年末の串本家族旅①:海中公園の絶景とのんびり温泉・マグロ

年末に和歌山県の串本への家族旅行に行ってきた。

 

1.企画

まず、行先の決め方について。出不精な次男を連れ出すために、次男のお気に入りの大江戸温泉物語に泊まれる場所、かつ、大阪から比較的近い場所という条件で和歌山県の串本を選んだ。

 

串本での観光場所は、以前父と母との赤穂旅行と同じく、GoogleのAI Geminiを使って選んだ。

bunkochan.hatenablog.com

●Geminiへの質問文

私(博物館やキレイな景色が好き)、夫(関西万博好き)、長男(歴史やサピエンス全史など哲学好き)、次男(ゲーム好き)で和歌山県の串本まで、旅行に行く予定です。

車で移動する予定です。大阪●●市から行くまでの道のりでの観光や、串本でのおススメプランを考えて下さい。

●Geminiの回答

下記のようにいくつか観光プランと、おすすめ理由を教えてくれた。

長男や次男が歴史好きだけれど、私は歴史は詳しくないので、エルトゥールル号遭難事件を展示しているトルコ記念館は、自分でプランを立てていたら見逃していたかもしれない。自分とは異なる興味・関心を持つ人との旅行の企画は、Geminiを使うと便利!!

Geminiの案と夫が串本旅行のYoutubeを調べてくれた案をもとに、子供達の興味を優先して行先を決めていった。

 

2.串本海中公園

朝、大阪を出発し、3時間くらいかけて串本に到着した。

①ランチ

まずは、串本海中公園のレストランで、腹ごしらえ。串本はマグロが有名だけれど、夜の大江戸温泉物語のバイキングで食べる予定のため、鯛めしを頂いた。

ヤシの木が見えて、南国っぽい。

 

②水族館

水族館では串本の海にいる生き物が、展示されている。黒潮の影響で海水温が温かく温帯気候だけれども、サンゴや熱帯魚が生息しているのが特徴だそう。

子供達も興味深く鑑賞していた。

他にもタコやウミヘビ・ウツボ・ウニなど、多様な生物が展示されていた。

子供達は骨のない軟体動物のタコの頭が垂れ下がる様子が、面白かったよう。

 

串本はウミガメが産卵に来る土地でもあり、ウミガメパークがある。エサをあげると、勢いよくウミガメが寄ってくる!!

サメやマグロが泳ぐ水中トンネルも、魚を下から鑑賞できて面白かった。

他にも係員さんが、ミノカサゴに刺されちゃった写真の展示も。。。痛そう。。

③海中展望台

下の写真の海の中に建てられた白い塔のような建物が、海中展望台。建物の中に入り階段を降りると水面下の窓から、海を観察することができる。

建物の中に入ると、海の中を眺める窓がたくさんある。

窓の外にはサンゴ礁!!水槽みたいに見えるが、全て自然のサンゴ礁。季節によって見れる魚も違うらしい。

 

④海岸

海中展望台と水族館の間の海辺は、岩場が広がる絶景!

子供達は岩場の磯遊びが気に入って、1時間以上遊んでいた。

水に濡れないように岩場を渡り歩いたり、木の棒を拾って人という文字を作ってみたり、子供の発想は自由で面白い。

 

私も岩場の小さな生き物を観察したり、ウミガメの死骸を見つけたり!と、海辺を満喫。一方で、磯遊びに興味のない夫は退屈だったらしく、水族館をもう1周したらしい。夫よ、お待たせしました。

カニがいた

たぶんウミガメ

3.大江戸温泉物語

夕方まで串本海中公園で遊んだ後、大江戸温泉物語に移動した。

温泉に入った後、漫画を読んだりバイキングでマグロの解体ショーを見たりと、ゆっくり過ごした。

マグロを頂いた

 

長くなってきたので、続きはまた別で書こうと思う。

2026年の抱負 頑張りすぎず自分を大切にする

2026年の新年の抱負は、頑張りすぎない

 

2025年、20年以上勤めた会社で部署異動を経験したことがきっかけで、初めて体調不良による休職を経験した。マニュアルが整っていない一方で、仕事へのこだわりの強いメンバーが多い職場。「聞けばいいだけ」と言われるが、聞く人によって進め方が違う。。。そして、別の人から厳しい指摘を受ける・・、その繰り返しに疲れはててしまった。

(当時の状況は↓のブログから)

bunkochan.hatenablog.com

眠りが浅い日も胃が痛い日も続いていたけれど、それでも、頑張らなきゃ・・と仕事を続けた結果、心が限界を越えてしまった。メンタルヘルスの先生にも、「頑張りすぎましたね。」と言われた。

 

休職中、先生から「心に栄養をあげて下さい。心が心地いいと思う事をやって下さい。それが治療になります。」と言ってもらい、自然の中で過ごしたり、美しい景色を見たり、アートに触れたり大人の社会科見学をしたり、友人に会ったりと、自分の好きや、心地よいと思えるものを、少しずつ集めるような日々を送った。

 

