読書感想文:「空が落ちる」シドニィ・シェルダン
二月、如月になりました。
こんにちは。こんばんは。
翔子でございます。
さぁ、本日もやって参りました、読書感想文。
近頃忙しくってですね、これからしばらく読書感想文はお休みになるかもしれません😢
落ち着きましたら、折を見て小説を読んで読書感想文を残したいと思うので楽しみにしてください。
今日ご紹介しますのは、シドニィ・シェルダンの「空が落ちる」。
ではあらすじをどうぞ。
故意か偶然か。次々に不慮の死を遂げる米国の名門一家: ウィンスロープ家。
「一年の間に家族5人もが変死するなんて絶対におかしい」と謀殺説を信じて調査に
乗り出した売れっ子ニュースキャスター: ダナ・エバンス。彼女の行く手を
阻むものとは? 世界の見えない所で、恐ろしいことが行われていた。
タイトルにある「空が落ちる」とは、ヨーロッパの民話を元にした臆病者の「チキン・リトル」が「空が落ちてくる!!」と恐怖を報せ叫ぶも、その証拠がどこにもないことから、周りから嘘つき呼ばわりされてしまうお話から来ています。
悲観論者をさす慣用句として有名で、主人公のダナ・エバンズが自嘲的に自分は「チキン・リトル」のようだと言っています。
(有名なところで言えば、某アニメ映画がありますね)
Ambitious Womenシリーズ
「星の輝き」
「氷の淑女」
これらシリーズの三作目に当たる「空が落ちる」は「氷の淑女」でも登場したダナ・エバンズを主人公に据えた小説です。
海外特派員になりたかった幼き少女が、今ではニュースキャスターとして、視聴者に一人一人語り掛ける熱烈的で抱擁感あふれる情報発信者として、アメリカなら知らぬ者がいないほどの有名人。
美人で聡明な彼女に惚れこまない人間はいないと言っても過言ではありません。
彼女には、同社同局でスポーツ担当をしているジェフ・コナーズという恋人がおり、いずれ結婚を夢見ていた。
前作で海外特派員として訪れた激戦地・サラエボで出会った浮浪していた少年・ケマルを引き取ったダナだった。息子のように育てるケマルとの二人暮らしにあくせくとしながらも幸せを見出そうとしていた。
その矢先、番組のインタビューでゲストとして招かれたゲーリー・ウィンスロープとのことで、ダナは「ウィンスロープの縛り」ともいうべき物に苦しめられることになる。
なぜならば、番組出演後の夜、ゲーリーが強盗に殺されたからだ。
色々掘下げてみると、ウィンスロープ家全員が不審な死を遂げていることが分かった。ゲーリーの両親である、タイラーとマデリン・ウィンスロープは先年火災で焼死。
兄のポール・ウィンスロープは両親の死から二ヶ月後に南フランスの海を臨む山のハイウェーのカーブでスリップして山側の土手に激突して即死。
そして、アラスカの林間スキー場でチャンピオンにもなったことのあるスキーの達人で、ウィンスロープ家の令嬢であるジュリー・ウィンスロープは夜に滑降禁止の斜面を滑って事故死。それも夜に。
それでもって、最後の生き残りであるゲーリー・ウィンスロープは絵画を盗み出そうとしていた強盗によって殺害された。
ダナは特に、ゲーリーの父であるタイラー・ウィンスロープのことが気になり、多方面へ取材を試みた。
誰かに恨まれて、よもや殺されたのではないかと、新しい番組の取材として首を突っ込みだしたのだ。
それが吉と出るか凶と出るか、上司でワシントン・トリビューン社の社長、マット・ベーカーは不安だった。
しかし、政府関係者、友人知人、子供たちの交際していた人たちに聞き廻っても、”彼ら”は、もっとも素晴らしい人間であり、素敵で寛大な方、タイラー・ウィンスロープに至っては聖人君子だと崇め奉られすらいる。
それもそのはず、もし、アメリカ合衆国に王家があるとしたら、冠を被るのは間違いなく”彼ら”であると言われている。まさに”カリスマ” 溢れる、善を煮て出来上がったような人間だとのことだ。
事実、ウィンスロープ家の人たちは、希望を打ち立てることに生涯を捧げていた。一家は巨万の富を学校に、教会に、ホームレスに、飢えた人たちに分け与えてくれた。
それに加え、一家は私欲なく自分たちの時間と才能を社会にささげたのである。
しかしダナはどうしても、疑問を払い除けることが出来ず、世界を股にかけてタイラー・ウィンスロープの裏の顔を探ろうとする。
しかし、上院議員のロジャー・ハドソン、連邦調査局FRAの少佐、ジャック・ストーンの協力を得ても、掴み切れることが出来なかった。
さぁ、果たしてダナは、ウィンスロープ家の真実を知ることが出来るか!?
