Messenger

 アメリカに移住した日本人の友とのやりとりはMessenger。
 メールだと相手とのやりとりをスクロールで過去に戻って確認するよ
うな使い方ができないのが不便で、今はほとんどメールを使わない、と
言われたからだ。
 確かに、彼女とは、長文で書きたいようなことは彼女が帰国した際に
話すので事足りる。
 Facebookに繋いだら、その中のMessengerに彼女からメッセージが
届いているというサインが点っていた。
 私からも正月の挨拶を書いて送る。
 ところが、単に改行したくてキーボードの改行キーを押すのに、書い
た文章が送信されてしまう。
 気を取り直して文の続きを書くと、また無意識に手が改行キーを押し、
またそこまでの文が送信される。
 この手のアプリでの書き方に慣れていないせいだが、もしかしたら、
つい長文になってしまう私の文章は、結果的には幾つかのブロックに分
けられた方が読みやすいかも。
 そう思ってみるけれど、私はいらいらしていた。
 Facebookの中のMessengerはパソコンの画面上でも小さくて読みづ
らいし、自分が書いた文章も確認しづらくて、改行キーを押さないよう
にするつもりが、そこまで気配りできない心境になってしまう。
 以前は単独でMessengerのアプリを立ち上げられたのに。
 なんで、できなくなったんだろう。
 ふと思い立ち、立ち上げてみたら、中に入れた。
 えっ。
 ただ、FacebookのMessengerに届いていた友からの年賀の挨拶は、
ない。
 復元しますか、みたいな問いが出る。
 よくわからないが言われたとおりの入力をしたら、友の最新の文章が
出現した。
 よしよし。
 けど、素直に喜べない。
 そうすればできるようになる、なった、という表面的なことではなく、
なぜ、そうしたらそうできるようになるのかの原理をわかっていないの
に、言われたとおりにして大丈夫だろうと判断したことが、今回は正解
であっても、だから今後も、と甘く判断することになる第一歩にならな
いとは限らないからだ。
 先日、中学生がサイエンスを化学と訳した。
 化学はケミストリー。
 科学がサイエンス。
 科学はね。
 説明しようとして、私はサイエンスを物理だと理解していたことに気
づいた。
 でも、それなら物理という訳になるはず。
 調べて、今の今まで私は科学という言葉を正確に理解していなかった
ことがわかった。
 AIの回答で手っ取り早く概要を把握したあと、検索結果として出た
サイトの幾つかに目に通し、AIの回答は間違っていなかったな、と思
う。
 疑い深い。
 でも、自分が知らないことだからこそ。
 結果、インターネット漬けになる。

静かな声でも

身近な小さなことに意識を向けると、
日々のなんともない生活の中にも幸せや豊かさ、ほろ苦さを感じる瞬間
があります。
ところが、テレビやYouTubeでは、
出演者はもとより、コマーシャルに出ている人も、みな、声を張って元
気いっぱい。
まるで、そうあることが人の正解のように思わされそうになる。
でも、絶対にそれ以外はないので、
ああ、この人達は仕事で求められてそうしているんだ、
と可愛げのないことを思ったりします。
けど、私達だって、仕事だと明るく元気な人に変身する。
みんな同じ。
でも、ちょっと疲れる。
普通の声でも、
ぼそぼそ呟く声でも、
届くものは届く。
年末年始のテレビは見るかなあ、見ないかなあ・・・。