そして、1月から違う部署へ異動できることになり、また働くことになった。

頑張る事が美徳とされがちな会社の中で、頑張りすぎないのは難しいけれど、何より自分の心を大切に働きたい。

 

具体的には下記のチャレンジをやってみようと思う。

①1日8時間以上寝る

研究開発職として働いていた期間は、繁忙期は朝5時から起きて働くことも多かったけれど、休職して自分に必要な睡眠時間は8時間~9時間だとわかった。

睡眠はメンタルにも直結するので、8時間を死守したい。

 

②自然の中で過ごす時間をとる

休職中、森や公園の木々の下で過ごすだけで、かなり癒された。監査部門の職場環境では1日中ほとんど話さずPCと向き合うことも多く、心に負担がかかっていたと思う。

仕事の開始前や休憩時間に少し散歩するなど、毎日、自然の中で過ごす時間をとりたい。

 

③平日に休みをとる

私にとって万博のレガシーの1つが、ソロ万博ができたこと。休職中に1人であちこちに出かけることでも、自分1人の時間を過ごす大切さに気付いた。

復職しても意識して平日に休みをとり、自分のために時間を使いたい。

bunkochan.hatenablog.com

 

④効率よく働く

①~③を達成するために、効率よく働く必要がある。

1月から異動する部門(研究開発部門の教育・管理)は、定型化しやすい業務が多いと思うので、どんどんAIにやらせる業務を見つけて効率化していきたい。

また、異動前の監査部門では、ちょっとした相談がしづらく効率的に働けなかった。

1月から異動する部門はちょっとした相談がしやすいメンバーなので、仕事の構想の段階からこまめに周りのメンバーに相談し、効率的に成果を出したい。

 

⑤家事を分担する

子供達の教育もかねて、家事を子供達にも分担させたい。

今は洗濯干し・食器を下げるお手伝いのみを必須にしているけれど、料理や風呂掃除なども手伝ってもらって、私にかかる家事負担を減らしていきたい。

大阪 造幣局見学

大阪市天満橋にある大阪造幣局の見学に、行ってきた。

 

●行き方

天満橋駅から造幣局まで、ゆっくり歩いて10分くらいだった。天満橋を渡り川沿いの公園を歩きながら、水の都 大阪の景色を満喫した。

レトロなレンガの塔を登り、造幣局に到着。

受付をすませ待合室で待つ間に、見学に来ている人達を観察すると、平日の午前中だったからか、40代50代くらいのグループが多かった。まさに、大人の社会見学。

 

●偽造防止の工夫と高い金属加工技術

見学の最初に500円玉を例に製造方法や偽造防止のための工夫を、動画で勉強した後、製造工程を見学した。

500円玉には4つも偽造防止のための工夫がほどこされてる。

①バイカラー・クラッド技術

令和3年製の500円玉から、異なる種類の金属板をサンドイッチ状に挟み込み(クラッド)作成された円板を、さらに異なる種類の金属でできたリングの中にはめ合わせる(バイカラー)技術が使われている。

確かに、造幣局で出来立ての500円玉を見ると、周囲と真ん中で光の反射が違うのがわかる。

また、製造工程でもまわりのリングだけを作る工程があった。

 

②異形斜めギザ

側面に入っているギザギザの一部は、他の部分とは異なる形状に入れられている。

通常貨幣では世界初の技術だそう。

 

③微細点・微細線・微細文字

模様や文字の間に微細な点や線がある。また、縁にはJAPANや500YENと、小さい文字が彫られている。すごい金属加工技術!!

 

潜像

見る角度によって、500円の0の字の間に浮かぶ文字が変わるように加工されている。

 

普段、何げなく使っている500円玉に、こんなにも偽造防止の工夫が施されていてビックリした。

製造方法は金属を溶解し伸ばした後で、打ち抜く。打ち抜いた金属の縁を盛り上がらせて加工しやすくし、熱で柔らかくしたのち汚れを洗浄し、圧力をかけて模様をつけている。

工場見学では金属を伸ばしたロールなども、見ることができた。

 

●貨幣の歴史・造幣局の歴史

続いで造幣博物館の見学をした。

大判・小判など古い貨幣の展示や、大阪関西万博や各都道府県をイメージした500円硬貨の展示など展示内容は盛りだくさん。

 

中でも、造幣局の歴史が面白かった。

明治2年に誕生した造幣局。大型の造幣設備は香港造幣局から購入したが、貨幣製造に必要な機械の多くを自給自足している。

例えば、強酸のため取り扱いが難しい硫酸を、明治5年には製造している。
開国からたった5年!!明治時代の海外の技術を取り入れるスピードは、本当にすごい。

明治初期に硫酸製造のために使用されたガラス瓶

また、貨幣の図案を考案し試作品を作成した加納夏雄さんや、天秤や計測機を製造した大野規周さんの技術は、当時のお雇い外国人も驚いたという。

貨幣の図案考案と試作を行った加納さんは、文政11年(江戸時代)生まれ。もともと明治天皇の太刀の金具の彫刻を行ったことがあり、その技術が見込まれた。

天秤や計測器を製造した大野規周さんは、文政3年(江戸時代)生まれ。1862年文久2年)から6年間オランダに留学し、精密機械の技術を学んだらしい。

明治の技術発展の裏には、自国の産業や留学等で技術を身に着けた人を、適切に配置する人事戦略も功を奏したのかもしれない。世襲制の江戸時代から数年で、適材適所の人事が行われており、明治時代の人たちの適応力には驚かされる。