・・・続きはぜひ書籍で。
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と、まあ、色々語りましたが……正直言ってこの作品はシドニィ・シェルダンの中で一番のつまらなさでした。
(私はこの読書感想文では正直に語ることを信条としています)
二十六もある章から、二十二章にならないと物語の真相と犯人の正体に到達できないという衝撃。(当たり前だわ)
まぁ、シドニィ・シェルダンは殺〇等が断続的に続くような、推理小説ではないので致し方ないにしても、文の中だるみと、ダナが真相を突き止める場面が寄っては離れる感がとてもしつこく感じました。
あと正直、恋人ジェフと元妻・レイチェルの話は不必要だったと思う。ダナをそんなに苦しませて楽しいか?とシドニィ氏に問いたいですね。
あと、ケマルくんよ、学校とダナの前で人格変わりすぎ。もうちょっと、ガキんちょの前でもかしこまりなよ。あと、先生に告げ口しちゃえ。(まぁ、プライドが許さないんでしょ)
このくだりも、そんなに長々と引っ張る必要性は感じられないけど、まさに二十二章以降からの展開には必要はあると思う。ただ、ジェフは常に局にいる、相談役でいさせた方がよかったのではないか? 助手の人、助言してあげればよかったのに……。
これはあくまでも個人的な見解なのですが、決してオススメは出来ませんね。
特に忙しいこの世の中で、読んで価値ある小説ではないことは確かです。とても有意義ある小説を読むことを強くオススメしたい。
読書感想文:「氷の淑女」シドニィ・シェルダン (微ネタバレ有)
みなさん、遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
正月から目まぐるしい出来事が起こり、大変心を痛めております。
どうか、被災に合われた方々にとり、平和が取り戻されることを祈っております。
さて、昨今、小説執筆に力を注いでいます。書きすぎて頭がボーッとするほどです。
これぞ、【執筆ハイ】と呼ばれるものなのでしょうか?←
改めて言いますが、私は海外生まれで、日本の学校教育で国語を受けておりません。なので小説を書く際は、必ず模倣的な文章を頭に入れなければ書けないのです。
これは徐々に慣れて行くものなのでしょうが、今のところはそういうルーティンを続けています。
執筆に難航すると、どうしても小説を読みたい衝動にかられるので、今度もまた、シドニィ・シェルダンの「氷の淑女」を読みました。一週間の内に読み終えられました。
つい先が気になっちゃうんですよね、シドニィ・シェルダンの作品って。
六冊目になる今回。やっぱり面白いです。
「氷の淑女」は出版社が違うのであらすじがカバー袖に記されていたもので、引用させていただきます。どうぞ。
広告代理店で働く美貌の野心家レスリー・スチュアートは、州知事を目指す
ハンサムなオリバー・ラッセルと出会って、一目で恋に落ちる。
選挙キャンペーンを闘うふたりは、やがて愛し合い、結婚を約束する。
だが、挙式直前、オリバーは上院議員の娘と電撃結婚してしまう。彼は義父である
上院議員の協力なバックアップを得て州知事となり、大統領への段階を昇り始める。
一方、裏切られ、捨てられたレスリーは、新聞社の社主をその美貌で籠絡し、
オリバーを追い落とすべく、メディア世界に君臨しようとする。
※こちらは上巻のあらすじです。下巻もあるのですが、物語の真髄に迫る内容のため、省きます。
─── ストーリーは、大体の小説を読んでいる人からしたら、すぐに展開が想像つく流れになっておりますので、すぐに読書感想と紹介に移ります。
……だからと言って、もちろん文は稚拙などではなく、展開がとても面白かったのでぜひご自身でも読んでみてください。
感想文:
上下巻を読んでいて、この小説のテーマというものが浮かびました。
”新聞(報道)が及ぼす影響力と、国を治める者の悩みと葛藤、そして人々の欲求”。
この小説には、三人の人物をメインとしてストーリーが進みます。
レスリー・スチュアート
オリバー・ラッセル
ダナ・エバンズ
他にも、マット・ベーカー、フランク・ロナガンという重要なサブキャラクターがいますが。とてもいいキャラ立ちをしていて、出番は少ない方ですが好きになる人物像です。
レスリー・スチュアートはIQ170の美女で、本作の主人公立ち位置です。
あらすじにもある通り、裏切った”オリバー・ラッセルを追い落とすため、手段を選びません。様々な新聞社を買収して大きくし、報道の発言力を増大させていく。どんなに社員から疎まれようと、自身の信念を曲げずに突き進む”野心の女”です。
しかし次第にその野心が仇となり、確信的事実を見過ごし、ただただ元恋人の破滅のために奔走します。
執念というものがどれだけ人間の理性を壊すかという現れと教訓を与えてくれます。
オリバー・ラッセルは、最初はそのキャリアをケンタッキー州の弁護士から始め、州知事・いずれ大統領になる男です。
地位もさることながら、小説の描写によれば「すごいハンサムで、くせ毛の黒みがかった髪に黒い瞳、運動選手なみの筋肉質の体格、それに人の心を溶かすようなあたたかい笑顔……」とあります。
