源氏物語にもほどがある

『十四才の娘のための源氏物語』『十五才の娘のための源氏物語』のための覚書

フェミニズム批評に答える

 最近、noteで源氏物語フェミニズム批評本の記事を二本書いたので、まとめてこちらにも載せておきます。

 

 まず、『紫式部のメッセージ』(駒尺喜美著)という本。

 

 「拝啓 紫式部様」で序章が始まります。

 

  序章では、いきなり、紫式部に対する熱いメッセージが展開します。なにしろ、序章の最後は、

 

紫式部様。ありがとう。熱い熱い握手と抱擁をおくります。わたしは今、あなたに出会えた幸せに打ち震えています。」

 

と結ばれているんですから。大変な入れ込み方ですねー。

 

 第二章「『源氏物語』の主人公たち」。私の興味はもっぱらここにありました。著者はまず「桐壺」巻を取り上げます。ここがこの人の立論にとって大事なところらしく、

 

「式部は、この桐壷の巻において、この動機と主題を集約的に示している」

と言っています。

 

 この章において、著者は、桐壺更衣の悲劇を「幸せな女の不幸」を克明に描いたものと論じます。

 

天皇から愛されるという、当時の貴族女性にとっては最高の身の上も、内部を露わにすれば不幸この上ない。ということは、女の幸せは不幸と抱き合わせだということである」

 

というわけです。帝の闇雲で身勝手な愛によって桐壺更衣は不幸のどん底に陥れられると、著者は主張します。

 

 まあ、確かに、そういう側面はあると思います。しかし、

 

「おそらく帝は桐壺更衣を愛していても、彼女の方はその愛を推しいただいているだけで、自分の愛を傾けるという関係ではなかった」

 

 とまで言っちゃったのは、どうだったかな。

 

 この著者は、どうやら小学館の『日本古典文学全集』に頼って源氏をお読みだったらしいのです。そうすると、桐壺更衣の絶唱

 

「かぎりとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり
いとかく思ひたまへましかば」

 

の部分の訳文を

 

「いまは、そうよりほかなく別れることになっている死別の道が悲しく思われますにつけて、私の行きたいのは生きるほうでございます
ほんとうに、このようなことになろうとかねて存じ寄りましたなら」
(『日本古典文学全集』)

 

と読み、全集頭注の「ここでは、なまじ帝のご寵愛をいただかなければよかったろうに、などの言葉を更衣は言いおおせなかった」という説明に従って解釈していたんでしょう。

 

 この一節をそのように読んでしまうと、この著者の主張もあり得るのかなということになりそうです。

 

 でもね、その解釈間違ってます。語法的にも文法的にも間違っているんです。

 

 更衣の歌の「命なりけり」の「けり」は気づきでなければならないし、「かく思ひ給へましかば」の「ましかば」は、気付きに対する反実仮想のはずです。

 

 この更衣は、死の間際まで、著者の言う通り、「彼女の方はその愛を推しいただいているだけ」だったんでしょう。男性の決めた社会制度の中でひたすら「女」の役割を全うするだけの受身の存在だったんでしょう。

 

 でも、この絶唱の直前で、帝の、位を投げうってでも愛に生きたいという言葉に触れ、「今まで気づかなかったけど、今、別れようとしているこの人を私は深く愛していたんだ。本当はこの人と一緒に生きていきたかったんだ」と気づいたんです。

 

 「もっと早く、こんな気持ちに気付いていたら…」

 

 最期にそう言いさす彼女は、もう、退出を願っていた時の彼女ではないんですよ。「更衣」という「女」の役目を果たそうとするお人形じゃなくて、最期になって人としての愛に目覚めるんです。

 

 そのように読んだ時、申し訳ないけど、著者の立論は瓦解します。彼女の立論は「桐壺」巻の解釈が出発点だったのだから、全ての論が崩壊してしまいます。

 

 私は別に、フェミニズム批評が嫌いなわけではありません。そういう思想があっても良いと思います。ただ、古典文学批評においては、文法という怜悧なメスで切り分けた材料に基づかなくては、どんなに精緻な論法もどんなに熱い立論も砂上の楼閣なのだと思います。

 

 続いて『ミライの源氏物語』。売れたらしいですね。うらやましひ。

 