来年が皆様にとって心温まる思いが積み重なる一年となりますように。
もしよろしければ、来年もよろしくお願いいたします。

柚子、レモン

 来週二十二日は冬至
 テレビで「冬至」という言葉が入った諺を紹介していたが、私が知る
唯一の諺は披露してくれない。
 年末に日差しが強くなった気がして、そう言うと、母は必ず、
冬至、十日すりゃ、アホでもわかる」
 と応じた。
 どんなに鈍感な人でも、冬至から十日も経てば、日が長くなったこと
に気づく。
 まさしく私だ。
 冬至のあとは寒さが本格的になるが、日は長くなる。
 そして、降り注ぐ太陽。
 おかげで、なんとか寒さに耐えられる。
 ということは、冬至の前までは寒さと夜の長さに気が滅入るってこと。
 ところが、今年はそうならない。
 今朝も「寒さがぼけている」と思った。
 出かけるので、V首のウールのセーターを着た。
 コートはどうしよう。
 日のあるうちに帰ってくるからだ。
 悩んで、厚手の縄編みのカーディガンを羽織った。
 だが、歩いていると暑くなり、結局、カーディガンを脱いだ。  
 この季節にコートがいらないなんて。
 昼間がそうだと、夜、闇の色が濃くなっても物悲しくならない。
 そうか。感傷的になるのは、夜の闇の深さではなく、それを見る私が
どれほどの寒さに包まれているかに因るということなんだな。
 スーパーマーケットに柚子が出ていた。
 柚子湯にする時にこの袋に入れてください、と不織布の袋が置かれて
いて、私は柚子よりそれがほしい。袋だけもらってもいいんだろうけど、
気の弱い私は柚子を一つ取った。袋は三枚もらう。
 柚子をどうしよう・・・。
 調べて、柚子のジャムを作ることにした。
 必要なのは砂糖だけ。
 いつ買ったのかわからないぐらい前だが、腐らないので置いてあって、
よかった。
 断捨離は無条件に正解ではないかも、と思うのはこういう時だ。
 必要になったら、その時、買いに行けばいい。
 正論だが、買いに行きたくても行けない状況になるやも知れぬ未来の
リスクは考慮していない。
 今年の初めに喘息になった時、私は息をするのが精一杯で、これがい
る、あれがいる、となった時、家の中で解決できてよかった。そして、
断捨離の良し悪しについて考えさせられたのだった。
 さて、柚子のほかにもレモンを買ってあったので、レモンのレシピを
調べたら、さらに簡単で、切って砂糖に漬けるだけ。
 クエン酸疲労回復に効く。
 私は疲れているのだ。
 ただ、柚子もレモンも、この方法だと大量に砂糖を使う。
 レモンを輪切りにして、砂糖を加えて、お湯を注ぐのでいいんじゃな
いの。
 それでも体重には反映される。
 けど、冬は太って良し。

飛ばし見

 その彼女が高校生だった時に、私の趣味は何かと聞かれた。
「どうして」
「え、興味があるから」
 ああ、やっぱり。
 大人の私がその年代の者達に心を寄せようと趣味を聞くことはあって
も、その逆は、ない。あるとしたら、こんな大人の私に興味を持ったか
ら、としか考えようがない。
 しばらく経ち、彼女に、前に私に質問したことを覚えているかと聞い
たら、覚えているというので、
「今は盆栽」
 と答えた。
 コロナ禍に始めたのだ。
 桜は翌年も咲いてくれたので、さらにひと鉢買ったが、その次の年に
はどちらも枯れたし、五葉松や藤の花は早々にだめになった。
 先日、大学生になった彼女と再会すると、手っ取り早く二人にだけ通
じる会話をと思い、
「今の趣味は」
 と訊ねたら、
「相変わらず韓ドラ」
 と言う。
 私は、盆栽のあと、その世界に入っていたので、
「私も」
 と言い、
「何を見た」
 と聞いたら、
「ちょっと古いけど、トッケビ
 お~お。
 それは私も断トツで一押しなので、
「私も!」
 周りの大人は、なぜ私達が盛り上がっているのか、わからない。
 私には、韓ドラの中で何度も見るがどういう意味わからない仕草が
あった。
 その後見たドラマの中で女優が親指と人差し指を軽く交差させると、
その指と指の間の空間に赤いハートマークが挿入されたので、それでよ
うやく理解した。
 もしあの時知っていたら、帰る大学生にその合図を送っていた。
 ところで、『トッケビ』について今の高校生に聞いたら、
「ああ・・・」
 その名は知っているが、まだ見ていないのは、
「ちょっと古いから」
 と言われ、私は別の意味で、
「ああ・・・」
 そして、良かった韓ドラを聞くと、私は知らない。
 ということは、互いに『トッケビ』を一押しと言い合えたのはすごい
ことなんだな。私の趣味を知りたがった時、あの彼女は私とは通じ合え
ると直感してくれていたのかも。
 さて、近頃の、別の中学生との会話である。
 彼女は、テスト中だが、母親が家にいなくなると、
「こっそり映画を見た」
 と言った。
「ドラマじゃないの」
「ドラマは何話もあるから」
「わかる~」
 って私は中学生と同じ時間対策なのか・・・。
 だが、
「だから、飛ばし見しても見終わらない」
 と言われて、
「えっ」
 私は倍速視聴するが、字幕を読みきれなくて巻き戻したりするのに、
飛ばし見したりしたら、きっと話の筋についていけない。
 だが、彼女は、無料視聴できると知って『タイタニック』を飛ばし見
して、泣けたという。
 飛ばし見で、泣けるのか。
 負けた。

