緊縮財政の受け入れは「OXI(オヒ=ギリシャ語でNO)」――。
7月5日午後10時過ぎ、アテネ市中心街にあるシンタグマ広場。欧州連合(EU)が求める財政緊縮策の受け入れについて賛否を問う国民投票の大勢が判明し、反対派が賛成派を上回ることが確実になったことが報じられると、集まった無数の市民が歓喜した。
50代の女性は「もう緊縮財政はたくさんだ。我々の意思が反映された」と、興奮気味にまくしたてた。別の30代男性は、「ギリシャはギリシャのやり方でこれからもやっていく」と誇らしげに語った。「チプラスにはもう一度EUに交渉にのぞんでほしい」と言う40代女性もいた。
広場に集まった人々は皆、思い思いの言葉で喜びを語っている。雄叫びあげる者もいれば、涙ぐむ姿もある。無邪気に勝利を祝う姿は、今年1月にアレクシス・チプラス氏(現首相)率いる急進左派連合(SYIRIZA)が勝利した総選挙の光景の再現のようだ。

――しかし、ギリシャを取り巻く状況は今年1月とは違うのだ。この5カ月間で、取り返しのつかない状況に悪化した。自らを追い込んでしまったと言っていいかも知れない。それでもなお、彼らは本当にこの結果に素直に歓喜していられるのだろうか。
EU(欧州連合)側に金融支援を打ち切られ、先月末に返済するはずだったIMF(国際通貨基金)への債務16億ユーロ(約2200億円)を支払えなかったギリシャ。国民投票で受け入れの是非が問われた「財政緊縮策」も、6月30日で打ち切られた金融支援を継続してもらう条件だったため、既に失効している。従って投票には「大義」はないのだが、チプラス首相は国民投票を強行した。
5日深夜に記者会見したチプラス首相は、「この国民の意思を受け、あらゆる手をつくして難局を切り抜けたい」と語り、EU側に再び交渉を迫る意思を表明した。ヤヌス・ヴァルファキス財務相も、「我々のパートナー(EU)と妥協点を見出せることを信じている」と語った。
EU側も、7月5日夕方、ドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領がパリで緊急会談を実施することを発表、その後、7日火曜に緊急のユーロ圏首脳会合の開催を提案した。ECBも6日に会合を開き、ギリシャへの緊急資金供給について電話会議を開催する予定である。
ただ、これまでの経緯を考えれば、EU側とギリシャがこれまで通りの関係で交渉を再開するのは難しそうだ。国民投票はギリシャを予想される最悪のシナリオへと追い詰めつつある。
約5年にわたって続けられてきたEUによるギリシャへの金融支援は、6日前の6月30日で終了している。その経緯と詳細は、こちらの記事に詳しいが、改めて簡単に振り返っておく。
2010年のギリシャ債務危機以来、EUは約3170億ユーロ(約43.7兆円)とも言われる巨額債務を抱えるギリシャのために支援を続けてきた。その一貫として、2014年末にIMFと共に総額72億ユーロ(約1兆円)を送金する予定だった。
ところが、2015年1月に誕生したアレクシス・チプラス政権が、それまでEU側の支援条件としていた緊縮財政の方針を突如転換した。このため、72億ユーロの支援金は今もギリシャ政府に振り込まれていない。その後、再三のEU側の要求にも同意せず、約5カ月にわたる交渉が暗礁に乗り上げていたのは周知の通りだ。
そして、支援プログラムの期限切れが4日後と迫った6月27日。チプラス首相は土壇場でEU側との交渉を切り上げ、突如今回の国民投票を表明した。

EU側は、これまでギリシャの交渉期限延長に対して再三交渉し、「妥結は近い」と自信を深めていたEU側にとっても寝耳に水の出来事だった。6月26日には、ドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領が、緊縮財政の受け入れを条件に、6月末の期限を今年11月末に延長し、さらに債務を肩代わりするための資金総額155億ユーロ(約2兆1000億円)を融資する姿勢も見せていた。
しかし、ギリシャはそれらをすべて蹴り、国民投票の実施を決める。
必死の「NO」工作が奏功
6月末の支援プログラムが期限切れとなる直前、チプラス首相はEUを始めとした債権団に書簡を送り、財政緊縮を受け入れる意向も示していた。ところが、それが実現しないと見ると、7月1日以降は再び「反緊縮」を掲げ、ギリシャでは「我々は(EU側に)脅されている」と延べるなど、国民投票では反対票を投じるように大キャンペーンを張った。
その方法も、大胆かつ露骨だった。
テレビでは、連日「国民投票にはNO!」と訴えるコマーシャルを流し、街には至るところに「受け入れ反対を掲げる」のビラやポスターを貼った。賛成派のポスターをみつけると、すかさず反対陣営がそのポスターを破り、「反対」に張り替える念の入れようだった。

6月27日、資本規制の導入を余儀なくされ、銀行からの預金引き出しが60ユーロ(約8000円)に制限されると、反対派の支持率低下を抑制するために、すかさず、バスや電車などの公共料金の無料化を決めた。さらには携帯電話料金まで無料にし、国民の不満をあの手この手で懐柔した。
さらに、選挙当日。投票用紙は素人目に見ても意味不明な内容だった。下の写真のように左側に「ユーロ・グループとIMFが求める緊縮策を受け入れますか」という趣旨の文章が簡単に書かれ、右側には「NO」が「YES」よりも上に配置されている。
そもそも、緊縮策の内容が記載されていない。これまでの交渉の流れを正確に把握していなければ、内容はさっぱり理解できないはずだ。それまで散々「NO」を刷り込まれていた国民の中には、何も考えずに「NO」を選択する人がいてもおかしくない。
投票所に各投票箱の横には、洋服に「OXI(NO)」というシールを張った人物が座っていた。聞けば、反対派と賛成派双方から、監視用員が派遣されているという。ところが、反対派の監視員は多数目につくものの、賛成派はほとんど見当たらなかった。聞けば、「賛成派は人のやりくりがつかなかった」という。もちろん、投票にアドバイスをすることはないが、反対派の監視員だけがいる投票所には違和感を拭えなかった。
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