイクリング」も一緒に出来るぞという発想で、今回のサイクリングが決まったのだった。また、せっかくいわきに行くので、現在はいわきに住んでいる元職場の同僚夫婦にも会うことにした。

 

(2)いわき七浜海道を走ってみて

 いわき七浜海道のサイクングコースは、北端の久之浜から、南端の勿来の関までの53km(往復106km)だ。当日は北風が強く、「行きはヨイヨイ帰りは怖い」のパターンで、復路はこいでもこいでもスピードが出ず苦労した。

 また、いわき七浜海道コースは、主に防潮堤の上を走るのだが、部分的には一般道を走ることがある。特に国道を走る場合には、青の誘導ラインが消えてしまうので要注意だ。誘導ラインが消えた場合は、分岐点で誘導ラインが復活するまでの辛抱だ。

 

(3)いわき七浜海道サイクリング-往路

往路ルート(2025/11/19、BrytonActiveより)

 

スタート地点(久之浜防災緑地、8:49、0km)

 スタート地点は、大久川と小久川が合流する中州にあった。この中州には、以下に示すサイクリングルートマップもあるが、トイレはないので、サイクリングする場合は、セブンイレブン等で済ませておく方が良い。

 また、久之浜防災緑地の出発地点には駐車場がない。そのため、サイクリング道路を管理しているいわき市土木部(0246-22-7490)に電話で問合せたところ、いわき市久之浜大久保支所の駐車場に停めて良いとのことだったので、有り難く駐車させてもらった。

 

いわき七浜海道のマップ(久之浜防災緑地、8:53)

 

久之浜・波立海水浴場(9:00、4km)

 久之浜沿いの防潮堤の上を、追い風にのって快調に走った。ここは、遠くに弁天島を望むポイントだ。今回の自転車は、主にカジュアルライドで利用しているパナソニックODR6(2015)だ。

 また、道が分からない場合に備えて、スマホホルダーを利用してスマホにより適宜ルートチェックすることにした。



美空ひばり像(塩屋埼灯台駐車場、9:42、20km)

 この美空ひばり像は、スタート地点から約20km地点の塩屋崎灯台の駐車場にある。昭和の歌姫こと美空ひばりは、私は特に好きという訳ではないが、何か懐かしい感じがする。

 なお塩屋埼灯台への徒歩入口が駐車場の奥にあったのだが、私はそれに気づかずに、往路では塩屋埼灯台をスルーしてしまった。そのため復路でもう一度立ち寄ることにした。

 

みだれ髪」歌詞の石碑(塩屋埼灯台駐車場、9:45、20km)

 

マリンタワー(10:24、30km)

 マリンタワーは、塩屋埼灯台から10km程度のところにある。このマリンタワーに隣接する三崎公園にある潮見台は、景色が素晴らしいとの情報があり、復路で立ち寄るつもりだったが、私はマリンタワーではなく塩屋埼灯台の近くだと勘違いしたため、今回はスルーしてしまった。次回を期待しよう。

 

勿来海岸の鳥居(11:27、52km)

 想像していたよりも小さな鳥居だったが、勿来海岸の鳥居がぽつんと建っていた。ここから海岸を走る国道6号線から離れ、勿来の関に向かう。

 

勿来の関の門(11:28、52km)

 勿来の関に向かう山道の入り口に、この立派な門があった。右側に「勿来の関」と書いてある。ここから小高い丘の上にある「勿来の関公園」のゴール地点を目指す。

 

いわき七浜海道サイクリング 往路ゴールと復路スタート地点
(勿来の関公園、11:37、53km)

 勿来の関公園は、特筆すべきものは何もない。そのためトイレを済ませて早々に復路のスタートした。

(4)いわき七浜海道サイクリング-復路

復路ルート(2025/11/19、BrytonActiveより)

 

鮫川河口付近(12:17、約63km)

 勿来の関ゴール地点を折り返して約10km走行すると、鮫川左岸の海岸道路に出る。その河口付近に海鳥がいたので、思わず撮った写真だ。この辺りは豊かな自然を感じさせてくれる。

 

アクアマリンふくしまと小名浜マリンブリッジ(13:14、77.5km)

 道の駅「いわきララミュー」から望む、ガラス張りのアクアマリンふくしまと、小名浜マリンブリッジだ。両方の建築物が現代的な雰囲気を醸し出している。

 

まぐろの高木でランチ(13:25、77.5km)

 道の駅いわきララミューの「まぐろの高木」でランチした。店頭の食券売り場で、まぐろの山盛りが食べきれない気がして、どれを選べば良いか悩んでしまった。無難そうな海鮮丼を選んだが、実際に出てきたのは下の写真のとおり意外に小さい。ここは思い切ってまぐろの山盛りを頼んでも良かったかもしれない。

