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製造作業を自動化するために必要な技術とは

(→ 前回記事に続く)

  • キッチンに置く端末

料理が趣味というほどではないが、料理書を読むのは好きだ。美味しそうな写真付きの料理本、あるいは文章に味があって想像力に訴える食のエッセイなどは、読んでいて楽しい。夕食後のゆったりした気分の時に読むと、胃を刺激して消化を助けるような気もする(「食後に料理本なんて読むのはあなただけよ」と連れ合いは言うのだが)。

ともあれ、料理本は実用書なので、調理の時に台所において参考にする。だからページは開きやすく、表紙は汚れにくい方が良い。もっとも最近はレシピをネットで調べることも多く、そうなるとスマホかタブレット画面を見ることになる。しかし、これが意外と不便なのだ。

まず、料理中は手指がぬれたり汚れたりする。画面スクロールも指紋認証もやりにくい。そして肝心なときに画面がタイムアウトし、オフになる。わたしは専用スタンドにiPad miniを置き、画面オフ時間をかなり長くしているが、それでも置き場所に悩む。キッチンは狭くて、物が所狭しと並ぶ。台の上にはスペースがないのだ。それに電源も。

いっそのこと伸縮式アームに取り付け、壁か天井に固定したら便利なのに、とも思う。だがそもそも、台所とは油や煙がたちこめやすい。温度も高温になり、湿度も湯気で高くなる、ハードな環境なのだ。今のスマホやタブレットは、そういった過酷な環境向けには設計されていない。もっと堅牢で、手指の入力インタフェースも明確で、拭いたりメンテしやすいハードが必要なのだ。どこかのベンチャーが開発してくれないものか。


  • 端末が調理器具につながったら

実は、このような堅牢なハードウェアへの要望は、工場や物流センターなどの現場の悩みと共通している。そういった職場も、普通のオフィスとは違う温度・湿度で、ホコリや煙もあったりする中を、手袋をした人たちが使う。場所によっては防爆対応も求められる。「防爆」とは、可燃性物質のある場所で、電子機器が点火源となって火災・爆発が起きないようにする技術仕様のことだ。

まあ、仮にそんなナイスな端末が、我が家のキッチンでも使用可能になったとしよう。それで完全にハッピーだろうか? いや、そうなればむしろ欲が出てくるかもしれない。例えば、その端末からガスレンジの温度制御もできるとうれしい。最近のガスレンジは、揚げ物の鍋の温度を180℃とか200℃とかコントロールできるものがある。それが端末から指示できないか。レシピと連動して、温度制御できるといいなあ。

それとタイマー設定して、自動的に火を消してくれるとうれしい。これもレシピと連動してほしい。まあ自動着火までは、安全性の観点から望まないとしても、だ。

そうなるとレンジだけではなく、卓上の計量器とつながって、端末からの指示で食材の秤量もしてくれると、もっと便利だろう。調味料の計量(醤油大さじ1杯半)なんかも、自動でできるといいなあ。レシピを入力すると、必要な調味料が全部、料理番組みたいに目の前にそろっている。素敵ではないか。料理では、こういうところに案外時間がとれらるのだ。

食材を秤量し、調味料を計量し、加熱時間や温度をセットしたら、当然ながらそれが現実に何グラムで何度何分だったかの、記録もとりたい。そして端末には、料理のステップバイステップで、手順が表示される。すると、ミスも防止される。いや、ミスよりむしろ大事なのは、今まで作ったことのない料理でも、きちんとできるようになることだ。スパイスカレーの作り方を「体で覚えて」いない人だって、ちゃんと本格派カレーが作れる。製造作業が「暗黙知」の属人的なスキルから、移転可能な仕事に変わるのだ。

そして、これこそがMES=製造実行システムの主要な機能の柱なのである。それまでやったことのない人でも、正しい手順で、求められるプロダクトが作れる。そして作業記録も取ってくれる。作業日報なんて、いらない。MESの中核機能が、これだ。