 何となく、今まで読む気にならなかったのは、断片的な評判を聞いておよその見当がついてしまった気がしたので。でも、この「図書館の片隅から」をシリーズ化するにあたって、まず読まなきゃならないと思ったのは、この本でした。売れてますからね。

 

 予想に反して、この本の著者、山崎ナオコーラという人は、真面目な方でした。失礼ながら、ネーミングセンスから言って、もっと軽い人なのかと思っていました。

 

 著者は序章で、「『源氏物語』の読書を楽しむ」ためには、「平安時代の読者に近づく努力をするよりも、現代人としての読書の楽しみ方を極める方向にシフトした方がいい」と提案します。

 

 そこで、現代の社会規範を取り上げて『源氏物語』を切ってみようと試みた…らしいんですが、うーーん。

 

 ルッキズムロリコン・マザコンホモソーシャル…次々、現代の社会批評文芸批評の諸問題が取り上げられていきます。

 

 まあ、根が大変真面目な方なので、深く掘り下げていくその取り上げ方は、決して嫌いじゃありません。しかし、『源氏』にそれを当てはめていって、「現代人としての読書の楽しみ」ということになるんですかねえ。

 

 たとえば「ロリコン」の章。著者は、「『源氏物語』は昔の物語ですから、登場人物たちは今の社会規範とはまったく違う所で生きています」と認めながらも、光源氏と紫の上の結婚を、

 

「被害者である子どもが恋愛の視線を投げられ、性行為を強いられたわけなので、ここは『ロリコン』という読みが適当だ」

 

と主張するんですが、結婚適齢期の認識が異なっている古代のことを、現代の感覚で切ってるような気がするんですけどね。14~16くらいの結婚が標準の世界です。結婚の社会的ルールが違うと言っても良い。

 

 なんだか、ラガーマンがサッカー選手のナイストラップを見て、「これはノックオンと見るのが適当だ」と言い張っているみたいな…。

 

 そりゃ、瞬間的には面白い発言だろうけど、一試合を観戦するのにルールの違いを前提に考えないと、サッカー見ても楽しくないでしょう。

 

 最後の章「受け身のヒロイン」は、面白く読めました。桐壺更衣と浮舟を並べて論ずるのはちょっと新鮮な感じがします。

 

 でも、この章、問題があります。著者は、桐壺更衣という呼称を、

「後世の読者は桐壺更衣と呼びますが、その呼び名は作中にはありません。でも、桐壺帝に仕えている更衣という役職なので、わりとそのままの呼び名です。『桐壺更衣』という呼び名は、今の感覚で捉えるとちょっとひどいです。…桐壺帝の付属物としてしか見られていないわけです。」

 

 って力説してるんですが、ね。
 
 桐壺という後宮の建物に住んでいた更衣だから、「桐壺更衣」って呼ばれてるんです。「弘徽殿女御」と同じこと。正直に言って、そんなこともわからない方に『源氏物語』を利用した本を書いてもらいたくないです。

 

 そもそも、作中に「桐壺更衣」ってちゃんと出て来ます。「桐壺」巻で藤壺の母の先帝の后が「桐壺更衣」って呼んでます。ということは正式名称なんです。

 

 実は、「桐壺帝」「桐壺院」という呼称の方が作中に出てこないんです。この人の言い方を借りると、「桐壺更衣の付属物」だから、この帝は「桐壷帝」と呼ばれてたんですよ。

 

 よって立つ事実の確認を怠ると、どんな御立派な立論も砂上の楼閣。そのくらいのことは、わかってなきゃいけないんじゃないですか。

先達さん達への感心、共感と失望

 前回、文豪の話を書きましたが、そのついでに、noteに書いた文豪と寂聴尼の記事をまとめて書き直してみました。

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 私はよく他の現代語訳者さんの悪口を書くのですが、実は、文豪谷崎潤一郎瀬戸内寂聴尼にだけは、この道の先達として一目置いています。
 
 ということは、他の人にはあんまり置いていないと…。

 それはまあともかくとして、谷崎の新新訳潤一郎と寂聴尼の瀬戸内源氏を、源氏訳し者としてはどう見ているか、はっきりさせておこうかと思います。

 一応、念のために書いておきますが、これはあくまでも源氏物語の現代語訳についてのことであって、文豪谷崎や寂聴尼の文学を論じようとしているわけではありません。谷崎や寂聴尼の文学についてなどというテーマで、私ごときが何か言えるはずないですもんね。

