「スマート工場とは、MESを活用する工場である」と発言しはじめてから数年たつ。もちろんMESを入れてさえいれば、自動的にスマート工場になれる訳ではないが、MES抜きで製造指図も製造記録も全て手書きでは、あまりスマートとは言えない。 なぜなら、自分の現在・過去・未来をちゃんと把握し、事実とデータに基づいて判断する、というのが「スマートさの条件」だからだ。生産の現状は現場の各工程を回って追っかけなければ分からず、過去は手書きの記録ばかりでデータになっていないので、何事も勘と経験と度胸で決める、ではスマートにはほど遠い。 そして、スマートでない職場で働くのは楽しくない。そういう職場では、何か想定外のトラブルが起きたり飛び込み注文が入ったりすると、バタバタ状態に陥りやすいからだ。普通の業務を毎日、定常的にこなすだけなら、まあスムーズに流れる。ちょっとした問題なら現場が解決する。だがマクロな問題が生じると、各工程・各部門が、全体の状況も分からぬまま、バラバラに勘で判断する結果、相互調整や実行不能な指図が飛び交う状態に、陥りがちだ。 そんな工場にはしばしば、つまらぬ力仕事も残っている。しようと思えば機械化できるのだが、「採算が合わないから」人手のままだ。アホくさくなって、若手から順に辞めてしまう。そういう楽しくない職場から、良い製品など産まれてくるはずはない。その一番根本のところを、たぶん経営が忘れているのだろう。
「全体は部分の総和に勝る」とは、その昔ギリシャのアリストテレスが語った言葉だ。だが2千年以上たった後でも、わたし達の社会では、「部分の総和が全体である」会社が少なくない。部門ごとに役目を切り分け、KPIの目標値を与え、あとは「各人持ち場で最善を尽くせば」全体で最良の結果が得られるはず、と信じている。 だから、全体を見て考える立場の部署や、人がいない。工場を訪問して、「原料が入ってから製品が出るまでの、全体の工程の流れを教えてください」と質問しても、全部を答えられる人がいない。しかるべき図もない。工場長さんだって、自分の出身部門の事には強くても、全体を把握できているとは限らない。 ところで、ITシステムの特徴とは何か、ご存じだろうか? それは、部門を横断して働くことが多い仕組みだ、という事だ。製造も品管も生産技術も生産管理も、それぞれ時部門の持ち場で最善を尽くすことだけが求められる。だが、ITシステムは違う。データとは、他のデータと組み合わさることで、価値が何倍にもなる性質を持つ。だからITシステムは必然的に、部署や機能を越境して広がろうとするし、その方が望ましい。 ところが、その段階で『全体を見る人がいない』問題が立ちはだかってくる。日本の製造業は真面目で優秀な人が多いので、各部門単位でそれなりにITシステムを入れて、立ち上げていく。だが部門を越境できない。頑張って越境しても、なんだかモザイク的な温泉旅館的つながりしか実現できない。全体のあるべき姿のデザインがないからだ。MES=製造実行システムの導入に立ちはだかるのは、そうした問題である。
MESベンダーさん達と話していると、共通して出てくる意見ないし感想がある。それは、「本社レベルでの『ものづくり改革』的なプロジェクトから派生してくるMES導入は比較的スムーズに進む。しかし、工場の製造現場発で動くMES導入の案件は、途中で止まってしまうことが多い」という状況だ。これが本当だとしたら、なぜだろうか? 本社レベルのプロジェクトの方が、予算申請の決裁が通りやすい、という面はあるだろう。しかし、工場発のMES導入の方が、現場ニーズに即しているはずではないか。なのになぜ、止まってしまうのか。 それは、「MES導入で実現したい業務のTo-Be像が、意外に不明確だから」ではないか、というのがわたしの推測である。なぜか。それは(繰返しになるが)工場業務の全体像が見えている人が、ほとんどいないからである。業務のAs-Isの姿があり、明確なTo-Be像があって、そのギャップを埋めるためにITシステム導入をする。そんな風に、システム・アナリストの教科書などには書いてある。住みたい家のクリアなイメージがなければ、建築家に設計を頼むこともできないではないか。だが、そのイメージが部門毎に、バラバラなのである。 スマート工場とか製造DXの仕事をしていて実感するのは、「IoTとかAIとか、面白そうな技術があるから、これを何かに使えないか」という発想で動く人たちと、「こういう業務を実現したいから、こういう技術がないものか」と考える人たちがいることだ。そして前者の、いわば「技術シーズ先行型」が大多数で、後者の「業務ニーズ主体型」は少数派である。しかし何かの仕組みをちゃんと構築するためには、後者のアプローチが絶対に必要だ。PoC止まりになってしまうのは、たいていが前者である。このMESで何ができるか、ではなく、MESで何を実現したいのかを、まず考えるべきなのだ。