Mac整備済製品

 毎年、ある日突然、柿が実っているのに気がついて、「あ、秋」と思
うけれど、それで終わり。
 ところが今日、またその柿の実が目に飛び込んできた。
 柿が実ってすぐは葉の青さとのコントラストで気づかされるが、秋が
深まり、葉が色付くと、それに実の色が埋没して、気づけなくなる。し
かし、葉が全て枯れ落ちると、枝に付いている実が再び目に付くように
なるのであった。
 でも、毎年見ているのに、今年初めてそう気づいた。
 スーパーマーケットで白菜の半切りのコーナーに、一つだけ値引き価
格が付いている。
 定価のと、どこが違うの。
 野菜を運んできた店員に訊ねたら、どこを見て判断するかを教えてく
れた。
 言われてみれば、あまりに明白。
 でも、教えてもらわなければ、私一人では、新鮮なのとどう違うかを
発見できなかっただろう。
 教えてもらえると、効率が良い。
 だが、そのためには問いを正しく立てられなければならない。
 知りたいけど、何を知りたいかをはっきり言語化できない時は、回り
道しながら自力で答えを探すことになる。
 この夏、iMacを買い替えた。
 それに先立ち、いろいろ調べた。
 スキャナーとプリンターは引き続き使える。
 けど、iMac側のUSBはタイプCなので変換アダプターがいる。
 こういう落とし穴があるかも、と勘が働いて、調べて、よかった。
 しかし、その関連のサイトは書かれた内容が難しい。
 YouTubeを見たら、自作の方法を伝授する人達の動画を次々見るこ
とになり、いや、違う、と仕切り直して、私が買う予定の最新のiMac
について学ぶことにした。
 基本、現物を見て買いたいし、特に高価な物はそうが、これは見ず
に買うつもりなのだ。
 性能などの紹介のあと、
「少しでも値段を抑えたい時は」
 とMac整備済製品の説明があった。
 私はストレージは一テラ必要なので、新品でなくてもMacが整備して
ほぼ新品、というのなら、安心できるし、それで出費を抑えられるなら、
よさそう。
 整備済製品の過去一ヶ月の在庫履歴のサイトがあったので見たら、色
まで私がほしいと思っているのが数日前に出たばかり。
 出品は不定期で、出てすぐ買い手がつくことも多く、タイミング次第、
ということだったが、結構出るんじゃないの。そう思うと先延ばしした
くなったが、このサイトからMacのサイトに飛んで、注文した。
 これと同じスペックのは、その後、一ヶ月以上出品されなかった。
 今もたまにそのサイトを見る。
 同じのが出て、それが売れたと知ると、仲間が見つかった気がして、
嬉しい。

フランスの友が逝く

 韓国ドラマを連続で見て、翌日、続きを見ようとするが、気が乗らな
い。
 字幕のドラマは、結構脳が疲れるのか。
 そこで、Pentatonixが世に出るきっかけになったThe Sing-Offのオー
プイングをYouTubeで見た。
 これはアカペラ・グループのコンテスト番組で、まずはその日出場す
るグループ全員で一曲を歌って踊る華やかなショーで幕が開くのだが、
これも見物だった。
 久しぶりに見て、聴いて、理屈を司る脳は心地よくなだめられた。
 さあ、韓国ドラマに戻ろう。
 と、フランスからメールが来た。
 去年の春、三週間ほどの旅行のあいだ、友の家から家へと渡り歩いた
が、ある夫婦の家に滞在した時、彼らの友人夫婦がランチにやって来た。
 夫同士が空手教室で知り合って以来の関係で、しかもその夫婦は日本
を旅行したところだったので、私がいるあいだにみなでランチを、と機
会を設けてくれたらしい。
 招かれた夫の方が「人はみな、降りられない車に乗っている」という
人生哲学を語り、帰国後、それについてメールをやり取りして、彼の妻
が通う鍼灸師から道教の教えとして学んだのだとわかった。彼らは、子
供が大病だったりして、苦労したのだ。
 その彼の妻からのメールであった。
 私達を泊めてくれた夫婦の夫が亡くなったという。
「驚いた」
 とあるので、彼女達にも突然の知らせだったのか。
 私は元校長にメールした。校長も、亡くなった彼と空手教室仲間なの
だ。私が伝えなくても誰かから情報がいくだろう。しかし、元校長とい
う肩書きゆえ、連絡を受け取るのが遅くなるかも。それに、情報は、ダ
ブっても悪くはあるまい。
 元校長は知らなかった。
 すぐに誰かに確認したが、原因はわからないという。
 一方、私は、私からのメールに奥さんから返信が来て、原因がわかっ
た。
 これもすぐに元校長に伝えたら、奥さんと電話で話ができたそうで、
原因も聞いたということだった。
 葬儀は月曜日である。
 と、先ほど、私にメールをくれた奥さんから、
「もし哀悼の意を表したければ」
 と、死者への言葉を書き込み、写真を添付できる専用サイトの情報が
送られてきた。
 もう書き込んで、写真をアップした人達の内容が見られる。
 それらがどんなふうに冊子として印刷されるかも確認できる。
 まだ元校長の哀悼は載っていないので、このサイト情報を送った。
 頼まれていないのに聞いたことを右から左に流すなんて。
 突然、隠し事をしない・できない共同体の一員になったみたいな行動
をしている私。
 それも異国から。
 妙な気分だ。