 閑話休題、新新訳潤一郎源氏ですが、Wikipedia「谷崎源氏」の「訳文の特徴」の項目では、主語の補いをせず敬語を生かして主体を読み取らせる逐語訳で、与謝野源氏と比較しても古風な文体と評されています。

 多分、一般的にもそのような文体と考えられているんじゃないでしょうか。

 また、今回、Wikiの、おそらくは谷崎の研究者による詳細な記述を読んで、初めて、様々な源氏物語研究者の谷崎源氏への関わりを具体的に知りました。山田孝雄博士や玉上琢彌博士が協力者であることは知っていたのですが、最終的な新新訳の成り立ちに、恩師秋山虔先生がかなり深く関わっているというのは、迂闊なことに初耳でした。

 ただ、新新訳のどの箇所にどの研究者が意向が働いているのかという所までは具体的に解かりません。だから、これから述べることはもしかして谷崎一人の功罪ではないのかもしれません。でも、詳細を知りようがありませんから、まあ、無責任に、新新訳で達成されたことと限界について気付いたことを書き殴っておきます。

 新新訳の良いところは、まず、本文全体が「デスマス調」であること。これは、戦前の潤一郎旧訳から戦後の新訳になる時に、玉上博士の意見を入れて物語る文体に改められたようです。
 
 「デスマス調」の何が優れているかと言うと、語り手の存在を感じやすいということ。語り手が出てくる場面で自然な文章になるということをnoteに書いたことがあります。

 また、新新訳の谷崎は古語に対しての勘が良く、訳語の選び方が繊細です。「末摘花」巻の「ももしき」を谷崎だけが「畏きあたり」と訳していて感心した話をnoteに書いたことがあります。玉上博士の注釈も秋山先生の注釈も、この言葉に注意している形跡はないので、谷崎一人のアイデアなのでしょう。

 さらに谷崎は、意外と、と言っては失礼かもしれませんが、古典文法に忠実だったりします。これも、学者さんの注釈書が軒並みアバウトに処理している箇所なので、谷崎一人の功績でしょう。

 一方、新新訳の限界の一つ目は、何と言っても本文です。実は、新新訳の段階では池田亀鑑先生の『源氏物語大成』は出版されているので、現在善本とされている写本を底本にして訳す直すことは出来たはずなのですが、そこまで新訳を改訂する気はなかったのでしょう。

 さらに、二つ目の新新訳の限界は和歌の処理にあります。和歌を軽く扱い過ぎます。谷崎は専門家のサポートをかなり手厚く受けていたのですから、やろうとすれば、もう少し何とかなったんでしょうけどね。よほど和歌を軽視していたのでしょう。

 私としては、この二つが新新訳の大きな欠点であり、翻訳者としての谷崎の限界なのかと思いますが、一般的には、Wikiが「訳文の特徴」で言う、「主語の補いをせず敬語を生かして主体を読み取らせる逐語訳で、与謝野源氏と比較しても古風な文体」が新新訳の読みづらさということになるのでしょう。

 でも、これは紫式部の文体を逐語訳して映しとっているというだけなのであって、本来の和文、本来の源氏物語はこうなのです。もしかすると、その文体を守ったことこそ谷崎の達成なのかもしれません。

 一方、瀬戸内源氏です。瀬戸内源氏を論ずる際に、まず述べるべきことは、執筆協力者の記載がないことです。これは、講談社文庫本にも1996年に講談社の創業90周年企画で出版されたハードカバー本にもありません。にもかかわらず、「訳者のしおり」という作品解説がついています。ご本人が書いているらしいのです。

 ハードカバー本の時から巻末に「語句解釈」というページがあって、研究者による難解な語句の説明だけはあります。説明の最後に「高木和子作成」と小さくクレジットが入ります。うーーん。

 この「高木和子」という人は、実は私の大学院の数年下の後輩で現在のT大教授をやっている御仁なのですが、この段階ではオーバードクターの研究生のはず。

 ODのアルバイト仕事だから著者からの謝辞がないんですかねー。

 しかし、ということは、やはり作品解説は寂聴尼の独力の仕事なんでしょうねえ。そんなこと出来るんですねと、まず感心。よほど原文を読み込み、いろいろ勉強してないと出来ませんよ、こんなこと。