加納さん手彫りの貨幣。手彫りとは思えない精密さ。

 

●金属加工技術の応用

造幣局の高い金属加工技術は、オリンピックのメダルや紫綬褒章などのメダルも作成している。

東京2020オリンピックのメダル

他にも金塊や銀塊を触れるコーナーもあり、2時間くらいじっくり見学した。大人の社会見学に、オススメ。

 

冬の亀岡・嵐山 散策

12月3週目に亀岡と嵐山に行ってきた。

久しぶりに亀岡でパン屋さんをやっている友達に会いたかったのと、最近、中国人の旅行者が減っているということとで京都観光をして帰ることにした。

 

●行き道でバスが事故にあう!!

最寄り駅まで阪急バスに乗っていたら、事故にあった!!と、いっても、バス停に停車している時に後ろの車に少しぶつかられただけ。塗装が少しハゲていたが、車体はほとんど凹んでいなかった。

ここで、運転手さんの的確な対応に感心した。

まず、乗客に事故があったことをアナウンスし、ぶつけた車には待機するように指示を出す。次にバスの本部に状況を伝え、指示を仰ぐ。本部からの指示でぶつけた運転手から警察に連絡し、バスの乗客は安全のため降車するようアナウンスする。その後、代替バスが10分程度でやってきて、代替バスに乗り換えて無事に駅まで行けた。

素人の感覚だと、そのまま運転してもよさそうだけれど、安全を第一に考え代車を手配する判断も、不測の事態なのに、10分程度で代替のバスが到着できるのもすごい。おそらく、全ての阪急バスの運転手さんが、事故の際にどう動くか訓練を積んでるのだろう。阪急バスのオペレーション、お見事!!

 

●亀岡 カメオカハサムコッペパン

JRに乗り亀岡にむかい、友達のパン屋さんカメオカハサムコッペパンへ。

他のお客さんが途切れたタイミングで注文させてもらい、久しぶりにちょっと話せた。

購入したパンは、亀岡城のお堀の見える南郷公園で頂いた。フワフワのパン生地と中のコロッケや角煮が絶品。一人で食べてたけれど、思わず「うんま!!」とつぶやいてしまった。

●トロッコ電車

帰りはJR亀岡にむかう途中で見えた保津峡の景色が素晴らしかったので、トロッコ電車に乗ってみることにした。トロッコ電車は席の予約が必要だけど、オフシーズンだからか中国人の渡航控えの影響か、乗車1時間でもweb予約できた!

トロッコ亀岡駅まではJR亀岡から一駅移動して、JR馬堀駅から徒歩10分くらい。

トロッコ亀岡駅までの道。のどかな田園風景。

乗客の言語は日本語と海外の言語が半々くらい。駅に列車が到着すると撮影する人が多く、観光列車の雰囲気だった。

 

窓からの景色は絶景。渓谷の様子や少し残っていた紅葉を楽しむ事ができた。

春は桜や若葉、夏は青葉、秋は紅葉がキレイだろうな〜。今までなんとなく混んでそうで敬遠してたけれど、指定席なので座席予約さえできれば、オンシーズンでも混雑を気にせず楽しめそう。

舟の保津川下りを楽しむ人が手を振ってくれて、楽しい。

 

●嵐山:竹林と大河内山荘

人混みが嫌いなので嵐山などの京都の観光地は避けてたけど、トロッコ電車の駅があるため、嵐山で降りてみた。

まずはトロッコ電車車内で「bamboo forest next station」と案内してた竹林へ。オンシーズンよりはすいてるんだろうけど、結構な人混み。「万博記念公園の日本庭園にも竹林があるけれど、すいてますよ~」と、心の中でつぶやく。

その後、散策して帰るつもりだったけれど、ふらっと大河内山荘へ行ってみた。

山の斜面の広大な庭は小道が多く、ハイキングみたいで楽しい。落葉樹は葉を落とした後だけど、空に伸びる枝を眺めるのも楽しい。

独坐観心の会という建物には入る事ができて、素敵な和室やお庭を鑑賞できた。


大河内山荘を建てた時代劇俳優 大河内傳次郎さんの展示方法も、かっこよかった。

 

●嵐山:渡月橋

渡月橋付近は人はいるけれど、歩けないほどではなく、桂川と山の景色を楽しむ事ができた。

オフシーズンかつ観光客の少ない今年の冬の京都は、ゆっくり観光できる狙い目だと思った。

パナソニックミュージアム:創業者の哲学と高い技術力の展示

大阪門真市にあるパナソニックミュージアムの見学に行ってきた。

 

