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スマート工場とは、管理技術(=経営工学)を活用する工場である

  • 輪番性の工場長

以前、ある経営者から聞いた話だ。その方は機械加工組立系の工場を経営していた。中小企業の、つまり町工場である。だがこの方は二代目経営者で、最初は別の業種の大企業で働いており、経営についてはかなり近代的感覚の持ち主だった。

この方が工場の経営者の地位を引き継いでから、社内でいろいろと試したことがあり、その一つが、「工場長の輪番制」だったという。数十人規模の職場だったようだが、当然それなりの部署やポジションがあったはずだ。だが、この方は工場長という職種を、現場で働いている人たちの輪番制にしたのだという。

工場長の仕事とは何か。それは日々の仕事の采配である。無論、もう少し長期的な業務、人材教育とか機械設備の導入とか、労働安全の徹底とか原価管理もある。だがこれら人事とか経理財務とか投資判断など経営面は社長に残し、現場の采配の仕事を「工場長」に権限委譲することにした。

では、現場の采配とは何か。それは『生産管理』とか『製造マネジメント』と呼ばれる仕事である。営業が取ってきた受注に応じて、必要な部材を購買手配し、在庫場所や在庫量を決め、どの工程のどの機械に、どんなロットサイズでどのオーダーからかけるかを決める。そして製造が遅れたり品質に問題が出たら、その場にいって解決する。あるいは解決できる人に案を出してもらい、関連する部署と調整する。そうした仕事だ。


  • 役割としてのマネジメントと、そのための技術

工場長を輪番制にしたのは、そういった生産のマネジメントの初歩について、現場のオペレーターにも分かってもらいたい、という考えからだった。現場マンはしばしば、担当する機械や道具にはプロとして集中するが、周りを見ない傾向がある。それでは企業としてまずい(大企業なら「管理」担当者が大勢いるが、中小企業では社長がちょっと病気になったり事故に遭ったら、工場が止まってしまう)。

各人が工場長を担当する期間は1週間。もちろんその種の仕事は、最初は皆が素人だ。だから「難しい問題が起きたら、すぐ俺を呼べ」と指示したという。それでも、しばらくしたら、この仕組みはそれなりに回り出したらしい。そして大勢が、マネジメントの仕事にも理屈なり技術があることを、感じ始めたようだ。

わたしはよくオーケストラの指揮者を、マネジメントという仕事のたとえにつかう。指揮者はオーケストラの上司でも経営者でもない。指揮者がすべての楽器を上手に演奏できる訳でもない。だが必要な指示を出し、タイミングを調整する。マネジメントも、指揮者のように役割であって、上下関係では無い。ちょうど輪番制の工場長が、上司ではないように。それでも皆、その人の指示に従う。オケが指揮者のタクトに従うように。

指揮者には固有の技術やスキルがある。ただ単に指揮棒をリズム通りに振ればできる仕事ではない(素人にはそう見えるかもしれないが)。だから指揮者になりたかったら、音大の指揮科に進んで、指揮術を勉強する必要がある。専門職であり、専門技術なのだ。


  • マネジメントと言う仕事の科学

日本には世界に名だたるスマート工場が極めて少ない。その事を、前回の記事 でも紹介した。かつては世界中から日本の工場を見学に来たのに、その威光はすっかり地に落ちている。なぜだろうか? 理由の一つは、日本の製造業が、量産時代にそのための生産技術や現場技能に特化しすぎて、多品種化しデジタル化が進む現代の状況に、適応できなくなってきたからだ。

TQCをはじめとする現場カイゼンや労働者の参加意識も、日本企業のご自慢だったが、品種の個別性が強まると統計的品質管理が使いにくくなり、まして派遣労働や偽装請負は、働く人びとのエンゲージメントを破壊した。

量産型工場にはタクトタイムがあって、それを基準に全工程が動いていた。しかし多品種化や例外・割り込みが増加すると、あちこちの同期が合わなくなった。ちょうど指揮者のいないオーケストラのように。いまや工場には専門の指揮者が、すなわち生産マネジメントの専門職が、必要になったのだ。それもITが工場にも普及し、本社の基幹システムERPから現場のロボットや工作機械までつながる時代にふさわしい、生産マネジメントの専門職が。

では、その専門職のための専門技術は、どこで学べるのか? そもそも、その技術は、何という名前なのか? 大学でいうと、どういう科目なのか?

答えをいおう。それは日本では『経営工学』と呼ばれている科目である。英語ではIndustrial and Systems Engineeringとか、Industrial Engineering & Management Scienceと呼ばれる学科に相当する。日英で言葉が対応していないって? その通りだ。「経営工学」という大げさな訳語には利点もあるが、問題もある。輪番制の工場長の仕事は、「経営」の仕事ではない。そこでわたしは誤解を避けるため、『管理技術』(マネジメント・テクノロジー)という用語を使うようにしている。


  • 日本の製造業に欠けているのは、「マネジメントに技術がある」という認識である

わたしは時折、外部のセミナーで生産マネジメントの概論を教えている。最初の方で、安全在庫量だとか、多品種生産のロットサイズ計算法とか、クリティカル・パスの求め方などを説明する。不思議なのは、中小企業ならいざ知らず中堅・大企業でさえ、あまりこうした理屈を知らない受講者が少なくないことだ。

製造業はざっくり言って、経営―生産マネジメント―現場業務、の3層構造になっている(3層モデルという)。日本の製造現場は今でも、世界レベルで優れた能力をもっている。製造現場を支えるのは、機械、制御、電気、化学工学といった『固有技術』だ。そして経営は(世界一流と言えるかは別として)、経営論・会計論などの理屈がある。

だが本社の計画を現場に展開して指示し、現場の状況を本社に進捗報告する役割を担う、生産マネジメントの仕事(いわゆる「工場の中二階のスタッフ層」の業務)は、どうだろうか? それを支えるのは、たとえば在庫理論であり、品質工学、工場物理学、スケジューリング、IE、人間工学、データ分析技術、そしてプロジェクト・マネジメント技術などだ。これが管理技術であり、経営工学が培ってきた知恵と研究成果なのである。
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だが現在の多くの日本企業は、こうした技術領域があり学問分野があることを、認識していない。米国では毎年、数万人規模の学生が経営工学分野を学んで産業界に入っている(中国は詳しい統計が無いが、やはり万人単位で卒業しているようだ)。しかし我らが日本では、経営工学科が大学から次々と姿を消し、企業の担当者達は手探りのまま、社内で車輪を再発明しようともがいている。

スマート工場とは、経営から現場までがちゃんとつながり、統合されている工場だ。その統合の要は、3層の真ん中に位置する「中二階」にある。ここの神経系が大事だから、わたしは以前、「スマート工場とは、MESを活用する工場である」 という標語を打ち出した。しかし、世界レベルのLighthouse工場が日本にあまりにも少ない現状を見て、あらためてこう主張したい。「スマート工場とは、管理技術(=経営工学)を活用する工場である」、と。


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by Tomoichi_Sato | 2025-07-28 11:32 | C2 スマート工場論 | Comments(0)
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