 寂聴尼は先行する谷崎の新新訳を参考にしているものと思われますが、本文は、明石巻の訳を比較すると、湖月抄を読んでいた谷崎とは明らかに異なっています。どうやら現代の注釈書の本文を用いていたようです。
 
  空蝉巻のこの部分の訳し方から考えて、それは岩波の旧大系か玉上評釈か小学館の旧全集なのではないかと思われますが、葵巻のこの部分の句読点の打ち方から言って、旧大系ではなく、旧全集か玉上評釈でしょう。

 葵巻のこの和歌の解釈が旧全集と一致し、空蝉巻のこの部分の訳が玉上評釈と一致するので、主にこの二冊を比較しながら読み進めていたと思われますが、さらに賢木巻のこの部分の訳は新潮古典集成の説を取っていますので、新潮集成も参考にしているのでしょう。

 一つの注釈書に頼り切るのではなく、あれこれと注釈書を読み比べて苦労してご自分で考えて訳を決めています。これは現代語訳をする作家さんとしては大変立派なことです。

 しかも、紫式部の表現を生かすために、帚木巻でこんな工夫をしています。

 同じ工夫をたまたま私もしていました。この部分の寂聴尼の訳を読んだ時に驚きました。私と同じ意図でしょう。紫式部の表現を守りたい。でも、何が起こっているか伝えなければ…で行間を開ける。「ああこの人はオレと同じ苦労をしたんだ」

 同じ源氏訳し者として大変共感をおぼえました。寂聴さん、オレたち仲間だぜ。

 ところがところが、それなのに…、なぜ、和歌に対してあんなデタラメな処理をしてしまったんでしょう。桐壺更衣の歌については、このブログに書いたことがありますが、せっかくの名歌を台無しにしていました。ガッカリです。

 他にも、例えば末摘花巻のこの歌には、このなポエムが、

あなたの不実なお心が
たまらなく辛いので
わてくしの唐衣の袂は
いつも涙に濡れ
そぼっているばかり

 どこが面白いんでしょう、このポエム。大惨事です。このエピソードの面白さを悲劇的にダメにしています。

 どうにもならなかったんでしょうかねえ…。 

謙虚な文豪の達成

  はてなブログに引っ越してから初めての投稿です。以前、他所で書いた文章で、第三巻『十六才の娘のための源氏物語』の範囲になります。

 

 ウチの教材に使われている箇所で気になることがありました。「胡蝶」巻。36才の光源氏が養女玉鬘の美しさに惑乱し、玉鬘の手を取って思いを訴える場面です。

 

 「むつかしと思ひてうつぶしたまへるさま、いみじうなつかしう、手つきのつぶつぶと肥えたまへる、身なり肌つきのこまかにうつくしげなるに、なかなかなるもの思ひ添ふ心地したまうて、今日はすこし思ふこと聞こえ知らせたまひける。」

 

 この部分を小学館『新編日本古典文学全集』では次のように訳しています。

 

 「恐ろしいことになったと思って、うつぶしていらっしゃる女君の姿は、たいそうそそり立てるような魅力をたたえ、手つきはふくよかに肥えていらっしゃって、体つきや肌合いがきめこまかにかわいらしく見えるので、君は、かえって恋しい思いのつのる心地になられて、今日は少しご本心をお打ち明けになるのであった。」

 

 今、この訳文を打っていて初めて気付いたのですが、モノスゴイ訳ですねえ、「そそり立てるような魅力」デスよ。~o~

 

 この部分、旧古典全集は「たいそう魅力的で」と至って当たり障りのない訳ですから、この「そそり立て」ちゃったのは、『新編』から参加した故S先生の御意向ということになりそうなのですが…こんな過激な言葉を使う人だったかしらん。~o~;;;;

 

 閑話休題。この『新編』の訳のどこが問題なのかというと、「なかなかなるもの思ひ添ふ」の訳を「かえって恋しい思いのつのる」としてしまっている点です。

 

 形容動詞「なかなかなり」は、古語辞典では、「起点でも終点でもないどっちつかずの状態を表し、不十分不満足の意を含んで用いられる」もので、➀中途半端だ②かえってそうしないほうがましだ・なまじっかだなどと訳される語とされています(『ベネッセ古語辞典』)。

