「ちょっと想像してみてください。もしも家の台所が1階と2階に分かれていたら、どうなると思いますか。冷蔵庫と流し台は1階にあり、ガスレンジは2階にある、と。それはどんなに不便か、お分りでしょう?」――これは、わたしが工場の建築レイアウトについて、よく使うたとえだ。「ところが、製造業のお客様の工場を訪問すると、こんなレイアウトをよく見かけるんです。モノづくりの工程が、上下階に分かれていて、途中に上下の移動が必要になっています。どんな結果が生まれるか、分りますか?」 「工程間で互いに相手の状況が見えないから、作業の同期がとりづらくなりますし、そもそも垂直搬送自体が、時間とエネルギーのムダです。ところが、働いている人は、誰もそれを不思議と思っていません。なぜなら、工場ができた時から、そうなっていたからです。」 日本は敷地が狭い。だからどうしても、工場は平屋ではなく多層階になる。それ自体は仕方があるまい。だがフロアが分かれると、いくつか弊害が出る。一つは視認性がなくなること、もう一つは垂直搬送が増えること。それは直接、生産性を阻害する。 いや、生産性という言葉は誤解を招くかもしれない。機械1台あたり・作業者1人で加工組立できる数量は、平屋でも多層階でも変わらないからだ。だが同期がとれないと、「整然とした動き」ができなくなる。組織としての俊敏性が下がるのだ。もっと分かりやすく言うと、渋滞が起きる。結果としてリードタイムが長くなる。仕掛在庫量も増える。すると、スペースも圧迫する。
わたしは東急東横線・みなとみらい線を毎日通勤に使っている。でも(個人の感想だが)東横線の横浜駅のつくりは感心しない。人の流れを導く動線が、無理に遠回りするような感じを与えるからだ。昔は地上2階にあり、ホームも狭く混雑したが、動線に迷うことはなかった。2004年にみなとみらい線とつながり、地下化してできた現在の駅は、動線の方向が直感に反している。南北両側に連絡通路があるのだから、エスカレーターや階段は両側に別れて向かうべきなのに、中央に誘導するようになっている。 混雑時のバッファリングなど、何らかの理由があってこうしたのだろうが、利用者にとって不自然である。東横線渋谷駅も、ある種似たような不便さを感じるので、これは東急電鉄の「設計思想」の結果ではないかと想像している。建築レイアウトの設計では、利便性とか安全性とかコストとか、いろいろな評価尺度がある。そして、すべてを満足させる解を作るのは難しい。その際に、どれを優先するかを決めるのが、設計思想だ。この駅の設計では、何か別の要素が優先され、結果として動線の視認性と利便性が犠牲となったのではないか。 もう一つ例を挙げる。横浜みなとみらい地区にある、ランドマークプラザとクイーンズスクエアという二つの建物だ(神奈川以外の読者の方すみません)。超高層のランドマークの隣に、ひな壇のように三つクイーンズの建物がならぶ絵姿は、横浜の代表的光景になっている。前者は三菱地所が設計し、後者は日建設計が手がけた。 だがこの二つ、動線の分かりやすさが天と地ほど違う。ランドマークプラザは自分がどこにいて、どの階のどの店にどう行けば良いか、きわめて明快だ。ところがクイーンズの方は、どこがどうつながっているのか、実に分かりにくい。クイーンズタワーA棟が勤務先なので、もうかれこれ25年以上使っているのだが、つい先日も「え、こんなところに誰も使わなそうなエレベーターが」と、新鮮な発見(笑)をしたくらいだ。 建物というハードウェアは、外観の美しさも大事だが、それと並んで動線が大切だ。クイーンズは日本建築学会賞を受賞したが、審査委員の先生方は、本当に何日間も自分の足で歩いて使ってみて、審査されたのだろうか。建物は箱ではない。大勢の人が動く場だ。その動きが、きれいな層流なのか乱流なのか、考えるべきだろう。
もっとも、人の動きを流体力学にたとえるのは、お前さんが建築出身ではなく、プラント屋だからだろ、と言われるかもしれない。別に否定はするまい。いわゆる建築美学とはかけ離れた、プラント・エンジニアリング会社で働いてきて、美術館にも教会建築にも携わったことはない。わたし達が設計するのはそうした「純建築」ではなく、工場とか研究所とか病院などの、機能的に複雑な建築物だ。 わたし達プラント・エンジ会社の技術者の目からは、工場とは「人と物が流れる場」に見える。これは、製造業の生産技術や工務部門の人たちとは、相当違う視点だろうと思う。ほとんどの製造業の生産技術者にとって、この部品はどんな機械でどう加工するか、この複雑な製品はどう精度を確保して組立てるか、が命だ。部品をどう供給するか、人はどこで着替えるか、クリーンな空気はどこから供給するか、とかは付随的な問題に過ぎない。 そして正直に言うが、エンジ会社は、製造業の顧客の本当に中核的な技術ノウハウには、タッチしない(できない)。それならば、どうやって工場づくりのインテグレーションができるのか? 中核が分からないのに、どうして周辺を決めて組上げられるのか? それは、人々がCPUチップの内部回路を知らなくても、自作PCを組上げられるのと一緒だ。CPUはパソコンの命だが、CPUだけではパソコンは機能しない。メモリや外部記憶や電源や筐体やキーボード・ディスプレイ・周辺機器がそろってはじめて、CPUが威力を発揮できる。PCを設計し組上げるのには、CPUの外部I/F要求を理解すれば十分で、必ずしも内部知識はいらない。ただしCPU以外の様々なデバイスを、性能やサイズやコストを勘案しながら、バランス良く決めなければならない。
