気になるモノのメモ帳

ちょっと気になった家電や日用品、セルフケアアイテムをメモ代わりにまとめています。「暮らしを整える」「不快を減らす」をテーマに、楽天・Amazonで見つけた話題のモノを中心にチェック。

ヒツジのいらない枕。合う人と合わない人が、たぶん最初から分かれる理由

ヒツジのいらない枕。
名前を見た瞬間、ちょっと引っかかりました。

いらないって、どういう意味なんだろう?
期待していいのか、構えたほうがいいのか。

レビューは多いし、評価も高い。
でも、賛否が分かれている感じも強いんですよね。

この手の商品って、
「良い」「合わない」がはっきり出やすい気がします。

じゃあ、自分はどっち側なんだろう。
そこを少しだけ考えてみたくなりました。

なぜ、この枕は意見が分かれるのか

○ 触った瞬間に分かるタイプかもしれない

ヒツジのいらない枕って、
いわゆる「ふわふわ系」とはかなり違います。

沈み込む感じは少なくて、
しっかり支えられている感覚が前に出ます。

ここで、もう好みが分かれそうですよね。

合いそうな人を想像してみる

○ 朝起きたときの感覚が気になる人

朝起きたとき、
首や肩に違和感が残ることってありませんか?

寝返りが多いとか、
夜中に無意識で動いている感覚がある人も・・・。

そういう人にとっては、
「支えられている感じ」が安心材料になるのかもしれません。

口コミでも、
最初は硬いと感じたけど、
慣れてくると楽だった、という声を見かけます。

この前提で考えるなら、
過度な期待も、不安も減ると思います。

形状や高さの感じは、
文章だけだとどうしても伝わりにくい部分があります。

商品ページで仕様を確認する

このあたりを見てから考えると、
自分なりに整理しやすい気がします。

結局、どう向き合うか

○ 合えば続ける、合わなければ次を探す

ヒツジのいらない枕は、
誰にでも合うものではないと思います。

無理に合わそうとしなくても、
合う人には自然にしっくりくるはずです。

 

朝の飲み物を、いつから考えなくなったんだろう?

朝のコーヒーについて書いたあと、

少しだけ引っかかりが残りました。

「惰性」という言葉は使ったけど、

本当は、そこまで否定的な気持ちでもなかった。

むしろ、

決まっていた、という感覚に近い。

朝の飲み物が「決まっている」状態について

○ 考えていない、というより意識に上がらない

朝はだいたい同じ流れ。

仕事に行く前で、時間も気持ちも落ち着いていない。

だから、

飲み物を選ぶ、という発想自体がない。

コーヒーか紅茶か、

というより、いつもの一杯。

選んでいないけど、

不満もない。

こういう状態、

他にも心当たりはありませんか?

習慣になると、楽しみはどこに行くんだろう?

○ 嫌いじゃないのに、味わってはいない

コーヒーが嫌いになったわけじゃない。

むしろ、ずっと飲んできた。

でも、

「楽しみか」と聞かれると、少し迷う。

忙しい朝。

飲み終わることが目的になっている。

習慣って、

続く代わりに、感情が薄くなることもありますよね?

「選ばなくていい」は、楽なのかもしれない

○ 手を抜いているわけじゃない

値段が上がった。

それをきっかけに、紅茶に戻った。

でも、

新しいことを始めた、という感じはしない。

もともと紅茶も好きだった。

ただ、いつの間にかコーヒー一択になっていただけ。

この前提で考えるなら、

過度な期待も、不安も減ると思います。

だから少しだけ、

どんなものなのかを確認してみただけ。

商品ページで仕様を確認する

ここを見て、

自分なりに整理できれば十分。

選ばなくていい、という感覚。

それ自体は、悪くない気もします。

ただ、

完全に意識から消えてしまうと、

何が残るんでしょうね?

タオルの替え時って、感覚で決めていいんやろか?

タオルって、まだ使えるかどうかの判断が、いちばん曖昧な気がします。

破れてないし、穴も開いてない。

でも、前と同じかと言われると、ちょっと違う。

薄くなったような気もするし、 触ったときの感触も、少し硬い。

それを「気のせい」で流してきたこと、ありませんか?

タオルの替え時が分からなくなる理由

○ はっきりした線が引けない

家電みたいに壊れるわけじゃない。

服みたいにサイズが合わなくなるわけでもない。

だから、 「まだ使える」という気持ちが勝ちやすい。

でもその一方で、 「前より気持ちよくない」という感覚も、ちゃんと残ってる。

この2つが同時にあるから、判断が止まるんやと思います。

ふかふか感って、基準になるんやろか?

○ 数字じゃなく、感覚の話

タオルの性能って、数字で説明しにくいですよね。

吸水量とか、厚みとかは見られるけど、 実際に気になるのは、使った瞬間の感触。

「あ、なんか違う」

この一瞬の違和感が、いちばん正直なのかもしれません。

タオルの替え時を感覚で決めてしまっていいんやろか?