彼は物語のキーとなりますが、見た目に反して少し難癖のある人物であります。根は真面目だということは分かるんですけどね……ね?←
そして、最後にダナ・エバンズ。陸軍大佐の娘で、幼いころから基地を転々とする生活を過ごした外向的な女性。ところが13歳になって両親が離婚。都会に住んでからは彼女の心に物足りなさが生じ、広い世界を廻る海外特派員を目指すことになるのです。
次第に、記者→ニュースキャスターを経て、念願の海外特派員に。場所はサラエボ。世にいう「ボスニア・ヘルツェゴビナ戦争」の現場へ向かう。そこには想像も絶する光景が広がり、ダナは一時期ヒステリー気味になり、アメリカへ戻されるが、ダナは持ち前の根気強さととある男性との出会いによって、レポーターとしての仕事を続ける。物語の解決を担う人物となります
紛争地で出会った片腕の無い少年との物語は、シリーズの第三作で主人公となって登場する。
ここで微ネタバレですが、とある登場人物が、とてつもない欲求を持って生きています。それが己の立場を危うくさせるとも知らず、突っ走ってしまう描写には身の毛がよだちました。なにせ悪いとは思ってないんですもの。完全にそいつが悪いのに←感情的w
この人物を描く際、シドニィ・シェルダンにしては珍しく(?)、叙述トリックめいた文がありました。下巻に真相が出てくるのですが、思わず上巻を見返したほどでした。
さすが良く練っている内容です。
ざっと紹介するとこういう感じです。
色んなバックストーリーを知ることで登場人物に感情移入が出来ますね。
”人間”の薄汚い面と素直さが全面に散りばめられているのが特徴のシドニィ・シェルダン──。
とてもリアルで、ストーリーとキャラたちに直接関わりのない登場人物たちでさえ、緻密で詳細的な描写があります。思わず共感させられるほどです。
「あぁ、こういう人たち、いるわ(いそうだわ)」と。
ただ、誰がだれと繋がるのかどうか分からないのが小説です。読み進めていく内に、突然、関わるかもしれないって考えると、とても綿密に組まれているのだなと感じます。
私は、ただの趣味としての小説読者ではなく、完全に小説執筆者目線で読んでいます。どの立場で読んでも面白いのが小説ですが、こういう面白い小説を書き続けたいです。
Ambitious Womenシリーズ
この作品は、シドニィ・シェルダンのAmbitious Women(直訳: 野心的な女性)シリーズに当たります。先ほどWikipediaを見て気づきました(笑)
このシリーズの第一作は、私が以前読んだ「星の輝き」です。そう、あの若き情熱の不動産家: ララ・キャメロンが主人公の作品です。
この、「氷の淑女」はその次作目に当たるので、ファンサ(?)として、ララ・キャメロンの名前が登場します。
第十六章 九行目(一部抜粋)
~ このホテルは、かなり昔、ラーラ・キャメロンという起業精神に富む若い不動産業者によって建てられたものだ。~
翻訳者によって名前の差異があります。
名前を見たとき、一瞬判断に戸惑いました。が、知ってる名前が小説に登場するととてもうれしいものですよね。
「星の輝き」の舞台は確か、七十年代から九十年代。「氷の淑女」に登場した ”モンロー・アームズ” が出て来たのかどうかは分かりませんが、ララ・キャメロンがこだわって建てたこのホテルが衝撃の現場になるなんて、本人も読者も思わなかったことでしょうね?
最後に……
これは、前も言ったのかどうかは定かではありませんが、シドニィ・シェルダンの描く女性像はとても勇ましく、”自分”を持っている人物が多いと見受けます。
どんな試練が主人公に降りかかろうと、立ち上がり、己の信念を信じて行動する。
登場人物に憧れを持つ読者もいることでしょう。
ちなみにですが、私が読んできて一番好きな主人公は「ゲームの達人」のケイト・ブラックウェルですかね。あんなに強くて、カッコいい女主人公は見たことがないです。
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次の読書感想文の予定は、再びシドニィ・シェルダンになると思います。
たくさんのシドニィ・シェルダン作品を母から譲り受けたので続きます。
では、また!
読書感想文:「女医」シドニィ・シェルダン(多少のネタバレ有)
皆様、お元気にされていますか?私は元気です。
一つ、この年の暮れに小説を一作品読み終えることが出来たのでご紹介させていただきますね?
今回も今回で、シドニィ・シェルダンです。
シドニィ・シェルダンの「女医」です。
前回読みました、「明け方の夢」「ゲームの達人」「血族」「星の輝き」に続いて栄えある五作目!
いやぁ、やっぱり面白いですし、これは小説あるあるなのですが、「続きが気になる!どうなんの!?」ってなって、バッサバサと次の章へページをめくってしまいます!
面白すぎ危険信号です(?)
……まぁ冗談はさておき、あらすじをどうぞ:
スタッフ不足に悩まされている、米国最古の病院・エンバーカデロ都立病院。
そこに唯一の三人の女医が入って来た。ペイジ・タイラー、ケイト・ハンター
(キャット)、ベティ・ルー・タフト(ハニー)。三人は打ち解け合い、様々な
試練に立ち向かっていくが、この三人の女医には知られざる秘密があった!