 

塩屋埼灯台から見た薄磯浜(14:58)

 実は往路サイクリング時も、この灯台の駐車場(ひばり像のある駐車場)に停まったが、この塩屋埼灯台に行く徒歩入口に気づかず、灯台をスルーしてしまった。

 この復路で再度駐車場に駐輪し、徒歩通路を登って塩屋埼灯台を見学した。300円必要だが、その価値はある。この灯台から、灯台北側の薄磯浜に打ち寄せる太平洋の荒波が一望できる。

 

塩屋埼灯台外観(15:01、86km)

 灯台見学を終えて撮った塩屋埼灯台外観だ。当日の天気は曇りだが、特に寒くなく長袖ジャージ一枚でちょうど良い感じだった。

 

奇跡のピアノ(15:34、86km)

 塩屋埼灯台近くのいわき震災伝承みらい館を見学した。

 下の写真は、東日本大震災当日に豊間中学校の卒業式で使われたピアノだ。卒業式の数時間後に東日本大震災で被災したが、いわき市のピアノ調律師の遠藤洋さんが半年かけて修復した。また2011年紅白歌合戦では、嵐の櫻井翔がこのピアノを弾いて「ふるさと」を歌った。

 遠藤さんはそれ以降、各地の被災したピアノを100台以上修理したとのことだ。地味ではあるが、被災したピアノの関係者に元気を届ける偉業だと思う。

 

いわき七浜海道サイクリング ゴール地点(久之浜防災緑地、16:46)

 復路は向かい風のため、スピードはせいぜい20km/h程度しか出せず苦戦した。とは言うものの、何とか明るいうちにゴール出来たのは上出来だったと思う。我ながら自分にGood Job!!

(5)走行まとめ

 北風の影響で往路と復路の平均移動速度がだいぶん違ったが、やむを得ない結果だ。また今回いわき七浜海道を実際に往復してみて、以下の2点の要改善点が分かったので、参考までに紹介する。

1)防潮堤の継ぎ目

 防潮堤の上を実際に走ってみると、防潮堤が複数のブロックで出来ているために、その継ぎ目の音や振動が少し気になった。中には1-2cmの段差のある継ぎ目もあるため、要注意だ。

 いわき市が防潮堤を発注する際、サイクリング道路で使用するため継ぎ目は3mm以下というような仕様提示はなかったと推測されるので、建設業者を責めるわけにもいかないが、出来れば改善してほしい点の一つだ。

2)サイクリングルートの案内掲示

 いわき七浜海道は、すべて防潮堤の上を走るわけではなく、県道や国道も一部走行することになる。特に国道を走行する場合には、案内のライン等がほとんど無くなってしまうため、これが正しいルートかどうか悩む場面が何回かあった。国道は国の管理下にあるため、福島県またはいわき市が勝手に案内表示するのは困難な事情があると思うが、何とか調整して国道6号線での案内表示を充実させてほしい。

 

走行まとめ(2025/10/19)

 

(6)旅行日程

 以下に、今回の旅行日程を示す。主に移動はマイカーのフリードを利用した。初日の10/18の昼間は、私の元職場の電機メーカーの研究所の同窓会に参加するため、つくば市に立ち寄った。その後、常磐道を移動していわき市のルートインに着いたのは20時頃だ。

 実は10/19(日)と10/20(月)のどちらの日程でサイクリングするか迷ったが、天候が10/19の方が良さそうだったので、10/19はサイクリング、10/20と10/21AMを観光とした。

 下表の黄色帯には、私が以前提案した輪行分類と記号表記を下表の黄色帯に示す[1]

 

旅行日程(2025/10/18~10/21)

 

(7)いわき観光(化石館ほるる、SRハワイアンズ、白水阿弥陀堂ほか)

 冒頭(1)でも述べたように、今回のいわき行きには、サイクリングと観光の他に、実はもう一つの目的があった。それはいわき市が住んでいる私の元職場の同僚夫妻に会うことだった。その同僚とは、時々メールを交わしているものの、10年以上会っていなかったが、10/20夕方にいわき駅近くの寿司屋で会って、久しぶりの旧交を温めることが出来た。

 一方、いわき観光は定番コースに近いと思うが、以下に写真とともに紹介する。

 

化石館ほるる(10/20)

 化石館ほるるは、元炭鉱跡地に建てられた施設で、炭鉱の掘削の様子が展示されている。写真は、昭和43年頃に稼働していたロードヘッダーという掘削機械で、掘削と積み込みを1台で行うスーパーマシンだ。