こうした壁を突破するために、わたし達「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」では、2年前から、一つの標準リストを作成することにした。それは、製造業における工場内業務の全体像を示すリストである。日本には組立加工系(ディスクリート型)工場が多いので、それを念頭に置きつつ、500あまりの単位業務をExcelの表にリストアップした。 その中には、「大日程計画立案」のように、工場スタッフ層が行う情報処理的な仕事から、文字通り「製造」のように、ショップフロアの現場で機械や手を動かす仕事まで含まれる。ちなみに、それぞれにはA-10-10-01とかB-30-30-03といった整理用のインテックスもついている。そして業務オペレーションの内容説明や補足記述がついている。 そして、業務全体のAs-IsとTo-Beを考えていただくために、それぞれの単位業務をMES/MOMで行うべき対象かどうかについて、○×のリコメンデーションをつけた。MES/MOMではなく、他のITシステム(ERPとかPLMとか)で行うのが通例のものは、そう記述した。もちろんこれは推奨なので、ユーザは独自の考えを持っていただいても、全然構わない。 昨年、このリストのパブリックコメント版を公開した。そしていよいよ今月、正式版をリリースできる運びとなった。ちなみに昨年はこれを「標準テンプレート」と呼んでいたが、今回の正式版からは「標準業務一覧」と呼ぶことにした。もちろんExcelのリストだけでなく、これをどう使うべきかについての、丁寧な解説もつけている。 リストは、(財)エンジニアリング協会の下記のHPから誰でも無償でダウンロードできる。 たまたまだが、この公開タイミングと前後して、Webメディア「Koto Online」からMESと標準業務一覧について、取材を受けた。その記事も以下から無償でアクセスできるので、ぜひ大勢の方にお読みいただきたい。 念のために書き添えるが、この標準化活動は、研究会メンバーによるまったくの手弁当である。わたし自身も他のメンバーも、誰からも一銭も受け取っていない。ただ、日本のMESをとりまく状況を良くしたい、この国にスマート工場、すなわち面白いと感じながら働ける工場を一つでも増やしたい、との思いから、これを作ってきた。とはいえ、内容の不足面や偏った面は、いろいろあるだろう。だから一人でも多くの製造業の方に、これを見ていただき、前向きなご批判やご意見をいただけるなら本望である。 佐藤知一@日揮ホールディングス(株) #
by Tomoichi_Sato
| 2025-10-09 10:29
| D1 製造業のITシステム
|
Comments(0)
![]() 「インフレーション宇宙論 ― ビッググバンの前に何が起こったのか」 (Amazon) 子どもの頃、講談社ブルーバックスを読むのが好きだった。理工系の大学を出て、技術系の職を得たのに、だんだんと読まなくなったのはなぜだろう。自分がその領域に慣れて鈍感になったのか。それとも科学というものが、昭和時代のようなワクワク感(=感情的価値)を生み出しにくくなったのか? 本書は久しぶりに、講談社ブルーバックスを読む楽しさを感じさせてくれる本だった。2010年の刊行だから、著者が東大を退官された翌年の本である。この方の本は初めて読んだが、素人にやさしく解説するのがとても上手なので、あたかも分かったかのような気にさせてくれる。とても素晴らしい本である。 もっとも、分かりやすいと言っても、ゼロから宇宙が始まり、しばらくは虚数時間であったが、その後トンネル効果で実宇宙が誕生してから、ようやく実時間がスタート。その後、爆発的インフレーションと共に、真空の相転移が生じて、宇宙は火の玉になった…という話ではあります。でもなんか、面白いじゃん(^^) 宇宙の始まりは「ビッグバン」であった、というのが世の通念である(わたしもそうなのだと信じていた)。