一人は百万ドルのために患者を殺し、一人は病院を閉鎖に追い込みそうなことまで
やらかし、三人目は殺される。様々な人間たちに翻弄されながら、医者として懸命
に立ち向かう医療スリラーである。
三人の女医が経験した、医療現場の真実と男性医師・患者・人間たちとの波乱万丈な物語が織りなすこの作品は、単純明瞭に言うならば、人間臭い小説だと言えますね。
金にがめつい医者もいれば、強気な性格の人物が死期を悟ると途端に弱気になる患者、性に従順な医者、厳しい医者もいる。
シドニィ・シェルダンの小説全般に言えることですが、医療現場にももちろんヒューマンドラマがあるということを教わりました。
主要人物たちは恋をし、患者のために何かをしたいという思いが切々と心に響いてきます。
そしてなにより、三人の女医の仲の良いこと。
ペイジ、キャット、ハニーの三人は同居するルームメイトであり、親友であり、戦友でもあります。いつか旅行をしよう!と三人揃って旅行代理店に向かうシーンは可愛くて微笑みが止まりませんでしたね。
ここで少しばかりネタバレになりますが、この三人がいがみ合ったり、争ったりは決してしませんので安心してください。
正直、私はこの三人の内、誰かが裏切るのではないかと思っていました(笑)
ここからは少し医療にかかわる雑談をしていきましょうか……。
私個人、病院の空気感が苦手で、クリニックなどの小さい場所がギリギリなところ。
ですが、医療ドラマは好きでした。
非現実的なシーンもありつつ、シリアスもあればコメディも織り交ざる医療ドラマに、私は多少なりとも憧れを持ったことがあります。まぁ、残念ながら学が無いので、医療の仕事に携わることはできませんでしたが、もしも来世があるとするならば、私は看護師になりたいと思います。
しかし、ドラマとは違って、実際の医療現場は戦場だというのが、この「女医」を読んで痛感しました。
もちろん、命を預かる場なのでギスギスもあれば、忙しさに目が回るような状態なのは薄らと感付いてはいます。
これは、小説にも出てることなのですが、二十四時間体制の待機当番では、ドクターは寝ることも満足に出来ず、寝ぼけ眼の状態で治療に当たります。もちろん失敗は許されないので、医者は懸命に仕事を全うしていきます。
医療ミスなどが起これば、病院とその医者の責任になりますし、それよりなにより、その患者の家族が悲しむようなことはあってはならないのです。
「医者や看護師は儲かる」と、よく俗世間では囁かれていますが、当然といえば当然のこと。命を預かる者たちへの対価こそが、その給料なのですからね。
~ここからは少し、読み手側にとってはセンシティブになるかもしれません~
2020年のパンデミック時には医療従事者に感謝の意を示す行動がありましたね。
私個人的にはそれに疑問を感じていました。
なぜならば、パンデミック時だけでなく、常日頃、医療従事者には感謝の意を示さなければならないからです。かくいう私も、この小説を読むまでは、感謝の意を忘れかけていました。
病気が移るという不安や危険性を帯びながら、患者に寄り添う彼らに対し、改めてこの場で申し上げます。あなた方医療従事者の皆様に感謝の意を表します。
ありがとうございます。
────────────────────────────────────────
今年はこの作品を含めて8作品の小説を読ませていただきました。
あまり読んでいませんでしたね。諸々プライベートなことで忙しくしていまして時間が取れませんでした。
ある人は食事をしながら小説を読んだり、歯を磨きながら本を読むという器用な人がいますが、私は一個のことに集中して取り組みたい、不器用な性分なのでそれができませんでした。
来年も諸事情により忙しくなるので、読書感想文は残せないかもしれませんが、こんな拙い文ばかりのブログを応援していただければ幸いです。
来年も皆様にとって良い年でありますよう祈っております。
どうぞよろしくお願いします。
良いお年を。
読書感想文: 「星の輝き」シドニィ・シェルダン (終盤のネタバレ含みます)
こんにちは!
10月ごろから先ほどまで、シドニィ・シェルダンの著書を読破しました。
話によく聞くに、一気に物語に惹きこまれてしまいますね。私生活に支障をきたす恐れがあるので自重するのに精いっぱいでした(笑)
今回ご紹介したいのは、シドニィ・シェルダンの「星の輝き」です。
前回読みました、「明け方の夢」「ゲームの達人」そして「血族」……この作品たちのどれよりも救いがある終わり方で、思わず感激しました。
まあ、その話は後半で…それでは、あらすじに参りましょう。
星の瞬きは、ちまちまと生きる人間を見ての涙だという。他人様の金を利用する
逆ピラミッドに賭けた怨念のヒロイン。愛唱する詩に導かれて理想の男性を
追い求めるが、彼女の前に現れたのは…?
無人のパーティー会場に立ち尽くすララ・キャメロン。世紀の傷害事件の糸を引く
のは誰か? はたして神の裁きは?