 

 つまり、「なかなかなる物思ひ」は、直訳的には、「中途半端な物思い・かえってそうしない方がましな物思い」ということになります。「なかなかなる」と連体形となって「物思い」を連体修飾しているのですから、当然です。

 

 これを文脈に当てはめて解釈するとこの一節は、母夕顔追慕を契機として養女玉鬘への思いを抑えがたくなった源氏が、女の手を取りその肉感的な美しさを目の当たりにして「かえってそうしないほうがまし」と感じられる物思いに取り付かれ、禁断の思慕の情を訴える、そのような場面なのです。

 

 この文脈の中での「かえってそうしないほうがまし」な物思いとは、女の肌に触れ女を間近に見ることによって、収まるどころか逆に湧き上がってきて理性を圧倒していく激しい情動と、一方では「見なければよかった」と自省する心の有り様なのでしょう。

 

 自ら被った「養父」という仮面と中年光源氏の体内に蠢く欲情の狭間で、自らを「どっちつかず」と捉えるから「なかなかなる」なのだし、理性と欲望の葛藤があるから「もの思ひ」なのでしょう。

 

 これを「かえって恋しい思いのつのる」と訳してしまっては、軽過ぎでぶち壊しです。

 

 これは「なかなかなる」という形容動詞を、「かえって」の意味の「なかなか」という副詞で訳してしまったための失敗です。「なかなかなる」を「物思ひ」に連体修飾させなければ、「どっちつかず」が出て来ません。

 

 手元にある注釈書は、この「なかなかなるもの思ひ添ふ」を、「見てはかえってもの思いの新たに加わる」(『玉上評釈』)「かえってもの思いがつのる」(『旧全集』)、「なまじ打ち明けたためにかえって物思いの増す」(『新潮集成』)「恋心を訴えてかえって物思いの募る」(『岩波文庫』)などと訳しています。

 

 まあ、『新編全集』の軽さに比べればマシかとも思いますが、「なかなかなる」を副詞「なかなか」の意味で処理してしまっているのは同じ。「どっちつかず」が出て来ません。

 

 思うに、諸注釈書をお書きの碩学達がこんな基本的なことをご存知ないわけはありません。ただ、注釈書の執筆は国文学系の学者さんが行うので、国語学的な拘束を軽視しがちなのでしょう。御自分が読み取った文脈と文法の間に何か矛盾が生じた場合、文脈を優先させるのは国文学者としてある意味自然なことなのでしょう。

 

 しかし、矛盾点で立ち止まり時間を掛けて問題を止揚させていかなければ、勝手読みの弊害は避けられません。

 

 そんな中、手元にある訳の中で唯一、「なかなかなる」を連体修飾させたのは…。

 またしても、あの文豪

 

 「いかにもお美しいのを御覧になりますにつけても、なまなかなおん物思いの増す」とはお見事でした。

 

 もはや、これは単なる文豪の勘ではないでしょう。学者でないために逆に文法に対して謙虚なのかもしれません。文法と文脈との間で真摯に葛藤し訳語を探すからこうなるんでしょう。適語を選ぶことに掛けては、彼はプロフェッショナル中のプロフェッショナルですものね。

もしかして最後かも最後じゃないかもの投稿

 もしかして(gooブログの)最後かもしれない投稿です。

9月20日に『十五才の娘のための源氏物語』が発行されました。

 noteに書いた『十五才』発行の御挨拶を張っておきます。

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 昨年10月、『十四才の娘のための源氏物語』を出版して、noteに「はじめまして」を書きました。

 

 そして約一年後の今週、その『十四才の娘のための源氏物語』を改訂した『十四才の娘のための源氏物語改訂版』と、第二巻『十五才の娘のための源氏物語』が世に出ました。ばんざーい!