宇宙が火の玉として始まり膨張し続けてきた、というビッグバン理論の骨格は、G・ガモフらが確立し、真空放射など多くの観測結果がそれを支持してきた。 しかしビッグバン理論には数々の大きな難点がある。まず、アインシュタインの一般相対論の方程式では、宇宙の始まりは密度も温度も無限大の「特異点」になること。また、なぜ火の玉で始まったのか、なぜ宇宙の銀河団のような密度の濃淡ができたのか、なぜ膨張し続ける宇宙の曲率がほぼ平坦なのか、なぜモノポール粒子は見つからないのか・・などがそれだ、という。 著者が81年に指数関数的膨張解として提出し、同時期に米国のアラン・グースが「インフレーション」と名付けた宇宙モデルは、これらの困難を解決できる、画期的新理論だった。その内容は、わたしなどが紹介するよりも、この易しくてページも厚くない本書をぜひ、読んでほしい(概要はまあ上に書いた通りだが、「真空の相転移」がカギらしい)。 そして物理学の進歩がもたらすワクワク感を、少しでも体験してほしい。
![]() 「茶の間の生命科学」 (Amazon) こちらは1983年刊行の本。著者は近畿大学医学部教授(当時)で、有名な英語教育者・中津燎子さんが、この方のパートナーだったので知り、手に取って読んでみた。他に著書として、講談社学術文庫「生命科学の先駆者: ホプキンス、ワールブルク、サムナー」もあるが、今はいずれも現在は古書でしか手に入らない。 本書はなんだか軽いエッセイみたいなタイトルと装幀だ。だが、読んでみると実はとても本格的な生命科学(とくに分子生物学)の発達史の解説書で、非常に面白い。勉強になる箇所が多く、もっと早く出版当時に読んでいればよかったと感じる。 近代的な生命科学の源流は、17世紀英国のフックによる、植物の「細胞」の顕微鏡による観察からはじまる。フックは王立アカデミーを設立し、ニュートンがその後を継ぐ。17世紀は科学革命の曙だったが、18世紀になるとなぜかいったん停滞する。顕微鏡も忘れられた道具となる。 しかし19世紀中頃にようやく復活し、植物・動物を含むすべての生物の基本として「細胞説」が確立する。また19世紀の化学は、有機化合物が様々な「基」から合成されるという見方を生んだ。そして極めて多種多様なタンパク質は、20種類のアミノ酸からなる事も明らかになる。つぎはその立体構造の解明が研究対象になる。20世紀初頭には病原体としてのウイルスが発見される。スタンレーは煙草モザイクウイルスの結晶化に成功し、ウイルスが生物と無生物の間にある存在である事を示す。 かくて20世紀中葉のワトソン&クリックによる、DNA二重らせん構造の解明と、生物学の「セントラル・ドグマ」確立につながり、それは遺伝子工学の爆発的豊穣をもたらす。 本書の特徴の一つは、各研究者の業績だけでなく、そのキャラクターを生き生きと描きだしす点にある。著者は、 「分裂気質」(理論家で演繹的思考を好み、孤立や論争をいとわない)、 「粘着気質」(帰納的思考を元に、こつこつと地道に実験や調査を積み上げる)、 「循環気質」(流行に自らを合わせる) などのクレッチマー類型を説明につかう。さらに自己顕示欲の強さなどを加味して、その仕事の成果と性格がいかに関連しているかを示す。 また科学研究という営為が、客観的に見えながらも、いかにアカデミアや社会に流されて運不運に左右されるかも、目配りを忘れない。科学史・科学研究論としても、非常に興味深い本である。 それにしても明日香出版社さん、このタイトルと装幀ではあんまり売れなかったんじゃないの? たぶん、こうしたハードな科学系の内容を理解できる編集者がいなかったのだろう。そうした意味でも、ほんとに研究者には運不運があると言うべきなのだろう。 #
by Tomoichi_Sato
| 2025-10-01 17:19
| G 書評
|
Comments(0)