 なお、炭鉱の展示室が地下600mにあるかの如くエレベータでアナウンスされるが、実際には2Fから1Fの展示室に降りただけだった。

 

スパハワイアンリゾート(10/20)

 お昼のショー「ポリネシアンサンライトカーニバル」のSS席を事前予約して鑑賞した。私はプールで泳ぐことはせず、ショーだけを見る目的で行ったのだか、会場が温水プール近くにあり暖房が効いているために、着ていた上着等を脱ぐ等、着替える必要があった。

 ショーについては、私が期待しすぎたためと思うが、女性の踊りが少々パンチ不足と感じたが、男性の迫力のある火踊りもあり、全体的には楽しめるレベルだったと思う。

 ショー最後に踊り子と写真を撮る時間が設けられていたが、私は気恥ずかしいので辞退して、早々に退散した。

 

白水阿弥陀堂の浄土庭園(10/21)

 浄土庭園の池の向こう側に白水阿弥陀堂の屋根が見える。きれいな浄土庭園が印象的な阿弥陀堂だった。

 

草野心平記念文学館(10/21)

 草野心平記念文学館は、いわき駅から北に約10km離れたいわき市小川町の山間部にある。草野心平はカエルの詩人で知られている。内部は撮影禁止なので、外観を撮影した写真を示す。

 

証誠寺の狸囃子(野口雨情)(10/21)

 帰路の常磐道の中郷サービスエリアで、野口雨情の代表的な童謡が刻まれている石を見つけた。野口雨情は、現在の北茨城市の出身だったので、この中郷サービスエリアに記念する石碑を昭和63年に建てたとのこと。写真は、「証誠寺の狸囃子」の歌詞だ。

(8)終わりに

 今回のいわき七浜海道サイクリングは、サイクリングと観光の他に、つくばといわきで元職場の同僚と会うという目的も達成出来たので、自分としては大満足なサイクリング旅行となった。

 私の拙い文章を最後までお読みいただいた読者の方々には、深く感謝いたします。


参考文献

[1]2023/4/20当ブログ「 輪行の分類と、記号表記法の提案」

 

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「GoGoシルバー世代」 -シニアへの応援歌-

 先月のブログでは、私が初めて作曲したサイクリストへの応援歌「風になる日A,B」について紹介した。今回は、それに続いて作曲したシニアへの応援歌「GoGoシルバー世代」について紹介する。

 

(1)「GoGoシルバー世代」

 まずは聞いてもらいたいと思う。同一歌詞で2曲あるので、区別するために、「GoGoシルバー世代 C」「GoGoシルバー世代 F」と命名した2曲を以下に示す。

 

 

(2)「GoGoシルバー世代 CF」の歌詞

[Verse 1] 
一番怖い 健康診断
歳はとっても 心は若い
お金はなくても 時間はあるさ
いやなことは忘れて
今を楽しく生きていこう

[Chorus]  
さあ歌おう みんな一緒に
GoGoシルバー シルバー世代
限られた 人生だから
楽しく 生きるんだ

[Verse 2] 
歩いた道が 懐かしい
失敗だって 思いでさ
でも振り向かずに 明るくいこう
新しいことに ときめいて
前を向いて歩いていこう

[Chorus]  
さあ歌おう 声を合わせて
GoGoシルバー シルバー世代
限られた 人生だから
楽しく 生きるんだ

 

(3)作曲方法

 作曲方法は、前記事で説明した方法と同様だ。

 具体的には、まず作詞は、私が日頃感じている所感・アイデアをChatGPTにプロンプトとして数行入力して、作詞を依頼する。歌詞の気に入らない部分は、再度ChatGPTにコメントを入力して、気に入る歌詞になるように修正する。

 次にChatGPTとのやりとりで作成した歌詞をSunoPro(AIアプリ)に入力し、作曲する。出来あがった歌を聞いて、気に入らない歌詞の部分があれば修正する。その修正した歌詞をSunoProに入力して再度作曲する。このような修正プロセスを繰り返して行って、完成度を高めていく。

 最後の動画作成では、PowerDirector 365を利用して編集する。音声は、SunoProからダウンロードした音声ファイル(mp3ファイル)を利用する。一方の画像は、今回の応援歌に対応した画像が手元にないため、今回はイラストを利用した。イラストは、イラストACでダウンロード静止画ファイルを利用して、PowerDirector365で編集してミュージックビデオを完成させた。

 1)歌詞作成 ChatGPT
 2)作曲 Suno Pro
 3)動画作成 Power Director 365

 

(4)最後に

 自分がいざ高齢者になってみると、高齢者なりの大変さを感じることもあるが、くよくよせず、カラ元気でも良いので元気出すしかないのかなと思う。そんなことを歌ったのが、今回の応援歌だ。みなさまの感想はいかがでしたでしょうか?