画像

 第一巻『十四才の娘のための源氏物語』は、「桐壺」巻から「花宴」巻まで。春のシーンが印象的なので、表紙は桜色でした。今度の第二巻『十五才の娘のための源氏物語』は、「葵」巻から「関屋」巻まで。海辺の物語なので、表紙はマリンブルーです。

 

 昨年出版した初版に比べて、装丁を簡素化し値段を下げました。しかし、内容的には、会話文頭を改行して読みやすくし、各巻に読み処を解説した「パパコラム」を付け、『十五才』には系図も添付しました。断然、良くなってます。読んでいただきやすくなってます。これで税抜き1600円は、お安いなー。

 

 『十四才』の方は、現在、Amazon楽天ヨドバシなどネット販売だけでなく、一般書店でもお買い求めいただけるようになっています。『十五才』は、しばらくAmazonのみの販売です。

 

 書いた人間が自分で言うのもナンですが、名著です。歴史に残る名著になる予定です、

 三十年後くらいに。

 まあ、つまり、その時訳者の私はこの世にいないってことですね。

 

 さて、これからしばらく、noteでは、「源氏訳し者日記」という出版記念シリーズを連載します。今までも源氏物語を楽しんでいただくための記事をnoteに書いてきたのですが、今度は、現代語訳をしていく際のアレコレ、出版する際のアレコレ、訳者の側からの源氏に関する軽いエッセイ…

になる予定なんですが、あんまり軽くないかもしれません。すみません。

 明日からスタートします。源氏にちょっとでも興味をお持ちの方、乞うご期待。 

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その第一回がコレです。

最後から多分二番目

 多分、(gooブログの)最後から二番目の投稿です。この投稿をするために引っ越ししていませんでした。

 『十四才の娘のための源氏物語改訂版』、本日発行です。

 Amazon ヨドバシ 楽天等でも御購入いただけますが、一般書店でも注文していただければ入手できます。

売り切れ御礼と次回予告

 6/23に拙著『十四才の娘のための源氏物語』がおかげさまで完売になりました。次に何をするかという話をnoteに書きましたので、こちらにも載せておきます。

 

 『十四才の娘のための源氏物語』をそのまま増刷するということは最初から考えていませんでした。まず、誤植が多過ぎます。ちょっと読みにくい点もどうにかしたいです。

 

 加えて、現代語訳を読んだだけでは面白さが解らないよなぁー、という箇所が何か所もあります。これは、noteの記事を書いていて痛感しました。

 

 そこで、『十四才の娘のための源氏物語』については、改訂版を出すという方向で考えています。誤植を訂正し、会話文文頭は改行して読みやすくしたうえで、各巻巻末に<コラム>をつけることにします。これは、『十四才』の次の『十五才の娘のための源氏物語』も同様。

 この<コラム>は、その巻の読みどころ解説なのですが、ほぼnoteで書いたものの書き直しになります。

 その中から「明石」巻の<コラム>案だけをサンプル的にお見せしようかと思います。実は、「明石」巻にはnoteに適当な記事がなく、ほぼ新規の執筆です。
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<コラムその十三>
 
 「明石」巻を読み進めていくと、なんだかイヤな感じに襲われることがありませんか。

 たとえば、明石入道から娘の話を聞いた後の源氏のリアクション。

 

 「ご自分からあちらへお渡りになるようなことを、入道の婿になるようで、あるはずのないこととお思いになっています」(『十五才の娘のための源氏物語』)

 

 娘に逢うことは求めているのに、婿になるのはあり得ないだって、コイツ、何様のつもりなんだろー?!

 

 たとえば、入道のセッティングで最初に娘を訪れる場面、

 

 「娘の住む邸は少し遠く山へ入る所なのでした…恋しい人の御事を思い出し申し上げなさるので、そのまま馬を引いて通り過ぎて上京してしまいそうだとお思いになります」

 

 ひ、ひどい。これから明石の君に会いに行くのに、紫の上のことしか考えてない。

 

 そのまま現代人が読んで行くと、源氏は思い上がったプレイボーイのイヤなヤツにしか見えないんですよ。

 

 これは、現代の我々に身分差の肌感覚がないからと思われます。源氏は今は無位無官となって都落ちしているとはいえ、先帝の最愛の息子です。それに対して、明石の入道は、父親は大臣だったということになっていますが、本人は播磨守という地方官に落ちぶれた末、今現在それさえも辞めて「前播磨守」という立場です。つまり、評価できない下の下の身分です。

 

 その娘ということになると、源氏から見たら、せいぜい「召人」にしかならない女ということになるでしょう。

 

 「召人」とは、主人の愛人となる女房のことで、たとえば、「末摘花」巻に出てくる「中務の君」、「葵」巻に出てくる「中納言の君」。いずれも左大臣邸に仕える女房ですが、源氏の愛人です。