ある大手航空機メーカーのオフィスを訪れた。研究開発拠点で、小ぶりなオフィスだ。しかし中に入ると、会議室や廊下のあちこちに、自社の様々な製品の写真が飾られている。いずれもカッコいい写真だ。模型も並んでいる。見ていて、改めて思った。「そうか。この人たちは、自由に空を飛べる乗り物を作りたいという情熱で、この会社を動かしているんだ」。 そこの本社も訪れた事はあるのだが、来客用の大会議室や研修室が並ぶ建物では、実感がわかなかった。凝縮されたスペースで初めて、その情熱に気づいたのだ。 働く人の情熱がなければ、企業は続かない。もちろん、情熱さえあれば企業が存続できる、というほどビジネスは単純ではない。しかし優れた製品ができ、自分もそれに多少は関わっていて、それが望ましい風に働くのを見る事は、感情的な勲(いさおし=報酬)になるのだ。 もちろん給与という経済的報酬ももらう。もらわなければ生きていけない。だが感情的な価値は、お金だけでは足りない部分を補うことができる。 それは企業自身にとっても同じだ。売上・利益は会社が存続し、機能し続けるために必要である。だが、会社が社会に届ける製品、社会の中で果たす役割に対する、こだわり・情熱がなければ、会社は続いていかない。 世の中には、一見風変わりなことに情熱を燃やす会社もある。例えば、わたしの勤務先は、砂漠の真ん中や、1年の半分は夜になる極地に、プラントを建てる仕事をしている。多くの人から見ると、さっぱりわからない情熱だろうと思う。でも人々が情熱を燃やし、面白い・好きだと感じる対象は、とても多様で、様々なのだ。
世の中には、なぜ、これほど多種多様な企業が存在しているのか。効率的なお金儲けだけを追求するのなら、金融を中心としたわずかな業態に、どんな企業も集約していくはずではないか。極寒の地にプラントを建てるのなどやめて、債権を転がして儲ける方が、ずっと楽で効率的ではないか。この問いを立てて20年以上がたつが、いまだに経済学や経営学では納得できる説明を見たことがない。 でも答えなど、出るはずもない。それら学問が立脚する経済的価値=お金だけでは、企業の多様性の説明はつかないからだ。それは、「好きである」こと、感情的価値の多様性に根ざしているからだ。この事にようやく最近、気づくようになった。 経済的価値とは、端的にいって、売ったらいくらの額に換金できるかを示す。交換価値と呼んでもいい。 これに対して、感情的価値とは、その対象が自分にどれだけの感覚的・情緒的なプラスをもたらすかを示す。 例えばあなたが、以前から欲しいと思っていた、カッコいい新車を買ったとしよう(クルマに興味が無ければ、カッコいい音楽用ガジェットでも、自家用ジェットでも何でもいい)。 あなたにとっての経済的価値は、それがもたらす時間の便益や、他人に転売したときに得られる値段だ。 しかし感情的価値とは、その流線的なカーブや色合いの美しさ、動かしたときの手ごたえの面白さ、自分のできることが広がる期待、そして所有者であることの誇らしさなどからなっている。 あなたが職場で働く時、あなたは労働力と言う資源を雇用主に売っている。代償として得られる経済的価値が給与だ。しかし、あなたが仕事で感じる面白さや誇らしさ、将来性への希望などは、感情的価値に属する。この感情的価値が、仕事の負担や人間関係のストレスなどで、ゼロ以下に減じてしまうと、どこか別のところに移ろうか、と言う気持ちになる。 エンゲージメントと世の中で呼ぶものは、働くことの感情的な価値の側面なのだ。
経済的価値は必要条件だ。だがそれは、人を引きつけ、関わりを続けるための充分条件ではない。感情的価値こそ、人を動かすための充分条件を作るのだ。 スマート工場とは何かについて、私は何年も前から同じことをずっと主張している。スマートな工場とは、見た人間が誰でも「ぜひ、ここで働きたい」と感じる工場なのだ。見る人は技術者かもしれない、技能員かもしれない、あるいは単純な事務職かもしれない。誰が見ても、「すごい。ここで働いてみたい」と思えるような工場こそがスマートなのだ。そうした工場が、今の日本には必要なのである。 なぜなら、スマートでない工場で働くのはつまらないからだ。働くことがつまらないと感じる職場から、良い製品が生まれるだろうか? この国ではどこでも、工場は人手不足だ。給与が少しでも良ければ、別の職場に移ってしまう。それはつまり、働く人に感情的価値を与えることが、できていないからだ。 でも、それは工場に限ったことではない。あらゆる職場でギリギリまでコストダウンを迫り、 非正規労働の契約で給与を低く抑え、マニュアル化とKPIで創意と個性を縛る。生まれた経済的余剰は企業が内部留保するだけで、ろくにまともな設備更新も教育投資も行わない。これがわたし達の社会で20年以上続いてきたことだった。かくして、働く人の大多数が、感情的価値の欠乏に内心苛立つような社会が出来上がった。 少し前の『新しい第3の分断〜建前社会の疲弊と、新・本音主義の登場』 で書いた、現代社会のあちこちで起きている「分断」の動きは、いわば抑圧されてきた感情の反乱である。経済的価値だけを最優先し、感情的価値を無視続けてきた社会は、明らかに行き詰まってきた。ならば、「ポスト資本主義」を考えたい人は、わたし達の感情面をどう再構築するか、もう一度検討しなければならないだろう。感情は金銭と違って客観性に乏しいから、数学的な経済学だけでは、その答えは出ないと思う。