 私はAI活用の作曲に面白さを感じているので、また機会があれば作曲したいと思う。

 

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石巻・気仙沼・松島観光(修正版)

 前回記事「ツール・ド・東北2025」に続いて、今回は石巻・気仙沼・松島の観光について書こうと思う。東北地方へは旅行は、1986年7月の白河関の里への会社旅行、また同年8月の気仙沼と磐梯五色ヶ原への家族旅行以来である。それから、米沢などに会社の出張で行くことは数回あったものの、東北への旅行としては、今回の旅行は39年ぶりとなった。

 

(1)旅行日程

 実は、今回の旅行開始前日に、ちょっとしたハプニングがあった。2025/9/11の15時頃に東京都にゲリラ豪雨が発生して、私の住んでいるマンションの立体駐車場の地下ピットが雨で冠水した。そのため、立体駐車場が故障してしまったのだ。幸いにして私の車は最上段だったため水没は免れたが、立体駐車場が故障したため、パレットを下げて私の車(フリード)を出庫することが出来なくなってしまった。今回の旅行は、フリードにロードバイク2台を搭載・移動する計画だったので、大ピンチだ。

 そこで、自家用車の代わりに急遽レンタカーを探したところ、運良くニッポンレンタカー武蔵小杉店で、ミニバン(シェンタ)を予約手配することが出来た。シェンタならば、2ndシートと3rdシートの両方を倒せば、ロードバイク2台と旅行バッグを余裕で搭載可能だ。ニッポンレンタカー武蔵小杉店には感謝!感謝!

 旅行日程を下表に示す。

 1日目(9/12)は、レンタカーのシェンタでの移動がメインとなる。シェンタでの移動は主に常磐高速道を利用して石巻河南ICまで移動した。16時頃ホテルに到着し、後から新幹線で来る妻と合流する19時までの3時間を使って、松島大森壮観という松島の展望台を観光することにした。

 2日目(9/13)の午前中は、翌日のツール・ド・東北の臨時駐車場となる石巻総合運動公園を下見した。午後は、気仙沼東日本大震災遺構・伝承館を見学した。

 3日目(9/14)は、前回記事で紹介したように、妻と私はツール・ド・東北でそれぞれ65kmと100kmのコースを完走した。

 4日目(9/15)午前中は、みやぎ東日本大震災津波伝承館を見学、午後は石森萬画館と隣接している教会を見学した。

 最終日(9/16)午前中は、観光船で松島観光を楽しんだ後、シェンタで帰宅した。

 下表の上段の黄色アミガケ部分は、私が以前提案した自転車の輪行分類による表記を示している。今回の輪行区分は、車を利用した単一拠点型だ。

 

旅行日程(2025/9/12~9/16)

 


(2)気仙沼東日本大震災津波伝承館(9/13)

 以下の写真は、旧宮城県立気仙沼向洋高校の門だ。向こうに見えるのが、旧校舎で現在は津波伝承館となっている。なお現在の向洋高校は、ここから約2kmの距離に建っている。

旧宮城県立気仙沼向洋高等学校の門

 

元CAD室(1F)

 めちゃくちゃになったCAD室だ。津波の破壊力はすざましい。


車の残骸(3F)

 圧巻は何と言っても、この3F教室に流れ着いた車の残骸だろう。津波は、車も軽々と持ち上げて移動させてしまう。津波というのは、普通の波ではなく、巨大な海そのものが攻めてきたという感覚の方が正しいと思う。

 

錆びたレターケース(4F)

 4Fにあった何気ないレターケースだ。この錆びている部分の高さ(25cm)から、津波の高さは約12mだったと推定されている。


(3)みやぎ東日本大震災津波伝承館(9/15)

 みやぎ東日本大震災津波伝承館は、石巻南浜津波復興祈念公園の中に建っている。この公園は石巻市の南浜地区(門脇町、南浜町、雲雀野町)にあって、南側は太平洋、東側は旧北上川に面しており、特に津波の影響を受けた地区だ。

 東日本大震災による石巻市の犠牲者4000人のうち、この南浜地区では500人以上の犠牲者があり、犠牲者が特に多かったとのことだ。またこの南浜地区は、津波に加えて火災や地盤沈下などの被害が大きかったため、このような公園として整備されたという。