変化すなわち無常

 このところ、チョコレートやクッキーを買うようになった。
 普段は食べたいと思わないので、何かが変だ。
 いや、冬に向けて体が脂肪分を欲し始めただけなのかも。
 とは言え、食事代わりみたいにガシガシ食べて、すぐに食べ切ってし
まうのは問題だろう。
 体が重くなった。
 体重って呆気なく増えるものだったのね。
 今日もまたお菓子売り場に行ったが、どうせ買ってもまた今日中に食
べ尽くしそうだと思うと、心を鬼にして、菓子作り用に売られているナ
ッツ類の売り場に行った。
 ナッツは夏の終わりから無性に食べたくなり、これも、買うと、ひと
袋が二日と持たないような食べっぷりだったが、私は冬眠前のリスなん
だ、と勝手な理屈を考えたものだった。
 ただ、食べ過ぎて、奥歯が痛くなり、歯茎にも炎症を感じるようにな
った。
 定期検診で歯医者に行ったら、レントゲン写真で異常は見つからなか
ったが、硬い物を食べすぎると奥歯にひびが入ったり、ある日突然欠け
たりすると言われ、「いっときの快楽、一生の後悔」となってもいいの
か、と我が理性に問いかけることでナッツ類を卒業した。
 だから、口さみしい、と思うと、チョコレートやクッキーやおかきを
選ぶようになったわけだが、ナッツ類のように、噛んで咀嚼しているこ
とを楽しむ気分は持てない。
 でも、歯は傷まない。
 いや、噛むと特に奥歯に負担がかかるのはアーモンドだが、袋に入っ
たままの状態で、底の直径が三センチほどのウイルス除去スプレーを打
ち付けると砕くことができると発見してあったので、歯の対策は大丈夫。
 次は硬いバゲットだ。
 その店の低温長時間熟成バゲットは、噛むとすぐ、美味しいと感じる。
 ところが、ない。
 店員に聞くと、
「ここ一ヶ月ほど見ていません。採算が取れないから作らなくなったの
かも」
 と言われた。
 実はチョコレートも、これまでは食べるとしたら、高品質で味も濃厚
なのを食べていたが、少し濃厚すぎるので、もっと軽いものを、と探し
て見つけたのを再度買おうとしたら、棚からその場所がなくなっていて、
店員に調べてもらったら、
「もう店で取り扱わないのかもしれません」
 と言われたし、一日の時間軸を縦に取るバーチカルのスケジュール帳
は、好きだった中の体裁のはもう販売されないらしいと諦めがついたの
で、代替品を探し、オンラインで購入した。
 ささやかながらも心に応える小さなショック。
 だが、刻一刻と変化するのがこの世である、と気づかせてくれている
のかもしれない。

落とし物

 夜、電車を降りたらリュックの外ポケットから水筒が落ちた。
 水筒を強く引っ張られた感じがしたので、人為的な被害にあったのか
も。
 振り返って足元を探すが、ない。
 降りた電車が出発したあと、ホームから覗き込むと、線路のホーム寄
りの所に水筒が見える。
 でも、誰に言えばいい。どこに行けばいい。
 乗務員がいないかとホームを後方に向かって少し歩いてみるが、出く
わさない。
 ホームの反対側に電車が来た。これに乗らないと帰宅がますます遅く
なるので、それぐらいなら水筒を諦める。
 電車は、私が降りた側のホームに電車が来たあと出発するので、元の
場所まで戻りかけたら、前方から女性の乗務員。
 説明した。
「どこに落としましたか」
「そこです」
「ここに来る電車が出発したあとになりますが、いいですか」
 私は再び、水筒が救済されるのを待つよりも目の前の電車に乗れない
方が困ると気持ちを確認できたので、もごもご・・・。
 いつなら取りに来られるかと聞かれ、翌日の昼間と答えた。
 週末だが出勤せねばならず、その帰りなら立ち寄れるからだ。
 で、翌日。
 仕事はzoomに変更になり、でも、私は水筒を取りに行かねばならな
い。
 水筒を落とした駅まで行き、案内カウンターで状況を説明。
 水筒と再会した。
 だが、
マイナンバーカードとか住所がわかるものはありますか」
 そんなの持ち歩いていないので、クレジットカードを出す。直筆の名
前が入った図書館のカードを見せる。
 前日に言われていたら持ってきたが、名前を聞かれただけで、携帯番
号を言いかけたら、それはいらないと言われたと言うと、
「それはいらないですが、でも・・・」
 ごめん、我が水筒よ。やっぱり、私がきのう君のことは諦めると思っ
たとおりになるしかないみたい。
 私は諦めが早いのだ。
「じゃあ、仕方ないですね」
 でも一応、昨夜は乗務員に水筒が落ちているのを確認してもらったし、
と話したら、落とした時刻などの状況から私の話は間違いないと判断し
てくれることにしたようで、住所氏名電話番号を書き、水筒を返しても
らった。
 ところが、電車で家の最寄り駅まで戻ったら、改札口を出られない。
 カウンターに行ったら、交通系カードにその駅から入ってその駅から
出ようとする時刻の記録が出たようで、
「ああ、外に出ていません」
 落とし物を取りに行ったと説明したら、カードの情報を修正して外に
出してくれたが、ホームで物を落としたら、すぐその場で取ってもらう
か、諦めるべきだと学んだ。

