- はじめに――「事故物件」を巡る物語に惹かれた理由
- 物語の概要――東京を転々とする主人公
- 東京という都市のリアルな描写
- 登場人物との出会いがもたらす変化
- 「住む」という行為の意味を考える
- 派手さはないが、確かな読後感
- まとめ――人生の「空白期間」に寄り添う一冊
はじめに――「事故物件」を巡る物語に惹かれた理由
原田ひ香さんの小説『東京ロンダリング』は、タイトルからして一風変わった印象を受けます。 「ロンダリング」とは本来「洗浄」を意味する言葉ですが、本作では事故物件に人が一定期間住むことで、その履歴を“洗い流す”という設定が用いられています。 この設定だけを見ると、どこかダークで重たい物語を想像してしまいますが、実際に読み進めてみると、そこに描かれているのは恐怖ではなく、人が再び生き直していくための静かな物語でした。
物語の概要――東京を転々とする主人公
主人公の内田りさ子は、離婚をきっかけに人生の歯車が狂い始めます。 仕事も住む場所も定まらず、どこか投げやりな気持ちで日々を過ごしていた彼女が出会ったのが、「事故物件ロンダリング」という仕事でした。
それは、東京各地にある過去に人が亡くなった部屋に一定期間住むというものです。 そこで生活実績を作ることで、次の入居者が心理的瑕疵を気にせずに住めるようにする――あくまでフィクションではありますが、東京という巨大都市の裏側を覗き見るような設定です。
りさ子は、特別な使命感を持ってこの仕事をしているわけではありません。 むしろ「深く考えずに済む」「感情を持たなくていい」という理由で、淡々と事故物件を渡り歩いていきます。 その姿は、自分の人生から距離を置こうとする人間の心情をよく表しているように感じました。
東京という都市のリアルな描写
本作の魅力のひとつは、東京という街の描写です。 華やかなイメージとは裏腹に、物語に登場するのは、どこか寂しさや生活感の漂う場所ばかりです。
谷中、下町、古いアパート、商店街―― そこには観光ガイドには載らない、人が生きて、時には死んでいった痕跡が静かに残っています。 原田ひ香さんの文章は、その空気感を過剰に演出することなく、淡々と描き出します。
だからこそ読者は、「これはフィクションだ」と思いながらも、 東京のどこかで本当に起きていそうな話として受け止めてしまうのではないでしょうか。
登場人物との出会いがもたらす変化
事故物件に住む生活の中で、りさ子はさまざまな人と出会います。 不動産会社の人間、同じような仕事をしているロンダラー、近所の飲食店の店主や常連客。
どの人物も決して派手ではありません。 むしろ、どこか人生に疲れ、何かを諦めながらも日常を続けている人たちです。 しかし、そうした人々との何気ない会話や食事の時間が、少しずつりさ子の心を動かしていきます。
「人は、劇的な出来事がなくても変わることができる」 本作を通して、そうしたメッセージを強く感じました。
「住む」という行為の意味を考える
『東京ロンダリング』を読んで印象に残ったのは、「住む」という行為の意味です。 ただ屋根があり、寝る場所があればいいわけではありません。
人が住むことで、その場所には生活音が生まれ、匂いが付き、記憶が上書きされていきます。 事故物件という「過去の出来事が染み付いた空間」に人が住むことは、 過去を消すのではなく、新しい時間を重ねることなのだと気づかされました。
それは同時に、りさ子自身の人生にも当てはまります。 過去をなかったことにはできない。 けれど、その上に新しい日常を積み重ねることはできる―― この考え方は、多くの読者の心に静かに響くのではないでしょうか。
派手さはないが、確かな読後感
本作には、大きな事件も劇的なクライマックスもありません。 しかし読み終えた後には、不思議と心が少し軽くなっていることに気づきます。
それは、主人公が無理に前向きにならないからだと思います。 「頑張ろう」「やり直そう」と声高に叫ぶのではなく、 とりあえず今日を生きる という姿勢を貫いているからこそ、現実味があるのです。
まとめ――人生の「空白期間」に寄り添う一冊
『東京ロンダリング』は、人生に行き詰まりを感じている人や、 何かを失った直後で次の一歩が踏み出せない人にこそ読んでほしい作品です。
事故物件という少し特殊な題材を扱いながらも、描かれているのは極めて普遍的なテーマ―― 人はどこで、どのように生き直すのかという問いです。
東京の片隅で静かに紡がれるこの物語は、 「今は立ち止まっていてもいい」 と、そっと背中を押してくれる一冊でした。