みやぎ東日本大震災津波伝承館


門脇保育園跡地

 上述のみやぎ東日本大震災津波伝承館の近くに、門脇保育園跡地がある。ここには、大震災当時に50人の幼児がいて、そのうち30人は親が引き取りに来た。残り20人の幼児は、0歳児はおんぶ、1-2歳児は避難車、3歳児からは走って、1.8km離れた山の上の石巻保育所に職員と共に避難し、全員無事だったという。日頃から毎月自主的に避難訓練していた、まじめな東北人だから出来た快挙だと思う。[1][2][3]

 

(4)石森萬画館(9/15)

 石森萬画館と旧ハリストス正教会教会堂は、旧北上川の中州に建っている。実は石森章太郎は石巻近郊の登米市出身なのだが、1995年に当時の石巻市長と対談した中で、第2の故郷の石巻の活性化を目的とした「マンガランド構想」が誕生し、その結果として2001年に石森萬画館がオープンしたという。[4]

石森萬画館の外観

 

サイボーグ009

 若い世代は仮面ライダーかもしれないが、私の世代は何と言っても「サイボーグ009」だ。この「009」の他、石森萬画館の玄関にジェットリンク(002)が飾られていた。

 

(5)松島

 初日(9/12)に行った松島は、大森壮観と呼ばれている展望台で東側の高台から西側に向かって松島を一望できる展望台だ。夕日の景色を期待して9/12夕方に訪れたのだが、あいにく当日は曇りだったので、残念ながら夕日の松島は見れなかった。

 写真3枚の合成写真を以下に示す。

大森壮観からの松島(9/12)


  もう一つの松島は、観光船からみた松島だ。最終日(9/16)に乗船した観光船からは、一つ一つの島をつぶさに見ることが出来た。以下に、鐘島と仁王島の写真を示す。鐘島は4つの洞窟すべての向こう側が見える瞬間を狙って撮影した。

鐘島(9/16)

仁王島(9/16)

 仁王島は、松島を代表する島とのこと。ちょっぴり可愛らしい印象だ。

 

(6)ルートイン石巻河南IC

 最後に、今回4泊したルートイン石巻河南ICを紹介する。この郊外型ホテルは、スタート地点の専修大学に近いという理由で選んだが、それ以外に夕食や買い物にも大変便利だった。

 郊外型ホテルの弱点は、田んぼの真ん中にポツンと建っているホテルだと、何をするにも車を起動して数km走って用を足す必要が生ずる。しかし今回のルートイン石巻河南ICでは、ホテルに近接した郊外型レストラン2軒とDIYセンターとスポーツショップと大型電気店があり、さらに1km以内の徒歩圏に拡げるとさらに多数の郊外店があり、大概の買い物や夕食は歩いても行くことが出来て、大変便利だった。

 

ルートイン石巻河南ICの近傍マップ(Googleマップより)

 

ルートイン石巻河南IC外観(公式HPより)


(7)終わりに

 今回の観光で一番印象的だったのは、何と言っても気仙沼および石巻の津波伝承館だ。

 特に気仙沼の津波伝承館では津波の破壊力のすさまじさをまざまざと実感させられた。一方の石巻では、旧門脇保育園において、まじめに毎月の自主避難訓練を行っていた保育士の方々が、大震災時で預かっていた園児20人の命を救ったというエピソードには、大変感銘を受けた。2km先の保育園への園児を連れての避難訓練は、かなり苦労すると思うが、それを毎月継続した保育士の方々の忍耐と情熱とまじめさには、深く敬意を表する。

 今後は、今回の石巻旅行を皮切りに、いろいろな東北地方を旅したいと思う。

 

修正履歴

2025/11/13 旅行日程表の記号表記の誤りを修正しました。


参考文献
[1]2014/10 後藤洋三「石巻市門脇・南浜地区の事業所と住民の津波避難行動」土木学会第34回地震工学研究発表会講演論文集

[2]2022/9/4 保育安全のかたち「アーカイブ:「焦点/保育所、津波襲来で明暗/犠牲少なく…」

[3]石巻南浜津波復興祈念公園HPの英語ページ"Former Kadonowaki Nursery School"

[4]石森萬画館ホームページ「萬画館について」

 

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ツール・ド・東北2025

 本記事では、今月参加した「ツール・ド・東北2025」について、紹介しようと思う。今回のツール・ド・東北2025は、妻も一緒に夫婦で参加したのだが、せっかくなので石巻周辺と気仙沼近くまでを観光した。それらの観光については、次回の記事で紹介したい。

 

(1)はじめに

 これまで私が走破した都道府県は、東京以西の都道府県がほとんどだったが、前記事で紹介したように、全国の全都道府県走破を目指すことにしたので、東京から見て北東方向、すなわち東北地方の宮城県を初めて走ることにした。