感情には、価値をもたらすポジティブな面もあるが、破壊的に作用するネガティブな面もある。その両面を心の中に持っているのが、人間だ。心の内部構造がどうなっているのか、わたしにはよく分からないし、脳科学も心理学も、確実な答えを持っているようにはまだ思えない。 ただ、一つ言えるのは、さまざまな感情の動きが心の中で乱れていると辛い、という事だろう。そして感情的価値の乏しいわたし達の社会では、そういった心の状態になりやすい。身体の状態については、「整う」という言葉が、よくサウナなどに関連して使われる。では、それに相当する状態、内面が「ととのう」のは、どういう時だろうか。 こうした事柄はとても主観的なので、説明が難しいが、わたし自身の体験では、何らかの儀式のようなこと、時間をかけた身体的所作や発声をともなう行いを経ると、何となく心が落ち着くことはある。それは宗教行事的な場合もある。だが、だからといって起工式や結婚式に臨席しただけで「整う」ほど、心は単純ではないらしい。発声が良いといっても、カラオケに行けば済む話でもない。ともあれ、多忙な現代に等閑視されがちな営為にこそ、乱れた感情を整えるためのヒントがあるらしい。 心が落ち着くと、他者の心の状態にも気づきやすくなる。そうでなければ、協力という事はできない。現代社会で協力関係が結びにくくなり、人びとがバラバラになりがちなのは、感情的価値が痩せ細ってしまった事と関係がある。経済的価値は必要条件だが、十分条件ではない。感情的価値が乏しい物事は、必要な栄養はあるがちっとも美味しくない食事のようなものだ。 顧客である航空機メーカーの人たちの、感情的な原点に気づけたのは、わたしにはとても大事なことだった。皆、自由に大空を飛ぶ姿が、好きなのだ。「好き」という表現は、ビジネスでは滅多に公的会話に登場しない。でも、それがあればこそ、トラブルを超えて前に進もうという気持ちになる。では翻って、わたし達の社会はどんな自由を、「面白い」と思えるのだろうか? <関連エントリ> 「新しい第3の分断 〜 建前社会の疲弊と、新・本音主義の登場」 (2025-07-12)
#
by Tomoichi_Sato
| 2025-09-23 19:06
| E6 メンタルと働き方のマネジメント
|
Comments(0)
先日行った「PMシンポジウム2025」での講演「PMから見た『設計』論の課題」に 関連して、もう一つだけ考えてみたいことがある。それは設計という仕事の目標、位置づけだ。 わたしは 総合エンジニアリング会社をじにんする勤務先に長年勤めている。社員の8割は技術系で、半分以上が設計の仕事に携わっている。わたし自身も、 キャリアは設計専門部から出発した。プラント・エンジニアリング会社は技術のデパートみたいなもので、多数の専門分野の設計技術者たちが、協力しあって仕事をしている。 設計業務の一番の目的は、新しい設計図面や仕様書を考えて、作成することだ。 そのアウトプットを外部の協力企業や建設部門に渡して、実装してもらう。実装の途上で必要なアドバイスや設計判断をしたり、外部企業の品質レビューを行ったり問題解決をして、出来上がったものがきちんと機能することを検証する(あるいは品質部門に確認してもらう)。では、その目標とは? 設計業務の最大の特徴は、毎回新しいものを作ることだ。ここが製造業務との最大の違いである。工場の製造ラインでは、同一の部品や製品を繰り返し作る。だが、設計では全く同じ図面を繰り返し作る事は決してない。 繰返し性が乏しいから、設計業務はKPI化しにくい。にもかかわらず、現在の多くの企業は目標管理制度を取り入れており、何らかのKPI指標を設定して、個人や部門がその値を達成するよう動機付けしている。そして設計分野で多く用いられるのは、生産性、品質、納期などの指標だ。
