
2026年、
よろしくお願いします。
特に大きな目標を立てるわけではないけど。
自分の楽しい、幸せを
胸に描いて暮らしてと思う。
人生をしっかり掴んでいく。
そして何よりも健康に過ごせるように。
心も身体も元気にいきたいな。

大晦日の朝。

昨年の最後の一枚、チェットベイカーと
今年も引き続きのケルアック、路上。

木曜日、元旦の朝。
いつものルーティンをこなして、
心身を満たす。
新年最初は中也のランボオで。
心に力を。
良き一年の始まり。
「幸福」
「 季節が流れる、城寨が見える、
無疵な魂なぞ何処にあろう?
季節が流れる、城寨が見える、
私の手がけた幸福の
秘法を誰が脱れ得よう。
ゴオルの鶏が鳴くたびに、
「幸福」こそは万歳だ。
もはや何にも希ふまい、
私はそいつで一杯だ。
身も魂も恍惚けては、
努力もへちまもあるものか。
季節が流れる、城寨が見える。
私が何を言つてるのかつて?
言葉なんぞはふつ飛んぢまへだ!
季節が流れる、城寨が見える!」

ランボオからケルアックへ。
「コーラス 六七」
「これすなわち
真如、この名こそ
本質
を示すもの
あらゆる物は同じ物
本質で
できている
母なる自然ではなく
純粋な自然
これを読む時の
君の思考の実体を表現するのは
この瞬間の
宇宙のからっぽさと
同じ
それはそこにあり
どこにでもある
からっぽさの内側に
きみが聞く沈黙と同じ
だから無知なソファーと
亡霊と椅子の他に
邪魔するものはない
きみの心の中の映画の
一コマしかない」
(ジャック・ケルアック詩集、池澤夏樹、高橋雄一郎訳、思潮社、41頁〜43頁)