そのためにはMESシステムが、調理器具だの計量器だのといった、製造現場での機械類とインタフェースでつながっている必要がある。先ほど温度制御してくれるガスコンロがあると書いたが、そうしたコンロの中には、簡単なPLCが組み込まれているのだ。そうしたPLCと、相互にデータ通信できるインタフェースが必要だ(望むらくは無線で)。現場機器とつながっていないMESでは、作業者に指示画面を表示する程度で終わってしまう。それでは、自動化としては、とても物足りない。


  • ロボットでもっと機械化する

でも、もう少しだけ空想の幅を広げよう。いっそのこと、ロボットを導入して、キッチンを完全自動化するのはどうだ? 最近は、人と一緒の場所で働いてくれる「協働ロボット」が普及してきた。昔は安全のため、産業用ロボットは柵の中で動かしていた。その壁が、とりはらわれつつあるのだ。

でも、現実のロボットを少しでも知っている人なら、案外ハードルが高いことが予想できよう。料理では、野菜とか魚とか肉類とか卵とか、柔らかい不定型な材料を扱う。これらをちゃんと(そっと、しかし、しっかり)ハンドでつかまなければならない。そして、芯とかハラわたとか骨とかを認知して、その向きに沿って包丁を入れる必要がある。

そればかりではない。素材の大きさに応じて、三つに割ったり四つに切ったりする。表面を見て、傷んでいたら、その箇所を取る。切ってみて、中まで痛んでいたら、捨てなければいけない。つまり、料理には細かな判断が必要なのだ。これを、どうロボットに組み込むのか。まさか、良い料理もダメな料理もたくさん作ってみて、結果を機械学習させるという訳にもいくまい。料理は人が食べるもので、安心して食べられることが絶対条件なのだ。

そして台所は、上にも述べたとおり流体や粉体(塩・砂糖・小麦粉等)を扱う場所だ。ロボットアームの摺動部分にこうした流体・粉体が入り込んだら、故障の原因だ。どうする? ロボットにかっぽう着を着せるのか?(じつは、わたしの勤務先で粉体を扱う医薬品の製剤工場にロボットを納入した際、ほんとにロボットに更衣を着せた)

だが、最大の問題は他にある。料理が多品種であることだ。キッチンは多品種少量の典型なのだ。製品の種類もバリエーションも、人類の文化と食欲にしたがって、無限に広がっていく。でも、ロボットにはティーチング(つまりプログラミング)が必要である。じゃあ、新しい料理を作るたびに、誰がどうティーチングするのか?


  • 製造作業の自動化とは、AIやロボットの導入ではない

つまり、機械による自動化には、スケール(規模)が要求されるのである。一人で働くキッチンに機械やロボットを入れても、あまり引き合わない。しかし1日1万食作るセントラル・キッチンなら、話は別だろう。レストラン・チェーンなら、料理メニューの数だって一応、限りがある。

「え、ロボットが作った料理? 美味しそう! すぐ食べてみたい」と思うお客さんが、どれだけいるのかは知らない。だが量がさばければ、可能な自動化の選択肢も増える。

たとえば、バッチ処理・ロット処理を連続生産化する、というのはよくある方法だ。鍋で煮込むとか、パンを窯で焼くとかいった加熱調理のほとんどは、バッチ処理である。しかし、コンベヤに乗ったパン種が、長いオーブンのトンネルを抜けると、ほかほかのパンに焼き上がって出てくる、といった光景は想像がつくと思う。まあチキンカレーを煮込むのは、コンベヤや配管ではやりにくいので、おそらく大型の鍋を並べることになるだろうが。

生産の量的拡大に伴って、生産の方法や仕組みや機械設備を考えて実装する仕事を、『スケールアップ』とよぶ。ITの世界では「スケールアウト」という言葉を使うが、製造業の世界ではもっと以前から、スケールアップと呼ばれてきた。そして、わたしの勤務先のようなエンジニアリング会社とは、じつはこのスケールアップを得意技術とする業種なのである。