そう考えると、ちょっと迷いますよね。

「まだ使える」と思う気持ちの正体

○ もったいない、だけじゃない

まだ使える。

この言葉の裏には、 もったいない気持ちだけじゃなくて、 「替える理由が見つからない」という感覚もある気がします。

逆に言えば、 理由があれば、替えても納得できる。

新年とか、 生活が変わるタイミングとか。

そういう節目で替える人が多いのも、 気分の問題というより、整理の問題かもしれません。

この前提で考えるなら、 過度な期待も、不安も減ると思います。

商品ページで仕様を確認する

ここを見て判断すると安心、 そのくらいの距離感で十分な気がします。

結局、替え時に正解はないんでしょうね。

自分が「そろそろかな」と思った感覚を、 どこまで信じるか。

その確認をしている時間そのものが、 もう判断の一部なのかもしれませんね。

備蓄米って、誰のための選択肢なんだろう。新米5割使用を見て立ち止まった話

正直に言うと、
備蓄米はまだ買ったことがありません。

これまで売り場で見てきたのは、
「単一米」ではなく、
「ブレンド米」や「複合米」と書かれたものばかり。

だから、
「新米5割使用」という表示を見たとき、
これは初めてちゃんと意識した、という感覚でした。

「備蓄米=もう無い」と感じていた理由

○ 見かけない=無くなった、と思ってた

少し前までは、
もっと目につく場所にあった気がするんですよね。

でも最近は、
あえて「備蓄米」と前面に出さず、
ブレンドという形で置かれていることが多い。

だから、
「もう無いのかな?」って思ってしまう人が多いのも、
自然な流れなのかもしれません。

新米5割使用、という表現に引っかかった

○ ここ、思ってたのと違った

備蓄米と聞くと、
どうしても「古いお米」というイメージが先に来ます。

でも「新米5割使用」と書かれていると、
全部がそうじゃない、という前提になる。

この表現、
安心とも言えるし、
ちょっと曖昧にも感じる。

どこまでを期待していいのか。
この時点で、人によって受け取り方が分かれそうですよね?

誰向けの商品なのかを考えてみた

○ たぶん、価値観で分かれる

たとえば、
「お米くらいは、
失敗のない美味しいものを食べたい」
という人。

うちの嫁も、
たぶんこのタイプです。

そういう人にとっては、
ブレンド米や備蓄米は、
選択肢に入らないかもしれません。

一方で、
「ごはんとして食べられたらOK」
くらいの感覚の人。

味よりも、
日常として続くかどうかを重視するなら、
話は少し変わってきます。

この前提で考えるなら、
過度な期待も、不安も減ると思います。

もう一つ思い出したのは、
昔、海外産のお米が出回ったときのこと。

あのとき、
特に違和感を感じなかった人なら、
ブレンド米への抵抗も少ないのかもしれません。

出費を抑えたい時期には、
こういう選択肢があること自体が、
助けになる場面もありそうです。

なぜそう感じるのか、
もう少しだけ整理したくて、
商品ページも一度見てみました。

商品ページで仕様を確認する

ここを見て判断すると安心、
という距離感で十分だと思っています。

結局、どう付き合うかは人それぞれ

○ 正解を決めなくていい気がしている

備蓄米は、
非常用だけのもの、
という時代ではないのかもしれません。

かといって、
全員に向いているとも思わない。

自分の生活、
家族の感覚、
食べる頻度。

そのあたりを思い浮かべながら、
「合うかどうか」を考えるくらいで、
ちょうどいいのかもしれませんね?

朝起きたときの「原因が分からない痛み」は、寝返りの問題かもしれない?

朝起きたとき、 「なんでここ?」って思う痛み、ありませんか?

手首だったり、 膝だったり、 腰じゃないところ。

昨日ぶつけた覚えもないし、 無理した記憶もない。

でも、確かに違和感はある。 この感じ、ちょっと説明しづらいですよね?

その痛み、寝ている間の姿勢かもしれない

○ 起きているときより、寝ている時間のほうが長い

考えてみると、 体を一番長く同じ状態にしているのって、 寝ている時間だったりします。

しかもその間、 自分では姿勢を選んでいない。

無意識のまま、 腕が体の下に入ったり、 膝がねじれたままになったり。

起きたあとに残るのは、 「理由は分からないけど、違和感がある」 という感覚だけ。

寝返りは「回数」より「必要性」なのかも

○ 動いていないのが問題とは限らない

寝返りって、 多いほうがいい、少ないほうがいい、 そういう話になりがちですよね。

でも、 そもそも寝返りって 「違和感が出たから動く」 ものでもある。

だとすると、 動きが少ない=悪い、 とも言い切れない気がします。

違和感が出にくければ、 大きく動く必要も減る。

この考え方、 ちょっと視点が変わる感じ、しませんか?