語学のデジタル学習

 韓国や中国のドラマを見る。
 字幕だと、演じている人の生の声なので、意味はわからなくても言葉
の抑揚などでどういう感情を表現しているかがよくわかるし、その国の
言葉ではそういう時はそういう抑揚になるんだ、ということも学べる。
そこに表情や仕草など体の表現が加わるから、やっぱり、できれば吹替
えより字幕の方がいい。
 ただ、字幕は一瞬で読めるよう短い文章になっているので、細かいニ
ュアンスが抜けて意味がわからなくなることがある。それに、短くても、
画面が変わる度に次々字幕が現れると、読みきれない。
 倍速のスピードを最高に設定している時は、特にそう。
 でも、まあ、少し戻して見直せばいい。
 倍速も、その時だけ一倍速に戻す。
 ところが、今、読みきれなかった所を見直そうとしたら、テレビ放送
で、うむむ・・・と思うのは、自分が主導することがあまりに当たり前
になっているからだろう。
 習慣は恐ろしい。
 あ、このドラマに出ているこの人はどこかで見た記憶があるとか、こ
の人、素晴らしい演技をするなあ、と思うと、その人や過去の出演ドラ
マを知りたくなる。
 日本語で読めるサイトで一応目的は達せられても、さらに深い情報に
触れたくなるが、韓国語だと読めない。
 でも、訳が少々不正確でも大意は日本語で理解できるかも。
 サイト上にちゃんとタイプ打ちされた文章なら、内容を知りたい文章
を選んで右クリック。
 自動翻訳の日本語がポップアップで出た。
 いつだったか、誰から教えられたわけでもないのに、フランス語の記
事を読んでいる時にそうしたら日本語訳が出たので、他の言語でもでき
るのではないか、と推測したのだ。
 世界の言葉がぐんと身近になった。
 ただ、私はもっぱらGoogleの翻訳を使っている。
 フランス語の枠内にフランス語をペーストすると、日本語の枠に日本
語訳が出るが、これのいいところは、そのフランス語を読み上げてくれ
るところだ。
 音声を聞きながら文章を目で追うことになるので、読むスピードが圧
倒的に速くなる。
 この単語は知らない、というのは、和訳の文章の中から見つけて理解
する。
 もし腑に落ちなかったら、その単語をオンラインの辞書で調べ、例文
でどういう使われ方をするかを確認する。
 今、外国から来た児童の日本語学習にデジタル教科書が使われ始めた
らしい。
 教科書だから、「私の本」から類推して「赤いの本」と言ってしまう
ような間違いをさせない学習ツールになっているのだろう。
 語学の未来は明るい。

足が攣ったら

 例年、十月十日頃に金木犀の香りがして、ああ、秋が来たなあ、と思
う。
 ところが今年はそういうことがなかったので、そうか、いくら香りが
遠くまで届くと言っても、私は、今年は圏外ばかりを歩いていたのかな
あ。だとしたら、ちょっと寂しいけど。
 そう思っていたら、今週、強烈に香りが漂ってきて、え、遅すぎるん
じゃないの。
 でも、我が家のプランターゼラニウムは今が花の盛りだ。
 二種類のゼラニウムを交配させた高耐暑性品種のカリエンテ。
 随分前に、今にもしおれかけの苗が二束三文で売られているのを買っ
てきたのは、普通に水さえやっていれば育つだろう、とそれを検証する
ためだったが、見事に花が咲いてくれたばかりか、数年置きに挿し木し
て、今では何世代も続いて目を楽しませてくれている。
 そうできたのは、夏は確かに暑いが、最高気温が三十五度以上の猛暑
日が一ヶ月以上も続くようなことはなかったので、そのあいだに我が家
の夏に慣れてくれたからかもしれない。
 ゼラニウムなら大丈夫と思い、今年、やはり高温多湿の日本の気候に
合うという別の交配品種のカリオペを買ったら、買った時に咲いていた
花が終わると、その茎が枯れた。ただ、根元から分かれた茎から、今、
葉が茂り始めてくれているので、これから寒くなる季節を乗り越えてく
れれば、これも「我が家にようこそ」ということになるが、さて、どう
なるだろう。
 で、人間の私である。
 まだシャワーで済む日が続いている。
 シャワーだと時間が取られないので、その方がありがたい。
 ただ、身体の意見は違うかもしれない。
 二週間ほど前に、指先にアカギレの予兆を感じた。
 明け方、足が攣りそうになる。もしくは攣る。
 でも、風呂は先延ばしにしたい私は考えた。
 足が冷えているのではないか。
 足の冷えは、靴下を履くというような直接的な方法ではなく、お腹を
温めるのがいいということだったなあと思い出し、まだ早いと思ったけ
れど、湯たんぽを出してきた。
 銅製の湯たんぽだ。
 これでお腹を温める。もしくはお尻。
 寝る時は腹巻きをする。
 昼間は腹巻きパンツ。
 すると、足が攣らなくなったので、やっぱり身体は正直なんだなあ。
 ところで、去年のクリスマスに売れ残りを安値で買ったポインセチア
である。
 葉を赤く色付かせるにはダンボールなどで囲って夜の時間を長くする
短日処理が必要になるということだったが、その必要もなく、葉が勝手
に赤くなってきた。
 我が家の環境はどうなっているのだろう。

