名古屋の町は大騒ぎ

名古屋でおこった江戸時代の事件を紹介

これで世俗と関係を絶ってますかね

正徳3年9月15日。
午(午前11時)頃、納屋裏で火事だと騒ぎがある。

七々日の法事は辰刻(午前7時)に始まり、入仏事とともに申半(午後4時)に終わる。
名代は周防守が勤める。

黄檗東輪寺はこの日から来年9月15日まで閉関(戸を閉ざし、世俗との関係を絶つ)し、一室に入って籠る。
食物などは穴から中へ入れ、中には湯殿・雪隠などはある。
人々と逢うときのための壁穴がある。
腹ばいになれば出ることができるだけの穴と云々。

御器所辻番加左衛門妹のつぢは鈴木十郎兵衛のところに奉公していた。
罪はないけれど尋ねがあったので加左衛門には気を付けるようにと町奉行から辻番頭に話がある。

今までは仏殿を堂と呼んできたのを今後は霊屋と呼ぶように。
廟と呼んできたのを宝塔と呼ぶようにと。
この日、仙石伯耆守殿が書付を見せて申される。