 ツール・ド・東北2025は、東日本大震災後の東北地方を応援するために、2013年から始まったサイクルイベントで今回が12回目とのことだ。応援ライダーと一般ライダーの募集枠があるが、東北応援の気持ちを込めて、妻と共に応援ライダー枠で参加することにした。

 

(2)ツール・ド・東北のコース

 私が走ったのは、北上フォンド100kmのコースだ。190kmの気仙沼大谷海岸フォンドもあるが、年齢を考慮してあまり無理しないことにした。

 今回妻は、新規購入したロードバイク(メリダScultura RIM400、フレームサイズ38cm)で参加した。小柄な日本女性に適したロードバイクの選択枝が少ないので、女性向けロードバイク購入に苦労した。私の妻向けロードバイクを色々と検討した結果、有力候補は、メリダSculturaとジャイアントのLiv Avail(XXSサイズ)の2機種だけだった。日本のサイクリスト人口を増やすには、もっと女性向けのロードバイクを提供する必要があると痛感した。それはともかく、妻は、この新しいロードバイクで女川・雄勝フォンド65kmを快適に走れたとのことだ。

 以下に、私が走行した北上フォンドコースをグーグルマップで示す。妻の走る女川・雄勝フォンドのコースは、北東に向かう「3神割崎AS」へのピストン区間がなく、女川・雄勝地方を一周するコースだ。

 各エイドは、この地方を代表する神割崎や雄勝などの観光名所に設置されていて、ほぼ20km間隔で設置されている。しかし最終の北上AS(69km)からゴールまでは、30kmと距離が長い。そのため、途中のファミマ河北店(89km)を自主休憩地点とした。

 また、我々が宿泊したルートイン河南ICは、スタート地点の専修大学に近く、また周辺にレストラン等の店も多いので大変便利だった。


(3)ツール・ド・東北2025を走ってみて

 サイクリング当日(2025/9/14)は、曇り時々晴で西風が強かった(~10km/h)ので、最初は順調だったが、後半の北上川を西に向かって走るルートは向かい風に苦労した。一方、獲得標高は800m程度と小さく、特に大きな問題は無かった。

 以下にSTRAVAによる実走マップと、ライドの写真を示す。なお、一部の写真は、フォトクリエイトから購入した写真だ。

スタート前(7:08) 

 スタートは7時からのウェーブスタートだ。私は出走列の後方だったので、スタートまで40分以上待つことになった。

 しかしその間、隣にいた若いライダーと雑談したので、楽しい交流の時間となった。 彼は、埼玉県出身だが就職のため宮城県に移り住んだという。今回のようなサイクルイベントでは、共通趣味が自転車ということもあり、直ぐに親しくなって、楽しい雑談が出来るので、これもサイクルイベントの一つの醍醐味と思う。


スタート直後(0km、7:43)

 フォトクリエイト撮影のスタート直後の写真だ。この写真時刻は7:44だったが、正式なスタート時刻はサイクルコンピュータのデータを重視して7:43とした。

 

浦宿橋手前(9km、8:17)

 スタート地点と女川ASのちょうど中間あたりだ。後ろに見えているのは万石浦。女川ASまでは、風向きが追い風で順調に走ることが出来た。そのため、スタートの43分の遅れをかなり取り戻すことが出来た。

 

雄勝AS直前(37km、9:29)

 雄勝AS付近は、入り江と入り江の間の峠道を何度も越えていく海岸道路だ。この写真撮影時はVサインをする余裕があった。

 

新北上大橋(45km、10:08)

 この新北上大橋を渡れば、折り返し点までは15kmのピストン区間だ。北上川はとにかく広くて、一見すると湖のような川だ。

 

神割崎ASでの太鼓演奏(60km、10:56)

 折り返し点の神割崎ASでは、サーモンカレーが振る舞われたが、まだ11時でお腹が空いていないので、食べなかった。その代わりと言っては何だが、美事な太鼓演奏をしていたので、それを楽しむことにした。

 

北上川左岸(76km、12:25)

 河口付近の北上川は、とにかく雄大だ。この地点から、再び新北上大橋を渡って北上川沿いを10km程度走るのだが、向かい風が強くスピードが出ない。せいぜい20~25km/hをキープするのがやっとだ。

 

ゴール(99km、13:38)

 ゴール直後の写真。ゴール時刻は13:38だった。

 

(4)走行まとめ

 今回のライドは、平均移動速度(AMV)が20km/h以上を達成できて満足だ。獲得標高が846mの平坦基調のコースだったので、余裕をもって完走することが出来た。


走行まとめ(9/14、7:43~13:38)

 