物語は、グレースベイで小さな下宿屋を父と営んでいた(正確には手伝っていた)ララ・キャメロンが、シカゴ、ニューヨークと転々し、高名な建築家となったのち恋をし、周辺のとある人物から翻弄されて行く運命をたどる、波乱万丈の人生を描いています。
読んでいて思うのが、ララは頑固で負けん気が強く、次々とビルを建てていく向こう見ずな性格だと感じました。言い方を変えれば、野心家の人物なんでしょうね。
恋愛に関しても、初めて恋をし、スピード結婚を果たす。そのお相手は、ツアーコンサートを世界中で興行する有名なピアニスト、フィリップ・アドラー。
グレースベイの家で、幼い頃に読んだ詩から出て来たようなフィリップに、ララはぞっこん。
二人の間を邪魔する者は全て排除する勢いの彼女で、興行をする夫に出来るだけツアーを少なくし、側にいてほしいと懇願してしまうほどだった。
しかし、夫の思わぬ出来事によって手首を負傷。ピアノを演奏できなくなった頃から物語は急転していきます。
まあ、そこからはぜひ、ご自身でお読みくださいませ。
今回の「星の輝き」、シドニィ・シェルダンの作品にしては珍しく、性描写が少ないことに不覚にも驚きましたね。一切無いってわけではないです、不倫の描写もあったりしますしね? ところが、ものすごく生々しい描写が多かった過去作品と比べたらば、社会情勢をメインに描き、建築家としての戦略や、他社からの憎み合い・貶し合い、身内の裏切り行為などが色濃かった印象でした。
それでは、ここからはタイトルにある通り、終盤のネタバレに入ります。
過去作品(比べてばっかいるのもどうかとは自分でも思いますが)では、ストーリーのラストはほとんど胸糞悪かったり、敵役が落ちぶれるというスカッとする終わり方が多かったのですが、この「星の輝き」に関しては、落ちるところまで落ちたララが尚もビル建築において野心を抱き続ける描写、そしてその傍には夫であるフィリップ・アドラー。笑い合う二人……こんな幸せな終わり方は(私が読んだ中で)いままでなかったので、思わず「えぇ…(歓喜)」って声が出ました。
我々は続きを垣間見ることはできませんが、我々の知らないところで、ララの野心や情熱は続いていくのだなと感動しましたね。
私は比較的、物事には期待しないように生きて来ました。
会社勤めをしていた頃は、昇進なんて興味ありませんでしたし、上へ、上へ、なんて見向きもしませんでした。
人生において、楽観的であることを信条としていて、その気持ちは大事にしたいなと思いつつ、この作品におけるララのように、物事に対する情熱をもっと深く、向上させなければならないなと考えさせられました。
では、長くなったところで最後に、ララが幼心に抱いた忘れもしない詩を記載しておきます:
スコットランドの愛国詩人、 ウォルター・スコット卿の詩:
栄光の詩は愛の強さを更にうたい上げる。よこしまな結婚を強いられる囚われの恋人を、命がけで救わんとする青年騎士ロッキンバー。スコット卿の美しい韻律がその勇気を称える。
西を発ちし 若きロッキンバー
国一番の名馬にまたがり
携えるは愛剣ひとふり
ほかに身を守るものもなく
長い道のりをただ一人ゆく
誠の愛を胸に 恐れるものなし
若きロッキンバーよ
ああ、きみほどの騎士はいない
なんたる愛の強さ なんたる勇気
ああ、ロッキンバーよ
きみほどの若者はいない
ララは、寂しくなるといつも口ずさんだこの詩。ハンサムなロッキンバーが救いに来てくれる。それほど、下宿屋での仕事が辛かったララ。彼女にとってのロッキンバーそれこそ、フィリップ本人。
最後までお読みいただきありがとうございました。
読書感想文: 「明け方の夢」シドニィ・シェルダン
大変ご無沙汰しております!!
約4か月ぶりになるでしょうか? 皆様、お元気にしておりますか?