特にCPUにとっては、各種資源にアクセスするためのバスが大切だ。CPUだけが速くても、バスの能力が低ければ、システム全体のパフォーマンスが上がらない。バスは、信号の動線だ。同じように、工場の建物というハードウェアを建てるときだって、モノと人の流量と、動線の設計が大切なのだ。 バスの能力問題は、CPUが遅いときはクローズアップされない。CPUを高速化しスケールアップ(多重化)していくと、システム全体のボトルネック工程が、CPUの外部に生じるようになる。工場も同じだ。小さな町工場に動線問題はない。だが工場を大きくし、生産量を拡大し、多品種化しようとすると、この問題がクローズアップされるようになる。だからこそ、工場の動線とレイアウト設計には、設計思想が必要なのだ。 電子機器には回路図がある。だが、あなたは工場にも、モノの流れを表す「回路図」が必要だし、存在することをご存じだったろうか? それが『マテリアルフロー図』であり、『メカニカルフロー・ダイアグラム』である。それがどういうものであるかは、ぜひ新著「攻めの工場づくり」(佐藤知一・丸山幸伸)を見ていただきたい。回路図なしに、工場を作ろうとしていないだろうか? 建築図面と機械図面があれば工場ができると思っている人にこそ、ぜひ本書を読んでほしい。 工場は、各工程という機能要素と、その間を結ぶ動線というリンクからなる、一つのシステムである。それは製造設備だけでなく、物流設備や用役設備や空調設備や、建築というハードウェアの組合せで実現される。その上で人々が働き、モノが動き、さらに情報が流れる。それを動かすためのソフト(ITシステムならびに、人を動かす手順・ルール群)がいる。それを作り上げるのが「工場のシステムズ・エンジニアリング」だ。 機械を買ってきて、建屋にポンと置けば工場ができた昭和時代から、今はここまで変わったのである。現代流の工場づくりの考え方が、我が国にももっと広まってくれれば良いと、強く願っている。 ![]() 「攻めの工場づくり」第9章より引用 <関連エントリ> 「工場レイアウト設計の典型的問題と、そのエレガントな解決法」 (2016-07-16)
by Tomoichi_Sato
| 2025-11-26 14:36
| C1 工場計画論
|
Comments(0)
|
検索
カテゴリ
全体 A 生産マネジメントとSCM A1 生産マネジメント全般 A2 生産計画と生産スケジューリング A3 在庫・調達計画 A4 コスト・品質・安全 A5 BOM(部品表) A6 サプライチェーン B プロジェクト・マネジメント(PM) B1 プロジェクト・マネジメント全般 B2 スコープ・WBS・プロジェクト組織 B3 プロジェクト・スケジューリング B4 プロジェクト・コストと見積 B5 プロジェクトの価値とリスク B6 プログラム・PMO・ガバナンス C システムとしての工場 C1 工場計画論 C2 スマート工場論 D 情報システムのマネジメント D1 製造業のITシステム D2 ITアーキテクチャ・データ活用技術 D3 ITって、何? E ビジネス・マネジメントと管理技術 E1 マネジメントの技術論 E2 設計のマネジメント E3 組織・経営・戦略論 E4 ビジネスのソフト・スキル E5 時間管理術 E6 メンタルと働き方のマネジメント F 考えるヒント F1 思考とモデリングの技法 F2 社会・言語・文化 G 書評 H English articles 未分類 最新の記事
記事ランキング
著書・姉妹サイト
ニュースレターに登録
私のプロフィル My Profile 【著書】 「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 「時間管理術 「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務) 「リスク確率に基づくプロジェクト・マネジメントの研究 【姉妹サイト】 マネジメントのテクノロジーを考える Tweet: tomoichi_sato 以前の記事
2026年 01月 2025年 12月 2025年 11月 2025年 10月 2025年 09月 2025年 08月 2025年 07月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 more... ブログパーツ
メール配信サービス by Benchmark 最新のコメント
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||