パナソニックはテレビやパン焼き機など、家電でお世話になっているのに加えて、子供の通っている類塾とコラボして照明のプログラミングを使った探求授業もやっておられ、私にとってなじみの深い会社。

juku.rui.ne.jp

 

1.行き方

門真市駅から京阪の線路沿いを京都方面に歩いて、徒歩15分くらい。京阪西三荘駅からなら徒歩2分。赤い建物が目印。

手前にパナソニックホールディングスの受付があって、間違えてしまった。。。。

 

2.ものづくりイズム館

●家電を通して婦人を解放する

展示内容もパナソニックの過去の製品を展示されている。商品カテゴリー別の展示ではなく提供した価値別にグルーピングされている。

特に感動したのは、くらしに家事楽を。のコーナー。

当時の広告には主婦に自由時間がないというデータとともに、家電を購入する事で主婦が自由時間を捻出できると書かれている。

松下幸之助さんも、「ぼくは婦人を解放したんや」と語っておられ、人々の生活を幸福にしてきたという自負を感じるし、実際に家電の普及とともに女性は自由時間を持てるようになった。当時の広告文が胸を打つ。

日本の奥さま方が、欧米の主婦に比べてこんなにあくせくと働き、自由時間がないのは、家庭電化の普及が遅なのだといわれています。(中略)たとえば、ナショナル自動炊飯器一つをお求めになるだけでも、奥さまの睡眠時間を毎朝三十分伸ばすことができるのです。

 

戦前戦中戦後を生きた私の祖母は女学校での成績がよかったとよく自慢していたけれど、専業主婦として一生を終えた。祖母は叔母には女性でも裁量をもって働ける仕事に就いて欲しいと願って女の子にも熱心に教育を行い、叔母は教師を選んだ。私達40代女性は、民間企業で働いている。

仕事と家事・育児を両立するために、洗濯機・自動掃除機・自動調理器(ホットクックやレンジなど)・食器洗い洗浄機など、家電は欠かせない。家電の進化とともに、女性の自由時間も増え、働き方の選択肢も広がっていったのではないだろうか。

洗濯機のない時代の洗濯の様子

 

手回しで絞るタイプの洗濯機

●幅広い事業分野

他にも、多数の家電が展示されており、パナソニックの事業範囲の広さに驚いた。

例えば1970年万博で展示された人間洗濯機も、当時の三洋電機(現在はパナソニックグループ)が開発した。

ホームベーカリーに、非常灯、太陽電池に乾電池、カメラなどなど、本当に幅広い。

●新技術開発

パナソニック技術賞を受賞した技術も展示されている。

①ナノイー技術

水に高電圧をあてて、OHラジカルを発生させるナノイー技術は、除菌や消臭・カビや花粉の抑制などに使われている。OHラジカルは化学的に不安定なため、菌などのHを引抜き安定なH2O(水)に変化する。その際に菌などを変性させるというメカニズム。

既に製品化されている技術だけれど、放電方法を0から見直し、OHラジカル量を増加し性能をさらに向上させたらしい。確立された技術の見直しは、微小改良に終わることが多いが、0から見直すことで約100倍性能を向上させてて、すごい!!

 

今は空気清浄機などに搭載されているけれど、例えば喉にナノイーを直接照射したら菌やウィルスを殺すことで、風邪の予防になったりしないのかな??また、例えば便器に搭載し、デリケートゾーンの悪玉菌を殺菌できないのだろうか。素人考えだけど、考えるだけでワクワクする技術。

②透明導電フィルム

この透明フィルムに2μmの導線が埋め込まれている。

見た目は普通の透明なフィルムロールに見えるのに、電気を通すことができるのですごい。タッチセンサーや透明ヒーターなどへの活用を考えているそう。

眼鏡に搭載できたら、冬場でも曇らない眼鏡ができそう。

 

③AIサーバー向けソリューション

AIの進化に伴い、データの大容量化・高速化にも対応した導電性高分子コンデンサも、開発されているらしい。

パナソニックミュージアムを見学するまで、黒字リストラのニュースを見た覚えがあり、パナソニックの業績はあまりよくないという印象をもっていた。

しかし、実際には25年4〜9月期の売上高は3兆8204億円、純利益は1424億円と、前年比で減っているものの、すごい売り上げ額と利益を出されている。

事業構造を見直す中でのリストラであり、AIなど今後伸びる技術分野には投資されている事がわかった。

www.nikkei.com

 

3.松下幸之助歴史館

パナソニックの創業者にして日本を代表する経営者である、松下幸之助さんの資料館。

●キャリアのスタート

9歳から丁稚奉公に出て、13歳で初めて自転車の営業を行っている。

キャリアのスタートが早すぎて、ビビる。うちの子供が、次男(9歳)、長男(13歳)なんだけど、うちの子供達が働いてる様子はイメージできない。。
住み込みの丁稚奉公時代は、家が寂しくて夜泣いてたらしい。小さい頃から苦労されているし、人の苦労もわかる人になったんじゃないだろうか。

 

その後、電気事業に将来性を感じて大阪電燈に入社し、退社した後、ソケットを製造する会社を起業し、世界企業パナソニックに育てている。

 