私はとても元気です。
久しぶりに読書をしましたので、読書感想文を残したいと思います。
今回ご紹介するのは、
シドニィ・シェルダンの「明け方の夢」です。
正直なところ、前回読んだ「ゲームの達人」と「血族」よりは面白味が欠けた気がします……序盤から個人的な感想で申し訳ないですけど。
では、ひとまずあらすじに参りましょう。今回も巻末や表紙裏に記載が無かったので、オリジナルあらすじで紹介します。どうぞ、
修道院に救われた記憶喪失の娘は、己の出自が何なのか分からず苦しめられていた。
唯一の手がかりは、毎晩うなされる悪夢とそれによって呼び起こされる僅かな記憶
である。幸い、名前までは思い出せたのだが、なぜ自分はボートに乗って湖に
沈んでしまったのか、修道院長に訊ねてもとぼけるばかり。
キャサリンはただただ、記憶が蘇ることを祈ることしかなかった。
その後しばらく、コンスタンティン・デミリスという、世界一、二を争う
大富豪がキャサリンに援助を申し出て来た。デミリスは経済界の怪物として、
彼の存在を知らぬ者は世界中にいない。彼の援助を受けながら、キャサリンは
ロンドンにある彼の会社で働くことになり、デミリスの庇護を受けながら彼女は
人生を充実させようと努力して行った。
しかし、その裏ではデミリスの醜い理由があることを、キャサリンは知る由も
無かったのだった。
……簡単なあらすじで申し訳ありません。
ちなみにですが、ここのあらすじだけでは終わらないのがシドニィ・シェルダンでございます。
上記よりも登場人物は多いですし、出来事も満載です。
感想としましては、キャサリンが主人公らしからぬ存在感と言いましょうか……少し抜けた”お嬢さん”というのが印象です。読み手によっては若干「ウザく」なると思います。
そして、デミリスの幼稚さといいましょうか。自分が奈落の底に落とされるのを恐れている所がなかなか自信無さげで、とても好きになれません。(まぁ、今作のヒール役ですので、好きになる必要はないのですが)
”やたらに願うな。本当に叶ってしまうぞ” ── ある哲人の言葉である。
この言葉に私は胸を打たれました。本当に叶って欲しいものですよ、出来ることならばね。
次もシドニィ・シェルダンになるかと思います。現在読み進めていますので。しかし、投稿はまだ先になるかなって思います。
まぁ、気長に読んでくだされば嬉しいです。
10月らしからぬ寒さになっているとのこと。皆様、体調には十分注意してお過ごし下さいませ。では、また次の機会に。
読書感想文:「紫式部ひとり語り」山本淳子
世界最古の長編小説と言われる「源氏物語」。皆様は読んだことはあるでしょうか?
自分語りになりますが、私が中学生のころ、iTouchアプリの「青空文庫」にて与謝野晶子氏訳の「源氏物語」に没頭していました。
その作者である紫式部の目線から語られる、この書籍を私はジュンク堂書店にて発見しました。
「紫式部ひとり語り」
紫式部日記や紫式部集といった、彼女が記した文集から紐解き、その人となりを個人が語るという構図で作られたこの本は、小説とも自叙伝と言っても過言ではありません。
まるで本人が1000年前から舞い降りて書いたかのように、その語り口はリアルで、まるで現代にも通じる後宮内の争いや愚痴、彼女の身に巻き起こる愛の駆け引きや友情が描かれています。
冒頭から語り過ぎるのもいけませんね。
ひとまず、あらすじをどうぞ:
「この私の人生に、どれだけの華やかさがあったものだろうか。紫の上にちなむ
呼び名 には、とうてい不似合いとしか言えぬ私なのだ」──。
望んでいなかったはずの女房となった理由、宮中の人付き合いの難しさ、主人中宮
彰子への賛嘆、清少納言への批判、道長との関係、そして数々の哀しい別れ。
研究の第一人者だからこそ可能となった、新感覚の紫式部譚。年表や系図も充実。
(裏表紙に記載されたあらすじから引用)
「源氏物語」とは、言わずもがな帝の子である光源氏が、数多の女性と恋に走り、最愛の母の面影を追って様々な試練に負けじと突き進んでいく物語です。
もちろん、恋ばかりではなく、朝廷内の権力闘争にも真っ向から立ち向かい、最後には准太上天皇という待遇を経る、順風満帆で波乱な人生を描いた作品です。
全54帖にもなるこの作品、一部欠損疑惑のある章があったり、最後の宇治十帖は作者不同とも言われていますが、根本は紫式部という受領階級の娘が著しました。
私自身、作者は紫式部ではないんじゃないか?男性が書いたのではないか?という論争をことに聞きますが、私はやはり女性である紫式部が書いたと信じています。
今でこそ、多様性の時代で「女性が書いた云々」の論争は叩かれてしまう対象になってしまいますが、それこそ、紫式部の ”狙い” だったのではないでしょうか?
男性でしか書けないような朝廷内の権力闘争の話、作中に登場する女性の妊娠期間の相違等、それは全て彼女が仕組んだカムフラージュだったのではないかと。
もちろんこれらは憶測にすぎませんが、女性であっても朝廷内の権力闘争も耳にするし、妊娠期間なんて人それぞれ違います。早産もあり得ますからね。十月十日(とつきとおか)が皆それぞれ訪れるとは限りませんから。
・・・
脱線してしまいました、戻ります。
その紫式部、来年には大河ドラマの主人公になるという、快挙ともいうべきこの前年に私はこの本に出合えてよかったと思います。
紫式部とはどういった女性なのか?
