〈人形文長〉
……………あの…ということは、阿弥陀さまは、あの劣悪な環境の中で地獄の50日を生きた、悲しい目をしたブロイラーなのですか?生きたまま首を引き裂かれたあの牛なのですか?涙を流していた牛なのですか?頭を大きなハンマーで思いっきり殴られて首を切られて血を抜かれて熱湯で茹でられて内臓を取り除かれて真っ二つにされたあの豚なのですか?あれが阿弥陀さまの姿なのですか?
そして今、食事しているあの者は、もぐもぐと口を動かしていますが、その口の中で噛み砕かれている肉が、阿弥陀さまの体の肉なの…?
あぁ…なんと恐ろしいことでしょう…
これからは、あの者は、食事の前に「阿弥陀さまを、いただきます」と言ってから、食べなければなりません。
だけど阿弥陀さま、あの者は、この事実に対してまったくの他人事だし、自分が食べている命を命だと思わずに、そして、自分の罪を引き受けてくださった阿弥陀さまの体の肉だとは思わずに、ただの食材が料理されたものだと思って、へらへら笑って食べていますが、本当にそれでいいのですか!どうかあの者に対して、この事実を分からせるために、強く叱って指導してやってください!
〈阿弥陀さま〉
人形文長くん、私の立場になって考えてくれてありがとう。
だけど私は、よーくわかっているのです。いまさら強く叱って指導しても、あの者が殺生の罪を犯している事実を自分事として受け入れることは不可能であることを。
そのお粗末な現状は変えることができないということを。
そして、殺生罪に対するお粗末さだけにとどまらず、あらゆるお粗末さについても、同じことが言えるということを。
あの者が、そのあらゆるお粗末さを変えることができないことは、確定済みなのです。私が五劫思惟して、そこを見抜いたから間違いありません。見抜いて確認したから、だからこそ、私は修行をしようと思ったのです。
だから、あの者に強く叱って指導することは、全く意味がありません。
たとえ強く叱って指導しても、この阿弥陀仏の体の肉を食べていると思えないお粗末さを、良い方向に変えることは不可能なのです。だからあの者は、はるか昔から、六道輪廻の世界を迷い苦しみ続けているのです。
どうやっても変えることができないそのお粗末さ故に、迷い苦しみ続けているあの者の存在があるからこそ、私は、自ら進んで、望んで、あの者のために、修行することを決めたのです。
私は、あの者のために、修行をしたかったのです。そして実際に、積極的に、あの者のために、修行をしたのです。その結果、修行は成し遂げられたのです。
自分で自分の罪に責任を持つことができずに、ただ迷い苦しみ続けるしかできないあの者の存在が、私を修行に向かわせたのです。
今、あなたに、同じ事を何度も繰り返し言っているのは、「あの者の、あらゆるお粗末さは、変わらない」ということと、「だから、私は、あの者のために、修行をしたくなった。そして実際に、修行を成し遂げた」ということを強調したいからです。
〈以下 延々と続く・・・ 〉
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〈やり取り終わり〉