●社会の公器/なぜ物をつくるのか

パナソニックの創業者でありながら松下幸之助さんは、パナソニックは社会からの預かりものであると考えていた。そして、社会に役立っているかを問い続けていた。

「私どもは私どもの仕事として、物をつくって、それを売っているのでありますが、しかし、ただ物をつくって売ったらそれでいいという考えでは、今日はいけないのです。 〜中略〜 物資をつくるということは、富を増大させることであり、この物資の生産増大を通じて、社会生活をよくしていこうということが、私どもの会社の一つの重要な使命なのであります。

松下幸之助 1958年1月 経営方針発表会

 

例えば、ラジオの設計での重要特許を発明家から買い取った後、同業メーカーが無償で使えるように公開している。自社で特許を独占し利益を得ることもできたはずだが、業界全体の発展を優先した。私だったら自社で特許を独占することで、ラジオ事業での自社のシェアを上げただろう。

 

創業者が会社を私物化せず社会に価値を提供し続けることは、案外、難しいのではないだろうか。

例えば、フジテレビは人事権を握っていた経営者の影響が大きく、違和感があっても声を上げられなかった社員も多かったという。その結果、ジャニーズ事務所の性被害や、元スマップの中居正広さんから女性アナウンサーへの性被害に対して適切な処置を取れなかった問題や、出演者が自殺されたテラスハウス問題を引き起こした。

経営者の姿勢は、企業の文化に大きく影響するし、経営理念を明文化し社内に浸透させる重要性を感じた。

 

●弱みを強みに

松下幸之助さんは自分が成功した理由を次のように語っている。

「貧しいから必死になって働くことができた。学歴がないから、商売の中で出会うすべての人、すべての出来事から学ぼうという気持ちになった。体が弱かったから、無理しないで人に任せた。その結果、人を育てることができた」

ご高齢になっても松下政経塾を運営されており、バイタリティーにあふれた人のイメージだったので体が弱かったのは意外だった。

だが、その結果、事業部制を取り入れるなど、人を育てられる経営に取り組まれたのだろう。

また、技術者の中にはマネジメントや経営に興味のない人もいるが、学歴がなくすべての出来事から学ぶ姿勢をもっておられたから、技術から経営までこなそうと思えたんだろう。

 

●中尾哲二郎氏

松下幸之助さんとともに、パナソニックの技術をけん引した中尾哲二郎氏のエピソードも興味深かった。

価格の安いアイロンの大量生産方式を3か月で開発したり、電気コタツを開発した卓越した技術者。昭和16年松下電器の社内発明者 考案者番付は、西の横綱松下幸之助さんで東の横綱が中尾哲二郎氏。

中尾氏は、松下幸之助さんに「稀有の人」と言われ、研究所の所長を務めるなどパナソニックに貢献した人。

 

中尾氏の人を育てるエピソードが興味深い。

人を育てるにはいろいろな方法があるだろうが、私はやはり現場で実践しながら経営に必要なことを肌で覚えてもらうことが、最も大事だと思う。順境期の仕事なら誰にでもできる。しかし逆境に直面したとき、頭で覚えたことは弱い。だから逆境に強い教育を平生から心掛けるべきである。そのためには、若い人にどんどん課題を与えて、それを考えてもらうという訓練が必要である。若い人たちはそれぞれの創意工夫を生かし、われわれが思いもつかないような新鮮な仕事をしてくれる。

     ~1983年『語り継ぐ松下経営』PHP研究所

この言葉とおり、佐賀工場を建設する際には、30代の若手技術者に全権を委任し松下電器から若手責任者に指示を出さないルールを設ける。

予算と納期等の条件のみを指示された若手技術者は、3か月で条件を満たし竣工させたらしい。思い切って仕事を任せ、現場で人を育てる人だったのだろう。

 

4.まとめ

日本を代表する企業パナソニックの技術と、創業者松下幸之助さん・大番頭 中尾哲二郎氏の哲学と、哲学にもとづいた高い技術がわかる資料館だった。

ものづくりイズム館は残念ながら2025年末で閉館するとのこと。パナソニック技術賞の展示だけでも継続されたら、パナソニックの技術アピールにもなり、来社された取引先との間で新たな協業アイデアが生まれる可能性もあるのではないだろうか。

80代の父と70代の母との 赤穂日帰り旅行

父(80代)と母(70代)、私(40代)の3人で、日帰り旅行に行ってきた。

 

1.企画

まず、旅行の計画から入った。「父と母に1日旅行に行こうか?」と提案したところ、当初父から岡山県備前が提案された。

観光プランを立てて提案したが、朝の出発時間がやや早いため、「他の行先でもいいよ」との返事だった。

父は歴史が好き、母は海や湖など普段と違う景色が見える場所への旅行を喜ぶ。自分で調べてもよいが、歴史にあまり興味のない私が調べると、実は歴史スポットだった場所を見逃すかもしれない。そう思い、GoogleのAI Geminiに手伝ってもらいプランを考えることにした。