だが、よく考えてみて欲しい。毎回違うものを考えて作るのに、その「生産性」をどうやって定義するのか? 図面1枚あたりの作成に必要だった工数を比べるのか。極端な例を出そう。ゴッホやピカソが、毎回新しいキャンバスに全く違う作品を描くとき、作品ごとに必要だった時間を比べて、どういう意味があるのか。りんごとオレンジを比較するようなものではないか。逆に言うと、KPIを定義できるのは、似たようなものばかり繰り返し作る業務なのである。 ここで仮に、設計業務を基本設計と詳細設計に区分することにする。多くの企業で行われている考え方だ。その線引きをどこにするかは色々と議論があるが、ここでは深入りしない。読書諸賢はおのおの、ご自分の職場で行われている線引きをイメージして考えていただきたい。 こうした区分に従うと、詳細設計は繰返し性がそれなりに高いと言うことができよう。 もちろん、だからといって別に、詳細設計が簡単な仕事だ、などと言うつもりはない。 ただそれは、多数の図面や仕様書やリスト類をデベロップし、プロダクションする仕事だ、と位置づけるだけだ。 そして世界のいろいろな国々でそれなりの年月、仕事をしてきた自分の実感から言うと、日本企業の詳細設計のレベルは第1級である。細かいところまで目配りし、品質を保ち、かつ顧客要求や面倒な基準規制類に合致するよう、プロダクトを作り上げる。工数あたりの生産性も比較的高い。 幸か不幸か、円安と長年の給与抑制策もあって、コスト競争力さえも、今や高いと言えよう。では、基本設計のレベルはどうなのか。
KPIを定義しにくいとしたら、仕事の「質」それ自体を判断するしかあるまい。いいかえれば、会社の中で設計業務が目指すべき役割を、どう位置づけているかだ。そこでPMシンポジウムの講演の中で、あえて「アンケート」のスライドを入れた。以下がその内容である。 本当はリアルタイムに投票と集計ができれば面白かったのだが、それはむりだったので、会場の聴衆に挙手をしてもらった。結果は、基本設計はほとんどが「3」に集中した。詳細設計の方は「2」も少しはあったが、大半は「3」だった。なお参加者の方々の業種は不明である。
基本設計に期待される、一番の役割とは何か。それは「新たなカテゴリーの製品を生み出す」ことにある。それにより「顧客が指名して買いに来る」、つまり自社の前に客の行列を作り、単なる価格競争から抜け出すことである。英Dyson社の扇風機が、良い例だ。他社よりずっと高価で、しかも売れている。このような製品を生み出すことが、基本設計の目指すべき姿であるはずだ。 しかし、そのレベルを目指している企業は、決して多くないと思われる。そもそも、そういう風に言語化して、設計業務を位置づけていない。設計とは毎回ユニークな行為であるはずなのに、それを他社との競争の土俵でしか見ていない。競争できるということは、比較可能、つまりたいしてユニーク性がないという意味だ。 詳細設計は一流だが、基本設計は一流とは言えない。これが多くの日本の製造業の現実ではないか。だとしたらまず、設計業務、とくに基本設計の位置づけを正さない限り、製造業の復活などあり得ないはずだ。 では、なぜ日本企業は基本設計力が弱いのか。それはかならずしも、業務の位置づけやKPIの設定だけの理由ではあるまい。一つには人材の問題があろうと思われる。開発・設計部門には優秀な人材を配置する企業が多い。しかしその「優秀」とは、有名大学を良い成績で出たという程度の意味だ。だが日本の受験教育とは、「与えられた枠組みの中で効率的に問題を解く能力」ばかりを要求し、「自分で枠組みを作り出す」ことは、ろくに教えない。それでは、白いキャンバスに新しい絵を描くような創造性は身につくまい。 そしてもう一つ、起用の問題がある。すなわち、本当に有能で創造性の高い設計人材を見いだして抜擢し、設計の自由度や権限を与える体制になっているか、という問題だ。ピラミッド型の序列組織の中で、大勢の守旧的なレビュアーの目を通さないと、案が通らないような仕組みの企業も多い。リスク回避傾向の強い組織で、斬新な基本設計者が頭角を現すのは困難だ。そしてこれはもう、技術の問題ではなく経営の問題である。 適材適所ができるかどうか、職位や経験年数だけでなく真の能力を見いだして任せられるか。それができない組織で、設計の質だけ上げようとしても、それは技術者達に無用なプレッシャーをかけるだけで終わるような気がしてならない。 <関連エントリ> 「設計の能力と、設計マネジメントの能力はまったく別物である」 (2025-09-07) 「英国史上、最も偉大な技術リーダーに学ぶべきこと」 (2016-08-28)