本名も不確定で、生没年もまるではっきりとしない、この平安時代の女性に私は長年惹かれていました。それが大河ドラマにようやくなったのですから、素晴らしい時代になったものです。
この本ではその謎だった人物像が明らかとなり、洗い流された気分になりました。
紫式部の父・藤原為時(ふじわらのためとき)は文人であり歌人。家には数多の中国の書籍【漢籍】があり、紫式部は幼い頃から漢籍に触れている。しかも極めて才があり、弟(一説には兄とも)の藤原惟規(ふじわらののぶのり)に漢学を教えている時、傍で聴いていた紫式部が上達してしまうほどでした。彼女曰く、”おこぼれ学問” とのこと。
しかし、平安の時代では、女性が漢字を学ぶことは ”はしたない” と言われていた時代でした。なぜならば、家にいるだけの妻や娘が漢学を学んでも出世の道は無いからです。酷いものですね。しかし、これが当たり前の時代でした。
父からは「お前が男でなかったことが惜しい」と言われてしまい、彼女はとても悔しく思ったのでしょう。
表では漢字の ”一” の横棒ですら書かないように努めて、生きてきました。
しかし、彼女は学ぶことは諦めず、漢籍を読み、そこに書かれた歴史や愛の物語、そして哲学に心を奪われました。
この経験もあって、かの長編である「源氏物語」を書くきっかけになったのかもしれません。
ここで面白いのは、紫式部の家系の話。
五代前から父の代まで、どのような遍歴があったかなど、誰が誰と結婚しただの、彼の人物は親戚だの、どうやって没落しただのと、事細かに説明されています。
それも、全くの説明文でというわけではなく、エピソードなどもふんだんに記されていてとても読みやすいです。
平安時代の人たちって ”お堅い” 人たちばかりなのかなと思ったらそんなことはありません。話し方や和歌の難しい言い回しに惑わされているのでしょう。私もその一人でした。
しかし、そうではありません。難しい遠回しな言い方をしているだけで、本当はド直球の、いわばナンパです。普通に浮気、不倫もあれば略奪愛もざら。歳の差婚も一夫多妻制もなんのその。
平安時代の日本はさしずめ、現代のフランスのように熱い愛の国だったのでしょうね?←
紫式部が後宮──天皇の后妃が住まう空間、へ女房として出仕したのは夫が亡くなり、「源氏物語」を書き始めた頃の事。
藤原道長とその妻・倫子(りんし──紫式部のまたいとこ)のたっての頼みで中宮・彰子の女房として出仕しました。彰子はお二人の娘であり、帝の后で未だに子が出来ないことを心配し、なんとか帝に振り向いて貰えるようにと、学のある紫式部に白羽の矢が立ったのです。
紫式部は当初、女房という存在を見下していた節があった。それは彼女自身も女房を雇っている身で、あれやこれやと詮索してきたり、噂話をして言いふらすその様が嫌いだったのだという。
そしてその気持ちは更に冗長させることになるのは、同僚の女房達から冷たくされたこと。出仕後すぐに実家へひきこもってしまう、いわばボイコットのようなものでしょうか? それをしてしまいます。
「仲良くしてくれなきゃ出社しない!」となんともプライドが高い人物であることがここで分かります。
しかし、女房達が彼女を冷たくする訳は至極単純なものだった。その詳細を語るには余りにネタバレになるので控えますが、勘違いが生んだ冷たさだったことが判明し、普通に出仕してきます。なんとお人間らしい、可愛い部分がある紫式部ですね。
それからのお話は、紫式部の女房としての暮らしぶり、目の当たりにする朝廷内の権力闘争、彼女の成長、主である彰子の葛藤、そして晩年が描かれています。
先に述べたように、まさに現代に通じる、人間臭い世界観が平安時代に存在しています。
もしも、私のこの拙い読書感想文で、「読んでみたい」と思う方がいらっしゃれば、是非にも手に取って読んで頂きたいと思います。
大河ドラマ「光る君へ」を楽しみにしているという方にはぜひとも読んで欲しい。
原作ではありませんが、大方、紫式部日記や紫式部集を参考に描かれることでしょうし、平安時代の奥深さを事前に習得することも一考かと存じます。
最後に、私が感銘を受けた文を少しだけ、引用します:
「今日は昨日の繰り返しであり、明日はまた今日と似た日の繰り返しになるのだと、私は何の根拠もなく思いこんでいた。それはなんと浅はかな考えだったことだろうか」
「どれだけ泣いても、人生という『世』に限りがあることにはあらがえない。その絶対の真実の前には、人はどうしようもなく無力でしかないのだ」
「私は身ではなく心で生きようと思った。それを現実からの逃避と言われても、一向に構わない。むしろ心にこそ現実よりもずっと完璧な世界が作れるような気がした。
こうして私は変わった。現実を生きながら、もう一つそれとは違う世界、心の世界を生きる人間になったのだ」
読書感想文: 「有頂天家族 二代目の帰朝」森見登美彦
「面白きことは良きことなり!」
「阿呆の血のしからしむるところである」
先日、「シドニィ・シェルダン が読みたいな」「【紫式部ひとり語り】という本がありまして…」などとほざいていましたが、「有頂天家族」の世界へ飛び込みました。
ひとまず、あらすじをどうぞ:
狸の名門・下鴨家の矢三郎は、親譲りの無鉄砲で子狸の頃から顰蹙ばかり
買っている。皆が恐れる天狗や人間にもちょっかいばかり。
そんなある日、老いぼれ天狗・赤玉先生の跡継ぎ ”二代目” が英国より帰朝し、
狸界は大困惑。人間の悪食集団「金曜倶楽部」は恒例の狸鍋の具を探しているし、
平和な日々はどこへやら……。矢三郎の「阿呆の血」が騒ぐ!