まず、Geminiに次のプロンプトを入力した。

親と1日旅行を予定しています。

次の内容を読み、いくつかプランを考えて下さい。

日程:2025年12月9日

参加者:父(80歳)、母(77歳)、私(47歳)

居住地:父・母→京都府〇〇市在住、私→大阪府●●市在住

日帰りで行けるところ

父の好み:歴史が好き

母の好み:海や湖が見えるところ

私の好み:博物館や美術館、体験ができるところ

すると、Geminiがいくつかのプランを立ててきた。一例は以下の通り。

Gemini回答例(播州赤穂

播州赤穂は、忠臣蔵(赤穂事件)の舞台であり、「塩」の歴史を持つ港町です。電車での移動時間は長くなりますが、歴史、海、体験が詰まった質の高い旅が楽しめます。

対象

スポット・アクティビティ 満足ポイント

お父様
(歴史)

赤穂城跡、大石神社、大石内蔵助の足跡 忠臣蔵ゆかりの地を巡り、武士の心意気に触れることができます。城跡は日本100名城の一つです。
お母様(海・湖) **赤穂御崎(あこうみさき)**からの瀬戸内海の眺め、きらきら坂 瀬戸内海を一望する景勝地です。特に赤穂御崎周辺の海の景色は開放的で心癒されます。
私(博物館・体験) 赤穂市立海洋科学館・塩の国、塩づくり体験(無料) 日本遺産に登録された赤穂の塩づくりを学び、実際にかん水(濃い海水)から塩を作る体験ができます。

他にも神戸の須磨や滋賀県信楽近江八幡など8パターンくらいのプランを立ててくれたので、父と母にLINEで送って、行きたいところを決めてもらった。

結果、赤穂に決まった。

さらに、父・母の最寄り駅を8:30分以降に出発するプランを立ててもらい、旅の計画が決まった。

今回、旅行プランに初めてGeminiを使ってみたけど、電車やバスの時間も調べてプランに盛り込んでくれたり、おススメのランチも提案してくれるので便利だった。

 

2.ランチ

Geminiのおススメと私も少し調べてJR赤穂駅から赤穂城址までの道のりにある、まるはちさんのランチを予約した。

JR赤穂駅からまるはちさんまで、古い街並みを見ながらゆっくり歩いて15分くらい。

父も母も疲れず歩けたようだった。

 

父と母はにぎり定食(食べかけ・・・)

私は海鮮丼(同じく、食べかけ・・・)

美味しいお寿司を頂き、父も母も満足してくれた。私は海鮮丼定食でおなかがいっぱいだったけれど、父と母はそれぞれ単品で握りを追加で頼んでた。食欲旺盛で何より。

 

ちなみに、お店で母が気に入ってたのが、芽が出たサツマイモを観葉植物として飾っちゃったコレ↓。私もこういう、面白い工夫が好きなので、親子の縁を感じる。

 

3.赤穂大石神社

歴史好きの父にあわせて赤穂城址を通り、赤穂大石神社を参拝した。

赤穂大石神社は、大石内蔵助 以下四十七士をお祀りした神社。

三之丸の櫓を見て、門を通った後で、赤穂大石神社にむかう。

 

赤穂大石神社前には四十七士の銅像もあった。ちょうど小学生が遠足に来ていて、先生が四十七士それぞれについて、説明していた。赤穂キッズは「大石内蔵助、どれやろ?」「俺は●●見たい」と、推しの志士がいるみたいだった。

 

神社の中は、忠臣蔵の展示がたくさんあり、父も母も熱心に見学していた。

忠臣蔵の物語を書いた絵馬もある

また、討ち入りのあった12月14日の義士祭に向けて、神殿も準備が進んでいるようだった。アース製薬さんや赤穂化成さんも、奉納されていた。企業としてはこういう地域行事に貢献しておくことが、大切なんだろう。

 

私は庭園が一番気に入った。

 

4.赤穂城

赤穂城址に本丸天守台や庭園が残っていて、天守台からの景色がキレイだった。

思ったよりも敷地が広く、1時間くらい散策した。

二の丸跡地もキレイな庭園が残っていた。

 

5.赤穂市海浜公園

バスで移動し赤穂市海浜公園にむかった。バスが1時間に1本くらいしかないため、時間を調べておいてよかった。

公園はとても広く、湖もあれば海が見える場所もある。ヤシの木が生えていて南国風に見える場所と紅葉のある場所が並列していて、面白かった。

たくさん歩いたけれど、父も母も頑張って歩いてくれたし、喜んでくれてよかった。

ヤシの木並木と紅葉

 

6.帰り道

たくさん歩いたので、帰りはタクシーで帰りたかったけれど、タクシーアプリでも近くにタクシーがいなかったので、少し離れたバス停まで歩いてバスで駅まで移動した。思ったより田舎なので、バスで移動する前提で時間をみておいた方がよかった。

 

7.まとめ

両親それぞれの興味にあわせた楽しい旅だった。

普段、車での移動が多い両親には、歩く距離が長いかな・・と不安だったけれど、たくさん歩いてくれた。元気でいてくれて、なにより。

なぜ私たちは「わからなかった時の気持ち」を忘れてしまうのか?異動と子どもの問いで気づいたこと

「かんがえる」をあそぶじかん、という集まりに参加してきました。

参加者は、赤ちゃんから中学生くらいのお子さんとその保護者、そして私のように子どもとは関係なく参加した大人まで、総勢20名弱。毎回さまざまなトピックについて話し合うそうですが、私が参加した回は「わかる」について深く考える会でした。

参加者それぞれの自己紹介の後、「わかる」について考えてみたいことを付箋に書き出し、気になったトピックについてフリーディスカッションを行いました。

さまざまな議論があった中で、特に私が考えさせられたトピックについて記します。

 

 

1. なぜ「わからなかった時の気持ち」を忘れてしまうのか?