ところで、大規模セントラル・キッチンで肝心のロボットは、どう働いていくのだろうか? 煮込みは圧力鍋、揚げ物はフライヤー、焼き物はグリル装置の仕事だ。・・とすると、ロボットができるのは、材料をセットしたり、取り出したり運んだりする、マテリアル・ハンドリングだけ、ということになりそうだ。製造とは、材料を加工・変形・変容させて製品に変えていく仕事で、そこに付加価値がある。だが、モノを運ぶだけの作業は、必要かもしれないが付加価値はほとんどない。

つまり、ロボット自体は付加価値を伴う『正味作業時間』に貢献しない存在なのだ。まあ溶接ロボットみたいな種類は別だが。レストランなら、盛り付け、配膳、そして会計などのテーブルサービスはいいだろう。だが本当の料理・調味・下ごしらえには貢献しない。

そしてAIは? もちろん、サンプルデータ数が数万になれば、機械学習も役に立つ。だが繰り返すが、料理は美味しく食べられてナンボなのだ。試行錯誤には向かない。

製造作業の自動化とは、AIやロボットの導入ではない。この事をわたしは、声を大にして言いたい。なぜなら、こういう表層的な勘違いをしている人が、世間にはごまんといるからだ。本社で働くホワイトカラー達も、現場を見ない経営層も、経済評論家も、メディア記者も学者も、高学歴なコンサルタント達も、文系理系にかかわらず、大いに勘違いをしている。製造現場についての洞察が足りないのだ。

キッチンに入って、半日も料理してみれば分かることを、この人達はついぞ思い至らないらしい。現場への理解と共感の欠如。まさにそれがわたし達の社会の、生産性不足と競争力低下を生んでいる根源なのに。


<関連エントリ>
「製造作業を自動化するために必要なデータとは」 https://brevis.exblog.jp/33521355/ (2025-02-15)

by Tomoichi_Sato | 2025-02-21 19:56 | D1 製造業のITシステム | Comments(3)
Commented by YT at 2025-02-21 22:44
記事を読ませていただき共感しました。製造現場ではDX、ITなどの言葉が一人歩きして、もはや手段が目的化していることが少なくありません。例えば工程の自動化の一つにAGVがありますが、「AGVを〇〇台入れて運搬作業者を〇〇人、省人化した!」と喜んでいる職場です。運搬作業をAGVに置き換えることは確かに作業者の負担を減らし、人件費を削減できるかもしれないですが、AGVに置き換えたところで運搬というムダがなくなるわけではないんですよね。なぜ、AGVに目が行く前に運搬作業そのものをなくすことを考えようとしないのか?・・・事情を聞くと、自動機や成型機を動かしてレイアウトを変更するのに莫大な金額がかかるし、生産を止めることもできないと言います。確かにその通りかもしれません。しかし、本質は自由自在に動かせる自動機や成型機を発明すること、あるいはそのようなフレキシビリティのない製造装置に代わる装置を発明することにリソースを注ぐことだと思います。それこそが、ワクワクする仕事(革新)だと思います。以前の記事にも疎結合と密結合の記事を拝読しましたが、こちらも共感を受けました。品質が不安定だったり、工程の距離が長いことを放っておいてAGVで工程を繋げようとするがあまり、帰ってライン全体の可動率を低下させてしまう。幹部はAGVが止まっていることが悪と誤認識して、付加価値を生まないAGVの可動率がいつしか生産性指標のKPIになってしまったりするのです。自動化せずとも管理技術で解決できる課題は多く、手段が目的にならないような製造システムを構築していくべきと考えます。
Commented by 尚道 渡辺 at 2025-02-22 21:01
MESを全国レストランチェーンが導入したら、所定ね味付けの料理ができそうで、人件費削減にもつながるということになりますか?
Commented by yemm at 2025-04-10 23:59
テーブルの上のハカリで食材を秤ることを秤量って書いているところで吹き出してその後が入ってきませんでした。
自分の工場でもよく外部から「図面をタブレット化したらいい」とか言われますが、端末の頑健さの問題で今のところ紙が最強です。
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