デザートはカルピス

 私は酒を飲まない。体が受け付けない。
 だから、サイバー攻撃を受けてアサヒグループ全体のシステムに障害
が発生し、主力のビール製品などの受注、出荷ができなくなり、飲食店
への被害は計り知れないというニュースを見ると、飲まずにいられない
人には災難だろうなあと思った。
「主力」をしっかり理解していなかったのだ。
 私は、今年、喘息になった時に、食べようとしても胃の中に食べた物
が入ってくるのを拒否する鉄板のようなものを感じるようになった。
 よく、少食の友達が、
「もうお腹いっぱい」
 と言って、まだ皿に食べ物があっても箸を置くのが理解できなかった
のは、私自身は、もったいないという使命感から、出された物は綺麗に
食べたからだ。
 食べようと思えば食べられる。
 ところが、胃の中に鉄板を感じると、初めて、これ以上は胃が受け付
けないという感覚を知った。
 今は鉄板は姿を消したし、当時食べていた量では足りなかったりして、
二キロなんてあっとう間に痩せられると思ったのは、あっさり元に戻っ
た。
 ただ、相変わらず野菜が中心で、食後はヨーグルトと、何か甘い物が
ほしい。
 でも、製菓メーカーのお菓子には手が伸びない。
 嫌味な言い方をすると「舌が肥えた」のか。
 毎日、和菓子の銘菓やケーキやチョコレートを一つ買う、というわけ
にはいかないし。
 どうしたらいい。
 カルピスだった。
 希釈用を、自分の味覚に合う濃さで飲む。
 ゆえに割とまとめ買いする。
 ところが先日、スーパーマーケットに行ったら、棚にいつもあるはず
の希釈用のスペースがなくなっている。少し前から、スペースはあって
もカラで、店員に倉庫から出してきてもらうことはあったが、棚からそ
の場所自体がなくなったのだ。
 青ざめた。
 アサヒのシステム障害のせいだと言われ、
「店としては、あれば店頭に出しますが」
 障害が発生したのは九月二十九日。復旧はまだ遠い先なのか。
 糖質六十%オフのが一本だけある。
 梅干しは、減塩タイプのがいろいろ出ているが、口をすぼめる酸っぱ
さがないから丸一つ食べても平気。片や、昔ながらの製法のは少量で満
足できるので、減塩タイプのボヤけた味より王道でいいと考えることは
できる。
 私は、そっち派。
 梅干しは昔ながらのが好きだし、カルピスは、糖質オフは味が好きじ
ゃない。
 でも、仕方なく買った。
 ないと困るがゆえの譲歩は、おやつがこの一択、という危うさのせい
だ。
 砂糖をコーヒーや紅茶に入れればいいんだろうけど。
 それは最終手段。