私が書いたトピックは、「どうして最初にわからなかった時の気持ちが、わからなくなるのだろう」という疑問でした。

この疑問の背景には、研究開発部門から監査部門に異動した経験があります。

異動先の職場では、マニュアルや判断基準が明確でない業務もあり、戸惑うことが多い中でOJTの先輩もつかないまま、いきなり担当業務を任されました。困って上司や先輩に相談しても「新任なんだから、聞けばいいだけじゃない」と言われます。しかし、ある程度業務の手順や全体像がわかっていないと、何を、どのような視点で質問すればいいのかすら見えません。

異動先での具体的な経験

例えば、自分が担当したことがない製品の製造現場で起こった不具合の原因分析を担当した時のことです。

工場の担当者にヒアリングし、「ライン中で製品が蛇行して検査機械内で引っかかり、次の品目の生産時に紛れ込んだと推察しています」と報告しました。すると、「そもそも、製造ラインには製品が製品が蛇行しないようなガードがあるはずなのに、なぜ引っかかるのか?」と質問を受けました。「持ち帰り確認します」と言うと、「それくらいは事前に把握しておくべきことだ」と指摘されます。

製造ラインに詳しい人は、ライン設計上、製品が蛇行しないような品質保全の仕組みがあるという知識を持っているので、「なぜ引っかかったのか」という本質的な質問ができます。

私は研究担当としてさまざまな製造ラインを見たことはありますが、製品の包装工程以降は別部門の担当だったこともあり、品質保全のための詳細な仕組みまでは知りませんでした。製造ラインの知識がない状態で、「聞けばいいだけだから、できるでしょ」と言われる私は、品質保全の仕組みを理解した上での質問をすることができなかったのです。

経験者も新任の気持ちを忘れる

「聞けばいいだけ」と言う先輩たちも、初めて監査部門に配属された際には、戸惑うことが多かったはずです。実際に同じ部署の先輩社員は、異動当初は大変だったと口々に語ります。

しかし、なぜ、初めて担当する私に対して、自分が受けたのと同じように「新任は全て的を得た質問をすればいいだけ」という教育スタイルを踏襲するのでしょうか。なぜ、最初にわからなかった時の気持ちを忘れてしまうのだろう、そんな想いから、この疑問を書きました。

自分自身にもあった「忘れてしまう」の経験

一方、私自身も「わからなかった時の気持ち」を忘れてしまうことがあります。

研究開発を担当していた時、新卒の後輩に仕事の一部を任せ、グループ内で結果を報告してもらおうとしました。資料の流れを打ち合わせ、後はパワーポイントにまとめるだけだったので、「半日もあればできるだろう」と思っていたのですが、実際には2営業日ほどかかっていました。

当時の私は、「なぜ、そんなにかかるのだろう?」「やってみて疑問が出たら、都度、聞いてくれたらもっと早くできるのに…」と少しモヤモヤしていました。しかし、周りのグループ員に相談すると、「そもそも初めて体験する業務だし、この業務の資料作成はそのくらい時間がかかりますよ」と言われ、自分が新入社員に高い水準を期待しすぎていたことに気づかされました。

このように、自分が慣れてくると、最初にわからなかった時の気持ちを忘れて、相手に高い水準を求めてしまうことは、誰にでもあることだと再認識しました。

 

2. 「わかっている方がエラい」という認識の危うさ
他の参加者から出た疑問や、それを共有した後のディスカッションも興味深いものでした。

ハッとさせられたのは、子どもたちが書いた「わかってる方がエラそうなのはなぜ?」「なぜわかってるフリをするのか?→めんどうくさいから」という言葉です。

 

普遍的ではない「わかる」こと
そもそも、私たちが「わかっている」と思っている事柄に、普遍的なものはあるのでしょうか。

科学技術も進歩とともに、わかっていたことが塗り替えられるのはよくあることです。数百年前まで、多くの人は天動説を信じていました。また、『サピエンス全史』では、文化や宗教・価値観などの概念は、人類が作り出した虚構(フィクション)だと書かれています。

もしそうだとすれば、「こういう振る舞いをしなさい」と教える事柄も、文化や時代、宗教によって異なるはずです。例えば、今の日本では「勉強しなさい」と親が言いますが、狩猟採集時代なら狩りの技術や食べられる植物の見分け方を教える方が重要だったでしょう。