#
by Tomoichi_Sato
| 2025-09-15 22:18
| E2 設計のマネジメント
|
Comments(0)
先日の記事でもお知らせしたように、9月5日に行われた「PMシンポジウム2025」(日本プロジェクトマネジメント協会)で、「PMから見た『設計』論の課題」という講演をさせていただいた。ちょうど台風が関東に近づき天気の良くない中、会場までおいで下さった聴衆の皆さん、またオンラインで参加された皆さんにお礼を申し上げたい(講演自体はまだオンデマンド配信でも視聴可能)。 ちなみに、日本におけるPM業界の事情に詳しくない読者のために、念のためご説明しておくと、今回のシンポジウムを主催したのは、PMAJと略される団体である。'90年代に経産省の肝いりで、(財)エンジニアリング協会のバックアップのもと設立された日本発の団体だ。このほかに、(社)PMI日本支部という大きな団体もあり、こちらはPMIJと略されたりもする。 米国発の世界的な団体であるPMI(Project Management Institute)の日本支部として設立された。 世界的に有名なPM標準であるPMBOK Guide(R)は、後者のPMIが'90年代はじめに米国で制定したもので、PMP資格試験とともに、世界中に広まった。最新版は第7版で、今年中にも第8版が出ると言われている。一方、日本のPMAJの方は、 プログラム・マネジメントを包括した「P2M(Program & Project Management) 標準ガイドブック」を2001年に制定し、昨年第4版を公開した。わたし自身は、第3版の執筆に協力し、第4版はレビュアーとして参画している。 にもかかわらず、今回はあえて、“モダンPMにおけるミッシング・ピースを考える”との副題を付けて、P2MにもPMBOK Guideにも欠けていると思われる、『設計論』をとりあげてお話しさせていただいた。
皆さんにお話ししたかったポイントは、大きく3つある。
具体的な内容については、ここでは繰り返さない。講演資料をダウンロードし読んでいただくことも可能だし、本サイトでも折りに触れて記事にしてきた。いい足りない部分は今後も書いていくだろう。 さて、講演の後で何人かの方から、「なぜPM標準には設計が欠けているのでしょう?」という質問をいただいた。わたし自身もPM標準の創世期に直接関わったわけでは無いから、想像でお答えするしかないが、こんなふうに申し上げた:
初期のPMBOKは、建設・エンジニアリング業界や防衛宇宙業界など、受注産業の人々が中心になって作り上げたと聞いている。米国は契約社会で、受注契約時にはかなり明確にスコープを規定する。つまり基本設計や標準仕様や規定類がかなり固まった状態で、契約する訳である。 特に一般建築分野では、英米は明確に設計施工分離の原則で動いており、設計は建築事務所が行う。建設会社には設計部門が存在しない(この点は、設計施工一貫の商習慣も強い日本のゼネコン業界とはだいぶん違っている)。このように設計と施工(広い意味での実装)がフェーズ的に分離しており、企業業種も異なっている。 このような文化の中では、「設計者は自立した知的プロフェッショナル」「実装は力仕事をやるだけ」という風潮も生まれやすい。初期のPM標準を作った人たちは、「バカにするな。実装をきちんと納期通り予算内に仕上げるマネジメントは、大変知的で高度な仕事だぞ」という気概を持って取り組んだ。だから資格名称にも、わざわざProject Management Professionalという語を選んだのだろう。 彼らがPMBOKの主要なマネジメント領域を決めた時(今は10個あるが初期は9個だった)、そこに「調達」があっても「設計」を入れなかったのは、そんな理由からではないか。
こんなふうにご説明したところ、ある方から、「設計と一口に言っても、土木とITシステムでは異なるし、同じくITといっても、業務系と基盤系では全く違う。PM標準は業界に依存しない原則だから、設計については書きようがなかったのではないか」とご指摘いただいた。 もっともなご意見にも思うが、わたしの考えは少し違った。「設計の仕事それ自体は、その通りです。しかし、ここで論じたいのは、プロジェクト・マネジメントにおける設計のあり方、すなわち設計マネジメントです。『マネジメント』の中核は、人に仕事をしてもらう事で、その中身は講演のスライドにも挙げたような項目からなっています。」