(裏表紙に記載されたあらすじから引用)
少々、読む時間を大幅に確保できまして、2日で約400ページ強を読み切りました。
というより、「続きが気になる!」という所謂”ハイ”になっていましたね。
そもそも6年ほど前、ブック・オフさんにて単行本を購入していたのですが、余りの頁量と、購入当時、速読力を持ち合わせていなかったので読破していませんでした。
ようやく先日、読破することが出来、感無量です。
単行本を読まぬまま、アニメを観ていたのですが、いまいちアニメでは分かりずらい箇所があったりしたので、トランクルームから引っ張り出したりはせず、文庫本の原作を前年11月に購入しました。
要は二冊あります。
(1作目も実は二冊あります。いずれどちらかを売るかどうにかしましょうかね)
やはり、原作小説なだけあって、地の文のおかげで分かりやすかったです。難しい漢字は多少あれども、面白く読ませていただきました。
設定は、前回のリンクを貼っておきますのでそちらでご参照ください。
── 天狗
タイトルにあります、「二代目」とは、かつて、如意ヶ嶽一体を治めていた大天狗・如意ヶ嶽薬師坊、通称:赤玉先生の跡継ぎのこと。
大正の昔、”とある事件”で姿をくらました「二代目」が帰朝したことが物語の本筋です。
「二代目」はその父ともいうべき赤玉先生との大きな確執があります。
帰朝した理由はここでは述べられませんが、赤玉先生を冷たく侮蔑するシーンがなんとも威厳を感じますね。
更に、本作のヒロインともいうべき・弁天とも、「二代目」となんらかの確執がある模様で、壮絶な戦いのシーンで、主人公の矢三郎はただただ見守ることしかできませんでした。
「狸の喧嘩に天狗が出てはならない」
「天狗の喧嘩に狸が出てはならない」
矢三郎が子狸であった頃、老狸の大長老から聞かされた言葉です。
この言葉は幼い矢三郎にとって不快な言葉でしたが、今でもなお、心の片隅に引っ掛かっていました。”何故関わってはいけないのか?” そう思っているほどに。
しかし、この二作目ではひどく痛感することになり、矢三郎は今作で珍しく?成長していきます。
── 恋
今作では、様々な恋が描かれます。
二作目で初登場となる:南禅寺玉蘭(なんぜんじぎょくらん)という将棋好きの狸と矢三郎の長兄・矢一郎との恋。
元許嫁である夷川海星(えびすがわかいせい)と矢三郎の恋。
更に、「二代目」と、ある人物との恋の確執……。
また、下鴨四兄弟の父と母のなれそめも今作で初めて描かれました。なんとも愛らしく、下鴨四兄弟がこの世に生を享けるきっかけがこういう経緯で築き上げられているのかと思うと、我々人間もこのような経緯があるのだろうかと感じさせられました。
ほっこりするところもあれば、複雑で切なかったりしてとても面白かったです。前作とは多少テイストが変わりましたが、それも続編としての”味”ですよね。
── 新キャラ
先述でも触れた通り、二作目からは新キャラが登場します。
二代目
南禅寺玉蘭(なんぜんじぎょくらん)
南禅寺正二郎(なんぜんじしょうじろう)
夷川呉一郎(えびすがわくれいちろう)
夷川早雲の長子。
金長
四国の金長一門の頭領。下鴨家とは総一郎が存命の頃より交流がある。
星瀾(せいらん)
金長の一人娘
誰も彼もが魅力で個性的な登場人物ばかりで飽きさせません。それがきっと、森見登美彦氏の書く小説の良さのひとつなのでしょうね。
総括:
読んでいて、私が思うに「有頂天家族」には本当の悪役というものは居ないんじゃないかと感じました。
もちろん、矢三郎たちを困らせる、人間たち(金曜倶楽部)・夷川家という面々がいますが、金曜倶楽部は、己の欲の赴くままにする行為であって、あえて矢三郎に攻撃を仕掛けているわけでは無いと思い至りました。もちろん、狸にとっては恐ろしい組織ですがね。
夷川家の阿呆兄弟・金閣と銀閣は、まぁいけ好かなかったりしますが、だんだん可愛いと思えて来て仕方がないのです。やることはすべて幼稚で、すぐに矢三郎たちにくみしだかれてしまうのが何とも爽快!
そして度々繰り出される間違った四文字熟語w
しかし、たまに的を得た言葉もあるんですよね。それが、
捲土重来!!!
……気を取り直して……
その金閣銀閣の父親・夷川早雲も下鴨家を目の敵にしています。下鴨家にとっても、早雲とは確執があります。
しかし、それもこれも色々と”理由”があるからで、今の現代の人々にも通じるものがあるのではないかなと感じました。
その理由は物語の最大のネタバレになりますので控えさせていただきます。
そしてこれらは……
……あくまで個人的感想です。