パリから寄り道シリーズ、2回目。
今回はピカルディー地方、オワーズ県のCompiegneとPierrefondsを訪れた。
Compiegneには、ナポレオン時代に充実した宮殿がある。
メロビング朝(5世紀~8世紀)の宮廷跡にルイ15世が宮殿を建造、その後ナポレオン1世、3世によって改築され、現存する新古典主義様式の建物になったそうな。
![]() | ![]() |
ヴェルサイユ宮殿の「空間を残さず装飾で(すなわち意味で)埋め尽くす、それもできるだけゴテゴテと」という、非常に西洋的な精神と同系列ではあるものの、東洋から来た者を少しだけほっとさせるような落ち着きがある宮殿である。
庭園も森や草原がそのまま取り込まれた嗜好でよい。
観光客が少なく静かである、というのも落ち着いた雰囲気を醸し出すのに一役買っているのかもしれない。出会うのは8割がフランス人、2割がドイツ人やオランダ人。アメリカ人や日本人といった、遠方からの観光客はついに見かけなかった(夏の観光シーズンも同様とのことだ)。
ヴェルサイユ宮殿は、あれはあれで訪れる価値はあると思うが(笑)、わたしはコンピエーニュ宮殿の方をおすすめしたいと思う。
.....
そしてコンピエーニュから車で15分(自転車でコンピエーニュの森を抜ける道15キロ、という手段もあるらしい)の小さな小さな街ピエルフォン。
ここには偉容を誇る中世の城がある。
19世紀には廃墟と化していた中世の城を、ナポレオン3世が本格的に改修したそうな。
![]() | ![]() |
現物を見るまでは、ナポレオン3世が誇大妄想と権力にあかせて修理させたアミューズメントパークのようなハリボテでしょ?と想像していた。
たしかにそうではあるのだが、あの当時の絶対権力者なくしてはこのような事業は不可能である、という点で、よくぞご決断を、という感じのハコモノである。
例えばギリシャやエジプト等に行くと、わたしなんかは想像力に乏しいので、遺跡の一つでも当時そのままに完全に復元して見せてくれれば楽しいのに、という俗な感情が湧いてくる。それを中世の城で本当にやってしまいました、というのがこのピエルフォンの城だ。
特におもしろいのは、この城には時代背景的にも「フランス」国民国家形成の糊としての機能が期待されていたところである。
それが最も顕著なのが「フランス歴代の偉人の墓のレプリカ」をこれでもかと並べた地下室だ(石棺上にはギリシャ彫刻よりスカしたポーズのご本人の像が施されている類いの墓。何割美男美女に水増しされているのか知りたい)。
フランスにはかつてこれほど偉大な王、将軍、枢機卿、騎士、女王が存在したのである!彼らに倣いフランス人としての誇りを持ち、フランス国民として団結し国家を守ろう!
というプロパガンダが朗々と聞こえてくるのである。
そう言えば「純正フランス人」とかいう怪しげな思想が流行るのもこの頃だ。
国家事業で墓のレプリカ(笑)でも作らせて並べておかないことには「国民」「国家」というものは、その誕生期には巧く機能しなかった「想像上の」「作り物の」ものであったということが露見していて、微笑を誘う。
これを見てウカウカと「フランスってほんとすごい。アコガレ!」とか思わせられる人は、もっと...えっと考え直した方がいいと思う。
そして眼下にはこんなにかわいらしい(どんなにかわいらしいかと言うと、ホテルは一件のみ)街。
バンビのパパのような森の王者としての野生の大鹿にも出くわした。あの角でやられたらそりゃひとたまりもないでしょうな。
コンピエーニュが舞台のメロビング朝の起源にしろ、中世起源のピエルフォンの城の建築理由にしろ、現ベルギーとの切っても切れぬ関係が元にあったことを知り大変興味深かった。
旅行者の方も、レンタカーをすればパリから(45分ぐらい)でもブルージュから(2時間くらい)でも一日で回れるだろう。
おすすめです。