 以下に「エイドまとめ」を示す。このエイドまとめは、事前に想定したエイド到着目標時刻(IN)と出発目標時刻(OUT)に対して、実績時刻を並べて表記している。また、実績時刻が目標よりも遅れている場合はピンク、早い場合には緑色でアミガケし、目標時刻との差異が10分未満とそれ以上では、色の濃さを変えている。

 このエイドまとめを見ると分かる様に、前半のスタートの遅れ43分は、前半で徐々に少なくなり、折り返し点の神割崎AS(60km)では、目標時刻との差異は10分未満となった。また、後半(北上AS~ゴール)に疲れて遅れることを想定した目標時刻に対して、実際にはそれほど遅れずに(区間速度=21.7km/h)走れたこともあり、1時間近く目標時刻よりも早くゴール出来た。

エイドまとめ(2025/9/14)

 

(5)最後に

 今回のツール・ド・東北は、私にとって初めての東北でのサイクルイベントとなった。応援ライダーとは名ばかりで、石巻のみなさまの暖かい声援ともてなしに励まされたライドだったと思う。今回のツール・ド・東北に関わったボランティアのみなさま、走行中に声援を下さったすべてのみなさまに、この場を借りて感謝いたします。ありがとうございました!

 

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風になる日 -サイクリストへ捧げる応援歌-

 8月下旬に、郷里の福井県越前市で高校の同窓会があり、久々に会った同窓生の一人が趣味でAIを利用して作曲をしているという。そこで、その同窓生にいろいろと作曲法を教えてもらって、自分でも作曲してみた。

 本記事では、私が生まれて初めて作曲した経緯と、全てのサイクリストへ捧げる応援歌「風になる日」について紹介しようと思う。

 

(1)同窓生の作曲方法

 上述した越前市の高校の同窓生の一人は、古城巡りが趣味だが、それを題材にしてAIで作曲してミュージックビデオを制作しているという。具体的には、以下のプロセスで作曲するという。

 1)歌詞作成(ChatGPT)
 2)作曲(Suno:ChatGPT作成のプロンプトで指示)
 3)静止画作成(Midjourney:ChatGPT作成のプロンプトで指示)
 4)短時間動画作成(Midjourney:ChatGPT作成のプロンプトで指示)
 5)動画編集・合成(Filmora)

 

(2)今回採用した作曲方法

 上述の作曲に凝っている同窓生は、多くの有料ツールを作曲しているため、かなり投資している。しかし私は全くの作曲初心者なので、有料ツールは最低限の利用で始めることにした。具体的には、以下のプロセスで作曲・ビデオ編集することにした。

 1)歌詞作成 ChatGPT(無料)
 2)作曲 Suno Pro(有料)
 3)動画作成 Power Director 365(有料)

 実は、3)Power Director365の動画作成がなくても、Suno Proは作曲結果のMP3ファイルや動画をエクスポートできるため、作曲だけが目的ならば、3)Power Director 365は不要だ。しかしながら、YouTubeなどに動画公開するには、Sunoからエクスポートされる動画では少々物足りない。そのため、Power Director 365という動画編集ツールを利用して、作曲したMP3ファイルからミュージックビデオを作成することにした。

 

(3)「風になる日」の歌詞

 以下にChatGPTを利用して作成した歌詞を掲載する。ChatGPTへの指示(「プロンプト」と言うらしい)は、「歌詞作成してほしい キーワードは、ロードバイク、風になる、どこまでも行く、きつい登り、あっという間の下り」と簡単なものだ。しかし、ChatGPTは、あっという間に気の利いた歌詞を出力してくれた。

 その後、ChatGPTが作成した歌詞を作曲AIであるSunoProに入力すると、数十秒で曲が出力される。その曲を私が聴いて、気に入らない歌詞があれば修正して、再度SunoProで作曲するという作業を繰り返した結果、以下に示す最終版の歌詞と曲が完成した。

 なお、SunoProは、必ず同一歌詞に対して2つ作曲するので、以下の最終版の同一歌詞に対して2つ作曲された。そのため、それぞれの曲を「風になる日A」「風になる日B」と名付けることにした。

 

「風になる日」

朝焼けの街を抜けて
ペダルを踏み出して行く
心がふわり軽くなる
ただ前だけを見てる

カーブの先に広がる
見たことない景色が呼んでる
「まだ行けるよ」って風が
ささやいてくる

風になるよ この瞬間
何もかも置き去りにして
きつい登りも 歯を食いしばって
あっという間のくだりへと
加速していく心
どこまでも行ける気がした

汗が流れて視界がにじむ
でも諦めるなんてない
坂の向こうに待ってる
あの日夢見た場所へ

風になるよ もう迷わない
昨日よりも遠くへ行ける
きつい登りも無心になって
あっという間のくだりで
自由になる心
どこまでも行くんだ 僕は行く

風になるよ この命が
続く限り走り続ける
マイペースだけど気にしないで
まだ見てない世界へ
風と共に行くんだ
どこまでも行くんだ 僕は行く

 

