
コーヒー納め。

そして十八珈琲さん納め。
飲み比べとチーズケーキ、
あと深煎りブレンドを挽き100gで
今年は納める。

良き時間、良き年。
十八珈琲さん、
今年も本当にありがとうございました。

コーヒーは納まったけど、
こちらは年明けまで引き続きかな。
ケルアック、路上の旧訳。
今年二度目、オンザロードとしては
五回目となるもの。
他の本に集中することの多かったこの頃。
でも久々にがっつり読み込むと、
やはり大好きだなぁ、、と再確認。
納まらなかったけど。
こんな風に再確認出来たのは、
良い年の瀬だなと思う。
ケルアックは
来年も読んでいきたいな。

火曜日、体重は48.6㎏。
リルケがとても響く朝。
あまりに感動したので、
少し長いけど全文載せて。
変わり続ける。
魂を常に刷新していく。
今が人生で一番好きな自分。
そう思えてる。
読み続けていこう。
「ヘルダーリーンに」
「たとえ最も親しいものの許にすら
滞り留まることは人間のさだめではない。精神は
己れの充たした形象から立ち出でて、突如と充たすべき形象へ進む。
精神が、湛え休らう湖の姿と成るのは永遠の中に到って始めてそうなるのだ。 此処では
たぎち流れることこそ最も有為なことだ。──
すでに果しえた情感から、予感されている情感へと滝のように進みつづけることこそ。
おんみ、形象をまことに生かした頌むべき人よ、おんみにとっては
おんみに言い現わされたとき全生命は、先へと迫る絵姿だった、
詩の一行一行は運命のように強くまとまりつつ
最もおだやかな行の中にさえ 死が含まれ
おんみは その死を踏んで進み
しかし先立って進む神が おんみを死の彼方へと導いた。

おお 限りなく転身する精神よ、おんみ最も転身する精神よ! 何とすべての詩人らは
仄温い詩を家として 心たりていることか、何と永いあいだ
貧しい比喩の中に滞っていることか。彼らは引き留められる。おんみのみは
常に往く、月のように。そしておんみの下の方で
聖なる愕きに撃たれている夜の風光が
明るみ また翳り、その風光をおんみは常に別離の中で感得する。
おんみこそ最も崇高にその風光を表現し、それを最も健やかに
また完璧に全体へ還した。それゆえにまた
もはや計算されぬ歳月の中でも 神々しく
おんみは限りのない幸福を遊び相手として、あたかも
その幸福が もはや内心だけのものではないかのように、
その幸福は別にもう誰の所有とも決められず
神々しい子供らが柔らかな、まわりの草原へ置き忘れて行ったもののようにさえ見えた。
ああ、最高の詩人らが獲たいと望むものを、おんみは欲しがるまでもなく
一つ一つと積み重ね、それは建った。しかもそれが再び崩れ落ちても
おんみの心はそのために迷いもしまい。
こんなまことの永遠の詩人が生きていたのに
なぜわれらは この世のものを未だ本当に信じようとはしないのか?
過ぎやすい眼前の存在そのものによって真面目に学び識るべきではないか
将来の拡がりの中での大切な傾きに対する感じを。」