このように、私たちが「わかっている」と思って伝える事柄は、そもそも普遍的ではありません。なのに、なぜ伝える方がエラそうになってしまうのでしょうか。

 

監査部門の「聞けばいいだけ教」
進歩の速度が比較的遅い時代では、ノウハウは普遍的なものとして扱える時間が長く、知っている人・習得している人が「エラかった」のかもしれません。知らない人は教えてもらうことで新たな知識を得られたため、教えてあげる立場の人間が、多少エラそうにするのは許容されてきたのでしょう。

また、文化や価値観に基づく望ましい行動を教えたのに、それを受け入れない人に対しては、異教徒に対する苛立ちに近い感情が湧くのかもしれません。

 

上で書いた異動した部署での教育体制を例に挙げると、私以外のメンバーは「聞けばいいだけ教」の教徒だといえるかもしれません。その教義は、マニュアルがない業務でも判断基準が明文化されていなくても、厳しい指摘を受けながら質問し続けることで、監査員としての力量が身につくというものです。

教団幹部の方々(部署の先輩)に質問すると、「〇〇さん(私)のために30分も使ったね。」と恩着せがましく言われたり、Aさんに質問した場合ととBさん質問した場合で判断が異なることもありますがうまく立ち回らければなりません。Aさんの過去の判断を参考にこう記載しようと思いますとBさんに相談すると、「虚偽の報告をするつもりですか?」と叱責されることもありますが、心が折れてはいけません。

 

この教団には、新任が大きな仕事を一人でこなす「通過儀礼」があり、私も着任1か月目で無事に通過儀礼をクリアしました。

その後、業務でつまづくことも多かったので、OJT担当をつけてほしいと要請しましたが、「みんな忙しいからOJT担当はつけられない」「前の人は今のやり方で問題なかった」と断られました。しかし、監査部門より残業時間が長い研究開発部門ではOJT担当がついていますし、国際的な品質マネジメントシステムISO9001でも業務を行う担当者は業務を行うための力量を備えるために教育訓練が必要だと書かれています。前の人は1人で担当業務を持つ前に半年間 副担当としての見習い期間があったので、実質OJT教育を受けていますが、判断が変わる事はありませんでした。

 

彼らは他の教育方法(異教徒の教典)がある事は知っているが、自分達の受けた教育こそが、自分達の部署に最も適した普遍的な教育法だと考えたのでしょう。

 

通過儀礼をクリアして教団の一員となったにも関わらず、聞けばいいだけ教に求められる質問スキルを発揮できず、OJTやマニュアル・スキルマップに心理的安全性という異教を布教しようとする私には、「なぜ聞かない?」「聞けばいいだけじゃない?!」というエラそうな言い方で教義を語り、苛立ちをぶつけてきたのかもしれません。

また、会社の要請に従ってマニュアルやスキルマップを整備しようとしている教団幹部の方々にとっては、譲歩している自分達への感謝が足りないと思われたのかもしれません。
(後に、全社的な組織風土改革のPJが立ち上がり、各部門で教育体制を整える活動は始まっています。)

 

3. 共感していない「わかったわかった」の不快感

子どもたちの付箋の中には、「わかったわかったって言ってる時の気持ち」というイラストがありました。これは、頭の中に「?」が浮かんでいる先生の様子を表しており、「なんで、めんどうくさそうにいうの?」という付箋もありました。これは、聞く気がない時や面倒くさい時に、大人が「はいはい、わかったわかった」と言って話を終わらせている様子を捉えたものです。

 

この集まりの後、私も家で注意して会話してみると、息子との会話で「はいはい、わかったわかった」と頻繁に言っていることに気づきました。

「学校行きたくない」と毎日言う次男。学校行きたくない歌を明るく歌っているので、深刻ではないと思って、「わかったわかった」と聞き流していましたが、もしかしたら、その日は特別に嫌な出来事があり、話したかったのかもしれません。日々、子どもの言葉にちゃんと耳を傾けようと思いました。

 

保護者の方からは、学校で子供の喧嘩に遭遇した時、全然話したことのない先生に「お母さん、わかります。わかります。」と突然背中をさすられて不快感を感じた、という話も出ました。自分の子どもや自分の気持ちを何も話していない人に、急に共感の言葉を投げかけられても、嘘くさく感じてしまいますし、初対面の人からのボディタッチはギョッとします。

 

他の方は、友達と話す時に「全部はわからんけど、めっちゃわかる」と言うことがある、と話されていました。これは、「あなたの立場と違うので、すべての気持ちはわからないけれど、私はあなたの事をわかろうとしていて、一部共感できる部分があるよ」という、とても優しいメッセージだと思いました。

 

まとめ

「わかる」について話すだけで、あっという間に2時間以上が経過していました。

子どもも大人も、自分の気持ちを言語化するのが得意な人が多く、自分一人では気づけなかった学びがたくさんありました。

自分が相手の立場や価値観を理解しようという姿勢をもち、相手の話しを聞いて初めて、相手の言うことがわかるのではないでしょうか。

また、参加したいと思える、実りのある時間でした。