(4)ミュージックビデオの作成

 ミュージックビデオを作成するには、作曲した音声ファイル(MP3ファイル)の他に、映像ファイルが必要となる。そのための映像ファイルは、私がこれまで自転車で海外で走行した動画を利用することにした。

 「風になる日A」は、2018年に走行したケープタウンサイクルツアーの動画を利用して作成した。

 一方、「風になる日B」は、2010年に妻と走行したザルツカンマーグートの走行動画を利用して作成することにした。特に「風になる日B」の最後の部分は、映画「サウンド・オブ・ミュージック」に出てくる大佐の家の正門前で止まるカットになっているので注目してほしい。

 Power Director 365は初心者でも使いやすいツールだが、歌詞テキストを画面下方に挿入するのには、少しコツが必要だった。でも、何とか作成することが出来た。

 作成したミュージックビデオを、以下に紹介する。

 

(5)風になる日A@ケープタウンサイクルツアー2018

 

(6)風になる日B@ザルツカンマーグート

 

(7)まとめ

 今回AIの力を借りて、生まれて初めて作曲することが出来た。ド素人の私でも、それなりの曲が出来てしまうAIパワーはビックリするばかりだ。このようなAI時代の到来は、バラ色の未来の始まりか、はたまた人類滅亡の始まりか、私には分からないが、時代のターニングポイントを迎えていることは確かだと思う。

 また自分の独り言のような言葉を土台として実際の曲に仕上げていくワクワク感は、やみつきになる面白さがあるので、今後も続けていきたいと思う。

 

何気にコロナに初感染

 今回は、先月末に私がコロナに初感染したことについて書こうと思う。

 

(1)そもそもの始まり

 そもそもは、妻が海外旅行から帰ってきた7月22日から始まる。妻は帰りの飛行機で喉風邪になったと言って2~3日具合が悪かったのだが、私も7月26日(土)になると喉が痛くなって具合が悪くなってきた。その翌朝になっても37.3℃の微熱が続き、7月27日の夜には37.8℃まで体温が上昇した。

 

(2)コロナと判明

 当初は妻の風邪がうつったと軽く考えていたが、2日目の7月28日になっても微熱が続き、あまりよくならない。そこで念のため、手元にあったコロナとインフルエンザの検査キットで検査したところ、コロナ感染であることが判明した。

 以下に検査キットの判定結果を示す。COVID-19の検査窓のT位置にラインがあるので、コロナ感染であることが分かる。一方、インフルエンザは、AタイプBタイプとも陰性だった。

コロナ検査キットの判定結果

 

(3)体温と体調の推移
 私の体温と体調をまとめた図を以下に示す。回復基調となったのは3日目の朝からで、その後は微熱が出ることもあったが総じて体調は回復した。ちなみに、5日目(7月31日)午後には、バーチャルサイクリング(ZWIFT)で28km走れるまで回復した。

 

体温と体調の推移

 なお外出に関しては、大田区ホームページ[1]を参考にして、5日目までは他への感染を配慮して出来る限り外出を避け、6日~9日目はマスク着用で外出することにした。

 

(4)あれこれと考察

 幸いにして私のコロナ感染は、初回のコロナワクチン接種時に比べると、発熱も少なく、体調不良の期間も2日間程度と短かかったので、大事にならなかった。 今回の私のコロナ対応力は、これまでのコロナワクチン接種7回という積み重ねや、日頃のサイクリストとしての筋力トレーニングの効果と自負している。

 これまで私は、スーパーの買物前や外出後の手指消毒を徹底するなど、人一倍感染症対策してきたつもりだったが、今回は妻が感染してしまうという「トロイの木馬」的な攻撃にはなすすべもないことが分かった。このような、ある種の不可抗力的な感染は、珍しくないと思われる。

 また私はたまたまコロナ検査キットが手元にあったので、自主的に検査して原因がコロナと分かったが、特に自主検査もせず、コロナと認識せずにただの風邪と思って対応する事例も多いと推察された。

 

(5)最後に

 今回は検査キットが役に立ったので、今後に備えて、新規に検査キットを購入した。なお、今回購入した検査キットの使用期限は約1年と短いため、多量購入は避けて1個だけ購入することにした。

 

参考文献

[1]2025/4/9 大田区ホームページ「新型コロナウイルス感染症」