「設計を一人で完結できるような規模の仕事、たとえば個人の住宅建築とか中小企業の業務システムとかだったら、設計のマネジメントなんて別に要りません。しかし大人数で設計にとりからなければならない規模の仕事では、分担もあるし、期限や予算もあるし、品質も不揃いで変更も起きるし、取りまとめ役が必要です。 講演では大規模プロジェクトのプロマネを、オーケストラの指揮者にたとえましたが、作曲家(=設計者)と指揮者は別の職能です。作曲者がタクトを振るのがいつでも最善、とは限りません。設計の能力と、設計マネジメントの能力はまったく別物だからです。 もちろん、設計のことを何も知らない人間が、設計マネジメントを完璧にできるとは思っていません。トラブルの問題解決にも、品質れビューにも、作業ボリュームの推算にも、それなりの分野知識と経験が必要です。ですが、設計能力と設計マネジメントの能力の重なりは、仕事の規模が大きくなるほど少なくなります。 わたしの勤務先のプラント・エンジニアリングでは、機械、土木、建築、電気、制御・・と1ダース以上の分野の設計領域が関わってきます。それを取りまとめるのが「エンジニアリング・マネージャー」職種ですが、一人で全部の領域の設計ができるスーパーマンなんて、いません。それでも、相手の用語がわかり、話が通じる程度には知っている。それが、設計マネジメントの仕事です。」 ・・とまあ、こんな風なお答えをした。しながら、こう思った。土木プロジェクトとITプロジェクトは全く違う。確かに違うが、だとしたら業界を横断したPM標準など、作りようがないではないか。ただ、そこには共通したマネジメントのスキルと技術がある、とPM界の先人たちは信じた。 マネジメントとは「技術に秀でた者が、人の上に立つ事だ」という、日本社会の信憑も、そろそろ書き換えても良い頃なのではないだろうか? #
by Tomoichi_Sato
| 2025-09-07 16:12
| E2 設計のマネジメント
|
Comments(1)
|
検索
カテゴリ
全体 A 生産マネジメントとSCM A1 生産マネジメント全般 A2 生産計画と生産スケジューリング A3 在庫・調達計画 A4 コスト・品質・安全 A5 BOM(部品表) A6 サプライチェーン B プロジェクト・マネジメント(PM) B1 プロジェクト・マネジメント全般 B2 スコープ・WBS・プロジェクト組織 B3 プロジェクト・スケジューリング B4 プロジェクト・コストと見積 B5 プロジェクトの価値とリスク B6 プログラム・PMO・ガバナンス C システムとしての工場 C1 工場計画論 C2 スマート工場論 D 情報システムのマネジメント D1 製造業のITシステム D2 ITアーキテクチャ・データ活用技術 D3 ITって、何? E ビジネス・マネジメントと管理技術 E1 マネジメントの技術論 E2 設計のマネジメント E3 組織・経営・戦略論 E4 ビジネスのソフト・スキル E5 時間管理術 E6 メンタルと働き方のマネジメント F 考えるヒント F1 思考とモデリングの技法 F2 社会・言語・文化 G 書評 H English articles 未分類 最新の記事
記事ランキング
著書・姉妹サイト
ニュースレターに登録
私のプロフィル My Profile 【著書】 「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 「時間管理術 「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務) 「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究 【姉妹サイト】 マネジメントのテクノロジーを考える Tweet: tomoichi_sato 以前の記事
2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 more... ブログパーツ
メール配信サービス by Benchmark 最新のコメント
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||