「囲われる形」が気になった理由

○ 普通の抱き枕とは、役割が違う気がした

抱き枕と聞くと、 一本の長いクッションを思い浮かべます。

でも、囲う形のものを見たとき、 「これ、動きを止めるんじゃなくて、 変な姿勢を作りにくくする形なのかも」 と感じました。

どこか一か所を支えるというより、 体の周りに置き場を用意する感じ。

この前提で考えるなら、 過度な期待も、不安も減ると思います。

なぜ調べたのかというと、 「合う・合わない」の前に、 考え方を整理しておきたかったからです。

商品ページで仕様を確認する

ここを見て判断すると、 自分なりに整理しやすい気がします。

結局のところ、 朝の違和感が減るかどうかは人それぞれ。

でも、 「なぜそうなるのか」を一度考えてみると、 選び方も少し変わるかもしれませんね?

炭酸水が苦手な自分が、無糖炭酸を“割る前提”で考えてみた

正直に言うと、

炭酸水を「水代わり」に飲む感覚は、今でもよく分からない。

別に否定したいわけじゃなくて、

自分の生活に当てはめたとき、なんかしっくりこない。

ここ、ずっと引っかかってました。

なぜ炭酸水を水代わりにできないと感じるのか

○ 自分の感覚がズレてるだけ?

炭酸水が苦手、というほどではないけれど、

毎日飲む前提になると、ちょっと構えますよね?。

喉が渇いたときに、

体が求めているのは、たぶん刺激じゃなくて・・・。

ここを無理に合わせにいく必要はない気がしてます。

そう感じる人も、案外多いんじゃないかな?

炭酸水の使い方は一つじゃなくていい

○ そもそも前提が違うのかも

炭酸水は、そのまま飲むもの。

いつの間にか、そんな前提ができていないですかね?

でも、割って使う前提なら話は変わるし、

水より少し気分が切り替わります。

刺激を楽しむ、っていうより、

飲み物の役割を少し変える感じ。

この距離感やったら、

炭酸が得意じゃなくても無理がありません。

割る前提で使うと、習慣はどう変わる?

○ 続くかどうかは、ここな気がする

毎日続けるものって、

無理があると、だいたいどこかで止まってしまいます。

割る前提なら、

飲まない日があっても問題なし、

この前提で考えるなら、
いらん期待も、不安も減ると思います。

商品ページで仕様を確認する

炭酸の強さやクセを見て、

自分の使い方に合うかどうかを考えればいいだけで、

習慣にするかどうかは、その先の話。

今は、選択肢として置いておくだけで十分だと思います。

EMSは運動と同じなのか?首まわりの刺激を「筋肉の仕組み」から考えてみた

首まわりのEMSを使っていて、 ふと気になったことがある。

この刺激って、 本当に「運動」と同じ扱いでいいのいかな?

 

スイッチを入れると、 筋肉がビクッと収縮する。

たしかに動いてはいる。

 

でも、その動き方が、

普段の身体の使い方とは少し違う気がしたのが気になった・・・。

筋肉は本来、どうやって動いているのか

筋肉の動きは、 基本的に「自分の意思」から始まります。

 

脳からの信号が神経を通って、

必要な強さ・タイミングで収縮が起きる。

 

その過程で、 腱や関節、周囲の筋肉と連動しながら、

無理のない動きが作られています。

 

運動後に筋肉が疲れるのも、

この一連の流れがあるからこそ。

破壊と回復を繰り返しながら、 少しずつ適応していくんですよね。

 

EMSの刺激は、どこが違うのか

EMSって、

外部から電気刺激を与えて、 筋肉を直接収縮させる仕組み。

 

自分の意思を介さずに動く点が、

通常の運動とは大きく違う点。

 

刺激の強さやリズムも、

機械側が決めている。

 

だから、 「動かしている」というより

「動かされている」感覚に近いです。

 

この違いを理解せずに、

運動の代わりとして使ってしまうと、

期待と現実にズレが生まれやすくいて、

ちょっとちがうんじゃない?って思ってしまう。

 

それでもEMSが役立つ場面

でも、 EMSが無意味かというと、

そうとはいいきれないんですよね?

 

身体ケアの分野では、

「動かすきっかけ」を作る目的で

電気刺激を使うこともあります。

 

とくに首まわりは、

自分で動かす意識を持ちにくい部位。

 

刺激によって 「ここが動いている」

と気づけるだけでも、 ケアの意識は変わります。

 

実際に使っているのは、

首用として設計されたEMSタイプ。

 

仕様や刺激の考え方は、

公式情報を一度見ておくと整理しやすいですよ。

 

刺激の種類や強さについては、

文章だけでは分かりにくい部分がありますから・・・。

 

商品ページで仕様を確認する

 

どんな前提で作られている機器なのかを知ってから、

自分に合うか判断するのが安心だと思います。

 

「運動」と混同しないことが大切

EMSは、 運動を置き換えるものではなく、

あくまで、 身体への気づきを補助する道具。

 

この前提で使うなら、

過度な期待も、不安も減らせます。

 

首まわりのケアは、

続け方や距離感の方が大事。

 

その一つの選択肢として、 EMSをどう使うか・・・。

考える材料になれば十分だと思っている。

 

👉商品ページで仕様を確認する

 

・EMSは意思による運動とは仕組みが異なる

・「動かされる刺激」であることを理解するのが前提

・首ケアでは、気づきを与える補助として使うのが現実的