来年のスケジュール帳

 来年のスケジュール帳が出回り始めた。
 ひと月はブロックで、一週間は見開きページで縦割りになっているの
が私には使いやすい。
 なので、毎年、スヌーピーのバーチカルタイプ。
 ところが、もう店頭に出てもいい頃なのに、ない。
 インターネットでも見つからない。
 バーチカルは主流ではないし、ましてやスヌーピーということで、も
うこのシリーズは廃止になったのかなあ。
 だとしたら、悲しい。
 だって、バーチカルの部分はこれが一番シンプルなのだ。メモのスペ
ースの下にスヌーピーの登場人物の誰かのイラスト入りなのは、しっか
り見ないが、視界に良きアクセント。
 表紙も、白がベースで、スヌーピーが幼稚に目立つデザインではない。
 もし他のスケジュール帳を探すしかないとしたら。
 中のバーチカルのところが、独自性を出そうとして、朝昼晩で薄く色
分けされているのは良しとしよう。
 でも、表紙はのっぺりと一色使い。ビジネス用はことごとくそうで、
しかも黒が一番多い。
 それが私にはつまらない。
 けど、こういう私が普通じゃないのかなあ。
 シャーペンやフリクションのボールペンも、普通のも持っているが、
限定販売期間が終わったらしい時にワゴンで安売りになっているのが目
に入り、あるのをひと通り全部買ったのは、漫画の登場人物と思しきイ
ラストが、それを手に取りたいという気持ちにさせてくれるからだった。
DABIとかMIRKOという文字が印字されている。
 中学生に「ヒロアカが好きなのか」と聞かれて、『僕らのヒーローア
カデミア』とのコラボ企画なのだとわかった。
 スヌーピーもヒロアカも、そのファンだからではなく、それが使われ
たデザインが、使う時にささやかに心を弾ませてくれるので、私はそう
いう文具に心惹かれるらしいとわかったが、筆箱の中から取り出す時、
それを見て、楽しい気分になりたいではないか。スケジュール帳も、手
に取る時、ほっこりしたい。
 私はいつまでも学生時代の気分をひきずっているだけなのだろうか。
 いや、今どきは、小学生向けの学習帳の表紙も、シンプルなイラスト
になってしまった。
   私が好きなのは、昆虫や動物や花が大写しされた写真だった頃のノー
ト。色が多彩なので、それだけで嬉しくなるからだろう。必要な時は母
がたくさん買いおいていたのを使っているが、いつかはなくなるし、も
う買えないと思うと、切ない。
 少数派はつらい。
 じゃあ、カルピスは。
 カルピスが好きなのも、やっぱり味覚が子供っぽいのだろうか。

理解言語未満

 iMacを買い替えたら、プリンターとスキャナーが使えなくなった。
 メーカーのサイトで調べるが、私の能力では適切な回答を見つけられ
なかった。
 個人のサイトに紹介されている方法は、試して、パソコンの動きがお
かしくなったりしないか不安。
 メーカーの問い合わせページから相談したら、すぐに回答が返ってき
て、やっぱりこれが正当で最短の解決法だと思った。
 でも、簡単な方法で解決しそうな場合は、私とて自己解決を試みる。
 それがぐんとしやすくなった。
 Googleだと、ページの冒頭に「AI による概要」が出る。
 目障りだと感じる人もいるようだが、これで解決すれば、メーカーに
電話して長く待たされなくて済むし、メーカーもそのレベルの問い合わ
せ件数が大幅に減って、両者にとって良き事だろう。
 ただ、「AI による概要」は、そこに指示されている初めから順に試
していっても解決せず、残るはコレ、という最後の解決法が実は最終手
段で飛躍しすぎていることがある。その手前に自分用の解決策があるが、
それは載っていない。
 そういう判断をする能力は必要になる。
 鵜呑みは禁物。
 自動翻訳と同じかも。
 今、刻々と更新されるフランス語の記事も日本語変換してくれるよう
になって、すごいことになっているが、誤訳は多い。
 しかし、将棋のA Iソフトが当初使い物にならなかったのが、棋士が一
目置くまでに進化を遂げたように、この分野もほどなくその域まで到達
するだろう。
 ところで、自己解決できる不具合の話に戻るが、解決できるはずがで
きない場合、それは書かれた内容が理解できないせい、というのが結構
ある。
 Safariの最初のページには「トラッカーによるプロファイリングが阻
止されます」と出る。
 トラッカー、プロファイリングって何。
 この単語を調べれば意味がわかるが、一読でこの文章を理解できるの
が普通だとしたら、私は落ちこぼれだ。
 先日、テレビで、妻が病気になり、自分が料理を担わなくてはならな
くなった五十台の夫が、インターネットで料理の動画や作り方を見つつ
作る様子が取材されていたが、料理の作り方を聞き、あるいは読むたび
に彼が呟く言葉が秀逸だった。
「サッと炒める」のサッとって、どのぐらいの時間なのか。
「炒めすぎない」って生煮えでいいってことか。
「飴色になるまで炒める」って、なんの飴。
 真顔で冗談を言っているのかと思ったけど、彼は真剣。
 彼の疑問は、まさしく私にとってのトラッカーやプロファイリングだ
った。