 

 せいぜい愛人にしかならない身分の女性ですから、源氏は最初から結婚相手として考えていないんです。それで、入道の婿みたいな振る舞いはありえないよー、と考え、その女と会う時も最愛の奥さんのことばかり考えると。

 

 「明石」巻に始まる明石の君の物語は、そういう「召人」になりそうな身分の女性が、身のほどをわきまえた理性的な振舞いと優れた資質によって源氏の愛を受けて母となり、一時は愛娘を手放す苦しみを経るけれど、最後には源氏の妻妾の一人として扱われるまでになる一種のサクセスストーリーなんです。

 

 そういう目で見て上げてください。源氏のイヤなところも勘弁できるようになりますから。


 もう少し手を入れることになると思いますが、だいたいこんな感じの<コラム>をつけることになるのではないかと思います。無事、出版という運びになりましたら、こちらのブログでもお知らせします。乞うご期待。

師説発見その後と売り切れ予告

 「レモンの匂いの桐壺」に続いて、小田勝著『源氏物語全解読』関係の話です。これも、noteに書いた記事を書き改めました。

 「空蝉」の巻冒頭の空蝉の心内語、

 「やがてつれなくてやみたまひなましかば、うからまし、しひていとほしき御ふるまひの絶えざらむもうたてあるべし、よきほどにて、かくて閉ぢめてん」

に関して、昨年の7月に、諸注釈の文法的な誤りを指摘し、師説の掘り起こしを記事にしました。

 

 この部分に関して、小田教授の『全解読』は、次のように解説しています。

「『やがてつれなくて…』は、諸注釈のほとんどが誤解しているように思われる。反実仮想なのだから、「このまま知らん顔のしっきりになってしまったら」(今泉忠義訳)という今後の予測ではない。反事実の事態は『憂し』なのだが、実際は『[源氏ガ]つれなからず、止み給はざりしかば、[私ハ]憂からず』なのである。」

 

 ちょっと分かりにくいので説明すると、反実仮想というのは、事実に反する仮定をしてその結果を推測する語法で、「もしAならば、Bだろうに」ということによって、「事実はAではないので、Bではない」ということを裏返しで表現しているのです。「もしプーチンじゃなかったら、世界は平和なのに」という反実仮想は、「事実はプーチンなので、世界は平和じゃない」の裏返しの表現というわけです。

 

 この空蝉の心内語も、「つれなくて止みたまひなましかば、うからまし(=何事もなく私との関わりを終えておしまいになったならば、それは情けなかっただろうに)」は「つれなからず、止み給はざりしかば、憂からず(何事かがあって、私との関わりを終えておしまいにならなかったので、情けなくない)」の裏返しだと上田教授はおっしゃっているのです。私と全く同意見です。

 

 この部分の私の訳は、こうでした。

 「もし、あの最初の夜のまま何事もなく私との関わりを終えておしまいになったならば、それは情けなかっただろうに…。でも、無理やりのお気の毒な御振舞が絶えないとしたら、それも嫌なことに違いない。適当なところでこのまま終らせてしまったら良い」(『十四才の娘のための源氏物語』

 

 この訳だと、空蝉は、「これから先、このまま源氏が言い寄って来なかったら恨めしい」と思ったのではなく、「最初のときに逢ったきりでそのまま何事もなかったら、情けなかったろうに、再び訪ねて来てくれて一夜だけの女にならずに済んだことは良かった」と思ったことになります。

 

 これは、現代の諸注釈の解釈とは、かなり違った読みになると思います。つまり、空蝉は、源氏二度目の訪問を、拒否しつつも内心ひそかに喜んでいたということになるのです。これぞ、女心の襞ってもんでしょう。

 

 そして、この「女心の襞」の読解は、小田教授のように文法に忠実であろうとした結果達成されるものです。文法的に正しい解釈が空蝉の人物造形に圧倒的な深みを与えています。

 

 その私の訳『十四才の娘のための源氏物語』も、おかげさまで売り切れ間近残りは3点となりました!

 

 第一刷が売り切れたら、すぐに第二刷…といいたいところですが、これはちょっと時間がかかります。興味をお持ちの方は、本当にお急ぎください。