映画ログはいつもアマプラから始まる。
はじまりはいつもアマは変わらない。
だけど今回はゴジラであり、既に鑑賞したことが複数回もある。
アマプラきっかけではあるが、本作の「ゴジラ vs ビオランテ」は、はねいぬの友達のお父さんがメガホンを取られた作品で、友達もとある形で出演している。
友達になったのは映画公開からだいぶ時間が過ぎた後だが、なんだか特別なゴジラ作品になっていて、ついつい鑑賞してしまう。
たぶんゴジラ映画で一番鑑賞している回数が多いと思うし、最高のゴジラ映画だと思っている。
ネタばれ全開です。
鑑賞映画_2025/11/02
ゴジラvsビオランテ(1989年)
キャッチコピー
「'90年正月映画日本代表」
「勝った方が人類最大の敵になる」
上映時間
1時間44分
鑑賞周回数
6回目くらい
*映画館でのリアルタイム上映含む
はねいぬ感想)
前作の「ゴジラ」でゴジラデビューしたはねいぬの人生2作目のゴジラ。
前作はゴジラの敵は自衛隊とスーパーXだったが、今作は明確な敵怪獣がいる。
しかも前作からつながりを持っていて、破壊された新宿周辺から映画は開幕する。
開始直後の戦闘シーンから芦ノ湖でのビオランテ誕生、そして最終決戦までとにかく暗いイメージの映画で、中身もかなり暗く哀しい作品と言う印象。
その暗さと恐怖を反映した画像がトップ画像や当時のポスターや下敷きに使われていて、とにかく恐怖が先行するゴジラ映画だと今でも感じている。
夜の三原山の噴火によるオレンジの彩度を最大限に恐怖とする演出、夜に顕微鏡をのぞき研究に没頭しているときの青い稲光による冷たい色の恐怖の演出、夜に研究所を襲撃した工作員を襲うビオランテの緑の触手と緑の体液に緑がかった照明による植物感の恐怖の演出、暗さによる黒ともう一色の原色の演出が恐怖なのだ。
精神科学センターの子供たちが昨日見た夢の絵を元気よく見せるシーンに、とんでもない恐怖を感じた。
子どもの無邪気な声に反して、掲げられた絵は全員がゴジラによる破壊シーンというギャップが強いのだ。
最終決戦も暗くてグロいのだが、植獣形態のビオランテの突進は圧巻だ。
ビオランテの重量感・巨大さ・存在感のすべてが相乗効果となった突進である。
そりゃ大地も震動するほどの一撃だ。
考えさせらることが満載な映画。
人間にとってのエゴや自己防衛、そのための対策として生み出されたビオランテの倫理観など、科学技術の行く末を慎重に考えるべきだと思わされる。
はねいぬがレーザ加工するのも倫理観が伴っているのか考えるべきだと感じた。
目の前のレーザ加工は無機物に対して行われているが、その先に何があり、人類の未来に対してどんな良い面と悪い面があるのかまで、想像しておくことはしてもよいだろう。
スーパーX2、かっこいい。
ファイヤーミラーかっこいい。
光学兵器最高。
苦手だったこと
スーパーX2のゴジラの熱線の反射ミラー。
ゴジラの熱線を10000倍にして反射するミラーだが、熱線は光ではないのではと、レーザ屋さんは思ってしまう。
思うなと言われてもムリだから、仕方がないのだけど。
まあ、それでも格好いい戦闘シーンに、格好いい光学兵器、最高じゃないか。
ゴジラとビオランテの芦ノ湖での初戦。
体液飛び散り、ビオランテ(花獣形態)がぐちゃぐちゃになるシーンが、グロくて苦手。
ただその後、光のようになり一瞬植獣形態の頭が見えて、空に昇っていくシーンは好き。
まだ戦いは終わっていないっていうビオランテの意思の強さと、植物としての強さと美しさが感じられる。
最後に博士撃たれなくても、、とは思ってはいけないのかな。
考えさせられたこと
公開から35年以上が経過しているにもかかわらず、この時点で既に生物兵器、細胞工学、遺伝子操作などを巧みに組み込んでいる。
しかもゴジラが現れたときのためにゴジラ以上の怪獣を作ってしまう、だけどそのゴジラが現れなかったらという恐怖と不安を感じながら研究をする研修者も、すでに作品の中にいる。
当時はただの未来の技術で、リアルタイム放映のときなどただの映画を盛り上げるための架空の設定にしか思っていなかったが、これらの技術が現実に使われている現在は、本当にビオランテみたいなモノを創り出せるかもしれないし、さらに悪いモノだって創り出せるかもしれない。
なんなら、現時点からさらに未来に行けば、ゴジラすら造れてゴジラ細胞を基にした怪獣や生物兵器だって造れそうな気になってしまう。
大人ならではの恐怖を感じさせられる。
ゴジラとビオランテの最初の決戦。
夜の芦ノ湖、ほの暗い中で、同じ細胞を持った動物と植物という兄弟対決と言われ、また「勝った方が我々の敵になる」と人間から言われた戦い。
戦いは体液飛び散る凄惨なもの(苦手)であるが、本人たちにとっては哀しい戦いであり、人間たちにとっては強い方が敵になるだけの戦い。
人間視点だけの人間が原因の戦い、だけどゴジラ対策のためのビオランテでもある、正義や勝利、倫理を考えさせられる。
ゴジラとビオランテの最終決戦。
相変わらず暗くてグロいのは先述の通りだが、終わり方がとてもステキで考えさせられる。
ゴジラとの戦闘を終え空に光となって登っていくビオランテの「ありがとう」は、どういう意味だったのだろうか。
博士が「もうゴジラ細胞から怪獣は作らない」という決心に対してなのだろうか、それとも短い間とはいえ自分自身を生み出してくれたことに対してだろうか、はたまたその両方なのだろうか。
本来は人間が人間のためだけにゴジラ対策として創り出したビオランテに、猛省を促されるべきと思ってしまう。
ビオランテによって人類は倫理を考えさせられ、学ぶ機会をもらったのだから。
bounddog-yellow.hatenablog.com
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