パソコンを買い換えたら

 七年前に買ったiMac
 まだまだ使える。
   でも、電源を入れてから初期画面が現れるまでに数分かかる。
 マイクロソフトのWordは、アプリケーションを立ち上げようとして
も、何かの理由で強制終了、という警告が出るので、その警告を消して、
やり直し。Wordが立ち上がるまでに二時間かかることもある。
 ただ、立ち上がってくれさえすれば普通に使えるので、外出する時は
パソコンの電源を落とさないようになった。帰ってきたらすぐ使える。
 ところが、夏前からアップルサポートに何度も問い合わせなくてはい
けない不具合が出始めて、さすがに買い換え時かも、と観念。
 新しいiMacは、まあ、立ち上がるのが早いこと。数秒だ。
 WordやExcelも、もちろん一度で立ち上がる。
 けど。
 Excelで作成した表は、表内の数字が表からはみ出ている。
 年払いや月払いではなく買い切りなので、こういう不具合は起こって
当然なのか。いやいや、サポート期間内だから、不具合は、わかった時
点で更新プラグラムが解消してくれるんじゃないの。
 検索サイトで調べたら、誰かがヒラギノの書体だとそうなると書いて
いて、Osakaの書体に変換したら解決したけど、前のiMacでは正常だっ
たのに、新しいExcelだと形が崩れるって、そういうバージョンアップっ
てあっていいの。
 しかし、そもそもプロダクトキー登録をしたのにOffice Home 2024
のインストールが始まらなくて焦らされた。聞きたくても、問題が起こ
ったらコミュニティに質問を投稿せよ、という企業姿勢。機械好きの人
達の熱意や優しさが集結しているんだろうけど、私は責任を取れる人に
解決してほしい。
 何かを何度かしたらインストールできるという謎の解決となったが、
マイクロソフトと縁を切れる方法はないかなあ。
 アップルには、是非とも、独自のPages、NumbersをWord、Excel
を凌ぐレベルまで進化させてほしい。
 日本語入力も。
 私はこれまでAtokを使っていたが、年間契約しかなくなったので、や
めた。
 ちょっと不安。
 Googleの日本語入力は、Google関連で使っているのが他にもいろい
ろあるので、警戒して、最後の手段にすることにしたので、Mac標準の
を使い始めたが、文章を正しく変換してくれるというライブ変換は、言
葉の切れ目の判断が下手で変な変換になる。確定のために二度クリック
させられるのは、そういう指への小さな負荷も積み重なれば整形外科の
お世話になる道のようで、なんとかしてほしい。
 前のiMacの方がよかった、と言いたくなるけれど、良くなった点もあ
るから、切なくて、もどかしい。

横入り」ではない

 またまたスーパーマーケットでの話になるが、その日は、客も多いが、
一人一人のカゴの中がいっぱいで、レジ待ちの列が遅々として進まない。
 それでも、あと少しで陳列棚の区域を抜け出し、通路、それからレジ、
というところまで来た時に、私の前の女性がカゴの中を覗き込み、周りを
きょろきょろ。
 私は、
「見ていてあげますよ」
 と言った。
 彼女は買い忘れた物に気づいたのだ。でも、カートを置いて取りにいけ
る距離ではない。列を離れて、また並び直すことになったら、ここまで並
んだ時間が無に帰す。
 彼女は、私の言葉に、
「いいですか」
 と言うも、ためらいが消えない。
「でも、戻ってきた時に間に合わなければ、諦めてください」
 彼女が戻ってきた時、もし彼女の番がきていたら、その時は最後尾に並
び直してくれ、ということである。
 彼女のカゴに冷凍の餃子が二つ三つ入っていたが、それと同じのをもう
一つ持って戻ってきた彼女は私に礼を言い、精算を終えてレジを離れる時
も、もう一度礼を言ってくれた。
 次は駅を出る時である。
 精算機でカードに入金しないと出られない。
 普段この機械を使う人を見かけたことがないのに、その日は女性の二人
連れ、その後ろに男性、その後ろが私、と大混雑。
 女性達は足りない額をきっちり小銭で支払おうとして、もたもた。
 私の前の男性が列を離れ、精算機の後ろ側に回った。もう一台あるかも
と見に行ったのだ。
 ないので戻ってくると、スッと私の横を通り過ぎた。
 入金して改札口に向かう時に振り返って見たら、私の後ろに二、三人並
んでいて、こんな日もあるんだなあ。その最後尾にあの男性がいた。
 彼が列を離れたのはもう一台精算機があるかも、と裏側を見に行く一瞬
だったから、戻ってきた時ニッと笑って恐縮したふりで、
「いいですか」
 とか言ってくれたら、私は喜んで私の前に入れてあげた。
 でも、彼は、列を離れる時、その場所を放棄する覚悟があったのだろう。
まさか後ろの客がそういう融通を利かせてくれるなんて考えもしなかった。
 五月に大阪万博のイタリア館に行った友は、その時でも入館までに二、
三時間待ちだったと言うので、
「途中でトイレに行きたくなったら」
 と聞いたら、誰かと一緒に行っているから場所を取っておいてもらえる
と答えた。
 そうよね。
 行列から一時的に抜ける必要ができた時、自分の後ろの人が了解してく
れれば、戻ってきてそこにまた入っても、誰も文句を言わない。
「横入り」とは違うから。